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異世界魔王、日本に転生して侵略者を迎え撃つ  作者: 遠野空
序章 ファンだったはずのアイドルが
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いきなり土下座?




 敷島九郎しきしま くろうが、隣人に気付いたのは、ほんの偶然からだった。


 普段の彼は、健康すぎるほど健康な中学三年生だったが、その日はたまたまサボる口実に風邪を利用し、わざと学校を早退した。

 というのも、どうしても観たかった映画アニメがその日までの上映で、学校が引けてからではもう終わっているから――という不届きな理由だったのだが、結果的にそのお陰で「彼女」を見かけたのである。


 つまり、今をときめく人気アイドルの、霧夜麗きりや れいを。






 ちょうど九郎が、マンション最上階の十五階で降りて、エレベーターホールから廊下の方へ曲がった時である。

 廊下を進んで突き当たりの部屋が九郎の部屋だったが、歩き出す前に隣室のドアがふいに開き、一人の少女が出てきた。


 この時点で、実は九郎はかなり驚いていた。


 なぜなら、両親の都合でここに引っ越してきて二年と半年が経つが、隣に人が住んでるのを知ったのも初めてなら、その隣人が少女だったのを知るのも、今が初めてだったのだ。

 隣室はいつも静まり返っているので、九郎はてっきり「隣は空き部屋だな」と確信していたのである。だいたい、この十五階は普段から人の気配がしないし。

 しかし……少なくとも、あそこは空き部屋ではなかったようだ。


 誰もいないどころか、めちゃくちゃ目立つ女の子が住んでいた……それとも、つい最近になって引っ越してきたのかもしれないが。

 この子がまた、喫驚するほど目立つ子だった。

 まず、私服がとんでもない。

 色こそ、青を基調とした落ち着いたものだったが、コスプレにも使えそうなフリルとレース満載のゴシックドレスであり、長い両足は黒ストッキングに包まれている。


 ただしフリルスカートの裾は、この子の母親が見たら号泣するほど短かった。


 髪も凄い――地毛なのかそれともウィッグなのか、ストレートの髪は輝かんばかりの銀髪で、腰の辺りまで伸びている。

 おまけに、気配を感じたのかこちらを見たの顔は、白磁の肌に切れ長の瞳が目立つ、とんでもない美人さんだった。おまけに碧眼ときている。


 まあ、年齢的にはどう見ても中学生になるかならないか、くらいだったが。





「……うっ」


 足が止まり、思わず呻き声が洩れた。

 普通なら驚愕するだけで済むところだが、九郎の場合はそれどころではなかったのだ。

 なにしろ、あの子が誰か、九郎はよく知っていたので。


 部屋に戻れば、ばっちり等身大ポスターまで貼ってある。

 ……すなわち、去年の今頃にデビューした途端、爆発的に人気が出たスーパーアイドル、霧夜麗その人だった。

 これほど間違いにくい子もいないだろう。


 まだ十三歳になったばかりのはずだが、今や日本中で知らない人を探す方が難しいほどである。

 あまりに驚いたせいで、九郎は言葉もなく立ち尽くしていたが……どうも、ぶったまげていたのは九郎だけではなく、向こうも同じらしい。

 というのも、彼女はドアを閉め、鍵をかけようとしたポーズでこちらを向いたまま、見事に固まっていたからだ。


 お互いに凝固したように見つめ合うこと数十秒、先に我に返ったのは、九郎の方だった。

 相手は人気アイドルであり、しかも自分は大ファンである。

 おそらくアイドルにとって、悪戯にぎゃーぎゃー騒ぐファンほどうっとうしいものはないだろう。

 そこまで一瞬で考え、九郎は双方のこれからのために、ここはクールに対応することにした。


 つまり、何事もなかったように歩みを再開し、部屋に戻ろうとしたのだ。


 改めて驚くにせよ、喜びを弾けさせるにせよ、まずは部屋に戻ってからのこと……そう思ったわけだ。

 幸い、九郎が歩き出すと同時に、麗もこちらへ歩き出し、二人は少しずつ接近していった。そのうちすれ違い、この場は何事もなく済むはず――だった。


 しかし、あいにくそうはならなかった。


 最接近の直前に、いきなり麗が九郎の前に立ち塞がった。

 驚いて足を止める九郎の前で、彼女はなぜか当たり前のように両膝をついてしまう。

 この時点で九郎の理解力の限界ゲージを振り切っていたが、本当の驚きはまさにここからだった。

 彼女……アイドルの麗は、そのまま土下座に及び、あろうことか、九郎の足にキスした。

 まあ、靴を履いていたので実際にキスしたのは運動靴の表面に過ぎないが、固まっていた九郎にとっては、どちらでも大差なかったかもしれない。





「これも……なにかの運命かもしれません」


 キスの後で少しだけ頭を上げ、麗が震え声で言った。


「ヴェルゲンさま……お懐かしゅうございます」


 九郎は立ち尽くしたまま、ただひたすら麗の頭を飾る赤いヘアバンドを見つめていた。まるで、そこに救いを求めるかのように。

 

 ……ヴェルゲンって誰だ? まずそう訊くべきなのだが、あまりの驚きに打たれ、とっさに声が出なかった。

 

 

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