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光のもとでⅠ 第八章 自己との対峙  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
53/55

33~43 Side Tsukasa 01話

 部活が終わり、部室に戻って携帯を手に取った瞬間に眉間にしわが寄る。

 何これ――。

 ディスプレイには不在着信二十八件と表示されている。履歴を見ると、すべて姉さんからの不在着信だった。

 電話をかけようとしたそのとき、姉さんからの着信が入る。

「何……?」

『やっと出た……』

「悪い、部室に携帯置いたままだった」

『あぁ、そうよね……。あんたも今大事な時期だったわね』

 珍しくこっちを気遣うようなこと言う。

 そもそも、声にいつものような張りもなければ、嫌みも含まれていことに違和感を覚えた。

「何かあった?」

『……疲れてるところ悪いんだけど、今からこっちに来てほしい』

「……こっち、って?」

『翠葉の自宅、幸倉』

「……着替えたらすぐに向かう」

 近日中には行く予定だったが、まさか姉さんに呼びつけられるとは思ってもみなかった。

 簾条や父さんから聞いた話だけでも、もう自宅での対応の域を出ているのかもしれないと感じてはいたが、きっとそれは間違いではないだろう。

 部室棟を出ると、新たに携帯が鳴った。

「はい」

『あぁ、俺だけど。そのまま駐車場に来い。送っていく』

「わかった」

 通話相手は秋兄。

 秋兄が駐車場で待機というのもおかしな話だ。普通なら、今翠の側にいるべきなのは秋兄ではないのか。

 走って図書棟裏の駐車場へ行くと、秋兄の車はエンジンをかけた状態で停まっていた。助手席に乗り込みシートベルトをすると、すぐに発進する。

「俺、状況が全然掴めてないんだけど」

 運転する秋兄に催促をすると、

「もう、自宅療養の域を超えてるんだ……」

 やっぱり……。

「食事もまともにできてないから体重も落ちているし、常に脱水症状の状態。それでも、頑なに入院を拒んでる」

 秋兄は簡潔にそれだけを述べた。

「……それで、なんで俺なわけ?」

 納得がいかない。

「……誰も入れないんだ。部屋の中にも彼女の心にも」

「……は?」

「満面の笑みで拒絶される。拒絶……というか、除外、かな。すべての人を遠ざける」

「……部屋に篭ってるの?」

「そう。……あんなのは本来の彼女じゃない」

「……海斗や簾条は?」

「……ふたりに見せられる状態じゃない」

「で、なんで俺?」

 これだけだめな人間を並べ立てられ、どうして自分が呼ばれるのかがわからない。

「司、一度翠葉ちゃんが篭っていたのを懐柔したことがあっただろ?」

 あぁ、仮眠室に篭ったときに一度だけ。でも――。

「あれとかなり状況は違うと思うけど?」

「……それでも、最後の砦、なんだよね」

 秋兄は顔を歪めたまま言葉を続けた。

「司でだめなら、次に寝たのを見計らって薬を使って病院へ連れて行くことになる。そしたら、彼女は間違いなく誰とも口を利かなくなる。それを避けるために湊ちゃんが説得してるみたいだけど、どうかな……」

 どうやら、かなり状況は良くなさそうだ。


 御園生家に着くと、御園生さんと栞さんに迎え入れられた。

「司、こんなときに悪いな……」

 御園生さんはかなりまいった顔をしていた。栞さんは何も言わない。

「姉さんは?」

「今、最後の説得中だけど、たぶん無理だ……」

 御園生さんはソファに座って頭を抱えた。若槻さんはダイニングの椅子に座って、翠の部屋のドアをじっと見つめている。

「……俺だってわかりませんよ」

「司くん、少しくらい期待させてよ」

 若槻さんは苦笑を浮かべて口にした。

 立ったまま姉さんが出てくるのを待っていると、静かにドアが開き、姉さんが後ろ手にドアを閉めた。

 出てくるなり、頭を左右に振る。きっと、説得できなかった旨の報告。

 顔を上げた姉さんと目が合う。

「……悪いけど、あと任せたわ」

 姉さんは疲れきった顔でソファに身を投げた。

「話がまともに通じると思わないで。翠葉の現体重は推定三十七キロ。もしかしたらもう少し下がってるかも。血圧は平均して八十で発作が起きると百を超える。脈拍は九十から百五十くらい」

 淡々とバイタルを伝えてくる。

 どれひとつとしてまともなものがない。けれど、その中でも脈拍は異常――。

 頻脈ってことなのだろうが……。

「……翠って身長百六十弱だよね」

 確認するように訊くと、

「そう、百五十八。もう、ギリギリのところまで落ちてるのよ」

「……バカにもほどがある――」

 俺は睨むようにドアを見つめ、その前に立った。

「翠……俺だけど」

 中からか細い声が聞こえてくる。でも、その声には抑揚を感じた。

「……入るから」

 そう口にし、心してドアに手をかけた。


 部屋に入ると、突き当りのベッドで翠は横になっていた。

 以前来たときにはなかった天蓋があり、中の様子は薄っすらと見える程度。翠がこちらを見ている様子はない。

「聞こえませんでしたか?」

 まるで人の気配を感じて声を発しているようだ。

 俺が後ろ手にドアを閉めると、

「それ以上近寄らないでください」

 そう言って、ようやくこちらに視線をよこした。

 天蓋越しだし身体は布団で見えない。でも、間違いなくやつれた。衰弱しているのは見て取れるし、すごく疲れているように見える。さらには、横になっているというのに、肩で息をしていた。

「どうして出ていかないの?」

「翠、何してんだよ……」

 正直、それ以外の言葉が思いつかなかった。

「何って……具合が悪いから横になっているだけ。ただ、それだけです」

 いつもとは声が違う。あまりにも余裕がありすぎる声だった。

 いつもの余裕がない感じではなく、余裕がある感じに違和感を覚える。けれども、息は肩でしているわけで……。

 どこからどう見ても声のほうが演技――。

「ここでできる処置なんて限られてる。病院へ行け」

「……司先輩も説得要員?」

 嘲るような笑い方。

 ……本当だ。いつもの翠じゃない。翠は、こんな笑い方はしない。

 一瞬、解離性障害という言葉が頭をよぎった。

 今の翠は翠であって翠ではないのか?

「病院へ行ったほうが早く楽になれる」

「……それで?」

「勝手なこと言わないでっ。あそこに入ったらいつ出てこられるっ!? 何日!? 何週間っ!? 何ヶ月っ!? 一年っ!? ねぇっっっ」

 翠は涙を流すことも憚らず、それでも俺から視線だけは逸らさずに叫んだ。

 ……こんなことは二回目だ。初めて会ったとき――あのときも同じような目で睨まれた。あのとき、俺はどうした……?

「答えられないくせに……。なのにそんな無責任なこと言わないでっっっ」

 拍車をかけて細くなったその身体を起こして叫ぶ。話をするというよりは、口を開くたびに剥き出しの感情を発する。

 ――思い出した。あのとき、俺は挑発するように話したんだ。

「あぁ……俺は医者でもなんでもないからな。いつ退院できるかなんて知るわけがない」

 冷笑を浮かべて言い返せば、翠の目つきが一際きついものへと変わる。

「そんな人にとやかく指図される覚えはありません」

「……どうかな。相手が俺でも医者でも変わらないんだろ? 姉さんは免許を持った歴とした医者だけど、姉さんの言う言葉にも耳を貸さないって聞いた。……つまり、単なるわがままだろ」

 さぁ、どう出る……?

 このままここに立っていても埒は明かない。

「お茶もらうから」

 入って左にある簡易キッチンでケトルを火にかけた。

「なっ……」

 何か言葉を発するのかと、肩越しに振り返ると、翠はただただ驚いた顔をしていた。

 やつれても、表情の豊かさは変わらないらしい。「豊か」なんて表現からはかけ離れた状況だけど……。

 でも、間違いない。これは翠だ。多重人格でもなんでもない。紛れもなく、翠だ。

「何か文句でも? 翠がもてなしてくれるなら待つけど」

「無理なことばかり言わないでっ。早く出てって」

 翠は手元にあったものをこちらへ投げやる。けれど、それらはベッドのすぐ脇に音を立てて落下した。

「物に当たるな、部屋が傷つく。それから出ていけって要求は呑めない。どうやら俺が最後の砦らしいから」

 絶対零度と言われる笑みを向けると、ケトルが音をたてて沸騰したことを知らせた。

 火を止め、布巾に置かれていたカップに視線を移す。

 カップがふたつ――。

「翠も飲む?」

「……いりませんっ」

「あぁ、そう」

 わかってはいたけれど、取り付く島はないらしい。実際、上体を起こしているのもかなりつらそうだ。

 ここまでくると、意地、かな……。それが最後の力の源か――。

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