彼女の気持ちは窺い知れない
「最初の目的地に到着っすー!」
俺達はあれからも歩き続け、4日目でようやく1つめの街に到着する。
街の名前はカーベルと言って、俺達のいたローウリィンより規模の小さめな所だった。
「さて、今日はどうするっす? ここまで歩き詰めだったし、休息を兼ねて1日くらい休んでも良いかなーと思うんすけど」
「いや、進もう。観光は帰りにすれば良い」
「……そうっすよねー」
アイシャの言う事もわかるのだが、マカちゃんの事を考えると時間が惜しい。
血晶化での命の期限を30日と言っていたが、今日で9日目になる。残り僅か20日少ししか残されていないし、次の街へついても吸血鬼を探す時間が必要になる。それに30日というのも個人差があると言っていたので、もし症状が早まっていて時間切れとなると目も当てられない。
そう考えると皆も疲れているところ悪いとは思うが、なるべく余計な時間を掛けない方が良いだろう。
「ごめんね。セツカもマカちゃんも疲れてると思うけど、次の街まで頑張ってくれないかな?」
「ん、へいき」
「うぅん、私こそごめんね」
マカちゃんはそう言って謝るが、逆に俺は感心していた。
ここまでの行程も決して楽ではなかったはずだ。アイシャは5級冒険者で涼しい顔をしており、俺や雪華も人外じみた身体能力があるのでなんとでもなるのだが、マカちゃんだけは違う。
特に抜きん出た実力を持っているわけでもなく、年相応の能力しかない女の子だ。
そんな彼女なのに、これまでよく一切弱音も吐かず付いてきてくれたと思う。
整備されていない獣道を進んでいたので、本当なら体力も消耗していてすごく辛いだろうに。
見れば今も少し顔色が悪くなっているのに空気を明るくしようと努めているのか、笑顔で受け答えをしている。
「……辛くなったら言ってね?」
「えへへっ、こう見えても私、結構体力あるんだよ! だから心配しなくても大丈夫」
うーん、進むべきなのは分かっているけど、やっぱり少し心配だな。
でも本人もこれ以上迷惑をかけないよう、頑張ろうとしているみたいだし……。
俺は胸中でマカちゃんの心配をしつつも、そのままの流れですぐに街を発つことにした。
そうして俺達は街を素通りして外へ出ると、再び獣道を進む。
だがやはり、マカちゃんの様子がおかしいように見えた。
足取りはややおぼつかず、ふらふらと体を揺らしながらなんとか付いて来ている感じだ。どことなく精神的にも疲れているように見える。……もしかすると、街を見て少し緊張の糸が緩んでしまったのかもしれない。
どうしようかな。これを提案するとマカちゃんは嫌がりそうだけど……。
「マカちゃん」
「え、なに?」
「ん?」
「どうしたんすか?」
道中とくに会話無く進んでいたからか、急に喋りだした俺に皆が注目し、足を止めた。
マカちゃんもぽーっとした表情で、不思議そうにこちらを見つめてきている。
「これ以上歩くのは危ないから……遠慮せず、おいで」
「へ?」
俺は話しながら背を向けて中腰になると、マカちゃんへ乗るように促す。
さすがにふらふらしている彼女を見ていられなくなったので、ここからは俺がおぶって進んだ方が良いだろう。
「え、けど疲れてるのはおにーさんも一緒でしょ? 私はさっきも言った通り大丈夫だから、気にしないで、ね?」
「いや、俺は疲れてないよ。マカちゃんも知ってると思うけど、結構からだを鍛えてるんだ。それに普段は雪華を抱えて歩いたりしてるだろ? だからマカちゃんくらいの重さなら、全然平気だよ」
「でも……」
「それに途中で倒れられたりしたら、その方が困るからね」
「うぅ」
そう言葉をかけるが、それでも中々マカちゃんは首を縦に振らない。
えぇっと、これはもしかして……。
「あっ、えーと……もし俺の背中が嫌なら、雪華に――」
「――ち、ちが! そうじゃないの」
俺がそう言うと、勢い良く否定してくれた。
……そうか、良かった。
実のところ、もしかして生理的に受け付けないとかそういった類なのかと思い、軽くないショックを受けていたのだが、違ったようで安心だ。
でもそれなら何なんだろうか?
そう思っていると、マカちゃんは言いづらそうに口を開いた。
「その、血晶化ってうつるから……」
「へ? 別に触るのは問題ないはずだよね? 体液とか血晶そのものが体内に入ったらまずいってだけじゃなかったっけ?」
「それはそうだけど……でもやっぱり、うつるかもしれないってだけで気持ち悪いし……」
ふむ、どうやらマカちゃんは、自分の事を病原菌か何かだと思い込んでしまっているらしい。
けどおかしいな、この件を打ち明けてくれてすぐはそうでもなかったのに、何だって今になって急に言い始めたんだ? そういえば道中も口数が少なかった気がする。
考えられる事とすれば……。
「もしかして血晶化、進んでる?」
「っ!」
マカちゃんがビクっと反応し、黙り込んだのを見て確信した。
やっぱりか。
今までは背中で自分から見えにくい位置にあったのもあり、そこまで気になっていなかったのだろう。
だが前や手足に症状が見られれば、嫌でも目に入ってしまう。そうなればそれまであまり気にらなかった事でも、つい意識がそちらへ寄ってしまうのは無理もない。
「だから、ね? おにーさんも血晶化にかかっちゃうのは嫌でしょ? だからほら、離れたほうが良いよ。私なんて気持ち悪いし」
「……俺がこれ以上言っても、マカちゃんは乗ってくれないか」
「うん、やっぱり危ないし……えへへ、私は大丈夫。でもありがとうね」
マカちゃんは自虐的な事を言いながら、悲しげな笑顔を作る。
本人が嫌がっているなら、こうして背を向け続けていても乗っかってきてくれないだろう。
なら仕方ないか。
「ちょっとごめんね」
「へ? きゃっ!?」
マカちゃんへと向き直りながらそう小さく断りを入れると、彼女の小さな体を優しく抱え上げた。俗に言うお姫様抱っこだ。
当たり前だけど、雪華と比べるまでも無くすごく軽いな。
「……え、え? おにーさん?」
「マカちゃんから来てくれないなら、俺から行くしかないしな」
「いやそうじゃなくって! おにーさん、私の話聞いてたの?」
抱え上げられたマカちゃんは少しの間ぽかんとしていたが、自分の状況を把握すると同時に抗議の声を上げてきた。
だが暴れるような事はせず、恥ずかしげに顔を俯かせるだけだったので、本気で嫌がっているわけではなさそうだ。
「うん、聞いてたよ。けどこの方が早いしね」
「でも、こんな子気持ち悪くない? 私だったら触りたくないって思うよ?」
「んー、そう? 男の子なら大体みんな、可愛い女の子を抱き上げてみたいとか思うものじゃない?」
「ぅ……」
俺がそう言うと、そのまま胸に顔を埋めさせ、小さく唸る。
「けど体力が戻ったらまた歩いてもらうよ? ……あんまりマカちゃんばかりこうしてたら、雪華が怒るからね」
「ん、怒らない……つぎはセツカの番」
「あはは、うん、わかったよ。…………ぐすっ」
俺と雪華の冗談に、マカちゃんは明るさを取り戻した声で、返してくれた。
その中に少しだけ嗚咽が混じっているが、気づかない振りをしておこう。
「ねぇおにーさん」
「なに?」
「これ、あげる」
彼女はショートパンツのポケットに手を入れると、ペンダントのような物を大事そうに取り出した。
そしてそのまま俺に抱きつき、首の後ろでペンダントを固定させる。
「これは?」
「お守りだよ」
「……大事なものなんじゃないの?」
俺がそう聞くと、マカちゃんは真っ赤な目のまま顔を上げて、にっこりと微笑む。
「うん、すごく大事。……でもこれは、おにーさんに持っていて貰いたくて」
「……わかった。預かっておくね」
「はぁ~! あーあ……私の事は守ってくれなかったけど、せめておにーさんを守くらいは仕事してよね? このっ、この!」
マカちゃんはそうやって大げさにため息を吐くと、わざとらしくペンダントを突いてみせる。
ペンダントを預けてくれた彼女の心境は窺い知れないが、自分の大事なものを渡すくらいに信用してくれているという事だろうか。
勝手な想像だが、それでもこの信頼には応えていきたいな。
彼女の照れ隠しのようなしぐさを眺めつつ、俺はそう思った。




