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光のもとでⅠ 第八章 自己との対峙  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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30 Side Momoka 01話

 藤宮司が何を知りたいのかはわかっていた。

 翠葉の状態を知りたい――ただ、それだけなのだろう。けれど、私にも藤宮司に情報提供できるほどのものはない。

 わかるのは、蒼樹さんからの連絡が少なくなってきていること。大学のカフェで会う蒼樹さんの表情が、見て取れるほどに憔悴しきっていることくらい。

 先日、蒼樹さんの車に乗って佐野と一緒に夏休みの宿題を届けにいった。でも、その日、私と佐野は翠葉に会うことはなかった。


 車が翠葉の家の前に停まると、蒼樹さんが車の窓を少し開けた。なんだろう、と思ったのは束の間。

 いったい誰が弾いているのか――。

 外から、目を瞠るようなピアノの演奏が聞こえてきたのだ。

「悪い……ここまで来てもらって申し訳ないんだけど、今の翠葉には会わせられない」

 蒼樹さんは吐き出すように口にした。

「こんな弾き方しているときは、人と話せるような状態じゃないんだ」

「……これ、こんな曲じゃない」

 ポツ、と零したのは佐野だった。

「もっと厳かに静かに始まる曲で……こんな曲じゃ――」

「佐野くんはクラッシックに詳しいの?」

「詳しいというよりは、姉ふたりが音大出なんで……。この曲はラフマニノフ嬰ハ短調プレリュード。難しい曲だけど、こんな曲じゃないです」

 私にはなんの話しだかさっぱりだ。原曲は知らないけれど、聞こえてくる曲はやけに音数が多い。しかも、音量が凄まじく大きかった。

「こんな弾き方してたら腕傷めますよっ!?」

 身を乗り出した佐野に、蒼樹さんは「大丈夫」と答えた。

 何がどう大丈夫なのかもさっぱりわからない。素人の私にだって、腕を傷めそうな弾き方をしていることくらいはわかる。

「弾けたとしても一曲か二曲がせいぜいなんだ……。それ以上は体力が持たない」

 え……?

「体重も限界まで落ちている。もう四十キロは切ってるよ。今、三十七キロあればいいほうかな」

 蒼樹さんはどこか自虐的な笑みを浮かべて答える。

「御園生って身長百六十ないくらいですよね……?」

 佐野が確かめるように訊くと、蒼樹さんは「百五十八」と明確に答えた。

 それで三十七キロって――生理が止まるんじゃ……。

「もう落ちる肉もなければ体内の水分も足りてないんだ。そろそろ入院させなくちゃいけないんだけど、本人が了承してくれなくてね……。最後は薬を使ってでも病院に入れることになると思う」

 蒼樹さんは苦々しい顔で口にしてはサイドブレーキを手にして、今度は私たちを幸倉の駅まで送るために車を発進させた。

 駅のロータリーに車を停めると、

「ここでごめんね」

 と謝られた。きっと、すぐにでも翠葉のもとへ帰りたいのだろう。

 私と佐野はお礼を述べ、代わりに夏休みの宿題を渡した。

 宿題なんかできる状態なのかも怪しい。

 電車に乗り、佐野と言葉少なに話す。

「蒼樹さん、めちゃくちゃきつそうだったな……」

「そうね……。実際に、きついんでしょう」


 これが私の知っているすべて――。

 ただ知りたいだけだろうと思った。でも、いたずらに不安にさせたり心配させるのは得策じゃない。

 藤宮司はインターハイを控えているのだから。

 ……あんた、人のこと心配するならとっととインターハイで優勝して翠葉のお見舞いに行くなりなんなりしなさいよ。

 生徒会のミーティングですら上の空。そんなのあんたらしくもない……。

 早くもとのあんたに戻って翠葉をけしかけるなり怒鳴り散らすなりしてきてよっ。藤宮司のポジションってそういうところでしょうっ!?

 自分にできることじゃないから藤宮司にやらせようとしているのかもしれない。でも、藤宮司は翠葉の中で特別なポジションにいるような気がしていた。

 翠葉は秋斗先生を好きなのかもしれない。でも、それとは別に、この男には自然と頼っているように思えたし、気を許しているようにも見えた。

 海斗や佐野とは別。秋斗先生とも別。翠葉がこの男をどう思っているのかは知らないけど、私たちなんかよりもよっぽど翠葉に近い場所にいる。悔しいけど、そう思う――。

 その特権を今使わないでいつ使うのよ。

 このまま何もできないで手をこまねいているようだったら、あとで大笑いしてやるんだから――。

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