触れ合う事は恐くない
「――それで気づいたら、この子の中で血晶化したあの人達を眺めていたの。その後そこに寝ている男に話しかけられて、すぐアナタに出会ったというわけよ」
「……うぅぅ、うぅううう……りあちゃん、大変だったんだね……ぐすっ」
「ん……」
リアがそう締めくくり、ようやく彼女の長かった話が終わる。
彼女の話し方が上手だったからか、自分までリアの立場になって物語を体感したような気分だ。
それは一緒に聞いていたマカちゃんや雪華も同じだったようで、雪華は少し渋い表情になってるし、マカちゃんにいたっては号泣している。かく言う俺も目頭が熱くなってしまって、彼女の顔をまともに見れない。
「? 皆して苦い顔になってるけれど、一体どうしたのよ」
「いや、何でもないよ。リア、言い辛い事だったと思うのにごめん、話てくれてありがとう」
「別に大したことじゃ……――っ!」
彼女の声に顔を上げると顔が見えたので、つい頭を撫でようとするとささっと素早く距離を取られてしまった。
しかも何だか少し泣きそうな表情になってしまっていて、ちょっと傷つく。
「リア?」
「だ、だめ! まだ私、この子の体に慣れてないの。魔力の制御も出来ないから……あまり近づかないで」
「そっか……ごめん」
うわしまった、またやってしまったみたいだ。
様子からして冒険者に向けて魔法を使って以降、接触に対して強いトラウマを感じているのかもしれない。その理由は多分、また毒色魔法で人を傷つけてしまう事を恐れているからなのだろう。
でも本当は、リアだって……。
――くいっ
「お?」
「……」
服の裾を引っ張られる感触に目を向けてみると、こちらをジっと覗き込む瞳と合った。
「あ、雪華か、どうしたの?」
「ん……リューヤ、りあ触りたい?」
「出来るの?」
驚いた。本当に雪華は俺の事をなんでもよく分かってくれるな。それにこの態度、もしかしたら触れる手段があるのかもしれない。
そう思い期待して見つめていると、雪華は肩の高さまで手を挙げ、小さく口を開いた。
「……見てて、『害撃拒絶』」
確かその魔法は、実体の無い盾を作り出して害あるものを弾く魔法だったと説明を受けた気がする。最初に見せて貰った時に俺の手は素通りしていたが、リーフェさんの魔法に対してはしっかり防いでいたよな。
あ、分かった気がする。
でもせっかく雪華が楽しそうに説明してくれているし、遮るのは悪いか。
そのまま回答を待つ生徒な気分で大人しく見ていると、雪華は見やすいようにこちらへと小さな掌を向けてきた。
「こうして、こう」
「なるほど、魔法で覆うのか」
「ん」
雪華は俺に教えられる事が嬉しいのか、満足そうに大きく頷く。
よし、俺もやってみよう。説明してくれた雪華を片手で撫でつつ、もう片方の手で白色魔法を使ってみる。
「『害撃拒絶』…………なっ、おぉ!? くっ……ぬ!」
……む、結構難しいな。
魔法自体は雪華が使ったのを参考にしてすぐ出来たけど、制御となると上手く行かないようだ。
「ん、こう」
「ぬぅ……むむ……!」
だ、だめだ。隣で俺に撫でられながら実演してくれている雪華みたいに、発現させた魔法を自由に制御する事が出来ない。
何とか気を張って少しだけ動かす事は出来るのだが、思うように動かないな……『無色の染料収集家』で色々借りる事は出来ていても、発想やそれまでの経験値までは手に入らないという事か。
これは練習が必要みたいだ。
もし扱えるようになればいつでもリアを撫でたり抱きしめたりと出来るだろうし、そう思うとやる気もわいてくる。
ん? そう言えば雪華が魔法を使う時、たまに詠唱しなかったりマカちゃんには見えなかったりしてたよな。あれも制御が上手くなれば出来るようになるんだろうか。……中々奥が深い。
これまで近接戦闘ばかりやっていたけど、今後は魔法についてもっと勉強すべきかな。使う使わないは別として、知らないと対処出来ない可能性もあるし、備えておかないと。
……と、気づけばマカちゃんとリアが手持ち無沙汰だ。
先ほどの話を聞いて気になった事もあるし、魔法の練習は話しながらでも出来るので、確認を進めてしまおうか。
「そういえばリア、さっき話をしてくれる前に俺へ保護を求めてたけど、毒色魔法があるのにそんな必要あったの?」
「へ? ……えぇ、勿論必要よ。ルウは毒色魔法が使えないから、身を守る術が無いのよ」
「あれ、でもりあちゃんは毒色魔法使えるんだよね。なら何かあった時に守ってあげられるんじゃないのかな?」
マカちゃんの言うとおり、俺もそれが疑問だった。
聞いた限りでは、彼女が魔力を纏えばそれだけで人は近寄れないはずだ。だったら危険は無いのでは? と思ったのだが……。
「それが出来れば頼んでないわよ。言ってみれば私は、この子の体に勝手に入ってきた居候なの。だからいつでもこうして、自分のタイミングで前に出られるってわけじゃ無いのよ」
「あ、そうなんだ」
ルウは確か、えぇと……ウィンプジェリー……だっけ? と言う等級外の魔物だと話の中でいってたはずだ。
魔物の等級は冒険者のものとは違い、どれほどの危険性があるか、問題が起こった際の被害範囲などを参考にして付けられているものらしい。
そして等級外という事は、人に対して害にならない……つまり戦闘力が皆無なので、ルウは1人で身を守れないという事になる。
辻褄は合う、か。
保護をする事は確定事項だったが、これで彼女を信用した上で守ってあげられそうだ。
「……それに、私がいつまでも守ってあげられるわけじゃないだろうしね」
「何か言った?」
「いいえ、何も」
何か聞こえたきがするけど……まぁ良いか。
さて、ここまでで彼女の境遇や吸血鬼による被害の経緯は聞けたが、まだこちらの街に来た理由も話していない。これから守ると約束した以上は、今後の動きについても話しておく必要があるな。
「それじゃ、リアの事は聞けたから今度はこっちの番だね。これからの動きにも関わるから、聞いてくれるかな」
リアの理解が早かったこともあり、俺はあまり苦労することなくこれまでの事――マカちゃんの血晶化、4人でこの街へやってきたこと、そして男を攫った言い訳をして、最後にこれから吸血鬼と戦おうと考えていると伝え終えた。
「よく分かったわ。つまりアナタ達の敵も、吸血鬼ってわけなのね」
「……も? えぇと、まぁそうだね」
聞き終わったリアはそう纏め、突然楽しそうに笑い始める。
「ふ、ふふ……あの場でアナタ達に出会えてよかったわ。復讐の機会がこうも簡単に回って来るなんてね。ふふふふふ……」
「えーと、まさかとは思うけど……リアも戦うつもりなの?」
さっきから何だか嫌な予感がする。出来れば否定して欲しいのだが……。
「何を言ってるのよ、当たり前じゃない」
うわやっぱり。
というか先ほど守るって話をしたばかりなのに、保護される身分で自分から危険に突っ込みたいとか、もしかして彼女は俺の事嫌いなんじゃないだろうか。
そう考えると何だか凹むな……って、そうじゃない。一旦リアを落ち着かせて、冷静に話し合ってみよう。
「あー、でも……」
「ん? ……あぁ、もしかしてこの見た目が気になってるの?」
「え? まぁうん、そうだね」
なんて説得しようか考えていた所にそんな事を言われ、つい頷いてしまった。お陰で考えていた事が全部飛んでいってしまったよ。
……でも実際のところ、気にはなっていたのは確かだ。
どう見たって10歳に届いてなさそうだし、下手したら6、7歳くらいにも見える。でも彼女の話の中では13、4歳くらいだって言ってた気がするから、不思議だとは感じていたんだ。
リアも説明してくれる気があるみたいなので、説得はひとまず後回しにして、まずはこの姿の理由から聞いてみるか。
「これはルウの趣味よ」
「……は?」
いやいやいや、理由がルウの趣味? というか趣味ってなんだ、子供姿の事か? つまりウィンプジェリーという魔物は子供好きって事? あぁそうかなるほど、なら等級外になるのも納得だ。子供の世話とかしてくれる魔物が害になるわけ無いし――って、それはおかしいだろ。
やばい、寸瞬に満たない時間で訳分からん思考に入ってた。
「ルウは私の記憶を元に人格を作ってるの。この子は楽しかった頃の記憶までは吸収したみたいなんだけど、以降の引きこもり生活はお気に召さなかったようで吸収しないのよね。それで楽しかった当時の姿になっているみたい」
「……へぇ、そうなんだ」
ごめん、説明受けてもちょっとよくわからない。
まず吸収ってなんだ? なんとなく想像ではスライムを思い浮かべてるけど、リアは取り込まれて吸収されてるって事か?
うーん、でも何かニュアンスが違う気がするな。見た感じお互いある程度の記憶を共有しているみたいだし、取り込まれてるというか住み分けて共生しているように見えるな。
それでリアの記憶を見たルウが、リアに楽しんでもらえるよう今の姿になっているとか。……って、これは俺の願望か。もし俺がルウならそうするかもって話なだけで、全然違うかも。考えてみたところで、ルウの事をもっとよく知らないとわからないな。
そう考えていると、リアは何を思ったのか自信満々な笑みを浮かべて口を開いた。
「じゃ、分かってもらえたところで改めて言うわ。私も参加させて頂戴」
「いや、だけど……」
「私にはこれがあるのだから、足を引っ張ったりなんてしないわよ?」
「そうじゃなくて……」
「何よ、私の魔法の威力が信じられないのかしら? ふふっ……なら、試してみる?」
またこの子は……はぁ。
自分がこうだと思ったら、人の話をあまり聞かない子みたいだな。それに無理してでも優位に立とうとする性格みたいだ。
まったく……顔では笑みを浮かべて脅しているつもりだろうけど、手足が少し震えているのが見える。人に向けて使うのが恐いくせに、強がってるのが丸分かりだ。
ここで俺が強く言い聞かせてみるのも手かもしれないが、それも逆効果な気がするんだよな。
出来れば先走る彼女に少しお灸を据えつつ、俺がリアの事をどう思っているのかをちゃんと伝わる形にしたいと思うんだけど……よし! あまり時間は取れなかったけど、少し練習の成果を確認してみるか。
「……そうだね、試してみようか」
「へ?」
「ちょ、ちょっとおにーさん!」
「リューヤ……ん」
「わっ!? セ、セツカちゃん?」
俺の言葉に雪華とマカちゃんが反応するが、雪華は目配せを送るとすぐに何をしようとしているのか分かってくれたようで、俺へ話し掛けようとしたマカちゃんの手を掴んで止めた。
「ちょっと、え? 本気なの……? ま、待ちなさいよ……毒色魔法よ? もしかして大した事無いものかと思っているのかもしれないけれど、洒落にならないわよ?」
「……」
「ねぇ聞いてるの? ほら、アナタ達も早く止めなさいよ。本当に危険なのよ!?」
呼びかけに意を返さない俺達を見て、リアの勝気だった表情がみるみる青褪めていく。……うぐ、軽くのつもりだったけど、これ俺の方が胸が痛いな。
「待って、軽い冗談だったの! 謝るわ、私が悪かったから……そうだ、ルウ代わって! アナタが出れば彼も怪我しなくて済むわ! ……ちょっとルウ、聞いてる?」
リアは焦りながらルウへと声をかけ続けるが、あの様子では反応を返して貰えてないみたいだ。
そうしている間にも俺は無言で歩みを進め、それに気づいたリアは怯えた表情で近づいた分だけ後退る。そんなやり取りを何度か繰り返すと、やがてリアの背が壁に当たった。
そして逃げ場を失ったリアは、いよいよ本気で懇願するように口を開く。
「っ!? 嫌なの! ねぇリューヤ、お願い止まって? ルウも早く変わってよぉ……もうこの力で、あんな事になるのは見たくないのよ……!」
うぐぐ、小さい女の子に本気で恐がられるのって、何だか心がガリガリ削られていくな……見れば目端に涙を溜めてるみたいだし、とてつもなく悪い事をしている気分になってくる。……でも残念だけど、今はそのお願いを聞いてあげられない。
「毒色魔法使わないんだね……じゃあこっちから行くよ?」
「い、嫌……止めて、お願いだから……ひっ――」
俺が手を伸ばすのを見て、リアはきつく目を瞑り縮こまる。
そんな彼女の頭目掛け、俺は……。
「……はいタッチ! よしよし」
「――…………へ?」
手を軽く乗せ、優しく撫でてあげた。




