異世界転生! ~ただし俺じゃありません~
ある日突然、懐かしい友人から連絡を受けた。
「俺、異世界人になっちゃった」
そのあまりにも突拍子もない連絡に、思わずチャット画面を閉じようとしたものの、知り合ってかれこれ10年。
音沙汰がなくなってから更に5年も経過していた事から、くだらない冗談一つくらいは聞き流してお互い近況でも報告しあおうかと文字を打ち込む。
「いきなりなんだよ。異世界人ってw」
「いやいや、マジなんだって。っつか、草ってことはこれチャットなのか」
「何言ってんだよww いつも話すときに使ってた通話アプリのチャットだろうがw」
「へぇー。まじかーそういう風に繋がったのかー」
「繋がったって何だよw さっきから変だぞお前」
何やらかみ合っていない会話に、自分がそろそろ、あれ? おかしいぞ? と思い始めたときだった。
「いや、だからマジなんだって。俺、転生して異世界人になっちゃったんだよ」
転生? 異世界人? いや、わかる。言っている言葉の意味は、わかるのだが。
「いやいや、転生とか異世界人とか、ラノベの読み過ぎだろwwwww 確かにそういうの流行ってるけどさぁwww」
「え。マジなの? 今それ主流なの? やっべマジでー? 超読みたいんだけど」
「おいおい。リアル忙しくてオタから足洗ったのか? ネット小説もアニメも結構その波来てるぞ?w」
「あー。そっかー。もう5年……や、そっちと時間の流れ一緒なのか?」
「だーかーらー。何言ってんだよ。5年ぶりに連絡してきたと思ったらいきなりお花畑になってましたーとかさすがにヒくぞ?w」
「まてまて。今からちゃんと説明する」
そうして、友人――本名は田神凛介と言うらしい――から聞かされた事は、以下のことであった。
1、田神は5年ほど前に交通事故で亡くなっており、その事故は神様の手違いだったそうで、その謝罪として記憶を保持したまま異世界への転生を許された。
これは今更隠す必要もないし調べればわかると、今まではやりとりしなかったレベルの細かい個人情報まで暴露されてしまったので、平行してネットでニュースを調べた所、本当に5年前に死亡事故があった事を確認できてしまった。
2、転生後は異世界の平民の家に生まれ、ファンタジーっぽい世界観の中でラノベ主人公よろしく幼少期転生ブーストで5歳現在で既に上級魔法までなら難なく操れるようになっているとの事。
ためしにどんな魔法があるのかを聞けばなにやら動画が添付されたので開いてみたところ、金髪碧眼の、将来は絶対にイケメンになるだろうと太鼓判押せるような少年が森から飛び出してきた、軽トラックほどの大きさもある山羊と蛇を混ぜ合わせて毒蛙のような配色を施したようなエゲつないバケモノを爆殺していた。
3、今こうして連絡を取っているのは神様から転生チートによって受け取ったチートの一つ、射程無限によるものだという。
これは、魔法や武器などで射程に囚われなくなるというもので、念話をこちらの世界、つまりは俺へと向けて飛ばしたところ、こうした形で繋がったのだろうと言う。
一つと言うからにはほかにも色々あるらしいが、今回は関係ないので割愛だそうだ。
4、最後に、こうして連絡を取った理由についてだけは、俺としても非常に共感できるものであった。
何故なら……
「頼む!! 俺の代わりに俺の残した黒歴史を処分してくれ!!!!」
「わかった!」
これはオタク趣味をもつ人間ならば――いや、人間ならば誰しもが思うだろう。
自身が不意に死んでしまった後、自身の隠してきた人様にはちょっとお見せしたくないなと思うものの処分である。
自分とて、今死んだら死んでも死に切れないと思えるようなモノはいくつもあるので、これは快く引き受ける。
本人しか知りえない様な情報をいくつも預かり、それらを覚えた上で、先ほど教えられた住所を尋ねて友人として後処理を任されたと言えば良いと田神は言う。
おそらくは手続きも多少あるだろうが、なくなった友人の頼みなのだ。これくらいは何とかして見せよう。
「いやー。サンキューなー……どうしてもそれだけが心残りで」
「だろうなぁ……ww 俺もPCのフォルダの中身見られたら死んでてももう一回くらい死ねる自信あるわw」
「ほぅ……」
「おい、なんだその不穏な発言」
思わず、秘蔵フォルダを保存してある外付けのハードディスクを引き抜けば、明らかにこちらのした事がわかっているかのような舌打ちが表示される。
「おい。何で舌打ちした」
「いやー。なんでもー? でもなー。お前がまさかショタもイけるクチだったとは」
「おいいい!? ちょっとまて何で知ってるどうやって知った!?」
「まさか朝の美少女魔法戦士番組でキャーキャー言ってたお前がなー。そうかそうか。お前は褐色赤髪の子好きだったけど、ショタは金髪碧眼が好きなのかー」
「おいお前まさか見たのか?」
「全部は見てないけどな。接続切られちまったし。さすがに世界跨ぐと念話をつなげてる機器から切り離されるとどうしようもない」
田神に趣味がばれてしまった事で、俺は思わず手に握ったハードディスクを握りつぶしてしまいたくなる衝動に駆られたものの、自身が蒐集した欲望を破棄することも出来ずにがっくりとうなだれる。
「……わかった。お前の遺品は処分して置く。だからこの事は」
「大丈夫だ。俺の胸の内に秘めて置くっつーか、今の俺じゃお前の話を誰に言いふらす宛もないしな」
「そういえばそうか」
「……で、だ。頼みついでに、もう一つ頼んでも良いか?」
「何だよ」
文面が急に改まった雰囲気を帯びた――文面に過ぎないのだが、念話を変換していると言う側面があるからだろうか、そうした、呼吸とも言うような雰囲気を感じ取れてしまうのだ――のを感じ、思わず真顔になる。
こちらも姿勢を正したのが伝わったのだろうか、一呼吸置いたと言う具合の田神が頼みを告げる。
「そっちで流行ってる娯楽、俺のほうに流してくれないか?」
「……は?」
改まって何をいうのかと思えば、娯楽?
思わず問い返してしまう俺に、田神はしみじみ語りだす。
「いや、マジだ、真面目なんだ。……考えてみてくれ。いきなり娯楽も何もない世界に放り出されたらって」
「……そりゃ確かに退屈だろうけど。でも、転生して5年は何とかなったんだろ?」
「それもまぁ、そういう世界なんだ。元の世界とは違うんだって思えば納得もいくんだけどよ。こうしてそっちと連絡付くようになったら……な?」
「あー……」
確かに、もう二度と叶わないとわかっていればあきらめもつく。だが、それが不意に手に入るチャンスが目の前に転がっていれば、確かに縋りたくなるだろう。
同じ趣味を持つものとして、痛いほどに分かる。だからこそ、俺はこの頼みも断る事ができなかった。
「わかったよ。で、どうすればいいんだ? まさかzipにして送るわけにもいかないし」
「いや。それで頼む」
「圧縮ファイルだぞ? 火魔法で解凍すんのか?w」
「さすがに火魔法はねーわ……いや、まてよ。思考の過熱は火属性でできるからそれを使えば――いや、それだと属性反発が……」
「おーい」
「……っと、悪い悪い。念話繋ぎっ放しだと思考ダダ漏れになるのな」
「そんなんで大丈夫なのか念話魔法……www」
「それを利用した戦法もあるんだぞ。戦闘中に相手に念話を仕掛けて相手の思考を盗み見る。念話ハッキングって技術」
「念話ハッキングって……やけにこっち風のネーミングだなおいw」
「まぁな。考えたの俺だし」
「お前かよwww」
「魔法攻撃扱いにはならないから意図して切断しなきゃならないんで、魔法使いくらいしか防ぐ手立てはない切り札だぜ」
「でもお前の思考も相手にダダ漏れになるんだろ?」
「それは大丈夫だ。その時はしっかりこれ用に組んだ精神防御魔法をつかってからやるからな」
はぁ……なにやらいろいろ手を出しているようである。
それはさておき、圧縮ファイルで手近に電子書籍や保存したネット小説やらを送りつけ、ほかにどんなものがほしいかを聞いておく。
ただし、こちらの実費で購入する関係上、あまりこちらの趣味から脱線するようなものは送れないと念を押すと、田神も全く構わないと言ってくれた。
「それにしても、ファンタジーねぇ……」
「なんなら、お前もこっちくるか? 射程無限のお陰で神様とも念話できるらしくてな。交渉すればなんとかなるかもしれんぞ」
確かに心躍る誘いではある。
だが、そのためだけに死んで転生するのも嫌だし、なにより此方の生活だって愛着があるのだ。
「いや、やめとくよ」
断りを入れれば、田神もさして本気ではなかったのだろう。だよなぁなどと軽い調子で話は流れ、どうやらあちらは夜になったようで、すくすく成長したいからという理由で田神は寝るようであった。
……まぁ、5歳児だしな。5歳っていうと、そろそろ幼稚園の中ごろに入るくらいか。夜ぐっすり寝て、昼間もぐっすりお昼寝するくらいの歳だし、当然だよな。
精神は大人だとはいえ、体力ばかりは体に依存するだろうから、それもまた仕方なし。
適当にお休みの挨拶を送り、こちらもチャットを閉じる。
「……それにしても、異世界かぁ……」
面白そうだと思う反面、大変だよなぁと言う思いが先にたつのだから、俺はどこまでいっても一般人なのだろう。
ともあれ、次の休日には田神の実家に連絡を取る事にする。
◇◆◇
数日後。休日を利用して尋ねた田神の家では確かに田神は死んだことになっており、既に5年が経過したこともあって穏やかにもてなされた。
あれから毎日連絡を取り合っている相手の仏壇に線香を上げるなんていう妙な体験をする事になるとは思わなかったが、それもまぁ、仕方の無い事なのだろうと割り切って、田神に要求されたとおりに生前の遺品を整理する。
ちなみに、一応田神に何故親族やもっと親しいリアルの知人に頼まなかったのかと尋ねてみた所、こんな返答があった。
『そりゃお前、死んだと思ってた家族や知人が黒歴史処分してくれby異世界。なんて言ってきたら嫌だろ?』
とのこと。それから、リアルの知人ではいまいち黒歴史を隠して処分すると言う観点に不安が残るらしく、それならばとネット伝手でありながらも十年以上の付き合いがあり、趣味も気心も知れている俺にと白羽の矢が立ったとのことだった。
確かに、家族や友人に内緒で黒歴史を処分したいのに、その処分を隠したい相手に託すと言うのは不安だなと納得。
リアルの家族や友人は物理的距離が近いために趣味や趣向が明後日の方向であろうとも仲良くしなければならないが、ネットでは逆に、いつでもつながれていつでも切れる関係上、より趣味や趣向といったものが近しい人間同士が集まる傾向にある。
そういう意味では俺と田神は確かに同志であり、自身が嫌だとわかるからこそ親身になって対応できる。
処分のために念のため中身の検分をした――あちらとて俺の秘蔵フォルダを漁っていたのだからこれは役得である――ところ、ふたなり物が何冊か出てきてしまった事にはさすがにどうしようかと思ったものだが。まぁ、それは後で話の種にしてやろうと思う。
PCについては持ち込んだ外付けハードディスクに指示されたとおりの場所に隠されていた秘蔵フォルダを全て圧縮した上で写し取り、最終確認をした上でPC自体を初期化することにした。
どうも、家族に話を聞くと、PCの扱いに長けた者がいなかったため、どうしていいのか分からずに放置していたらしい。
よかったな田神。お前の名誉は守られたぞ。
……蛇足だが。秘蔵フォルダの中身はふたなりに加え、おねショタ系もあった事をここに追記して置く。
しかも内容をざっと見た限り、おねえさんがショタに色々する事よりも、おねえさんにショタがいろいろされているカットが中心である為、まぁ、そういうことなのだろう。
そういう意味でも、俺と田神は同志だったということだった。
話は変わるが、俺もただ善意だけで田神の指示に従っているわけではない。
処分を終えて秘蔵フォルダも全て圧縮し、現物についてはスキャナーで取り込んだ上で送り届けた後、俺はふと、あることを思いついたのだ。
「なぁ」
「ん? なんだ?」
「一つ思ったんだが、いいか?」
「おう。どうした」
「今俺は、フィクションでもなんでもない、ガチの異世界事情を聴ける立場にある」
「うんうん」
「そこで、もし俺がその話を小説にしたら、面白いと思わないか?」
「おお!!」
そう。最近主流の、異世界転生物の小説を、異世界に転生した友人伝に聞いて書き上げるのだ。
普通ならば転生した時点で自伝を書くことは出来ても広める意味は薄いが、俺という書き手がこちらに残っているならば大いに意味がある。
なにより、俺と趣味を同じくする田神ならば乗ってくれると思っていた。あいつもこういう話は大好きだからな。
「それはいいな。投稿サイトにつっこむんだろ?」
「ああ。リアルな異世界転生モノが書けるだろ?w」
「だな! 俺も読んで見たい! 俺主役の英雄譚とかテンションあがるわー」
「とりあえず、つたない文章ながら、俺が執筆して、後でお前に送るから推敲してくれよ。あと、その時どういうことがあったとかも詳しく」
「わかった。俺もちょいちょい記憶漁って動画にしてお前に送る! いやー! 楽しくなってきたな!!」
「だな!! とりあえず書き始めることにするから情報くれww」
「おっけー相棒!」
そうして、俺は一つの作品を作る。
名づけて、『異世界転生! ~ただし俺じゃありません~』だ。
俺の――つまりは、地球に住んでいる一般男性のもとに、過去に事故死した友人が異世界で元気でやっていると言う話を持ち込んでくるというものだ。
話し合った結果、俺が田神の視点を代弁して書くよりも、事実をそのまま俺の視点から書いた方がネタとしてありがちにならずに書けるだろうという事になったのだ。
まぁ、転生する直前までの話も書かなきゃいけない観点から、その時は田神に念話でどんなことを思ったとか、どんな雰囲気だったとかを聞きながら、外伝という形で転生側視点として書くことになったが。
数ヶ月による執筆作業も終わり、今に到るまでの軌跡を書き終えた俺たちは、ようやくたどり着いたスタートラインに顔を輝かせていた。
田神が念話の扱いになれてきた事に加え、どうやら自分で改良を加えたらしく、今では音声通話チャットに付属したビデオ通話まで出来るようになっていて、そのお陰でだいぶ色々捗ったというのは、ここに蛇足として付け加えておこう。
そんなわけで、達成感に支配されて脱力した俺に、チャットが届く。
ビデオ通話ができるようになったとはいえ、どうやら音声を送ると文字として変換されてしまうらしく、映像は映像、音声は文字にという微妙にややこしい念話方式だが、慣れればこういうのも悪くない。
原稿に起こす時もまとめるの楽だったしな。
「いやー。ようやく今の状況まで書けたかー! 案外量多かったなー」
「だなーwwいやぁ、久しぶりにテンション上がったし大量に文章書いたわwww」
「おつー」
「おつありw」
「んじゃ、それ、投稿する?」
「だな。それじゃあ、投稿しますよーっと」
俺達の物語が、こうして世に放たれる。
俺はそのスタートをきる為、小説投稿サイト、『小説家になろう』にログインするのだった――。