想定通りには進まない2
「っふ!」
「キュイ! キュイキュイ!」
目的地もまもなくという所で、また魔物に出くわしていた。
今まではゴブリンばかりだったのだが、今回の相手は8級指定となっているラースラビットという魔物だ。
大きさは普通の兎くらいで、攻撃手段は高速移動を繰り返して翻弄し、鋭い爪と牙を使って獲物を仕留める……といった感じだと思う。
あとこれは気になったんだが、確か兎って声帯ないはずだよな。何だか怒ってるような声音でキュイキュイ言ってるように聞こえるけど、どうやって鳴いてるんだろ。……うん、まぁどうでも良いか。
俺はそんな風に初めて戦う魔物を冷静に観察しつつ、向かってくる小さい弾丸のような体を避ける。
戦い始めて3分くらい経つが、ずっとこの調子で突貫攻撃しかしてこないので、等級が少し上がったとはいえあんまり危険は無さそうだ。
高速で突っ込んでくるだけなら素の身体能力で軽く避けられるし、さらに竜の目で弾道を予測すれば当たる方が難しい。
「キュイ! キュ――」
「ほいっと」
再び向かってきたのを、体だけ横に避けながら予測していた射線へと白晶を置き、刃に触れたと同時に振りぬく。その一撃でラースラビットは真っ二つになり地面に落ちた。
ふむ、今まで10級のゴブリン相手しかしてなかったので少し心配だったのだが、これなら8級指定の魔物でも余裕だな。
「すごい、8級の魔物なのにアッサリ倒しちゃったね!」
「ん」
「ま、吸血鬼退治へ向かってる人が、8級程度にやられてたら困るんすけどね」
白晶を軽く振ってから鞘へと収めていると、背後から雪華たちが揃ってやってきた。恐らくアイシャの魔法で戦闘状況を監視して、俺の戦いが終わるのを待っていたのだろう。
毎回戦闘があるたびに俺が先行して狩っているのだが、出てくる魔物がこの程度ならわざわざ別れる必要もないかもしれないな。
「それにしても、結構な時間かけたっすね」
「あぁ、コイツと戦うのは初めてだったから、どういった相手なのか見ておきたかったんだよ」
「そっすか」
そんなどこか上の空のような返事を返しつつ、アイシャは案内を再開する。
聞いておいて興味ないのかよ! と思ったが、彼女をよくよく見てみると、別の事に意識を割いているみたいだ。
それに何だか歩く速度も上がってるようで、どことなく急いでいるようにも見える。
そんなに急ぐって事は……あぁ、彼女にはあれがあったな。
「もしかして、目的地の様子がもう見えてるのか?」
「……まぁそんなとこっす。私の『百の飛び回る小さな私』をいくつか先行させてるんすけど、思った以上にマズい感じっすね」
なるほど。さっきの言葉も言外に早くしろと言われているような気がしてたが、間違ってなかったようだ。
でも正直意外だな。アイシャって自分の利になら無い事はまるで興味がないと思ってたんだけど、やっぱり人として、ちゃんと街の住民達を心配してたんだな。
「この状態じゃ、吸血鬼がここに留まっているのも時間の問題っすね。早くしないと獲物に逃げられちゃうっす」
「……あぁ」
そっちでしたか。
2次被害を防ぐ意味では正しいんだが……うぅむ、まぁ良いか。
今の彼女の言葉に多少思うところがあるものの、このあたりは個人の価値観だし、彼女の性格から考えると逆に納得か。
それに俺としても早く着いて出来るだけ多くの人を助けられた方が良いので、急ぐ事に異論は無い。
「急ぐっすよ」
「わかった。んじゃマカちゃんは俺が運ぶとして、雪華は大丈夫?」
「ん、よゆう」
「ごめんね」
アイシャが言葉と共に駆け出したので、俺はマカちゃんを抱え上げると、アイシャを見失わないように追いかける。
……中々早いな、見たところ魔法まで使って疾走しているようで、普通の人が出せる速度の域を超えている。この子、俺達の走る速度を把握してるわけじゃないだろうに、本当に遠慮しないなぁ……。
そうしてしばらく走っていると、目的地だった街の門が見えた。
先頭にアイシャ、その後ろにマカちゃんを抱き上げてる俺と雪華が並走している。
これまで雪華に対してあまりアクティブに動くイメージは無かったんだが、実際にこうして目にすると違和感が拭えない。……とはいえ俺のこの速度自体が、元を正せば雪華の身体能力なので納得は出来るんだけど。
そんな今更な事を考えていると、早くも門の前に辿り着いたアイシャは立ち止まり、こちらに振り返る。
「お二人とも結構早く走れるんすね、ついてこれるとは思ってなかったんで、ちょっとびっくりっす」
こいつ、本当は俺達を置いていくつもりだったんじゃ……いや、もしかして試されたのか? この程度でついて来られないのなら、討伐で足を引っ張られるとか考えていそうな気もする。
……というかむしろそれが普通か。
普段の軽薄な口調や態度で忘れそうになるが、アイシャだって一応5級冒険者なのだ。誰だって命懸けで行う仕事に、使い物にならないのを連れて行きたくはないだろう。
「何はともあれ、ようやく目的地だったレヴィスウォークの街に到着っす!」
「ここまでの道案内ありがとう、すごく助かったよ」
アイシャの行動に一人納得していたらそんな言葉をかけられたので、俺は素直にお礼を返す。
道案内についてもそうだが、彼女の働きのお陰で道中とても助かったのは間違いないしな。
さて、これでひとまず到着だ。
マカちゃんからお願いされた時はどうなるかと思ったが、ようやくここまで辿り着いた。予定では10日掛かる行程だったけど、今日で9日目なので少し余裕を持って来る事が出来たな。
……って、あれ? そういえばアイシャは急いでたんじゃなかったのか。
すぐにでも中へ入るのかと思ってたのだが、逆に入る事を躊躇しているみたいだ。
「えと、中へ入らないのか?」
「んー、それがですね、今も街中の様子を眺めているんすけど……」
「もしかして、結構マズそう?」
「そうっすねぇ……」
俺の言葉に、アイシャは口ごもる。
その様子から、少なくとも良い状況でない事が分かる。
「一言で言えば、片づけをしない子供が遊んだ後って感じっすかね。既に住民の半数くらいは完全に血晶化してしまってるようで……あ、でも吸血鬼はまだいるっぽいんでご安心を」
「……そうか」
完全に血晶化する事がどんな事なのかはわからないが、多分もう生きてはいないんだろう。
想像していた以上に事態は深刻なようだ。
「というか、吸血鬼の居場所も把握してるのか?」
「これは私も予想外でした。案外あっさり見つかるもんなんすね」
俺と話しながらも、アイシャは『百の飛び回る小さな私』へと意識を傾けているようで、片目を手で塞ぎながらそう返してくる。
街の住民については残念に思うが、吸血鬼を捕捉できたのは大きい。一番最悪なのは、街が荒らされるだけ荒らされた上でその張本人が居なくなっている事だったので、良くない状況ではあるものの最悪でなかった事に安堵する。
……けど、それなら余計にこんな誰もいない門の前で立ち止まっている理由が分からないな。
「じゃあ当初予定してた情報収集の必要もなさそうだし、さっさと街へ入って――」
「――待つっす。何かちょっと変な感じで、違和感を感じるんすよねぇ」
「違和感?」
「んー、なんと言えばいいのか」
アイシャはそこで言葉を切ると、「うーん」と唸りながら人差し指を立てて唇にあて、悩む素振りを見せる。
「みんな武器を抜いたまま徘徊してて、なんか雰囲気おかしいんすよ」
「? 人同士で戦ってるのか?」
「いや、そうでもないっす。何度か擦れ違ってるんすけど、何事もなく素通りしてますね」
えぇとつまり、どんな状況なんだろうか。
何かを警戒、あるいは巡回して探しているのか?
……だめだ、情報が足りない。ここは少し様子を見たほうが良さそうだ。
「とりあえず中へ入ろう。アイシャ、どこか丁度良さそうな空き家は無いかな?」
「腐るほどあるっすよ」
「よし、ならまずは一番近い空き家を探そう。出来れば人と接触しない方が良さそうだな」
「了解っす、入るタイミングを見計らう必要あるんで、ここも私が先導しますね」
そう決めると、再度アイシャを先頭にして街へと足を踏み入れる。
何かあってはいけないので、マカちゃんには背に回ってもらい、空いた手を雪華と繋いで足早についていく。
この世界に来て初めての依頼なんだが、最初からハードルが高そうだな。
マカちゃんのこれからが掛かっている以上は油断しないと思うけど、しっかりと気を引き締めていこう。




