同時多発テロ……か?
「麗にとっても、あのやり方は意外でした」
厳しい表情で麗が囁く。
「あるいは帝国は、今後も予想外の手に出るやもしれません」
「通常の、兵力に頼った侵略じゃないってこと?」
「……おそらくは」
「言われてみりゃ、普通に兵士を繰り出すだけなら、予告なんかしないで奇襲した方が有利だよな。わざわざあんな宣戦布告なんか、する意味がない」
なにか他の意図があると見るべきだろう。
「おまけに真実を知るのは、現状だと俺達だけなんだよな」
仮に、あの騒ぎが日本中に放映されていたとしても、本気で異世界からの侵略だと受け止める者が、どれほどいるだろうか。
責任ある立場であればあるほど、「官房長官が自殺しただけだ」と安易な見方をしそうな気がする。
悩んでもしょうがないかもしれないが、九郎は歯軋りする思いだった。
未だに自分が魔王だった実感などないのだが、それでもなにかできることがあれば、したいではないか……あの宣戦布告が完全に本気だと知っているのは、今のところ自分達だけなのだし。
「え、なにっ。同時多発テロ!?」
いきなり車内で声がして、九郎と麗はさっと周囲を見た。
見れば、少し離れたドアのそばに座るカップルのうち、女の子の方がきょとんとした目をしている。イヤホンを耳にしているので、ラジオかなにかのニュースだろうか。
「なんだよ、アヤ。なにかあったん?」
眠そうな目の大学生風の若者が、アヤと呼んだ子をつついた。
「ちょっと黙って!」
呼ばれたその子は鋭い声を上げて連れの男子を黙らせ、片方の耳に手を当てると、やたら熱心にイヤホンに聞き入っている。
繋いでいるのは小型のラジオらしく、聞き入るうちにめっきりと顔色が悪くなってきた。
「た、大変じゃない!」
「なんだよ、なにがあったんだっ」
さすがに連れの男子も慌て始め、女の子の肩に手を置いた。
「よくわからないけど……さっきの官房長官の自殺騒ぎとは別に、山手線沿いと中央線沿いの各駅のそばで……少なくとも十数カ所で通り魔事件だって! なんだか奇妙なことを喚きながら、無差別に通行人に襲いかかる人がいるってアナウンサーが言ってるっ」
「一人で十数カ所かよっ」
「馬鹿ね、コウジっ。もちろん、それぞれ一人ずつよ。同時多発テロって言ったでしょうがっ」
「馬鹿とはなんだっ。だいたい、数は多くても所詮は国内の事件だろ。鉄砲とか出てくるはずもないし、被害は知れてるだろっ」
「……首を落とされた人がいるって言ってるけど?」
軽蔑の目つきで、アヤがコウジとやらを見やる。
「ええっ!?」
素っ頓狂な声を上げるコウジと、険悪な表情のアヤから目を逸らし、九郎はぐるっと車内を見渡す。他にもラジオやiPhone、それに小型テレビなどで情報を得た人がいたらしく、にわかに車内がざわつき始めていた。
――どころか、ふいに車内に車掌からの放送が流れた。
『乗客の皆さんにお知らせします。現在、鉄道やバス、それに地下鉄の各駅構内や駅付近において、同時多発テロとおぼしき、無差別殺傷事件が起きており、都内は混乱しつつあります。この車両も、次の駅で臨時停車致しますので、なにとぞよろしくお願いします。お急ぎのところ、まことに申し訳ありません』
「つ、次の駅が自宅そばの駅で助かったってトコ……かな? ははっ」
九郎は緊張感を和らげようとして呟いたが、麗はいよいよ九郎に寄り添い、庇うようにその前に立ちはだかった。
「な、なに?」
「一つ向こうの車両をご覧ください、九郎さま!」