第一話 冒険の始まり 2
自分はいったい何を書いているんだろう
飛行機の爆発事故からどれだけの時間がたったのかは定かではない。ただ言えるのは、限りなく可能性が薄いとみられていた爆散事故の生存者がたった今目を覚ましたということだ。
「うぅ、眩しい?」
呻くように声を上げたのは、亜久間正義。奇跡的にあの大災害を生き延びた唯一の人間である。
「ここ、どこだ?」
眩しさに慣れてきた亜久間の目に移ったのは、斜めになった天井の梁と静かな風に揺られる深緑のカーテンである。
その光景が全く見覚えのないものであったことで戸惑いつつもも、亜久間は気を失う前の記憶を掘り起こそうとする。
「うぅ!?」
唐突な吐き気に口を押えるも、決壊した指の隙間から逆流した胃液が放出される。激しい感情の起伏とともに思い出されるのは、爆散する航空機の地獄絵図。
半分に折れた航空機はものすごい勢いで風を呼び込み、添乗員が投げ出され、あるものは飛び込んできた金属片に体を貫かれていた。
「なんで生きてるんだ、俺?」
直後の大爆発によってその地獄絵図は一瞬で白紙になったが、亜久間も爆風を全身に受けて大やけどを負ったはずである。しかし、ベッドに寝かされたその姿は包帯を巻かれた様子もなく、目立った外傷もない。爆発事故に巻き込まれたにしては非常にきれいな姿を保っていた。
「目が覚めましたか」
ギイという音とともに部屋の隅にあった木造の扉が開き、白髪の男性が入ってくる。
男性は背が高く、西洋人なのであろう。高い鼻と白い肌、碧い瞳を持っていた。牧師の着るような黒いローブを身にまとい、分厚い本を持って歩くその姿はおおよそ聖者のものといって差支えがないだろう。
「あなたが俺を助けてくれたんですか? ありがとうございます」
相手が流暢な日本語で話しかけてきたことに驚きつつも、亜久間は上体を起こして礼をして、シーツを汚してしまったことに気付く。
「いいのですよ。まだ体調がすぐれないのでしょう。体の傷はいえているはずですが心の傷は外から治すことはできませんからね」
「ありがとうございます。俺は亜久間正義。あなたの名前をお伺いしてもよろしいですか」
「チプコリーネです。亜久間さん。あなたを介助のはわたくしではなく、ニールぐという女の子ですよ。体がよくなってから面会されるとよいでしょう」
「わかりました」
「ところで、汚れたシーツでは気分も滅入ってしまうでしょう? お取替えしてもいいですか」
そうしてチプコリーネはベッドに近づくと、亜久間が頷いたことを確認して手を差し伸べる。
「起き上がれますか? 着替えも後でお持ちしますので、しばしそこのソファにかけてお待ちください」
そう言って亜久間をソファに誘導すると、チプコリーネは徐にベッドに手を置き何事かをつぶやいた。すると数舜前までは汚れたシーツと毛布、マットレスの敷かれていたベッドはそれらが跡形もなく消え去って木枠だけが残された。
「それでは、しばしお待ちを」
そんな様子にまるで驚くでもなく、平然と亜久間に礼をしてチプコリーネは部屋を後にした。
「え!? 手品? でもなんで?」
茫然と眺めていた亜久間は到底理解の及ばない事態に、先ほどまで頭いっぱいに広がっていた事故の恐怖をきれいさっぱり忘れるくらいに驚き、ますますここはどこなのかと思いめぐらせるのであった。
とりあえず、どこか見知らないところに不時着です。