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御身は自ら身を守ったのです


 走り出した瞬間、初めて麗が背後から「九郎さまあっ」と悲鳴と大差ない叫び声を上げ、九郎は「この子も、こんな声を上げることがあるのか!」と妙な感心をした。


 しかし、それはあくまで頭の隅で考えたことである。


 九郎の意識の大部分は、素早くこっちを振り向いた犯人が、狂気の笑みと共にブロードソードを振りかざしたことに捕らわれていた。

 視界の全部にそいつが大写しになり、「あ、俺はきっとアレで頭かち割られて死ぬな」と、すとんと理解してしまったほどだ。


 微かに不思議だったのは……絶対に、チビるほどの恐怖に襲われるだろうと思っていたのに、こうして相手のふところに飛び込もうとしてしても、全く怖くないことである。

 確かに普段からあまり明確な恐怖心を感じたことがないが、しかし普通、死ぬ間際くらいは震え上がってもいいのではないか?


 死の直前、人は時間の流れを間延びして感じるというが、今の九郎もそんな感覚に身を任せたまま、ぼんやりといそう考えていた。


 とはいえ、もちろん終わりはやってくる。





「馬鹿め、余計な正義感など振りかざしおって!」


 間合いに飛び込んだ途端、スーツ姿の男が喚き、同時に文字通り九郎の頭に剣を叩きつけようとした。


(くそっ。本当に元魔王なら、こんな時くらいナントカならないのかっ)


 奥歯を噛みしめたその瞬間――心の奥底で誰かの気配を感じた。


「どけぇええええっ」


 気付けば九郎は、大声で喚いていた。

 その刹那、なぜかまばゆい閃光が周囲を覆い、何一つ見えなくなったのを覚えている。

 人間が出すとは思えない、実に野太い悲鳴が一瞬だけ聞こえ、ガラスが粉砕されたような破壊音もしたかもしれない。


 自分でも説明し難いのは、九郎的には、なぜかコマ落としのように時間が飛んでいて、肝心な場面をさっぱり覚えてないからだ。


「大丈夫かっ」


 我に返った時には、九郎はアヤと呼ばれていた少女を助け起こそうと手を差し伸べていた。

 しかし――





「い、今のはなにっ。あと、その針もっ!?」


 肝心のアヤは、九郎と――おそらくはその背後にいる麗を見比べ、心底怯えきった表情を見せていた。


「いやあの、とにかく起き上がりましょう」


 戸惑いながら九郎が述べた途端、彼女は踏ん付けられた猫のような勢いで跳ね起き、つんのめりつつも、ドアから走り出て逃げてしまった。


「いやああああああああっ」


 しかも、盛大に悲鳴を上げつつ。


「……あれ?」


 殺されかけた時より、よほど真に迫った悲鳴であり、深甚な恐怖に捕らわれているのが窺えた。

 トップギアでホームをぐんぐん遠ざかる彼女の背中を見送りつつ、九郎は一人で首を傾げてしまった。


「なんだよ……せっかく……お?」


 遅ればせながら、自分の周囲に無数の白い針のようなものが浮いているのを見つけ、九郎は首を傾げた。全然気付かなかったが、剣呑そうなその針は、びっしりと数百以上も九郎の周囲を囲んでいる。


 振り向くと麗が微笑んでいて、途端に謎の白い針も消えた。


「今の針みたいなの、麗か? もしかして、麗が助けてくれた?」

「消えた針は、確かに麗が出したものですが――お助けしたかと言えば、返事はノーでございます」


 なぜか嬉しそうに麗は首を振った。


「そのつもりで我がギフト(能力)を発動しましたが、全く必要ありませんでした。九郎さま……いえ、魔王陛下! 御身は自ら身を守ったのです」


 麗はほれぼれするような細長い人差し指で、あらぬ方向を指差した。

 見れば、車両の反対側に近い窓が粉砕されていて、その向こうのホームには――。


「げげっ」


 スーツ姿の男の肉体が、四散して散らばっていた。

 文字通り、肉体をちりぢりに引き裂かれて。剣が転がっていたので、間違いなくさっきの男だろう。


「お、俺!? 俺なのか? お、俺ですかっ」


 九郎は今更のように上擦った声を上げた。

 動揺していたせいか、なぜか敬語になっていた。


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