ようこそ、ご光臨を!
実際、九郎のすぐそばで、大学生風の少年が語り合っていた。
「……俺、密かにファンだったのに」
「今のアイドルには珍しく、スキャンダルには無縁な、可憐な子だったのになぁ。銀髪に碧眼もとんでもなく似合ってるし。国籍不明な感じでー」
「ていうか、なんで急にあんな丁寧な話し方になるんだ? いつもきゃぴきゃぴだったのに、口調がガラッと変わってますけど!」
ぎくっとするような疑問を一人が提示した。
しかも、やたら不満そうに。
「アレか、男ができた照れ隠しで、いつもの陽気な言い方する気分じゃないのかね?」
「ば、馬鹿野郎っ」
すかさず、小太りの一人が唾を飛ばして喚く。
「麗ちゃんに恋人なんかいるかっ。だいたい、まだ十三歳になったばっかだぞ!」
「十三歳だろうが、十歳だろうが、男ができる時はできるだろうがっ」
「なにおうっ」
そこまで聞いて、居たたまれずに九郎はその場を立ち去った。
なぜか責任を感じてしまったので。
しかし……べ、別に俺のせいじゃ……ないよな?
内心でドキドキしていたが、ふいに後ろから「今日はお早いのですね!」と声をかけられ、それこそ飛び上がりそうになった。
九郎は、アキバブリッジの上で胸を抑えたまま、そっと振り向く。
なんと、今正面のUDXビジョンで映りまくっている霧夜麗本人が、笑顔で立っていた。白いショートパンツとノースリーブのシャツという姿であり、下着も純白らしい。
なぜわかるかというと、少しブラが透けていたので。
「どうしてここに!?」
「ちょうど、インタビューはUDXでありましたので。……今映っている映像は、朝方に撮ったばかりの録画なのです。既に、何度もあそこに流れていますわ」
簡単に説明してくれた後、彼女は一旦腰を屈めて片膝をつき、騎士がするように拝礼の姿勢を取った。
「それより、ようこそご光臨を! 気配を感じて、駅から急いで走ってきた甲斐がありました。思いもかけずこのような場所でお会いできて、嬉しいです!」
「こらこらっ。麗みたいに目立つ子が、こんなところでそんなことしたら――」
慌てて立たせようとして、九郎は気付く。
アキバブリッジの上を歩く通行人達は、なぜか誰も麗に目を留めない。全員が、「こんなところで立ち止まるな、スカタンっ」という目つきで九郎を見ていくのみである。
「ご心配には及びません、九郎さま」
九郎の手に引かれるまま立ち上がり、麗は低頭した。
「遙かな昔、麗が人目につきすぎることを悩んでいたのを知り、もったいなくも当時の九郎さまが、身を隠す術を授けてくださったのです。それ以後、どのような姿をしていようと、麗がその気になればいつでも孤独を満喫できますわ」
「むう」
信じ難い話だが、誰も麗の方を見ないのだから、信じる他はない。
だいたい、銀髪碧眼の超有名アイドルが、薄着全開の姿でこんな目立つ場所に立っているのだ。麗を知らなくても目を奪われて当然のはず。
それでも一応はアキバブリッジの隅に移動してから、九郎はため息をついた。
「聞いただけだと、嘘つけぇと思うけど、この目で見た以上は信じるしかないか」
「本当にご心配には及びません。ほら!」
くすっと笑った麗は、ふいにその場で軽くジャンプし、鮮やかにブリッジの手すりの上に立ってみせた。
手すりと言っても手前の太い鉄棒の方ではなく、強化ガラスが嵌まった上部、つまり数センチほどしかない金属枠の上である。
その上でバランスよく立ちながら、「この通りです!」と楽しそうに破顔するのだ。その跳躍力に驚く前に、心臓に悪い。
確かにそれでも誰も麗を見ようとしないが……下までかなりの高さがあるのに、落ちたらどうするんだ!?
九郎は気が気ではなかった。