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光のもとでⅠ 第八章 自己との対峙  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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30 Side Yui 01話

 ここ数日、リィは毎日のように激痛発作に襲われている。そして、ファミリーコールも押さなくなった。

 俺とあんちゃんは携帯やパソコンのツールバーが知らせる数値や音で気づく。そんな日が何日も続いている。

 栞さんは御園生家に泊りたがっていたけれど、基本的には夕飯を食べたらすぐに帰ってもらうようにしていた。

 みんながこの家にいたら、きっと共倒れになるから。

 夜は十一時から夜中の二時までがあんちゃん。二時から六時までは俺。自分の担当じゃない時間帯はお互い携帯の電源を切る約束をしていた。そうでもしないと、寝なくちゃと思っても全然眠れないから。

 六時から七時まではあんちゃんが見ていて、そのあとは栞さんが来てくれるから、あんちゃんは大学へ行ったり行かなかったり。俺は数時間の仮眠を取ると、栞さんがいてくれる時間は仕事に集中するように心がけていた。けれど、発作の頻度が多くなるにつれ、俺に割り振られる仕事の分量が減っていることには気づいていた。

 リィのバングルはすごく画期的なアイテムだ。でも、このデータをリアルタイムで知らされる人間は、正気でいられるのだろうか。

 自分の手の届かないところで苦しんでいる娘であったり好きな人であったりクラスメイトであったり――。

 正直、俺は結構まいっている。

 そんな俺の意向で、海斗っちと司くんへのデータ送信は打ち切らせてもらった。

 未成年にこんなものを終始見せておく道理はない。それには秋斗さんもほかの人たちも賛成だった。


 痛み止めと睡眠薬で眠れてしまうときはいい。そうでないときは本当に地獄だ。

 二時間ほど痛みに耐えるリィを見続けては見限る。見放すのではなく、その時点で病院へ行くと判断する。けれど、病院へ行ったからといって、何をどうしてもらえるわけでもないことを知るのに、そう時間はかからなかった。

 飲み薬よりもダイレクトに身体に働きかける薬を血管に入れる――ただ、それだけ。

 最初は筋肉注射だったけど、効かないとわかるともっと即効性のある薬を血中に入れられるようになった。

 いくつかの薬を試し、リィの身体と相性のいい薬が今は使われているけれど、それは強制的に眠りにつかせるような、そんな薬だった。

 薬を入れるとすぐにリィの目がとろんとする。そして、しばらくすると何事もなかったように疲れきった顔で眠りにつくのだ。

「なんでこんなに痛がってるのに眠らせるような痛み止めでしか処置ができないんだよっ」

 つい、処置室の外で大声を出してしまった。おまけにゴミ箱にも当たった。

 あんちゃんも同じ気持ちだろう。でも、俺のように感情をむき出しにすることはなく、歯を食いしばって長椅子に座っていた。

 病院では時々夜勤の楓さんと会うことがあった。

「点滴が終わるのは明け方だから、それまでこっちの部屋でふたりとも寝てるといい」

 そう言って、患者用の空いている部屋を提供してくれる。

 眠れるわけじゃない。でも、身体を休ませなくてはいけない、と言い聞かせてベッドに横になる。

 こんな日々があとどのくらい続くのか……。

 あんちゃんが毎日のように見ていたのは天気予報のサイト。まるで祈るようにそのサイトを見ていた。

 きっと、梅雨明けの時期を今か今か、と思って見ていたのだろう。もしかしたら、零樹さんや碧さんも同じなのかもしれない。

 ここのところ、あんちゃんと零樹さんたちの会話も沈黙が多い。リィはというと、少しでも身体が起こせる時間があるとピアノに触りたがった。

 それはたいてい昼間で、栞さんひとりの補助では危険を感じたから自分が付き添って二階へ上がっていた。

 ピアノを弾く姿すら痛々しかった。

 演奏は、いつものリィの演奏とはえらい違い。こんなに痩せてしまったその身体のどこに、これだけの力が残っているんだろう――そう思うような演奏。

 ピアノを壊すつもりで弾いているような、自分が壊れてもかまわないというような音。

 リィは、「つらい」と声に出して言わない。だから、こういう形でしか感情を外に逃がせなかったんだと思う。その姿も演奏も、まさに「表現者」としかたとえようがなかった。

 ピアノは一曲か二曲を弾くのがせいぜい。それ以上を弾く体力はないから。

 弾き終わったリィは息を切らした状態でピアノに突っ伏す。そのリィを横抱きにして階段を下りるのには慣れた。

 俺は体格がいいほうじゃないし、普段から身体を鍛えているわけでもない。そんな俺でも、リィの身体は重いと感じるようなものではなかった。

 人ってこんなに軽かったっけ……なんて心の中で思いながらセリと比べる。

 あの頃、セリと俺はあまり身長差もなかったし、今ほど身体が出来上がっていたわけでもなく、セリを抱き上げるなんてことはできなかった。その点、リィは俺よりも十五センチくらい低いし細い。

 細すぎるくらいで、なんだか物足りない……。

 仕方がないから少しでも重みを持たせようと、部屋に戻ると水分を摂らせる。

 ここまでくると、感覚が少しおかしくなっているのかもしれない。

 この痛みでは死なないと言われても、なんの救いにもならないだろう。

 目の前のリィを見ていると、本当にそう思う。

 迫り来る死を迎え待つ患者と、死にはしないと言われて、いつまで続くのかわからない激痛発作に苦しむ患者――両者は全く立場が違うけど、未知のものに対する不安の大きさはさして変わらない気がした。

 もし、俺の魂を売るだけでリィが楽になれるなら、俺は喜んで魂を差し出すと思う。

 この際、神でも悪魔でもなんでもよかった。縋れるものがあるなら縋りたい。

 そう思うのは人生で二度目だった――。

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