第2話 てぃーえす
「作戦はこうです。まず亜久間さんにはニールグに変装していただきます。ドラゴンはいつやってくるかはっきりとした日時はわかりませんから、今日からずっとニールグとして過ごしてもらいます。よろしいですね?」
「あ、ああ」
これから亜久間はドラゴンにさらわれるまで、オカマとして過ごさなければならないらしい。自らの悲しい未来を想像して、亜久間はすでに絶望的な気持ちになりつつある。
「ドラゴンは先ほども申しましたように非常に大きく、近づいてくればすぐに察知することができます。ですが、もしものことも考えて亜久間様にはドラゴンが現れるまでの間、この館から出ないようにしていただきたいと思います」
「ここから出ないんだったら、あえて一日中変装している必要はないんじゃないですか? ドラゴンがやってきた時に変装しても間に合うのでは?」
どうにもその作戦がずさんに見えてしまって、不安な気持ちになりながらも亜久間は常識的な観点から意見を出したつもりだったが、チプコリーネにはそのように感じなかったようだ。肩を大きく落として、やれやれと聞き分けのない子供を諭すように意見を返す。
「いいですか、ドラゴンはニールグの美しく清らかな姿に心を奪われてさらいに来ると言ったのです。急ごしらえの変装ではとても真似しうるものではありませんし、もし接近に気付かなければ取り返しのつかない事態になるのですよ」
身代わりになってもらう相手に対してあんまりな言い方ではあるが、その言い分自体は確かに正論んであり、亜久間も頷く他なかった。
ニールグはそんな二人の相談している姿を、お茶を飲みながら涼しい顔で見守っている。先ほどまでの心のこもった嘆願などは全て演技だったのではないだろうか、と思ってしまうほどに冷めた様子でつまらなそうに髪の毛をいじっている様子もまた美しい。やはり、異世界においても可愛いは正義であるようだ。
「わかりました。ドラゴンが現れるまで変装するとして、どうやるんです? どう頑張って化粧しても、俺はニールグになんて見えませんよ?」
「ご心配なく。写生術を用いて半年ほど、ニールグそのものと同じ姿になっていただきます」
「写生術? なんですかそれ?」
「つまり、ニールグの体を貴方にコピーするのです。この術は背格好がよく似ているほど術がかかりやすく、解けにくくなります。男性としては小柄な亜久間さんでしたら、一日ほどでコピーができるでしょう。コピーは基本的に術者が術を解くか、別の術者が強制的に解除しない限り解かれることはありません。まず、見破られる心配はないでしょうから、ドラゴンによって解除されるということもないでしょう」
それはつまり、これからドラゴンに殺されるまでの間、ニールグとして生きろと言っているのとほぼ同義であった。
「ああ、もちろん。そんなことはありえないとは思いますが、ニールグの姿で不埒な行動を取られることがないようにお願いします」
「チプコリーネ、失礼ですよ」
ニールグは頼んでいる立場であることを忘れて、上から目線で亜久間に対して注文を始めたチプコリーネをたしなめるが、亜久間を女にして半ば軟禁してしまうという作戦そのものは反対しない方針のようだ。
亜久間は誰一人として真に自分の味方になってくれる人間がここにいないということを悟り、少しだけ悲しくなりつつも、覚悟を決めて言った。
「やると言いまいしたからね。満足していただけるように頑張りますよ」
亜久間がなぜこれほどまでに彼らに対して尽くそうとするのか、見ている人がいれば不思議に思うかもしれない。
彼は会って数時間ほどの人間がさらわれていくのを助けるために自分の命を捨てようとしている。それだけではない、彼らの要求を飲むとすれば、ドラゴンが現れるまでの間、半ば軟禁状態で女性として生きなければならないというのである。こんな馬鹿げた話はあるだろうか。
だが、チプコリーネとニールグは亜久間を助けてくれたのである。亜久間にとってその一事をもって命を彼らのために使ってもいいと思えるのは、小さい頃からどんな些細な恩でも必ず返しなさいという親の教えがあったからかもしれない。
「わかりました。では今晩、写生術を執り行います。それまでに、この館と街の案内をいたしましょう」
自分んでも何を書いているのか全くわからない。ダメだこりゃ。