テイマー師匠に教えを請おう!
「ごめんください!」
「あら、いらっしゃいませ~」
俺は全力で走って目的地である服屋を見つけると、すぐに店の中へと突入した。
「姿見を貸してもらえませんか!?」
「は、はぁ……こちらにありますので、どうぞ?」
店員の若い女性は俺を見ると、指を差してある方向に向ける。
そこには――あった! 鏡だ!
俺は即座に鏡の前に立つと、少しビクビクしながらそこに映りこむ姿に目を向ける。
「こ、ここ……」
「?」
「これ完全にショタじゃん! え、何これ? 14、5歳くらいにしか見えないぞ? どうなってんだこれ!?」
「きゃっ!?」
「っは!?」
やばい、少し冷静を失っていたようだ。
気がつけば、俺の様子が気になったのか店員さんも近くまで寄ってきていたようだが、俺が奇声を上げると同時に驚いて尻餅ついてしまったらしい。
「す、すみません……」
「あ、いえ……それで、どうかしたんですか?」
「えーと」
はい、どうかなさってます!
というかなんなんだこれは? 俺は24歳の筈だが、今目の前に映る自分の姿はどう頑張ってみても高校生ぐらいか、その前後にしか見えない。だが全くの別人というわけでもなく、顔は以前の俺そのものだ。
身長だけ見れば160cmくらいはありそうなので、あの受付をしてくれたお姉さんが言った濁した言葉も納得だ。
「その、なんでもありません……お騒がせしてしまい、すみませんでした」
「そうですか? あ、何か服がご入用だったりします?」
「……重ねてすみません、今日は財布を忘れてきてしまったようなので、次また見せてもらいますね」
「それは残念……色々と着せてみたいのに」
「へ?」
「……コホン、いえいえ何でも無いですよ? ではまた、次回お待ちしておりますね」
「はい、すみません……」
何か一瞬聞こえたような気がしたが、どうやら俺の気のせいだったようだ。
そうして品物を買わなかったにも関わらず、笑顔で手を振ってくれる優しい店員さんに別れを告げて歩き出す。
さて、どうしたものか。
というより、これはどう考えれば良いのか……。
とりあえず考える事は一杯ありそうなので、俺は一旦宿を取って休む事にした。
幸いにも宿はすぐに見つかった。
出来ればこれからの事も考えると安い宿が望ましいのだが、文字や物価などわからない俺には探せるはずもなく、最初に見つかった宿に止まる事にした。
1泊銅貨50枚、食事を付けると1食ごとに銅貨10枚。
これが高いのか安いのかは分からないが、とりあえず1泊と明日の昼飯分を支払って部屋に通してもらう。
この世界が地球と同じ24時間で回っているかは不明だが、多分今は夕方くらいだろう。
今更だが、俺がここに送られてきた時間は、多分お昼過ぎくらいだったんじゃないかと思う。
さて、部屋に入った俺は、とりあえず備え付けのベットに倒れこむ。
「いでっ!?」
固っ!?
以前まで羽毛布団を愛用していたのだが、そこまでの快適感を求めるとは言わないまでも、これ……木に布巻いただけじゃない? ってくらいに固い。
そう思って手で押してみると、なけなしの弾力が返ってきたのでどうやら布を幾重にも巻いて作ってるようなものだと予想される。
「……はぁ」
俺は再び寝心地の悪いベットに仰向けになると、これからの事について考える。
あの管理者からの依頼は、この世界に来た時点で達成されている。
追加の内容である、「魔王を護る」というのは、すぐに実行出来るものでもなさそうだし、世界崩壊の危機という事はわかっているがそこまで急ぐ事でも無いだろう。
……急いだ所で、今の俺は普通の冒険者以下の実力しかないだろうし、緊急の案件では無いというよりも、どうする事も出来ないといった方が正しいか。
次に考えるべきは、これから生きていく為の日銭稼ぎだ。
とりあえず勢いで冒険者に登録してしまったが、今考えれば少し早まったかなとも思い始めている。
最初に恐らく管理者の計らいによって得た銀貨10枚だが、宿代も支払った今残るは銀貨7枚と銅貨33枚。
これが無くなれば、日々生きていくのも苦しくなるだろう。どうにか稼ぐ宛を見つけなければならないが……。
そうして目を向けるのは、腰に差したままだった短剣。
「……やるしかないのか、冒険者」
しかし出来るのか?
体はなぜだか若返ってしまっているようだし、こんな体格では多分この世界の成人した大人以下の身体能力程度しかないだろう。冒険者ギルドで見かけた人達は結構良い身体してたしね。
それにこれまで過ごした中で、異世界補正で急に身体能力が上がっているだとか、そんなチートな感じも無かった。
となると、頼りになるのは管理者から貰った『無色の染料収集家』という謎の力だけなのだが……。
「魔物を使役って、どうすりゃいいんだ?」
殴って言う事を聞かせる? お金で買う?
前者はまず無理だ。というかそれが出来るなら、最初からその魔物を討伐して日銭にする。後者は……お金が掛かるんだろうなぁ。なにせ代筆だけでお金取られたし。となれば今の手持ちでは難しいんじゃないかと思う。
あーだめだ。いい考えが思い浮かばん。
こういうのはアレだよね。誰か知っている人に聞くのが一番だと俺は思うんだ。うん、そうしよう。
そうと決まればもう休もう。今日は何だかすごく疲れた。
翌日、俺は朝から冒険者ギルドに来ていた。
その理由は勿論、先輩方にモンスターテイマーについて聞いてみる為だ。
「誰か良さそうな人がいればいいんだけど……ん?」
俺はそんな事を呟きながらギルドの中へ入ろうとすると、その入り口の脇の所に人がいるのが見えた。
いや、まぁ他にも一杯人はいるんだが、俺が注目したのはそこじゃない。
なんとその人の足元には、凶暴そうな面をした獣が2匹寝転がっていたのだ。
俺は早速その人に近寄ると、失礼の無いように気をつけつつ声を掛けてみる。
「あの、すみません」
「あん? なんだ坊主」
うはっ! 今初めて顔を見たけど、めちゃくちゃ恐ぇ……。声をかける人間違えたか?
でもこの人、見るからに同業者さんなんだよなぁ。話しかけた手前ここで躊躇うわけにも行かないし、頑張ってみようか。
「その、おっさ……お兄さんはモンスターテイマーなんでしょうか?」
「……おう、そうだが?」
「実は昨日、冒険者ギルドに登録をしまして」
「ほう、それで?」
「はい、モンスターテイマーを目指そうと思っているんです」
俺がそう言い終わると、強面なお兄さんからまじまじとした視線を受ける。
俺は表情が引きつりそうなのを我慢しつつ耐えていると、やがて満足したのか、強面兄さんが口を開いた。
「ほう、俺の視線に耐えるか」
……何者なんですかアナタ。
強面兄さんはそのままニヤリっと笑うと、機嫌良さそうに続ける。
「よし、良いだろう。同じモンスターテイマーのよしみだ。心構えを教えてやる」
「は、はい!」
ほっ、どうやら良い人だったみたいだ。
俺はそのまま強面兄さんに連れられ、レクチャーを受ける事になった。
「よっし、ここで良いだろう」
「はい」
歩き続ける事しばらく、人気のない場所まで着いていくと、強面兄さんはその場に座りこむ。
目線で俺も座るように促されたので、少し距離を置いて座る。……だって2匹の獣も一緒についてきているんだもの。距離をとらないと少し恐い。
「おい、そこじゃ話し辛いだろ。もっと近くにこい」
ダメでしたー!
っくぅ、この強面兄さんも改めて見ると恐いんだが、それ以上にその狼? っぽい獣も恐ろしい。
だがここは覚悟を決めるべきか。
これからモンスターテイマーになる上では、絶対に避けられない。
俺はそう自分に言い聞かせて、震える足でゆっくりと近づく。
なるべく刺激を与えないようにそーっと、そーっと……。
「ヴヴゥゥ……」
「うっ」
ちょ、威嚇するのやめてー……本当恐いんです許してください。
「こらフェン、吼えるな」
「クゥーン……」
強面兄さんは俺の心情を知ってか、狼っぽい獣の頭をバシンと叩いて大人しくさせてくれた。
そのお陰でなんとか近くまで寄る事が出来たので、俺は内心戦々恐々としながら、表情に出さないよう努めて腰を下ろす。
「ふむ、お前なかなか見所があるな」
「へ? あ、ありがとうございます」
「今までこんなに近くまで来れたヤツはいねぇからな。よし、お前は俺の事をグラン師匠と呼ぶと良い! 面倒見てやる!」
「は? 師匠?」
「ん? 何だ? モンスターテイマーについて知りたくて着いて来たんだろ? だったら師事して貰う相手を師匠と呼んでもおかしくは無いはずだ」
「その通りです、グラン師匠」
お、おや?
本当はちょっと話を聞かせてもらうだけのつもりだったんだけど、何やら知らないが気に入られてしまったのかな、これ。
「ちなみにお前、コイツの事知ってるのか?」
「いえ……」
「だろうな。コイツは4級に指定されている魔物、フェンリルだ」
「そうなんですか」
「……」
ん? 何かグラン師匠の様子がおかしい。
あ、もしかしてこれはもっと驚く場面だったのか? だとしたらまずい、機嫌を損ねてしまったかもしれない。
というか4級指定って何だろう。冒険者と同じで、魔物にも等級が振ってあるのかな?
まぁでもそれは考えられない事ではないか。自分の等級にあった魔物討伐を受けるためには、初見の魔物でも事前にどの程度の強さか把握出来ないと、命がいくらあっても足りないだろうしね。
「ふん、4級指定と聞いても態度を崩さないのか。ますます大物だなお前は」
「……は? と、いえ、ありがとうございます!」
意味がわからんが、大物認定されてしまった。
「まぁ良い。それで、お前はモンスターテイマーについてはどの程度知っている?」
「えぇと、魔物と仲良くなって、お願いを聞いてもらう人……でしょうか?」
「……仲良く? お願い?」
「あ、いえ、その……」
「……おめぇ」
そういったグラン師匠の目が、一瞬光ったように見えた。
……ゴクリ。
無意識に喉が鳴る。
まずいまずいまずい、また俺は間違えたのか!?
あぁもう、異世界に来てからと言うものの、思ったことをそのまま喋りすぎだろう俺! もしかして行動が体に引っ張られているとか?
ってそんな事は今は良い。このままじゃあの獣をけしかけられて、殺されてしまうんじゃないだろうか? なんとかしないと!!
「分かってるじゃねぇか!」
「……え?」
「いやぁ最近の若いヤツは、やれ従魔は使い捨ての戦力だの、忠実な駒を使役するだのほざくやつが多くてな? もしお前もそんなヤツらと一緒なら一発殴ってやろうと思ってたんだが……お前はちゃんとその辺を分かってるんだな!」
どうやら俺の答えは正解だったらしい。
つか恐いよ師匠! その顔で言葉止められたから、てっきり殺されるんじゃないかと思った。
本人には言えないけど。
「お前が言ったとおり、モンスターテイマーにもしっかりとした心得がある。俺に続けて復唱しろ。モンスターテイマーの心得」
「……モンスターテイマーの心得」
「仲間になった魔物は、家族であり相棒だ」
「仲間になった魔物は、家族であり相棒だ」
「相棒となった仲間は、庇護すべき恋人でもある」
「相棒となった仲間は、庇護すべき恋人でもある」
「よし、お前に教えられる事はもう何もねぇ! 立派なモンスターテイマーになれよ! さぁ、早速仲間の魔物を探して来い!」
「はい! ……って、ちょっと待って下さい!」
え、そんだけって事はないよね?
ほら、こう、仲良くなる方法だとか、こういうときどうすれば良いかだとか、もっと大事な事いっぱいあるよね?
「基本はその心構えさえあれば大丈夫だ、自信を持て!」
「は、はぁ……」
俺はこうして心得を教わり、モンスターテイマーへの小さな一歩を踏み出したのだった。