ドラゴンと仲良くなろう!
「ん、ここは?」
俺は気がつくと、あたり一面何かが発光して輝いている場所で寝転がっていた。
「いつつ……」
体の節々が痛いし、所々擦り傷や打ち身の跡が見られる。
最後に浮遊感を感じたので、もしかしたらどこか急斜になっている所で踏み外し、そのままここまで落ちてしまったのかもしれない。
「……助かった?」
俺は痛みに顔をしかめつつも、痛みを感じる事に安堵する。
しかしすぐに今の状況を思い出すと、さすがに安心するのはまだ早い。
ここがどこなのかは分からないが、多分まだあの洞窟の中だろう。幸いな事にこの場所は安全地帯のようなので、休憩も踏まえてゆっくりと考えようと思う。
さて、どうやって脱出するか。
そう思って周りを見渡すと、水晶のようなものが地面や壁、天井に植物のようにしてたくさん生えており、そこから淡い光を放っているのがわかる。
真っ暗な洞窟の中で視界が利く事を不思議に思っていたが、どうやらこの水晶みたいなもののお陰だったようだ。
「ん? なんかここの壁だけ違うな」
注意深く首を動かして見ていると、自分が背にしている壁には水晶は生えておらず、そこだけ真っ白な事に気がつく。
疑問に思った俺は、そのまま体勢を変えて後ろを見ようとすると……。
「……」
予想外の光景に絶句する。
「……綺麗、だな」
そこには全身真っ白で美しく、全長が人の10倍はありそうな大きさを持つ生物がいた。
俺はこんな生き物を見た事がないのでなんとも正確な所は分からないが、見た目から一番似合う種族名称はこれだろう。
"ドラゴン"
「グルルゥゥ……」
俺がそのまま見惚れていると、その真っ白なドラゴンもこちらに気づいたのか、低く唸る。
うひゃ、やばい――って、もうそれ以前の問題か。
この距離で逃げられる訳無いし、戦おうったってその辺を歩いているゴブリンにすら勝てない俺が、RPGでボスキャラに位置するようなものに、敵うはずも無い。
「はは、冗談キツい」
目を覚ましたらドラゴンを背に寝ていました。とか出来の悪い夢のようだ。
俺はもうすっかり諦めていた。
もはや戦うまでも無く、多分あの手を一振りされれば俺は粉微塵になって死ぬだろう。
何が安全地帯だ……こんなの完全に詰みじゃないか。
「グルルル」
「でもまぁ、ゴブリンに殺されるよりはマシか」
殺され方に上も下もあるのか? と言われそうだが、気分的な問題だ。
誰だってザコキャラにやられるよりは、ボスキャラにやられた方がまだしょうがなかったと諦めがつくだろ?
「なぁ、お前はなんていうんだ?」
「……」
「言葉はわからないか」
俺は独り言のように呟くと、改めて目の前のドラゴンを見る。
何となくその色のせいか、雪のような儚く美しい印象を受ける。そして不思議な事に、俺はこのドラゴンを相手に恐怖どころか、焦りすらも感じていなかった。
もしかしたらここにくるまで恐怖を感じすぎて、感覚が麻痺してしまったのだろうか?
「うーん?」
それにしてもこうして俺が目を覚ましたというのに、こいつは一向に俺を襲ってこない。
いや、むしろ逆に俺がここに落ちて無事だった事、そして気がつくまで背もたれにしていた事から、もしかしたらこのドラゴンに助けられたのかもしれないと思い始めている。
何故かと言われたら少し困るんだが、俺には何だかコイツが「良いヤツ」に感じるんだ。……まぁ勿論そんな事は全くないといった可能性もあるのだが、仮に違ったとしても俺にはどうする事も出来ないのだ。
――ギュルルル
そう考えていると突然音が響き渡った。
その音の発信源は……俺の腹だ。
そういえばこの世界に来てから、まだ何も口にしていなかった。多分ある意味割り切った事により、気持ちに余裕が出来たのだろう。
不幸中の幸いにも、俺は荷物を肩掛けの鞄に詰めて持ってきており、ここへ来る際に仲良く落とされていた。そしてその荷物の中には、昨日泊まった宿で作ってもらった弁当がある。
俺は少し迷った後、荷物から弁当を取り出すと、包みをとって中を見てみる。
「おぉ……。うん、なんだろうこれ、肉……かな?」
中には燻製? にしたような肉をチップにしたようなものがいくつか入っていた。
手にとってみると想像よりも硬い。一応ビーフジャーキーみたいなものかと思ったのだが、それと比較しても硬い。
「これマジに食料なのか? ……ん、噛めない事は無いが、噛み切るのは無理だな」
少し躊躇いながらも口に入れると、筋肉以上の硬さと弾力を感じる。
味は塩辛いだけで、素材の味なんて全くしない。ありていに言って弾力のある塩を食ってる感じみたいだ。
「グルル……」
「ん? なんだ、お前も食うか?」
「……」
俺がそう言うと、目の前のドラゴンがかぱっと口を広げる。……おろ? 言葉が分かるのか? さっきは反応が無いと思ってたけど、もしかしたら質問が悪かったのかもしれないな。
とりあえず口を開けさせたままにしておくのはかわいそうなので、硬い肉チップを3、4枚手に取ると、口に向かって放り投げてやる。ドラゴンは向かってきた肉チップを口に含むが、体の大きさに対して人間の掌大のサイズのものだったので、一瞬で食べ終わってしまったようだ。
「グルル……」
心なしか、その声も悲しそうに聞こえる。
だがこれで完全に分かった。コイツに俺を襲う気は一切無いようだ。先ほどまでもそうは考えてはいたが、今の態度を見てさらに安心感が湧いた。
「ははっ、まぁ仕方ないだろ。お前も俺と同じくらいの大きさなら、ちゃんと味わって食べられたかもな」
「グルル?」
俺は軽く笑って言うと、肉チップを飲み込む。
ふぅ、やっと1個目を食べられた。食べる物として硬すぎるように感じるけど、もしかして噛めば噛むほど満腹中枢を刺激して……とか考えての料理なのかな? それかあんまり考えたくないが、この世界の人は顎の力が強くて、これがデフォの硬さだったり――いや、ないな。
そうして2個目を食べようか少し迷っていると、突然辺りが光に包まれた。
「な、なんだ!?」
驚いた俺は顔を庇いながらそう叫ぶが、光はすぐに収束する。そしてドラゴンの方へと目を向けて見ると、そこにはあの巨躯は無く、代わりに――
「……は?」
「ん」
小さく可愛らしい、白い幼女がいた。