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光のもとでⅠ 第八章 自己との対峙  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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27~28 Side Tsukasa 01話

 最近は、藤山の家へは帰らず姉のマンションに帰ってきていた。

 理由は明快。こっちに帰ってくるほうが翠の情報を入手しやすいから。

「明日、午前中だけ翠葉が出てくるわ」

「ふーん……」

「海斗にも言ってあるけど、あんたもフォロー頼むわよ?」

「……俺、学年違うけど?」

「まぁね……。それに、翠葉のクラスなら何も言わなくてもしっかりフォローしてくれるんでしょうけど」

 言いながら、意味深な視線を俺によこす。

「何……」

「別に? あんたが手助けしたくてしょうがないんじゃないかと思って」

 姉さんは面白そうに口にする。それがわかった途端に姉さんの相手をするのが面倒になり、

「そろそろ寝たほうがいいんじゃないの?」

 時計に視線を向けると、

「あら本当。美肌のゴールデンタイムが刻々と減っていくわ」

 姉さんはソファから離脱して寝室へ向かった。


 明日、翠が学校へ来る――。




 海斗たちが問題なくフォローするであろうことはわかっていた。けど、翠に会いたいという自我には勝てず、結果こうして翠が廊下に出てくるのを待っている。

 海斗と簾条あたりが付き添っているかと思いきや、海斗ひとりだった。

 ドアを閉める瞬間に簾条と目が合った。悠然と笑みを浮かべる様がむかつく。

 たぶん、俺がここで待っているのを予想していたのだろう。

 内心、舌打ちをしたい気持ちで翠の腕を取る。その腕が、ずいぶんと細くて驚いた。一瞬、腕と手首を間違えたかと思うほど。

「ふたりとも、ごめんなさい。本当は自習したい時間なのに……」

 翠が申し訳なさそうに眉をひそめる。

「俺は問題ない」

 海斗も似たり寄ったりの返事をすると、翠はほんの少し笑みを見せた。

「それより、翠……食べられているのか?」

「……かろうじて、かな」

「……そう」

 嘘を隠すのが下手過ぎる。あまりにもバレバレな嘘で、その先を訊く気にはならなかった。

 何より、この腕の細さが物語っている。

 ストールをしているから、見た目にはあまりわからないとはいえ、掴んでしまえば目くらましはきかない。

 さらには、翠はこの暑い中、長い髪を下ろしたままでいる。

 気温のことは関係なく、ただ顔を晒したくないだけのような気がした。

 髪が隠すその頬は、こけているのではないだろうか。

 そうは思いつつも、確認するほどにじっとは見ることができなかった。


 翠を保健室に送り届けると、行きの倍以上の速さで俺たちは歩く。それが俺たちの普段の速度。翠の歩みは、一般的なそれとはずいぶんと異なった。

「翠葉、かなり痩せたな……」

「あぁ……」

「今日の授業に出たら、今学期はもう登校してこないって桃華が言ってた」

「そう」

「湊ちゃんから何か聞いてる?」

「いや」

 そんな会話をしただけで二階に着いてしまう。

「次、佐野が迎えに行く予定」

「……わかった」

 階段を上がりながら考える。

 翠は今頃点滴を打たれていることだろう。けれど、五百ミリリットルを落とすのには時間が足りない。時間から考えれば二百ミリリットルかと思う。でも、あの状態の翠には五百を入れるに違いない。

 姉さんのことだ、点滴をさせたままクラスへ戻すだろう。

「司ー! 次の授業自習だって!」

 教室で嵐に情報をもらう。

 自習、か……。

「……抜け出すか」

「なんか言った?」

 尋ねられて、「何も」と返す。

 俺は自習のプリントを終わらせると、終業チャイムが鳴る十二分前に席を立った。

「は? 司どこ行くん?」

 ケンに尋ねられ、

「野暮用」

「あぁ、トイレか」

 とくに訂正はしなかった。


 廊下に出ると、授業中ということもあり人の気配はなかった。

 自分の歩く音だけが廊下に響く。すると、巡回している警備員が渡り廊下からやってきた。相手は軽く会釈をしたが、俺は目を合わせることなく無視を決め込む。

 礼をされる関係ではない。俺は藤宮の人間ではあるが、警備員の上司でもなければなんの関係も持たない。

 なんで一学生に礼なんてするんだか……。

 俺を藤宮の人間と意識してこその行動だとは思うが、バカらしくて何を言う気にもならない。

 きっとあの警備員はまだ配属先が決まっていない新人だろう。

 ここ藤宮学園は会長本宅の膝元といえる場所なだけに、ジョブランクの低い人間が配属される場所ではない。が、その一方、現場適正の最終判断をする場になっていることも事実。

 この場所で秋兄が仕事をしているのは、最終判断を下すという意味合いもあるらしいけど、全部後付けの理由に思えた。

 自分が学校でのんびり仕事をしたいがために、そんな仕事を請け負った。きっと、そんなところ。

 軽くノックをしてから保健室に入ると、

「あら、気が利くじゃない」

「点滴したまま戻すつもりでしょ」

「大当たり」

「翠、嫌がったんじゃないの?」

「ま、いい顔はしなかった。でも、拒否もしなかったわ。自分の状態は自分が一番よくわかってるんでしょ」

 姉さんは何事もなかったようにノートパソコンに視線を落とす。

 カーテンの隙間から中に入ると、青白い頬を露にした翠が寝ていた。

 血色なんてものは欠片もない。小さな寝息だけが、翠が生きていることを教えてくれる。

 時計を目にすれば終業チャイムの十分前。どう起こそうか躊躇った。

 身体に触れたら痛みが走るかもしれない。しかし、声をかけてびっくりさせるのも忍びない。

 最終的に思いついたのは頬をつつくことくらいだった。

 指先でつついた頬は、少しのぬくもりも感じず冷たいものだった。思わず、自分の手の体温を分けたくなるほどに。

 翠は、「ん……」と一度身じろぎ目を開ける。

「……司先輩?」

「そう。あと十分で終業チャイムが鳴る。その前に教室まで移動」

 点滴スタンドをカーテンの外に出したものの、翠はまだ目を白黒とさせている。

「今、授業中ですか?」

「そう。……うちのクラス自習だから」

「なかなか気が利く弟でしょ?」

 姉さんが会話に加わると、翠はようやく身体を起こした。


 かまいたがる姉さんを無視して保健室を出ると、今度は足音ではなく、点滴スタンドを転がす音が不規則に響いた。不規則な原因は、翠が左足をかばうように歩いているから。

 痛みは足にも出ているのか……?

 浮かび上がった疑問を明確にしたい気はした。でも、尋ねることはできなかった。

 翠が、あまりにも必死に歩いていたから。

 階段に差し掛かると、

「先輩、ありがとうございます」

「礼を言われるほどのことはしてない」

「でも、ありがとうございます……」

「何度も言わなくていい」

「でも、ありがとうございます……」

「……何度言ったら気が済むの?」

「……何度言っても足りない気がするから、何度も言いたいんです」

 そうして何度言われたところで返せる言葉がレパートリーに富むことはない。

 俺は足を止め、ため息をひとつつく。

「俺はそのたびに返事をしなくちゃいけないんだけど」

 別にかまわないけど、そんな様は傍から見たらバカっぽいと思う。

「先輩、ひとつ謝罪」

「何」

 自分、謝られるようなことをされた覚えはないけど……。

「先輩は格好いいけど意地悪、じゃなくて、格好良くてすごく優しい人、です」

 それはあまりにも不意打ちで、俺は目を見開き言葉を発することができずにいた。

「……先輩?」

 若干顔が熱かった。それを隠すために下を向いて早くも後悔。

 こんな行動とったら、どんな言い訳をすればいいんだか……。

 ふと目に入ったのは今上がってきたばかりの階段。俺は、その階段を静かに振り返った。

「それはつまり……氷の女王撤回ってことでいいのか?」

 俺は俺なりに階段を上がれているのだろうか。

「……そうですね。でも、あれは氷の女王スマイルだと思いますよ?」

 そんな会話をしていると終業チャイムが鳴り、教室の前のドアから佐野が出てきた。

 佐野は不思議そうな視線を俺に向けていたけれど、何を問うことも許さず点滴スタンドを押し付ける。そして、翠が教室へ足を踏み入れたのを確認してから教室のドアを閉めた。


 三階へ続く階段を上る前に、今上がってきたばかりの階段に目をやる。

 俺は翠の中でどのあたりにいるのだろう……。

 翠が歩く速度のようにゆっくりでかまわない。少しずつでいいから、翠に寄り添えたらそれでいい。


 教室に戻ると、

「長いトイレだったな」

 ケンに声をかけられた。

「お腹壊してるの?」

 嵐は心配そうに俺を振り返る。

 そこで、「保健室に行ってきた」とだけ答える俺は捻くれているのだろうか。

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