肩慣らしついでに覚悟を決めよう!
その後、洞窟から出たのはすぐだった。
どうやら落ちた場所は入り口から近かったようで、ゴブリン遭遇後からほどなくして、俺は雪華と一緒に久しぶりの外の空気を感じていた。
外はまだ明るく、太陽……かどうかは分からないが、それっぽいものの位置を見れば、多分まだお昼頃じゃないかな。
「いやー、死ぬかと思ったけど、雪華のお陰で無事に出られた!」
「セツカもお外出れた。リューヤのお陰」
「ありがとう。雪華と一緒に出られて嬉しいよ」
「ん、一緒」
俺は雪華と共に、無事に出られた事を喜びあう。
……脱出早々、お前らは何をやっているんだと思われそうだが、雪華にとっては出たくても出られなかった洞窟の外なのだ。その喜びを分かち合うのも、テイマーの役割なのである。
「それじゃ街へ行こうか」
「街?」
「うん、俺が数日前にこっちに来たとき、最初に居たところだよ」
「ん」
外は魔物がいて落ち着かないので、俺たちはまず街に戻る事にした。とりあえず今後の事については、着いてからゆっくりと話し合う事にしよう。
それからしばらく二人で手を繋いで歩く。雪華は外が珍しいのか、綺麗な花など見つけるとよく立ち止まる。俺はその様子を穏やかな気持ちで眺めながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。
洞窟に何日篭っていたのかは分からないが、やっぱり生きてるって素晴らしい。
はぁ、平和だなぁ。
「ん」
そんな事を考えていると、雪華が急に足を止めた。
どうしたんだろうか?
「カンカンって、聞こえる」
「音?」
「ん」
雪華はそう言うが、俺には全然聞こえてこない。ドラゴンは人と比べて聴力が良いのだろうか?
そう思って手を引いてる彼女を見ると、視点をある一点に固定して止まっていた。
ふむ、そっちになにかあるのか。
俺も少し集中して耳を澄ませる。――聞こえた。
「……け……、……」
だが聞こえたものは、雪華のいうカンカンといった音ではなく、何となく叫んでいるように思える。人の声か?
俺はそのまま耳を傾けていると、徐々にはっきりとした声で聞こえてきた。
「助けてー!」
「し、死ぬーー!」
何となく察するに、魔物か何かに襲われているようだ。となると、雪華が最初に聞いたのは武器のぶつかる音なのかもしれない。
一瞬どうしようか迷うが、俺は洞窟に入るまでの道中で子供が戦闘を行っていた事を思い出す。
力を手に入れる前ならともかく、流石に放っておけないか。
「行くよ、雪華」
「ん」
俺は再び雪華の手をぎゅっと握ると、空いている手で剣を握り締め、雪華と叫ぶ声が聞こえるほうへと一緒に駆け出した。
現場が見えてくると、そこには道中で見かけた子供達が走っていた。確か1匹のゴブリンを4人で囲んでリンチしてた子達だ。
「や、やば!? 早く走れ、追いつかれるぞ!」
「はっ、はっ、私、もう無理ぃ……」
「喋る余裕があるなら走れ!」
4人ともまだ健在のようだが、その後ろには3匹のゴブリンが追いかけてきている。見た感じ1匹が少し怪我をしているので、大方囲んで倒そうとしていた所に仲間がやってきて、数的有利が無くなって逃げ出したのだろう。
「じゃあ雪華はここで待ってて、ちょっと助けてくる」
「……大丈夫? 寒くならない?」
きっと俺が洞窟でゴブリンを倒したときに震えていた事を思い出したのだろう。――あぁもう、雪華はいつも優しいなぁ。
雪華の言葉に抱きしめたくなる衝動に襲われたが、今はそんな事をしている場合では無いとぐっと我慢する。そうして逃げてくる子供達の進行方向まで駆け寄ると、真っ白な鞘から剣を抜き、構えて待つ。
「出番だ白晶」
俺は手元の剣へと呼びかける。雪華の白のイメージに、刀身が水晶っぽいので白晶という名前を付けてみた。
名づけてから「もしかして若干厨二臭い?」と心配になったが、雪華にお伺いをたてたところ、「ん」と嬉しそうに言ってくれていた。
「ちょ、何やってんの!?」
「おにーさん! 危ないから逃げてぇぇ!」
逃げてくる子供達が俺に気づくと、叫んで注意を促してきた。ふむ、良い子達じゃないか。
だったら俺も、恐がってばかりじゃだめだよな。
「私は大丈夫です。コイツらはこちらに任せて、先へ行ってて下さい」
「すまん、助かる!」
「ありがと、おにーさん!」
「はっ、はっ、後で、戻ってきますので!」
「……」
俺の様子から来ると分かっててここで待っていると察したのだろう。素直に横を走りすぎてくれる。
すれ違う時にチラっと見ると、彼らは男女2人ずつの混合パーティのようだった。一番遅れている子は喋る余裕もなさそうで、目に涙を溜めつつ小さく目礼をしてきた。
そしてそんな彼らに追いすがるゴブリン達だが、当然俺を目指して走ってきている。
前回と違い、今度は1匹増えている。戦闘に対する恐怖心はだいぶ薄くなったが、それでもまだ僅かに残っており、身体が少し緊張してくるのが分かる。
「……ふぅ」
俺は軽く息を吐き出すと、敵を見据えて前に一歩踏み出す。
大丈夫だ、落ち着け俺……そうだ、心得を思い出すんだ。
仲間になった魔物は、家族であり相棒だ。
相棒となった仲間は、庇護すべき恋人でもある。
そうだ、雪華は俺なんかの従魔になってくれたんだ。しかもそれだけじゃない。こんな弱小な俺にも、戦える武器を……自分の命を預けてくれたんだ。
だから俺には、雪華を守る義務がある――こんなゴブリンなんかに遅れをとっている場合じゃない!
そう思った瞬間、身体が軽くなったような気がした。
「グギャギャ!!」
目の前にはゴブリンが2匹、そこに遅れて負傷したゴブリンが1匹。
前にいる内の1匹が、何やら喚きながら武器を振り上げるのが見えるが……遅い。
俺は念のため振り下ろした武器が描くだろう軌道から避けるように横へ動くと、まだ構えに入っていないゴブリンの首へと撫でるように白晶を振りきる。すると、白晶を振った手に何の抵抗も感じないまま、ゴブリンの首が胴体から離れていった。
「……切れ味すご」
「ギャギャ!?」
洞窟内でも思ったけど、こんなアニメみたいにスパっと切れるのは毎度見ても凄いとしか言えない。
俺は驚きつつも白晶の高すぎる性能に感心していると、ようやく誰もいない所へと武器を振り下ろしたゴブリンが俺を見て驚愕する。その様子からは、全く俺の動きを追えていないようだ。そのまま体勢を崩しているゴブリンへと一歩近づくと、返す太刀でその首も跳ね飛ばす。――残り1匹。
「……グギャ? ギャギャギャ!!」
「まぁ、逃げるよな」
負傷していたお陰で来るのが遅れていたゴブリンは、一瞬で仲間が首無しになったのを見て呆気にとられていたが、俺が視線を向けるとすぐに逆方向へ逃げ出した。
逃げるのまで追う必要は無いか。
「ふぅ……」
軽く息を吐きつつ、血の付いた刀身を念入りに払って綺麗にしてやると、雪華が作ってくれた鞘へと白晶を戻す。
「恐かった……けど、慣れてきたかな」
この世界には、魔物がいる。雪華のような天使みたいな子もいるが、こうして害を成すものもいるのだ。しっかりしないと。
「リューヤ」
「あ、雪華! 待たせちゃってごめんね?」
「リューヤ、へいき?」
「あぁ、雪華がくれたこの白晶が守ってくれたよ」
「ん」
ゴブリンを倒してしばらく立ちつくしていると、雪華がとことことやって来た。戦いが終わったのが分かって、迎えに来てくれたみたいだ。
俺は寄ってきた雪華の頭に手をのせ、感謝の気持ちを篭めて優しく撫でてやると、目を細めて気持ち良さそうにする。
はぁ、癒される。
それにしても、雪華は何て良い子なのだろうか。
暗くなった気持ちも、この子を見ていると頑張ろうと前向きになれる気がする。雪華は間違いなく俺の守護天使……いや、守護竜だろう。
「よしよし」
「ん」
もうこのまま、ずっとなでなでしていたい。
けどさすがに雪華もただ撫でられているのは飽きるだろうし、このくらいにしておこうかな。あぁ、でももう少しだけ……。
「わ、おにーさん本当に倒しちゃったんだ!」
「凄い、1人でゴブリンを2匹も……ってあれ?」
「っ!」
雪華の髪の感触に虜になりつつあった俺は、そんな声で我に返る。もう戻ってきたのか……残念。
俺は名残惜しむように最後の一撫ですると、声の掛かってきたほうへ視線を向ける。そこには予想通り、4人の子供達パーティがいた。
「おにーさん、その子は?」
「う、あう……」
女の子の方は気安く話しかけてくるな。それで男の子は……雪華を見て真っ赤になってるみたいだ。わかるぞ少年。雪華は可愛いからな!
「あぁ、この子は私の従魔の雪華です」
「は?」
「え?」
「……どうしました?」
俺が普通に雪華の紹介をすると、紹介された子供達はみな固まった。
「…………えっと、聞き違いかな、おにーさん。何か私、その子の事を従魔って聞こえたみたいなんだけど」
「? そう言ってますが?」
「リューヤ、喋り方、変」
それは言わないでくれ雪華……初対面の相手だと年齢関係なく敬語になってしまうんだよ。ちなみに雪華には、雪華専用口調で会話をしている。
まぁそんな事はともかくとして、何だか彼らの様子がおかしい。特に変な事を言った自覚は無いのだが、本当にどうしたのだろうか?
「えぇと、皆さんどうかしましたか?」
「あ、えっと……おにーさんって、人攫いだったの? ……ですか?」
「は?」
何か爆弾発言が聞こえたきがした。
ついでに気さくに話しかけてくれていた女の子の口調が急に固くなった。心なしか他の子達の表情も引き攣っているみたいだ。
いやいやいや、ちょっと待って欲しい! どうしてそうなる!
俺は内心慌てながらも、表層では何とか平静を保つよう努力して質問を重ねる。
「少し待って貰えますか……えぇと、どうして私が人攫いだと?」
「え、だってその子、どうみても魔物には見えないし……」
「……あぁ、なるほど」
そうか、俺はドラゴンバージョンと幼女バージョンどちらも知っているので気づかなかったが、初めて雪華を見れば確かにそう思うか。
でもどうやって説明しよう? 今の彼らの様子では、言葉だけじゃ信じてもらえない気もする。そしたら俺は、晴れて犯罪者に……え、やばない? それ。
「なるほどって、じゃあやっぱり従魔というのは噓なんですか!?」
「いや、そういうわけでは――」
「む……噓じゃない」
「――って!? ちょっ、雪花ストーップ!」
女の子の言葉に少し気分を害したのか、僅かに頬を膨らませながら証拠を見せようとしたので慌てて止める。
だって胸元の従魔の印を見せようとして、急に脱ごうとしたのだからそりゃ止めるだろう。
「む、リューヤ?」
だが俺が止めようとすると、雪華に軽く睨まれてしまった。うぐっ、やめて、精神的致命傷を負うからやめて。
俺は少し泣きそうになりながらも、まずは雪華を落ち着かせようと宥める。
「ご、ごめん雪華。でも言ったよね? 外で服は脱いじゃだめだよって」
「ん、でも……噓違う」
「そうだね」
良かった、分かってくれたようだ。
まだ不満そうに見えるが、これってもしかすると、俺とのつながりを彼女なりに意識してくれてるからだろうか? だったら凄く嬉しい。
そのまま彼女の背中をぽんっと優しく撫で抱きしめると、少し落ち着いてくれたようだ。
「そうだ雪華、服を脱がないでドラゴンになれる?」
「多分、できる」
「ありがとう、それじゃ合図するから待っててね?」
「ん」
とりあえずこのまま人攫い認定されたままだと困るが、多分言葉を重ねた所で信じては貰えないだろう。
俺はしょうがなく、証拠を見せる事にした。
「それでは雪華に本来の姿へ戻ってもらいますが、見てもあまり驚かないで下さいね」
「え、それじゃ今の格好は擬態なんですか?」
「……セツカはセツカ。どっちも本当」
「ご、ごめん。本来って言うのは語弊があったね。じゃあドラゴンの方の姿になってくれるかな?」
「は? え……おにーさん、なんて?」
「ん」
その瞬間、雪華はまた謎の光につつまれ、洞窟で出会った時と同じホワイトドラゴンの姿に一瞬で変わる。
「相変わらず綺麗だ」
「グルルゥゥ!」
俺が見たままの感想を言ってやると、雪華は嬉しそうな声を上げる。
うん、全身が透き通るような白で、本当に美しい。女の子形態も凄く愛らしいが、こっちはこっちで神聖な感じがして良い。
そんな事を思いながら眺めていると、子供達が静かな事に気がついた。
ふつうドラゴンなんて見たら驚くと思ったんだけど、もしかしてドラゴンってそんなに珍しくないのかな?
俺は少し子供達の反応の悪さに肩を落としつつ、とりあえず人攫いという不名誉な疑惑は晴れただろうと彼らに目を向けると……。
「……は? ちょ、おい!? どうした!?」
全員泡吹いて倒れてました。