ローウリィン支部ギルド長にお灸を据えよう!
マカちゃんとその場で別れると、俺達はレインさんの先導のもとに奥の部屋へと通され、あるドアの前で立ち止まる。
「ギルド長、連れて来ました」
「ご苦労さま、入って良いよ」
「はい」
随分若い声だな。俺の長と聞いた勝手なイメージでは、壮年くらいかだと思っていた。
そんな事を考えながら部屋に入っていくレインさんの後に続いて中へと入ると、そこにはピンとした少し長めの耳が特徴的な、雪華よりも少し年齢が上に見える子がニコニコして待っていた。
「やぁ! リューヤくんとセツカちゃんだったね? ほら、早く入って座って座って!」
……えっと、なんだこれ。確か俺はギルド長に呼ばれて来たんだよな?
「こちらがローウリィンの冒険者ギルドを運営している、リーフェギルド長です」
「よろしくね!」
え、まじか、コイツがギルド長、なのか?
……いや待てここは異世界だ。見た目と違う年齢なんてよくある設定だろう。
とりあえず紹介して貰ったリーフェちゃん……くん? をよく観察してみるが、年端も行かない顔立ちに加え、どちらとも取れる服装をしているので性別が分からないな。小顔の黒髪前髪ぱっつんで後ろは長いので、何となく和服とか似合いそうだ。
まぁ敬称は性別がわからないし、リーフェギルド長でいいか。例えどちらであっても敬語で接すれば問題ないだろう。
「こちらこそよろしくお願いします。それでお話とは?」
「うん、じゃあ立ったままでも何だし、そこに座っていいよ」
「失礼します」
俺はリーフェギルド長に指定されたソファーへと向かうと、まずは抱えていた雪華を慎重に座らせ、俺自身はその隣に腰を下ろす。
おわっ、ふかふかだ。宿のベッドよりもこっちの方が寝心地良さそうだな。
「ではリューヤくん。まずはお話の前に……その子、ドラゴンだよね?」
「はい」
見透す紙で知ったのだろう。別に隠す事でも無いので頷いて答える。
「凄いね、ドラゴンをテイムする人なんて初めて見たよ! ふふっ、長生きはするものだね」
「はぁ、ありがとうございます」
リーフェギルド長はそう言うと、本当に嬉しそうな表情で笑う。
ふむ? 世間話をするために俺は連れて来られたのだろうか? だったら疲れているし、早く帰りたいんだが。
俺がそう思っていると、リーフェギルド長は手元の書類を手繰り寄せ、その内容を眺めながら口を開いた。
「ふふふっ、ごめんごめん。早速本題に入るからそんな嫌そうな顔しないでよ」
「あ、すみません」
「あははっ、いいよいいよ」
うげ、顔に出ていたか。
あまり気にしない人のようだが、流石に冒険者を取りまとめる立場の人に悪い心象をもたれてはコトなので、すぐさま謝罪しておく。
「それでどういった内容でしょうか?」
「うん、実はドラゴンってね、貴重な素材を沢山もっている魔物なんだよ」
「……はぁ、そうなんですか」
何だこいつ、俺に喧嘩売ってるのか?
……うん、いや落ち着け。
相手はギルド長。早とちりする前に、まずは話を聞こうじゃないか。
「目や内臓、牙とかも薬や装備品に使う事が出来るんだけどね、それがまた凄い効果や威力を発揮するんだ」
「……」
「例えば万能薬、あれは凄いよ? 万病に効く上に保管期間も無いときている。それにドラゴンの素材で作った防具や武器は、普通のモノとは段違いの性能を付与する事が出来るんだよ!」
「……」
……。
「そしてさらに凄いのが――」
「ギルド長、それ以上は……」
「うん? 急にどうしたのかなレイン君。話を遮るのは良くないよ?」
「いえ、それ以上続けると、彼が……」
っ! 危なかった。
レインさんが話をぶった切って止めてくれたので、俺は何とか無意識に行動を起こしそうだった身体を抑える事が出来た。
これはいけないな。やっぱり疲れていると感情がすぐ昂ぶってしまう様だ。ここまでの話の流れから本題も良い予感はしないし、そろそろお暇させて貰おう。
「では、私はそろそろこれで。行くよ雪華」
「ん」
俺はさっさとソファーから降りて、雪華を抱え上げてやる。
雪華もリーフェギルド長が何の話をしていたのか分かっていたみたいで、少し不安げな表情を俺に向けてきていた。
そんな事をするつもりは微塵もないので、安心させてやろうと背中を撫でてやりつつ、俺は俺でギルド長に跳びかかりたくなる衝動を必死に押さえ込む。
……こ、ここまで我慢したんだ。ボロが出る前に退出させてもらおう。
「えぇ!? どうして行ってしまうんだい? 話はまだ途中だよ?」
っち、ダメだ。コイツは全く自覚がないらしい。
レインさんがその辺り気を利かせてくれるかなと少しだけ期待したのだが、立場上難しいみたいで、見れば申し訳なさそうにこちらへ頭を下げてきていた。
はぁ、まったく。
「……それならば早く、そのお話の本題を端的に言ってくださいませんか? ギルド長」
「これはすまないね、長話をし過ぎたようだ。年を取ると話が長くなっていけないね? まぁでもこれも分かり易くする為の――」
「端的に、お願いします」
何だかこのリーフェギルド長の話を聞いていると、だんだん怒りの沸点が下がっていく気がする。
やたら話が長い上に、内容は全て自覚のなき挑発紛いな発言。これで苛々しない人がいるのなら見てみたい。
「わかったわかった! わかったから怒らないでよ。おっかしいなぁ、レイン君のプロファイルだともっと大人しい筈なのに……」
「話が無いのでしたらもう行きますね?」
「わっ、ごめんごめん! もう無駄口叩かないから、ねぇ待って!」
「…………本当に最後ですよ?」
俺は引き止められても出て行くつもりだったのだが、すがり付くギルド長の姿に負けて立ち止まってしまった。
くそっ、見た目が子供というのは反則だろ。
「あぁ最後だ、もう無駄な事は言わないよ! 端的に分かり易く言うから!」
「……」
既にこの時点で無駄口を叩いているとなぜ気づかないのだろうか。
自分でも自覚しているが、この態度はおおよそ偉い立場の人を相手にするものではないだろう。だが何故かこのリーフェギルド長を相手になら、特に問題も無く失礼じゃない気がしてきた。
「……コホン。それでお願いというのは、そのドラゴンの鱗と血を私に譲って――って痛い痛い痛い痛い!!」
俺はリーフェギルド長の言葉を聞いている途中で反射的に身体が動いたのを感じ、気づいた時には既にリーフェギルド長の頭をガっと掴み、アイアンクローを食らわせていた。
どうやら俺も我慢の限界だったらしい。
けど予想はしていたとはいえ、いくらなんでも「お前の従魔って貴重だから、素材剥ぎ取って寄こせ」ってのはおかしいだろ! 竜鱗を剥ぐ時だって雪華は目に涙溜めてたんだぞ!
ここまでは悪意や悪気が見えなかったのでなんとか我慢できていたが、だからといって最後の言葉はありえなない。少し反省してもらおうか。
「痛い痛い! ちょっ、離してよっ! 私ギルドちょ――」
「おいガキ、お前さっき何て言った? 雪華を刻んで血を抜く? 鱗を剥ぐだって?」
あん? ギルド長が何だ。ウチの子に対しての暴言は何人たりとも許されない。
リーフェギルド長は俺の腕を掴んで外そうとするが、人外レベルの力には対抗出来ないようだ。必死にじたばたともがいているだけで、一向に抜け出せそうにない。
「そこまでは言ってな――痛い、ホントに頭潰れちゃう! 目も出ちゃうから!」
「おう、潰れろ飛び出せ。俺がそれを材料に万能薬ってヤツ作ってやるから」
「出来ないよ!? 私じゃ素材にならないから!」
「試してみないと分からないだろ? ん、どうだ? 素材の提供はまだか?」
「待って! ちょっとレイン君、止めてくれないかな!?」
今度はレインさんに助けを求めるが、彼女を見れば頭を抑えて小さく首を振っていた。
どうやら助ける気はないらしい。
俺は仕上げとばかりに握る力をさらにゆっくりと強めていく。
「さて、今は無駄口を叩いててもいいぞ。さっきまでよく舌が回ってたじゃあないか。ん? どうした、ほれ言ってみろよ」
「…………うぇっ……ごめっ、ごめんなさいぃぃ! 離してえぇぇ」
――っ!?
やば、今俺は何をしていた!?
泣き出したリーフェギルド長を見てすぐ我に返ると、俺は慌てて掴んでいた頭を離してやる。
……色々言われて腹が立ったとは言え、これはちょっとやりすぎてしまったか!?
このギルド長の年齢がいくつなのかは知らないが、絵的には10歳前後の小さな子だ。これでは性別がどっちであってもちょっと……いやかなり体裁が悪い。
俺はそんなばつの悪さを取り繕うようにして、泣き始めてしまったリーフェギルド長の頭を優しく撫でてやる。
「ぐすっ……うぅ」
「えぇと、その……痛い事をしたのはお詫びします」
「……うぇ?」
「リーフェさんはギルド長なのですから、ほら、涙を拭いてください」
「うん……」
俺が頭を撫でながらそう宥めてやると、リーフェギルド長は手の甲でごしごしと擦って涙を拭く。
とりあえず泣き止んだのを見て安心した俺は、そのまま優しく続ける。
「掴んだところ、痛くありませんか?」
「うん」
「もう大丈夫です?」
「うん」
よし、何か知らんがリーフェギルド長は心ここにあらずといった様子なので、このままフェードアウトさせて貰おう。
チラっとレインさんの方にも目を向けるが、彼女も今のギルド長を見て驚きの表情で固まっていたので、多分止められたりはしないだろう。
「……それでは今日はこれで帰りますね?」
「うん…………ん?」
「よし、良い子ですね」
俺はリーフェギルド長の頭から手を離すと、笑顔で手を振りながら部屋から出て行く。
出る直前にリーフェギルド長に目をやると、表情に???と浮かべながら手を振り返してくれていたのが見えた。
「はぁ……」
部屋から出た俺は、受付を過ぎてそのまま冒険者ギルドから出ると、立ち止まってため息を吐く。
従魔登録と昇級だけしてもらいに来たはずなのだが、つい頭に血が上ってやらかしてしまった。
まずいよなぁ……。
何とか誤魔化して出てきたとはいえ、相手はギルド長。肩書きからしてきっとお偉いさんだ。
俺はまだこの世界での自分の立ち位置さえ分かっていないのに、そんな相手にアイアンクローを食らわせてしまった。
何も無ければ良いのだが、これがもし大事にでもなれば目も当てられない。
「俺の首、明日から懸賞金とか掛けられたりしないよね?」
「ん?」
「……なんでもないよ」
まぁ考えてたって仕方が無い。これでやっと休めるのだから、気分を切り替えていこう。
俺は首を傾げて見つめてくる雪華へ笑みを返すと、抱っこしたまま宿へと足を向け歩き出した。




