メイキュー・迷宮!
あたし、間宵路子は、秘密を抱えて暮らしていた。
世間的には、普通の高校一年生。
だけど、あたしには、生まれつきの奇妙な能力があって……。
「よーっす、倉っち!」
あ。
公平君の友達が、風人君に声をかけてる。
あたしの胸がちょっとときめく。
倉井公平君とあたしは幼馴染。
公平君、あたしと結婚してくれるって言う11年前の約束、覚えてるのかなあ?
あたしまだ告白もしてもらってないんだけど……。
どう考えても忘れちゃってるパターンだよね……。
でもとにかく、公平君の顔が見たくて、あたしは通学路を早足で駆ける。
あれ?
公平君の友達、何にも話さないではなれて行っちゃった。
どうしたのかな?
まあいいや、公平君と二人きりのチャンス!
あたしは近寄って、うつむいている公平の顔を覗き込んで、
「おはよう! 公……平……? あれ? なにかあったの?」
明るく挨拶するつもりが、びっくりして変な挨拶になっちゃった。
だって公平ったら、なんかこの世の終わりみたいな暗い顔してるんだもん。
「あ……みっちゃん……おはよう……」
あ、返事はしてくれた。
でもなんか死にそうな声。
「ほんとどうしたの? 何かひどい顔してるよー?」
「昨日……寝てない……」
ふーん?
確かに目が赤い。
でも、それは説明になってないよね。
「何で寝てないの?」
「別に……」
別にって事はないでしょー!
あたしは心の中で突っ込む。
「何かしてたの? あ、趣味の小説書いてたの?」
「あ……ええと……小説……」
この時になって公平君の目の焦点が合ったみたいに、あたしには思えた。
「小説書いてたんだ? なんだっけ? 『ラノベ作家になろう』ってサイトだっけ? 投稿する奴?」
「う……」
公平はうめき声みたいな声を出しただけ。
どうしちゃったのほんとに。
あたしは別の事が気になってきた。
「公平、このペースでとぼとぼ歩いてたら遅刻するよ? 高校がある同じ町内に住んでるのに遅刻とか格好悪いよ?」
「あー。」
「走ろう?」
あたしは公平の手を取る。
そして公平の手を引っ張りながら走る!
「あ、うわっ、みっちゃん、ちょっと!」
「あー、やっと大声でたね!」
「速いよ! もっとゆっくり!」
「駄目でーす!」
あたしは公平を引っ張りながら走る。
「あっ、わっ、たっ、ちょっ!」
公平が後ろで変な声を出してるけど気にしない。
公平も体を動かせばちょっとは気が晴れるよね?
あたしは公平を曳きながら学校の玄関を通過し、下駄箱のあたりで止まった。
「どう? すこしは頭すっきりした?」
あたしが聞くと、
「ああ、ありがとうみっちゃん」
公平は少しはしっかりした声でそう言ってくれた。
でもまだちょっと、目が死んだ魚みたいな感じかな?
「本当に何がったのよそれで?」
「……」
あたしの問いに、公平は目をそらした。それから、
「みっちゃんには、関係ないよ」
どこか冷たい声で、そう言った。
え?
まさか?
公平ってば、失恋したの?
あたしの知らないところで、誰か好きな子ができてたの?
そんな?
朝のホームルームが終わったけど、公平はずっとあの調子だった。
心ここにあらずって言うの?
それで、一限目の世界史の授業で先生に当てられた公平は一言もしゃべれなくて、先生に『保健室で休んだらどうだ?』なんていわれる始末。
あたしは心配だったから、
「先生! あたしも調子悪いです!」
そう元気よく宣言して、二人で保健室に行くことにしたの。
教室出るとき、誰かが
「おしどり夫婦だねえ」
とか野次ってたけど、気にしない。
保健室はクーラーがちゃんと効いていて涼しい。
教室の空調はいまいちなんだよね。
公平は保健室のベッドに横たわるでもなく、あたしに背を向けて座ってる。
「公平……」
あたしは公平の背中に声をかけた。
「……失恋したの?」
公平は返事をしない。
あー、これビンゴかな。
泣きたい。
公平ってばあたしじゃない子に恋してたんだ……。
「しょうがないなあ!」
あたしは極力明るい声で言った。
「公平、こっち来て!」
公平の手を取って、保健室の壁際に行く。
「何?」
公平の元気なさそうな声。
「あたしが公平に女の子を落とす方法教えてあげる!」
ぶっと公平が吹いた。
「な、なに?」
「女の子なんて星の数ほどいるんだから! 次の恋にチャレンジするときのために、必殺技教えてあげる!」
「お、おう」
公平はちょっとあきれたような顔。
でもあたしは大まじめ。
「ステップ1! 大事な話があるって言って、二人きりになれる場所に呼び出す!」
「う、うん」
「ステップ2! 相手の頭の右30cmぐらいのところ、ドンッって右手を壁につく!」
「ああ、壁ドンってやつ」
「そう、やって!」
公平は言われたとおりにする。
ドンッ。
うわ、壁ドンってされると、こんなに体が近づくんだ。
これはすごいわー。
胸がドキドキする。
「で?」
「あ、ああ、ステップ3! そのままの姿勢で、出来るだけ格好よく、イケメンなセリフを言う!」
「イケメンなセリフって何だよ」
公平が苦笑する。
「イケメンが言う台詞よ! 公平、小説書いてるんだったら思いつくでしょ!」
「え、えーと」
「思いついた?」
「ま、まあ」
「じゃあ、格好よく言う!」
「……」
何かをためらっている公平。
「言う!」
プッシュするあたし。
2秒後、公平は口を開いた。
「お前の方から言っちゃえよ、俺の事が好きだって」
……。
「あっはっはっはっ!」
あたし、大爆笑。
いやー、すごい。
壁ドンってすごい。
一応イケメンの部類に入る幼馴染からの、このセリフはヤバい。
ドキドキもしたけど。
なんか、それよりも爆笑しちゃった。
あー、こんなんだからあたし公平からみてアウトオブ眼中だったのかな。
「何なんだよ」
公平は不服そうだった。
「いや! 大丈夫! すごい破壊力だから! あたし以外の女子なら落ちてるから!」
「意味分からん」
公平はちょっと不機嫌そうに横を向いた。
あー、でも。
あたしもドキドキできたし、これでいいか。
最後にいい思い出ができたよ。
さよなら、あたしの11年間の片思い。
「はあ。大体俺、失恋したわけじゃないし」
え?
公平、今何て言った?
あたしのたった今の心の中のさよなら、取り消してもいい?
「じゃあいったい何……」
言いかけて、あたしはようやく、あたしの能力の事を思い出した。
まさか、公平。
心に「迷宮」を作ってしまっているの?
そうかも知れない。
だとすると、放っておくと公平の精神が危ない。
「公平、ちょっと心見ていい?」
「え、なに?」
「公平の心を見るの。いいよね? 幼馴染だし」
「よく分からんが」
「いいよね?」
「いいよ」
よし、言質を取った。
公平は心理テストみたいなものを想定しているのかもしれないけど。
ここはあたしの能力を使わせてもらおう。
「目を閉じて」
あたしが言うと、公平は素直に目を閉じた。
素直すぎる。
あたしが今からその唇を奪ったらどうする気だ。
どうもしないか。男の子だし。
「目を開けないでね」
あたしはあたしの右手を霊体モードに切り替えて、公平の胸に伸ばす。
霊体モードのあたしの右手は学生服のシャツを貫通して公平の胸の中に。
そのまま、公平の心臓に指を伸ばす。
心臓の中にそれはあった。
5ミリメートル角ぐらいの塊。
『迷宮の種』
公平の心に生まれた、これが公平を苦しめている原因。
放っておくと、公平の心を壊してしまう。
「公平」
あたしは公平の体から右手を抜きながら、声をかけた。
迷宮の種は心臓に残したままだ。これは、普通の方法では取れない。
「目を開けていいのか?」
「まだ。公平、あたし今から公平の心の中に入るよ」
「ふうん?」
「いいよね?」
「よく分からないけどいいよ」
公平、優しいな。
あたしは右手を通常モードに戻してから、公平の心臓のあたりを指差し、呪文を唱える。
「Make you 迷宮!」
あたしの能力が発動する。
世界中の時が止まる。
ついで、あたしから見える世界全てが溶けてなくなる。
何もない真っ暗な世界。
存在するのはあたしと公平君だけ。
ついで、錠剤が水に溶けるように、公平君の体がゆらいで溶ける。
溶けて、煙になる。
煙は広がり、渦巻いて、巨大な何かを形作る。
地に広がる無数の壁。
壁は曲がりくねった通路を形成する。
あたしは、あたしの能力の世界の中で。
公平君の心をむしばんでいた、「迷宮」の前に立っていた。
「待っててね、公平君!」
あたしは自分に言い聞かせるように言う。
「公平君の心の迷路、解いてみせるから!」
あたしの手には、一振りの剣が握られている。
あたしの心から生まれた剣。
それだけを持って、「迷宮」のなかに、あたしは駆けていった。
岩から削り出したような、重苦しい石の壁がどこまでも続く。
曲がりくねり、方向感覚を失わせる。
無数の通路があり、どちらに進めばいいか全然分からない。
でも進む。
間違わなければ、いつかはたどり着けるはず。
目的地に。
広いスペースに出た。
その中央に、身長一メートルぐらいの、小さな公平君がいた。
黒い影をまとっている。
公平君の「迷い」のひとつだ。
『どうせ俺なんか』
「迷い」がそう言った。
「どうしたの公平君!」
あたしは叫ぶ。
『どうせ俺が小説家になるなんて、無理だったんだ!』
「迷い」がまるで映画のゾンビのように、あたしに襲い掛かってくる。
「公平君は……」
あたしは剣を構えて突撃する。
「そんな事を言う人じゃなかったはずだよ!」
あたしの剣が、「迷い」を両断する。
塵になって消える「迷い」。
気分が悪い。
仮にも、公平君の姿をしているものを斬るなんて。
でも、やらなきゃ。
あたしは迷宮の攻略を続ける。
今のは、最終目的地でもなんでもない。
迷いのかけらを一つ消しただけ、と言ってもいい。
迷宮を進むと、やがてまた広い場所に来た。
さっきのより大きい「迷い」がいた。
もちろん公平君の姿だ。
前のと同じように黒い影をまとっている。
『絶望だ! 絶望しかない! あんな奴らがいたんじゃ!』
襲い掛かってくる「迷い」を、剣で斬りたおす。
「『あんな奴ら』……?」
あたしは「迷い」が吐いた言葉の意味を考える。
すごく小説を書くのが上手い人だろうか。
そう言う人がいるのを知って、自分は小説家になれないと絶望した?
そう考えたものの、ちょっと納得がいかない。
あたしの知ってる公平君は、そんな事でめげたりしない。
多分。
だから、そういう事じゃない。
なにかがある。
迷宮を進む。
頭の中に地図を作りながら進むんだけど、完璧と言うわけにはいかない。
何度も、すでに通った所にたどり着いちゃって、ため息が出る。
あたしの能力には制限時間があるから、あまり時間をかけているわけにはいかないのに。
それから、迷宮を進み、いくつかの「迷い」を斬り倒した。
そしてついに最終目的地についた。
ひときわ広い空間。
本物の公平君と同じ大きさの「迷い」が佇んでいる。
纏う黒い影は特大で、もう黒い竜巻みたい。
その中央にいる「迷い」は公平君の姿なんだけど、両手の爪がモンスターみたいに巨大化してる。
「迷い」がその爪を振りかざして、襲い掛かってくる。
あたしは剣でそれを受ける。
「教えてもらうよ公平君! 何があったの? 何が公平君を絶望させたの?」
ガキーンって爪と剣が音を立てて、あたしたちは後ろに跳び退る。
『相互評価……クラスタ……』
「相互……なに?」
聞き覚えない言葉にあたしは戸惑う。
『あんな不正をする奴らがいるなんて! 知らなかった!』
公平君の姿をした「迷い」が絶望の表情で襲い掛かってくる。
あたしも突撃して剣を振る。
二人がすれ違う。
あたしの剣は「迷い」の爪の一本を折ったけど、あたしは服の袖を少し切られた。
まずいな。
この世界ではイメージ通り体が動くんだけど、それでも剣を振ったりする戦いは得意じゃない。
あたし平凡な女子高生だし、戦いの訓練とか受けてないし。
しかたない。
リスクかなり大きいけど、必殺技、使っちゃうしかないか。
あたしは剣を左手に持ち替える。
相手の攻撃を受け止めるために剣を横に構えて、右手を引いて待ち構える。
「迷い」は爪の手を大きく振りかぶり、駆けてくる。
待ち構える。
爪が振り下ろされる。
ガキーンって大きい音。
体が軽く跳ばされそうになる衝撃だけど。
怖いけど。
勇気を出して、霊体モードにした右手を「迷い」の頭に向けて突き出す。
実体のない右手は、頭がい骨をすり抜けて脳みそに埋まる。
「教えて! すべてを!」
あたしは叫んで、最後の力を出す。
「迷い」の動きが止まる。
公平君の知識があたしに流れ込んでくる。
あたしはさっき聞いた言葉を検索する。
相互……評価って言った?
ああ、これだ。
「相互評価クラスタ」問題。
あたしは理解した。
それは、公平君が夢をかけて小説を投稿していたサイトのこと。
そのサイトで、不正を行っている利用者たちがいたことを、公平君はネットで知ったのだ。
すくなくとも100人はいる人達が、自分たちが投稿した小説にお互いに高得点をつけあっていたという問題。
その小説サイトの知識がないあたしには完全に理解できなかったけど。
その人達のせいで、小説の人気ランキングはその人たちの作品で埋まってしまって、真面目に小説を投稿していた人たちの作品が人目に触れるチャンスがどんどん奪われていったという事。
小説投稿サイトがそういう問題を知りながらも対処できずにいること。
そういう知識をあたしは理解した。
たぶん、それだけじゃなくて、公平君のスランプとかもあったのかもしれない。
それに、そう言うショックな情報を知ってしまって、公平君は心に迷宮の種を生んでしまったんだ。
迷宮の種がどのように生じるのか、あたしもよく知らない。
妖怪か何かが、弱った人の心に植え付けていくのかもしれない。
あたしの必殺技の効果時間が終わって、「迷い」は動きを取り戻し、大きく跳び退った。
また襲い掛かってくるつもりだろう。
でも、今のあたしには、かけるべき言葉がある。
「公平君!」
あたしは叫んだ。
「負けないで!」
あたしは叫んだ。
「公平君を苦しめてる人達なんて、あたしが!」
叫んだ。
「この手でぶっとばしてあげるから!」
叫んだ。
そんな事ができるあてはない。
その人達が世界のどこにいるかもわからないのに。
あたしにできることなんて、人の心の「迷宮」を解くことぐらいしかないのに。
「迷い」はその名の通り、何かに迷っているように、動かなくなった。
「あたし、公平君の事が好きだから!」
「公平君があたしのこと何とも思ってなくても、あたし、公平君の事が好きだから!」
「だから、なんでもできるから!」
「だから、そんな人達はぶっとばしてあげる! 一緒に戦おう! だから!」
あたしの頬に熱いものが伝った。
ああ。
あたし今、泣いてるんだ。
「負けないで!」
力の限り叫んだ。
不意に地響きが起きた。
ああ。
わたしには分かった。
迷宮を構築していた石の壁が、塵になって、煙になって消えていく。
あたしは、迷宮を、解いたんだ。
この世界のすべてが、ぐにゃり、とうねった。
目を閉じて、目を開けると、あたしたちはあの保健室にいた。
「で、いつまで目を閉じればいいんだ?」
公平が言った。
「もう目を開けていいよ」
あたしが言うと、公平は眼をぱちぱちさせて、
「結局何だったの」
そう言った。
「憑き物落とし。公平に憑いていた悪霊、ちゃんと落としたよ。」
あたしは適当な嘘をつく。
「何だよ悪霊って」
ああ。
公平の顔から、暗い影が消えてる。
寝不足そうではあるけど。
「公平を悩ませてた悩み、消えたんじゃない?」
「え」
公平は少し考えるそぶりをして、
「ああ……いや……消えたというか……なんか……」
「公平を悩ませるものはまだ消えてないかもしれないけど、でも、何とかなりそうな気がしない?」
「ああ、何でだろうな。昨日の夜から悩んでたことが、なんか意外とちっぽけなことだった気がしてきた。」
よかった。
やっぱり、迷宮は解けて――溶けて――なくなってた。
「教室に戻ろうかな。なんかすっきりしたよ」
「あ、じゃああたしも戻る」
「そうか」
二人で保健室を出る。
「ああ、ところでさっきさ」
公平が何気なく口を開く。
「んー?」
「お前、俺のこと好きって言った?」
え。
ええ?
ええーっ!
あの世界でのことは記憶に残らないはずなんですけど!
「い、いいいいい、言ってないよ!? っていうかさ!」
動揺したあたしは噛みながら言う。
「あたひが公平のこと好きってことぐらい、あたりまえでしょ? 分かってるよね!?」
あれ?
あたし今、何言った?
「そうか。今言ったな、みっちゃんは俺の事が好き、と。」
とぼけるような表情の公平。
何なのこの状況!
今からどうなるの!?
「じゃあ言うけど、俺もみっちゃんのこと好きだよ」
時が止まった。
何こいつ!
その切り札、今使うんだ!?
って言うか何!? 何!?
「好きって、どういう意味の好き?」
あたしは動揺を隠して聞く。
そうしたら、公平は何かを思いついたような表情になった。
手のしぐさで、あたしを壁際に押しやる。
ドンッ、あたしの顔の30センチ左に公平の右手が壁を押す。
え?
「路子」
ぞくっとするような声で、公平があたしの名を呼ぶ。
「俺の女に……」
あたしは息をのむ。
「……なれ!」
……。
「あっはっはっはっ!」
ごめん公平。
うれしいし幸せだし、キュンとしたけど。
爆笑しないでいるの、無理だよ。
「なんだよもう」
ため息をつく公平。
「あの、あっは、こちらこそ、うぷっ、よろしくおねがいします!」
「笑うかOKするかどちらかにしろ」
「はー、はー。おかしー」
「何がおかしいんだよ」
なにって、ギャップだよ。
公平そう言うキャラじゃないじゃん!
格好つけるのは良いけど、普段の言動と違いすぎる告白はNGだよ!
こうしてあたしたち、付き合う事になりました。
でもどうしよう。
あたし、何だっけ、相互評価クラスタ? をぶっとばさないといけないんだよね。
その約束、公平の記憶には残ってないはずだけど。
どうすれば約束守れるかなあ?