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最初の犠牲者


 とはいえ、二人の関係もまだよくわからないのに、「もっと仲良くしよう」的な偽善を述べてもしょうがない。

 九郎が肩をすくめると、麗はふいに思い立ったように声を上げた。


「そうだ、九郎さまが記憶を取り戻すきっかけ――とはいかないかもしれませんが、一つお試しになりませんか?」

「え、なにを」


 九郎が尋ねかけた途端、そばを通る歩行者達が次々に立ち止まった。


「なんだ? まさか、麗の存在にみんなが気付いた!?」


 真っ先にその心配をしたが、違った。


「正面のUDXビジョンをご覧くださいっ」


 麗に言われ、九郎は慌てて先程の大画面に向き直る。

 延々と麗の引退会見を流していたはずの画面に、太字で文字が浮き出ていた。



『緊急事態につき、政府の緊急記者会見があります』



「なんだなんだ?」

「ここであんなの映すって、珍しいなおい」

「天地がひっくり返っても、だいたいアイドルとアニメネタなのにな」


 歩行者達が立ち止まってひそひそやる中、画面がまた切り替わって今度は記者が集められた広い場所が映った。


「官房長官の記者会見……かな?」


 日本の国旗が壇上の隅にあるのを見て、九郎は呟く。

 たまにニュースで見る場所であり、たいがい、官房長官が退屈な発表をしていたような。

 しかし、そんな普段の会見をここで流すだろうか。

 だいたい、緊急記者会見ってなんだ。


 疑問に思っているのはどうも九郎達だけではないらしく、画面の中では、集められた記者達もいつになくざわざわしていた。

 どうやら彼らも、今回の発表について何も聞いていないらしい。

 待つほどもなく、画面の外から時の官房長官が出てきて、中央に立つ。正直、九郎がしょっちゅう名前を忘れるくらいで、地味な政治家という印象しかない。


 しかし……なぜか今日はやたらと自信に溢れた表情をしていた。


 もはや中年も過ぎている彼は、壇上中央に置かれた机に手を置き、ぐるりと記者達を見渡した。ここぞとばかりに、記者の誰かがさっと手を上げた。



『長官! 今日の発表については、一切の予告がありませんでしたが、どういうことでしょうかっ』



静粛せいしゅくに願います!」


 外野からの質問を遮り、いつになく彼は一括した。

 九郎の記憶にある限り、この人はのらりくらりと記者の追及をかわすタイプだったのに、今や不思議な迫力がある。


 その証拠に、一時的とはいえ、記者達のざわめきが収まってしまった。


「最初に予告しておきますが」


 じろりと場内に睨みをくれ、官房長官は口火を切った。



「間もなくこの日本に、異世界からの侵略が開始される手筈となっています」



「はあっ!?」


 思わず声を上げたのは九郎だが、周囲の歩行者達も興奮気味に話していた。


「ねえねえっ。あのおじさん、野党からの突き上げに疲れて、ちょっと精神的にヤヴァイんじゃない?」

「だよねえっ。いつもモゴモゴとつまらない話ししかしないのに、今日は最高に狂ったこと喚いてるしぃ」


 どこかの女子大生達がひそひそと会話している。

 完全にアレな人扱いである。

 正直、九郎も似たような感想だったが、そんな気分も彼がこう告げるまでだった。



「敵は、異世界に存在するフォートランド大陸を故郷とする、ハイランド帝国であります。侵略の予兆は、すぐに現れることでありましょう」



 九郎と麗が息を呑む中、画面の中の彼はニタッと嫌な笑みを浮かべた。


「そう、おまえ達の命運は、もはや尽きたも同然」


 ふいにがらっと口調が変わった。


「……まずは、ハイランドを代表して、宣戦布告の挨拶といこうかな。よく見ておくがいい、平和ボケしたれ者どもっ。この男こそが、記念すべき最初の犠牲者だ!」


 冴えない政治家だったはずの官房長官は、ふいに懐から短剣――おそらくダガーを抜き出すと、次の瞬間、あっさりと自らの首を掻き切った。


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