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静かな夜はわき立つ不安をとめられない

久しぶりに主人公以外の視点です。

 

「これまでお世話になりました」

 

 そう言って私は、これまで世話をしてくれた恩人へと頭を下げる。

 ここはローウリィンにある孤児院の1つで、私が物心ついた頃からお世話になった場所。

 

 今日で10歳になった私は、ついに憧れていた冒険者の登録をしたんだ!

 それで正式に孤児院を卒業しようと、ていねいな言葉で別れの挨拶をしてみたんだけど……。

 

「うぅむ、心配じゃのう」

「……もー、大丈夫なのに」

 

 対する院長さんは、渋い顔でそんな事を返してくる。

 院長さんはいっつもそうだ。私が冒険者になると言ったときも、それに向けて特訓を始めた時も、必ず今みたいな渋い顔で心配してくるんだ。

 そして最後には、きまってこう言う。

 

「じゃがのう、女の子なんじゃし、他の仕事を見つけたほうが……冒険者は危ないって聞くしのう」

 

 やっぱり言った!

 もう、もうもう! 院長さんは心配しすぎだと思う。

 それにこの話はもう何回もしてて、そのたんびにちゃんと説明してるのに、全然わかってくれてない!

 

「だーかーら! 私もサシャさんみたいに、その……けんしき? を広めたいの! そのために色んな国を見てまわるの!」

「しかし、サシャは魔導師じゃし……マカは魔法使えないんじゃろ? じゃからやっぱり止めておいたほうが……」

「うー! でも他の冒険者だって使えない人いるもん! だから私だって大丈夫なの!」

「うぅむ……」

 

 サシャさんは色んな国の話とか、すっごい格好良い冒険譚をいっぱい聞かせてくれたお姉ちゃんなんだ。

 数年前この街にいた時はよく孤児院に来てくれてたんだけど、また旅に出ちゃってからは会えていない。

 

 でも私はその数々の話を聞いてからは、サシャさんがいなくなった後も冒険者への憧れは膨らむばかりだった。

 それでようやく今日から始められるのに……むー! 院長のわからずや!

 

「私もう行くね! ……また戻ってきたら、色んな話を聞かせてあげるから!」

「あ、こら! まだわしは納得したわけじゃ――」

「――いってきまーす!」

 

 私はさっさと話を切り上げ逃げる事にして、院長さんの言葉に被せて走り出す。

 だってせっかく新たに始まる私の冒険なのに、これ以上気持ちを下げたくないもん。

 

「あっ! 冒険者と言っても街から出るわけじゃないんじゃろ!? 辛くなったらすぐ戻ってくるんじゃぞー!」

「大丈夫だよー!」

 

 院長さんの叫ぶ声に私は心持大きい声でそう返し、その足で初めての依頼を受けにいった。

 

 

 

 

 

「んん……」

 

 真っ暗な中、私は痛みを感じて目を覚ます。

 体をおこしつつぼんやりとした視線で周りを見渡すと、そこは森の中だった。

 

 ……あ、そっか。今は吸血鬼退治に向かってるんだった。

 えっと、今日はローウリィンの街を出て2日目で、日も落ちてきたから野宿してたんだった。

 

 それにしても、懐かしい夢だったな。

 あれからもう1年とちょっと経つのかぁ……あの頃は依頼なんて簡単だと思ってたけど、実際にやってみたら難しくて、よく失敗してたなぁ。

 

「ふぁ……それにしても、変な時間に起きちゃったな……あふ」

 

 私は欠伸をかみ殺しつつ、まずは目が覚めた原因を確認する。

 

「あちゃー、いつの間にか仰向けになっちゃってたか。……ちょっと血が出てる」

 

 どうやら起きてしまったのは、背にある血晶が自分の重さで奥にぐいぐいっとなって、寝てる私に違和感と痛覚を与えてたみたい。

 

 ここのところずっとそうだ。

 最初はちょっとした違和感だけだったのに、今では血晶も大きくなってしまっていて、仰向けで転がるとすぐにこうして痛みを感じてしまう。

 例えるなら、無視できる大きさだった小石が、大粒の石に変わってしまい、そしてそれをいくつも背につけた状態で仰向けになると言えばいいのか。

 

 ……まぁいいや、寝なおそ。

 明日も1日歩きっぱなしになるんだし、ただでさえ一番体力の無い私が夜更かしなんかして、おにーさんの足を引っ張るわけにもいかないもんね。

 

 そう思い横を向いて寝ようとした時。

 

「痛っ」

 

 肩や脇下に痛みが走った。

 私は再度起き上がり、服の首部分を延ばして痛みを感じた所を見てみるけど、暗くてよく見えない。

 でも痛みを感じた所へ手を突っ込んで触ってみると、強い痛みが走る。

 

「――っ、え? 血? でもどうして?」

 

 私は痛みに顔を顰めつつ、寝床を改める。

 

 使っている寝袋の中には、これといって怪我するようなものは入れていない。

 荷物も預けて平気なものを別にしておにーさんに持ってもらっているので、そもそも固いものも入っていない筈なのに、何で怪我をしたのか。

 

 私は首を捻りながら、ぺたぺたと自分の体を手で触っていく。

 胴回りにそって色々と確認していくけど、何か小枝とかの破片が刺さってるだとか、そんなものもない。

 

「うーん、別におかしいところは……っ!?」

 

 だが、ある一部を触った時、私の心音が早くなることを感じた。

 

「……んっ」

 

 つばを飲み込むと、違和感を感じた所を更に触っていく。

 そしてやっと現状を把握できた私は、自分の両肩を強く抱いた。

 

 ――進んでる。

 血晶化の範囲が、広がっている。

 前は背中だけだったのに、今は腕の付け根あたりからもぼこぼこと気持ちの悪い赤くて固いものが出ている。

 まだ肘までいっていないので、服を着ている分には見えない位置ではあるものの、症状の進行が目に見えてしまうと、私は私の中にある恐怖心を自覚してしまった。

 

「ひっ……」

 

 悲鳴をあげそうになり、慌ててうつぶせになって口を塞ぐ。

 

 大丈夫、大丈夫。

 今はおにーさんのお陰で、何とか順調に目的に向かって進めている。

 だからこのままうまくいけば、私は大丈夫なんだ。

 

「大丈夫……大丈夫なんだ」

 

 ――本当に?

 ギルド長はこの依頼を、4級指定だと言っていた。

 私は10級のゴブリンを相手にしかした事ないからわからないけど、4級だとどのくらいの強さになるんだろう?

 それに吸血鬼は血色魔法を使うと言っていた。もしその魔法に受ければ、おにーさんだって血晶化に罹ってしまうかもしれない。

 そうなったら……? もしその後吸血鬼を倒せたとして、血魂を私にくれるんだろうか?

 

「うっ……うぅ……」

 

 おにーさんは確かに強い。私から見ても、その辺の冒険者では敵わないと思う。

 けどなんらかの事故でそうなってしまったら? そしたらもう、絶対私では奪い取る事なんて出来ないし、おにーさんにそのまま死んで欲しいなんていえるわけが無い。

 

 現時点では、私が助かる保障なんてどこにもない……!

 

 ――うぅむ、心配じゃのう

 

 さきほど夢に出たからか、あの孤児院をすごく恋しく感じてしまう。

 院長さんの言ってた通りだ。全然大丈夫じゃなかった!

 

 もう、孤児院に帰りたい。

 

「帰る……?」

 

 ……いや、むしろ帰っちゃった方がいいのかもしれない。

 そうすればおにーさんにもこれ以上迷惑をかけずに済むし、私だって最期の時間を、院長さんの為に使える。

 

 院長さん、元気かな。

 私が出るときもすでに歳だったし、体のなんとかが痛い~とかよく言ってたもんね。

 力仕事とかも、ひーひーいってやってたっけ。ふふっ、それなら私がそういうのを手伝ってあげられると良いかも。

 

 世界を見てまわらなくたって、冒険譚なんて無くたって、別に、それで……。

 

「……う、うぅっ」

 

 あれ? 何でだろう。

 全然悲しくなんてない筈なのに、涙が出てきた。

 

「……マカ?」

「っ!?」

 

 しまった、声が思いのほか大きかったみたいだ。

 

「ん、泣いてる?」

「……セツカちゃん、起きてたんだ」

「ん」

 

 声をかけてきたのはセツカちゃんだったようで、ごそごそと隣で音が聞こえてくる。

 多分体を起こしてこっちを見てるんだと思う。

 

「そうなんだ。あ、おにーさんは?」

「リューヤ、寝てる」

「そっか」

「ん……?」

 

 私がうつぶせになったまま返事を返していたせいか、何となくセツカちゃんの声に戸惑っている雰囲気を感じる。

 ……本当はこのままそっとしておいて欲しいけど、そうも言ってられないか。まぁこの闇夜なら見えないだろうし、大丈夫だよね。

 

 そう思って体を起こすと、声が明るくなるよう笑顔を作り、セツカちゃんの方へと顔を向ける。

 

「なんだか目が覚めちゃって」

「ん、マカ、目赤い」

「……見えてるの?」

 

 私の言葉に、セツカちゃんはコクンと頷く。

 こんな暗い中なのに、ドラゴンって凄いんだね。私からだと、セツカちゃんの顔も大体しか見えてないのに。

 

 ……今セツカちゃんは、どんな顔をして私を見てるんだろう?

 普段から眠たげな目であんまり表情の動かない子だから、明るい時でさえどう思ってるのか分からない時があるんだよね。おにーさんはなぜか完全に把握してるみたいだけど、何かコツとかあるんだろうか?

 

「ん、それ」

「え? あっ……」

 

 そういわれて、はじめて気が付く。

 私は両手を胸の前に持ってきて、あるペンダントを握りしめていた。

 

 これは、孤児院で貰ったペンダント。

 家族のいなかった私が、初めて親のような院長さんから貰った宝物。

 

 たまに依頼がうまくいかなかったとき、嫌な事があったときは、いつもこれを眺め、ある想いとともに勇気を貰っていた。

 

 ――いつか立派な冒険者になる!

 それで孤児院に稼いだお金を入れて、院長さんや弟妹達には、私の冒険譚を聞かせてやるんだ!

 次会ったら、絶対に「心配じゃのう」なんて言わせないんだから!

 

「あはっ、あははは!」

「マカ?」

「ごめんごめん、思い出したらなんか可笑しくって、ふふっ」

 

 急に笑い出した私をみて戸惑うセツカちゃんに謝るが、自重を含んだ笑いは止められない。

 

 だってもう、これは叶わないのだから。

 このまま帰るにしろ、吸血鬼になるにしろ、どっちも気持ちの悪い存在だ。誰も以前のように接してくれるわけが無い。

 前者であれば討伐されちゃうかもしれないし、後者の場合は……逃げられちゃうかな?

 

 ふふっ、でも何かもう、吹っ切れちゃった。

 どっちを選んだって意味がないなら、単純に生きる方を選べば良いだけだもん。

 恐いって気持ちはまだ残ってるけど、それだってさきほどと比べれば全然マシになった。

 

 簡単な事だったんだ。

 ちゃんと受け入れて、自覚すれば良いだけだったんだ。

 

 今の気持ちの悪い身体では、治せない病を振りまく事しか出来ない。逆に吸血鬼という化け物になってしまえば、病の代わりに恐怖と不快感を撒き散らすだけの存在となる。

 

 今までは何とか目を逸らして分からないようにと自分へ言い聞かせていたけど、もう無理。だって疲れちゃったんだもん。

 つまり、私はもう世界中の人からみれば不要なもの……どころか、害にしかならない邪魔ものなんだ。

 

 今だってこうして普通の人なら断るような事を、おにーさんとセツカちゃんの優しさに甘えて巻き込んでしまっている。

 ごめんね……これが無事終わったら、もう私はいなくなるから。だからそれまで一緒に……。

 

「……セツカちゃん、もう寝よ? 明日もまた歩きっぱなしで、きっと大変だよ~」

 

 私はそう言うと、セツカちゃんの返事を待たずに背を向けて横になる。

 もうこれ以上話し続けるのは、なんだか辛い。

 

「ん……大丈夫」

 

 そんな私の背中に向かって、セツカちゃんが声を掛けてくる。

 大丈夫って何がだろう。

 

「……リューヤ、セツカを外に出してくれた。潰しても怒らない、抱っこもしてくれる。セツカを襲わない……嫌わない」

 

 ……えっと?

 急に話が飛んでてわかんない。

 

 まぁいいか、もう寝よう。

 血晶が当たってちょっと痛いけど、少し姿勢を工夫したらなんとか違和感無く寝られそう。

 

「リューヤは助ける、ほんき……マカは大丈夫」

「……」

「……ん、おやすみ」

 

 その言葉を最後に、また静けさを取り戻した。

 

「……」

 

 私はそんな中、胸元でペンダントを握り締めていた手から力を抜くと、少し軽くなった気分でそのまま意識を沈めていった。

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