僕は女装なんてしない
※ このお話はフィクションです。実在の個人団体とは一切関係がありません。
少々困ったことになってしまった。
すまないが、僕の話を聞いてもらえないだろうか。
はじまりは、僕が古くからの友人宅に遊びに行き、たいしたことをするでもなくだらだらと過ごしていた金曜日の夜だ。
友人が、何気ないふうを装ってこんなことを言い出したのだ。
「なぁ、お前、女装とか興味ないか?」
僕と友人はもう二十年以上前からの付き合いで、言ってみれば幼馴染みというやつである。
お互いもう社会人になり、それぞれ独り暮らしをしている身ではあるが、時々こうして遊びに行っては、とりとめのない話をして盛り上がったりしている。
この日も、僕と友人の二人は近くの店で遅めの晩ご飯を食べ、近くのコンビニで夜食用のスナック菓子を買い込んでから友人宅に戻ったところだった。
早くも活躍していたコタツに足を突っ込み、「さっきの店で隣の席に座っていたネーチャン、おっぱいでかかったよな」とか、そんなどうでもいいことを話し合っていたところだった。
「どうなんだよ、なぁ。女になってみたいとか、思わないか」
そのさなかに、この発言である。
はじめ僕は、とうとうこの男も気が狂ってしまったのかと思った。
「君よ、いくら女にモテないからって、幼馴染みを女装させてそれで満足しようなどと、そんなことを考えるものじゃないぞ。僕が君の友人でなければ、平手のひとつでも頬にくれてやって、それで帰っていたところだ」
「違ぇよ。そんなよこしまな気持ちで言ったわけじゃねぇっつーの。それに俺は、男同士の趣味はない」
「奇遇だな、僕だってそうだ。では、どういうつもりだというのだ」
友人は、非常に言いにくそうにしながら、自分のスマートフォンを取り出した。
そして画面上に一枚の画像を呼び出すと、それを僕に見せてきたのだ。
「俺の姉貴たち、知ってるだろ」
「あの爆裂三姉妹か? もちろんだとも」
あの、高圧的で唯我独尊な性格の彼女たちは、忘れようにも忘れられるものではない。あれ以上の存在感を持った人間を、僕はまだ見たことがないのだ。
「その中の、一番上の姉貴から送られてきた写真がこれだ」
「うん……?」
友人が見せてきたのは、色褪せた古めかしい写真だった。アルバムか何かに挟まれているものを、スマートフォンのカメラで撮影し直したらしい。
その写真には、幼い少女が写っていた。
たくさんのフリルの付いた白いワンピースを着て、つばの広い麦わら帽子を被っている。
写真を撮られるのが恥ずかしいのか、麦わら帽子を目深にかぶり顔を隠そうとしていた。
「これ、誰だと思うよ」
「君の姉から送られてきたのなら、当人ではないのか」
「俺だよ」
「……は?」
僕がその言葉の意味を理解するまでに、しばらくの時間を要した。
「まだ俺が小さかったころに、姉貴たちにむりやり女の子の格好をさせられたときの写真なんだ。この間実家に帰ったときに押し入れの奥から見つけ出してきて、俺に送ってきたんだ」
「なんと」
確かにそう言われてみれば、面影があった。しかし、これが友人だと言われて納得できるかどうかは別の話だ。
写真に写っていた友人は、どこからどう見ても女の子にしか見えなかった。
「なんだ、君には昔から女装の才能があったのだな」
「やめてくれ、姉貴たちと同じことを言うのは」
「で? 君の知られざる才能が分かったところで、どうだというんだ」
「俺は知られざるままでいたかったけどな。……実はな」
そうして語り出した友人の話は、こうだ。
なんでも、友人の姉たちは今、倒錯的な写真を撮るのに熱中しているらしく、その被写体となるものを常に探しているらしい。
そんななか、昔撮った友人の写真の存在が話題にのぼり、写真を確認した姉たちから、命令が下ったらしい。
「そろそろ良い年になったし、もっかいやるぞと」
「理不尽だな」
「んで、それにお前も付き合ってほしい」
「ちょっと待て」
なぜいきなり僕にまで飛び火してくるんだ。
と、僕は強い焦りを覚えた。
「姉貴たちが撮りたいのは、女装した男同士が耽美に絡み合う様らしい。で、相方は自分で選んでこいって言うから、お前に頼もうかと」
「馬鹿じゃないのか」
「馬鹿はあの姉貴たちだよ。俺だってなー、こんなこと頼みたくはねぇけど、断ったらキャン玉握り潰すぞって言われててな……」
友人は、これでもかとばかりに頭を下げてきた。
「頼むよ。アイツら握り潰すっつったらマジで握り潰すような奴らじゃんか。俺まだ童貞なのに潰されたくないんだよ。一緒に来てくれよー」
「それは、さっさと使わない君が悪いんだろ」
「適当にお店行って捨ててきたお前には言われたくねぇ。それに、はじめてはロマンチックなのがいいだろ!」
こういうことを言ってるから、この友人には恋人のひとりもできないのではないか。
僕はそのとき強くそう思ったものだ。
「なぁ、俺を助けると思って一緒に来てくれよ。ちょっと一日女装して、俺と一緒に写真に写るだけだからさ。ベリーイージーだろ? な? な?」
「狂おしいほどルナティックだな」
「一生のお願いだ! この通り!」
とうとう友人は、コタツの天板に額を擦り付けた。
一生のお願いも、これで何度目になるか分からないのだが……。
「……あぁ、もう、分かったよ。頭を上げてくれ」
こうなった友人を説得するのはもはや不可能なのだ。
僕は、長い付き合いでそれを十分に知っていた。
「お、てことは!」
「行くよ。行けばいいんだろう」
友人は両手を高々と上げて快哉を叫ぶ。
「よっしゃ! お前はそう言ってくれると信じてたぜ!」
反対に僕は、重い溜め息しかでてこなかった。
「じゃあ、姉貴たちにはお前も参加するって伝えておくからな」
「好きにしてくれ。ただし、撮った写真を外に出すことには同意しないぞ」
「分かった分かった」
そう言って、友人は姉たちに連絡を行う。
その様子を見ながら僕は、具体的な話を聞いたのだが。
「ところで、撮影はいつ頃の予定なんだ? 丸一日やるとなったら仕事の予定などを確認して、空いてる日を探す必要がある」
友人は、とんでもないことを言い出した。
「明日だよ」
「……なに?」
「いや、日付変わったからもう今日か。今日の昼前からだ」
「冗談だろ?」
「その言葉、俺も姉貴たちに対して言ったからな。ちなみに俺が言われたのも今朝だ」
「まて、本当に今日なのか? あの人たちは何を考えているんだ」
「なにも考えてねーって。お、返信来た。ちゃんと準備してこいってよ」
「準備? いったい何をしてこいというんだ」
友人は立ち上がると、僕の腕を掴んでバスルームまで引っ張っていく。
そして、カミソリとシェービングクリームを手に取った。
「手と足と顔。きれいに毛を剃ってこいってよ」
「…………」
……結局その夜は、二人で確認し合いながら毛という毛を剃り尽くして、撮影に備えて寝ることにした。
夜が明けて。
午前十時頃に友人ともども目を覚ますと、しばらくして友人の姉たちが迎えにきた。
撮影会場まで連れていかれ、用意されていた衣装を二人で着込む。フリルのたくさん付いた女物のドレス。羽飾りのついた優雅な帽子。なんと下着まで用意されていた。
こんなものを着なくてはならないのか、と僕は頭が痛くなっていた。
「なぁ、このパンツだとちんこ収まらなくないか……?」
「むりやり詰めるしかないな」
「あとブラジャーってどうやって留めるんだよ。背中に手が届かねぇぞ」
「お互いに留め合おうか……」
何が悲しくて、男同士で女物の服を着せ合わなくてはならないのか。
涙が零れそうになった。
四苦八苦してなんとか着込むと、今度は友人の姉たちに化粧を施されていく。
素肌というキャンバスに、色と艶が塗りたくられていった。化粧をするというのは、自分の顔ではなくなっていくような不思議な感覚だった。
友人とともに準備が整うと撮影開始となったのだが……、撮影の詳細については、ここでは伏せておく。
せっかく、撮った写真を外には出さないでいてくれるのだから、わざわざ僕から漏らしたくはない。
ただ、思ったよりもたくさん写真を撮ったし、思ったよりも色々なポーズを取らされたし、思ったよりも遥かに、友人との距離が近かった。
はっきり言って、もうこのような写真を撮るのは御免だと思った。
あまりにも心を削られるし、今の世の中、不用意な写真を残すのは色々とよろしくない。
友人の姉たちからはモデル代ということで一万円をもらったが、全くもって割りに合わない。
とんでもない目に遭った、というのか僕の偽らざる気持ちだった。
そして、ここからが、本題なのだが。
「うーん……」
今、僕の目の前には、もらった一万円で購入したものが並べてある。
ネット通販で買ったもので、先程宅配便で届いたものだ。
――――ブラウスとスカート、そしてリボンである。
そう、僕は今、自らの意思で、女装をしようと思ってしまっている。女物の服を着る自分を想像するだけで、ドキドキするようになってしまったのだ。
あれだけ、泣きたいような嫌な目に遭ったというのに、なぜこのようになってしまうのだろう。
あの日が原因でねじ曲がってしまったのだろうか。
あの日がきっかけで目覚めてしまったのだろうか。
考えても僕には分からない。
だから教えてほしい。
――――素敵なレディになるための、女装術というやつを!
彼はこのあと女装にドハマリして、ネットの掲示板とかで自撮りを投稿しちゃったりするようになります。




