魔族は衰退しました
ひとまず、結城先生ならぬユウキと一緒に、隣同士の席に座る。
外の廊下はもう静まり返っていて、どうやら1時限目が始まったようだった。
「HRどころか、授業始まってますよ?」
義務を感じて九郎はそう指摘したが、ユウキはどこ吹く風だった。
「私は次の授業は二限目からですから、平気です。我が君は、私と進路相談に及んでいたことにしましょう」
「はあ」
まあ、授業をサボることに関しては、九郎も特に抵抗はない。
なにしろ、昨日だってアニメ映画のために早退したほどだ。
「大事な話なんですね?」
「この上なく」
断言すると、ユウキが身体ごとこちらを向く。
「それと、どうぞ二人の時は敬語はおやめください。畏れ多いことです」
「む……な、慣れるまで大変そうですね……じゃなくて、大変そうだね」
麗と同じことを頼む担任に、九郎は大いに戸惑った。
とにかく自分もユウキの方を向くと、またほのかな香水の香りがして、スーツの胸を押し上げる双丘にうっかり目を奪われた。
大人びた雰囲気だし、スタイル良すぎだが……この人は、何歳だっただろうか? というより、本当の年齢は全然予想もつかないが。
「……十八歳ですよ、肉体年齢は」
「な、なんでっ」
意表をつかれ、跳び上がりそうになった。
「いえ、胸を見ておられたので、年齢が気になったのではと」
別に不快な様子も見せず、ユウキが微笑する。
「おそばにいるために、わざと教師に化けていますけど、その気になれば化粧を落として女子高生にもなれるはずですっ。肉体年齢は十八で固定ですからっ」
なぜか、やたらと肉体年齢を強調された。
さすがに、中学生に化けられるとは言わなかったが――なるほど、高校生なら十分通用するかもしれない。
ちょっと脱いでみて? と冗談で言いかけ、九郎は危ういところで自重した。
多分――いや絶対、この人も麗と同じく本当に脱ぐ気がする。
自分の理性のためにも、強引に話を戻した。
「それで、改まって話とは?」
「実は霧夜麗のことは置いても、もしも我が君の記憶がこのまま戻られないようなら、私はなんらかの手段を見つけ、記憶を取り戻して頂こうと考えておりました。というのも、我らの故郷であるフォートランド世界に異変が起きているのです」
「異変!? 具体的には、どんな?」
「私は、定期的に元の世界の様子を見に戻っていますが、実は現在の魔界は、我が君が君臨していた頃のような強国ではありません。全大陸を支配した最盛期は、遠い昔のことです」
叱られないか不安がっているような顔つきで、ユウキが言う。
「我が君がフォートランド世界で崩御されてから既に十七年、この日本に転生されてからですら、もう十五年の歳月が流れています。その間、増長した人間達は徒党を組み、魔界を侵し始め、数にものを言わせて領土をもぎ取ってきました。今や、魔界の衰退は明らかなのです。我が君は遺言で、『今後、予のいない世界で新たな時代を作るのは、お前達の役目である』と仰せでしたので、魔界へ戻って頂きたいです、などとは申しませんが――」
まさにそう言われるのかと思ってどきどきしていた九郎は、ほっと息を吐いた。
今や単なる中坊である自分に「領土回復を!」などと言われても、困る。
「……問題は、コトは向こうの世界だけに留まらない、という点でございます」
綺麗な弧を描く眉をひそめ、ユウキは絵に描いたような憂い顔を見せた。
「向こうでは人間達の内紛もあり、かろうじて現在の戦局は一進一退を続けています。しかし、代わりに敵は異世界転移の術を突き止め、この世界に目を付け始めております」
「こ、この世界って……まさか、俺達がいるこの日本!?」
「というより、地球そのものでございましょう。魔族を追い詰め始めた敵は、大いに増長しています。今や、異世界であるこの星にまで、手を出そうとしている様子なのです」
マジかっ。
九郎は人知れず戦慄した。