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光のもとでⅠ 第八章 自己との対峙  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
38/55

09 Side Akito 01話

 薄味で少量。小鉢がいくつも並ぶ料理。まるで懐石――。

 彼女が喜びそうな料理が目の前に並ぶ。俺はそれらを美味しいと思うでもなく、ただ口へ運ぶ。

 ここに彼女がいたら、きっとそれだけでどんな食べ物も美味しく感じるのだろう。

 そんなことを考えていると、携帯ではなくルームコールが鳴った。

「はい」

『澤村です。お食事中申し訳ございません。たった今、楓様が秋斗様のお部屋へ向かわれましたので、ご連絡を入れさせていただきました』

「ありがとうございます」

 受話器を置き首を捻る。

「楓、なんの用だろ……?」

 時刻はまだ七時を回ったところだし、薬だってまだ数日分はある。楓が来る必要などどこにもなさそうだけど……。

 数分後にドアをノックする音が聞こえ、俺はぼんやりとした頭でドアを開けた。

「久しぶり……ってわけでもないよな。ま、どうぞ」

 部屋へ招き入れると、楓はテーブルを見て俺に視線を戻した。

「先に食事して」

 改めてテーブルに着くものの、非常に落ち着かない。

「今日、休み?」

 まるで日本語を忘れたみたいに片言で話す。と、

「出勤前」

 同じように片言が返ってきた。

 楓が電気ポット周辺を見ていることに気づき、

「コーヒーならないけど?」

 親切に声をかけたつもりだったのに、「当たり前」の一言が返される。

「ハーブティーならそこにあるけど」

 楓はそれを視界に認めると、ひとつのティーパックを手に取った。

 本当に何しに来たんだか……。

「体調は?」

 こちらに背を向けたまま訊かれ、

「まぁまぁかな」

 相変わらず片言の会話が続く。

「……翠葉ちゃんが秋斗のことを気にしてる」

 箸で掴んだ煮豆が落ちた。コロコロと膳の中を転がり、縁まで行ったらポテ、と止まる。

「……今、なんか言った?」

「……正確には秋斗と栞ちゃんがいないことを気にしてる」

 振り返った楓の顔には、「不本意」と大きな字で書かれていた。

「あのさ……それ、どう解釈したらいいの?」

「そろそろ戻り時ってこと」

「……楓と湊ちゃんのお許しが出たってこと?」

 あぁ、なんだかやっとまともな会話になってきた。

「許しも何も……翠葉ちゃんが気にしてるんだから仕方ないだろ? もっとも――」

「わかってる……。同じ失敗はしないよ」

 皆まで言われなくとも……。

 入院している間、翠葉ちゃんのことしか考えていなかった。もう、自分がどう行動すべきなのかなんて答えは出ている。何が正解なのかはわかってるんだ。

「ひとつ、秋斗にも知っていてほしいことがある」

「何?」

 楓は言いづらそうに口を開いた。

「翠葉ちゃん、記憶障害が生じることがあるんだ」

 は……?

「何、それ……」

 やばい、また片言に戻ってしまいそうだ。

「ストレスの窮地に追いやられると、一定期間の記憶が抜け落ちる。雅と会ったあとの彼女の様子は秋斗も見てるんだろ?」

「あ、あぁ……」

 ハープを弾いたまま意識が飛んでいたときのことなら記憶に新しい。

「ああいう状態のこと、解離性障害っていうんだ。秋斗と栞ちゃんがいないだけで、その症状が少し出ている気がする」

 ……栞ちゃんは毎年のこととは言え、時期的には少し早い気がする。

 でも、そうか……だから楓が来たのか。

「日曜に戻る。……彼女に会いに行く。でも、楓がそんな顔して心配するようなことはもうないから」

「どう答えを出した?」

「……付き合うっていうのはなしだ。しばらくは見守るよ。それが彼女にはいいんだと思う。俺の中に流れている時間と、彼女が感じている時間の流れはきっと違う。彼女はものすごくゆっくりとした時の中を生きている。それをかき回すようなことをすると、彼女は恐怖感を抱くんだと思う……」

「……ふーん」

「……何、その意味深な『ふーん』」

「いや、秋斗がこうも考えを変えるとはね」

 嫌みも忘れずに口にするけど、その口元がわずかに緩んだ。

「司がさ、栞さんはともかく、秋斗だけでもどうにかならないかって言い出したんだ」

「は……? 楓、今日、変だぞ? 明日、雹とか降りそうだからそろそろ冗談はやめてほしいんだけど……」

 箸を置いて、思わずテーブルから遠のく。

「いや、真面目な話……。翠葉ちゃんの様子がおかしくなって、そのあと、司が言いだしたんだよ」

「なんだって敵に砂糖送るような真似……」

「……秋斗も本気みたいだけど、司も相当本気みたいだ。さて、この従兄弟対決どうなることやら……。俺は高みの見物を決め込むわけだけど、これでほかの男にでも掻っ攫われてみろよ。大笑いしてやる」

 俺が彼女の隣に並ばなかったら、そのときは司が並んでいるとばかり思っていた。それ以外の人間が彼女の隣に並ぶだなんて少しも考えなかった。

「この勝敗っていつわかるんだろうな? なんか、全部翠葉ちゃんにかかってる気がする」

 すぐに知りたくて、でも、ずっと勝敗がわからなければいいとも思う。

 なんだこれ……俺、弱気なのかな。

 あとでウォーカーズのクッキーを買ってこよう。それと、蒼樹には手紙、かな。  これはメールや電話ではなく、手紙、という気分。簡単に頼むのではなく、きちんと頼みたいから――直筆の手紙。

 それらを詰めて、若槻宛てで送ろう。

 若槻には何もないから、せめて開ける瞬間を楽しめるようにクラッカーの仕掛け付きで――。

 中に入れたものが若槻に末梢されませんように。

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