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拉致被害は予定人数で収まらない

 

「――で、このパターンの時は敵が近いんで、警戒する合図っす」

「分かった」

 

 目の前で特徴的な揺れ方をする緑色の玉を前にして、しっかりとその動き方を覚えつつそう返す。

 あれから話もまとまってすぐに出発かと思いきや、アイシャから行動パターンのいくつかをこうしたサインで出すと言われ、今はそれを皆で確認していた。

 

「まぁとりあえずはこんなもんっすかね。基本的に『百の飛び回る小さな私(ハンドレット・スモールアイ)』を通して音声で指示するんで、あんまり必要ないかもっすけど」

「いや、敵が近い場合は音で気づかれる可能性もあるだろうし、確かに有用だと思うよ」

 

 結構な数のパターンを見せてもらったが、そのほとんどが縦横の揺れや、小刻みな振動といったものが多かった。

 途中気になって、点滅の回数とかの方が分かりやすいんじゃないか聞いてみたんだが、暗がりなどでそんなことされれば目立つ事この上ないと言われ却下された。……まぁうん、そうだよね。

 

 それはそうと、こうした身内だけのサインというのは、不謹慎だが男心をくすぐられるものがあるな。

 特に何が凄いというのもないんだが、何となく格好良い気がする。……とはいえ、使う機会があるとすればそれなりに危険な時くらいなので、出来るだけ使われない事を願おう。

 

「さて、それじゃ行って来る」

「ま、私に任せておけば危険はなるだけ避けるんで、安心して行って来ると良いっす」

「あぁ、頼むよ」

「ん」

 

 そう言って立ち上がろうとすると、雪華が近づいていたのが見えたので、俺は膝たちになったところで動きを止める。

 そしてそのままぎゅっと抱きついてきた彼女を、背中に手をまわし優しく抱きとめてやる。……あぁ、何か久しぶりな気がするな。最近全然抱っことかしてあげられてないし、寂しい想いをさせてしまっていたかもしれない。

 

「……しんぱい」

 

 そんな事を考えていると、雪華は俺の胸の中で小さくそう呟いた。

 

 そっか……そうだよな。

 そういえば雪華と出会ってからこれまで少し離れた事はあっても、こうして完全に別行動をした事は無かった。そういった事もあって、これから行う事について少なくない不安を感じているのだろう。

 

「リューヤ、怪我しない、戻ってくる?」

「大丈夫だよ」

「怪我したらセツカ怒る、良い?」

「わ、わかった」

 

 ……これは思った以上に気合を入れて臨まなければならないようだ。

 雪華に怒られるのはどうしても避けたいので、拉致される相手には悪いが全力で当たらせてもらおう。

 

「あはは、おにーさんが焦ってる」

「まぁその、気合が入ったのは確かかな……」

「なら良いんだけど」

 

 そう言うとマカちゃんは、ずいっと身を寄せてきた。

 

「本当に気をつけてよね。怪我一つで血晶化はうつっちゃうから……おにーさんまで私と同じになるのは、嫌だよ?」

「……そうだね、分かった。ちゃんと気をつける」

 

 近づいた彼女の表情は笑顔から真剣なものへと変わり、その瞳には心配そうな色を映していた。

 

 確かにマカちゃんの言う通りだな。気をしっかりと引き締めて頑張ろう。

 俺は安心させるようにマカちゃんの頭を軽く撫で、逆の手で雪華の背中を優しくぽんぽんと叩いてやる。そうする事で彼女達も納得したのか、ゆっくりと俺から離れていく。

 

「モテモテっすね」

「……悪い、待たせてしまった」

「数日一緒にいて、もうこのやり取りには慣れました。別に構わないっすよ」

 

 アイシャは半笑いでそう言うと、早速『百の飛び回る小さな私(ハンドレット・スモールアイ)』で誘導を始める。

 

「狙う相手は決めてあるんで、後は指示に従って下さいっす」

「あぁ、今度こそよろしく頼むよ」

 

 そうして俺は、緑色の玉を追って外へ出て行った。

 

 

 

 

 うぇ……やっぱり外の景色や匂いは強烈だな。特に悪臭が酷くて、今すぐ建物の中に戻りたい気持ちでいっぱいだ。

 

「うわー、リューヤさん酷い顔してるっすよ」

 

 暢気に話しかけてくるこの声は、今目の前で漂っている緑色の玉から発せられている、アイシャのものだ。

 

 ……作戦の立案から当たり前に受け入れてたが、この『百の飛び回る小さな私(ハンドレット・スモールアイ)』は本当に便利だな。

 受信だけじゃなくこうして声を発信まで出来るとは……リーフェさんも彼女を重宝するわけだ。

 

「言われなくても分かってるよ。……それで、目標までは距離があるのか?」

「うーん、まぁぼちぼちっすかね」

 

 すぐ近場なのではと若干の期待を篭めて聞いてみたが、その返事にげんなりする。この血のすえた臭いといい、肉の腐った臭いといい鼻が曲がりそうだ。

 多分身体能力が向上しているので、余計に強くその感覚を伝えてきているのだろう。……でも雪華はあんまり表情変えてなかった気がする。彼女にとってはそこまで嫌な臭いじゃないのかな。

 

「あ、それと言い忘れてたんすけど」

「なんだ?」

「この街、魔物が侵入してますね」

「……」

 

 ちょっと、アイシャさん……それって結構重要な事じゃないですかね?

 

「あー、もしかしてもう気づいていました? まぁ考えればすぐに分かることっすもんね」

「え? あぁそうだな」

 

 その切り返しはズルいだろう!?

 何だかそう言われると攻めづらいし、気づいてなければ何も考えていないようにも取られそうだ。

 

 俺は返事を返した手前、必死に頭を働かせる。

 そして街の景観など改めて意識して眺め、ようやく何となく分かってきた。

 

 街がこんな状態なので、恐らくもう冒険者ギルドは機能していないと考えられる。とすれば周辺にいる魔物の間引きなど出来ていないだろう。

 それに門の前に誰もいなかったので、多分街を自衛する団体などが既に存在していないんじゃないかな。

 

 そういった理由から、魔物の進入を抑える人がいないために、今では外から街中へと入り放題という状況なんじゃないだろうか。

 

 うん、この予想は結構的を射ていそうだぞ。

 それにこうした現場の状況から推察をする力は、冒険者として必須な能力のような気がする。……アイシャの言い忘れで気づけたのは少し癪だが、一応ちょっとだけ心の中で感謝しておこう。

 

 そうして長らく考えて黙っていたからか、アイシャは俺が警戒し始めたのかと勘違いしたようで、軽い調子で声をかけてきた。

 

「ま、そういうのに出くわさない道を選ぶんで、あんまり関係無いんすけどね」

「間引かなくて良いのか?」

「いや、むしろやめてください。出来るだけ私達の痕跡は残さないほうが良いんすよ。下手に存在を知られて、吸血鬼に警戒されるのも面倒ですしね」

「……それもそうか」

「そんなに気にする事は無いっすよ。どうせ進入している魔物もゴブリンかそれ以下しかいないんで、私達じゃなくても対処は充分可能っす」

 

 ふむ、魔物の被害が出るようなら数を減らしておこうとも思ったが、アイシャの口ぶりからは特に問題なさそうだ。

 だったら俺は俺の仕事に集中するとしようか。……あんまり長居したくないしな。

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