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光のもとでⅠ 第八章 自己との対峙  作者: 葉野りるは
本編
2/55

02話

 三限の授業時間を保健室で過ごしていると、

「ったくさー、いつものことだけど最悪っ……」

 そんな声が聞こえてきた。聞き覚えのある声、と思ったら海斗くんと佐野くんの声だった。

 保健室に顔を出したふたりが、

「ほれ、四限行くぞー」

 教室と保健室を行ったり来たりする私の送迎についてくれるのは、いつものメンバーだけじゃない。クラスメイトが交代で付き添ってくれていた。授業に出たり出なかったりの私を保健室まで送ってくれたり迎えに来てくれたり、クラスメイトが代わる代わるに付き添ってくれる。

「湊先生、いってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 この頃は、保健室を出るときには「いってきます」と「いってらっしゃい」、戻ってきたときには「ただいま」と「おかえり」のやり取りをするようになっていた。

 滞在時間を考えても、保健室は第三の我が家と言えそうだ。

 でも、どこであったとしても「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」の言葉が返ってくるのは嬉しいもので……。

 このやり取りをすると思い出すのは栞さん。

 幸倉で過ごしていたときは必ず栞さんの声が返ってきた。けれど、もう二週間もその声を聞いていない。

「あー、わかったわかった! 試験が終わったらなっ」

 大きめの声でそう言ったのは佐野くんだった。

 私は栞さんのことを考えていたため、なんの話をしていたのかすらわからなかった。

「……なんのお話?」

 小さな声で訊いてみると、ふたりは沈黙して私を見た。

「ごめんなさい……お話聞いてなくて」

「いい、御園生あんま気にするようなことじゃないから」

「ひっでーなっ! 俺のシックスティイインの誕生日だぞっ!」

 え?

「海斗くん、今日お誕生日なのっ!?」

「ちゃうちゃう、試験前日の七月一日」

 言われて納得してしまう。それは実に最悪なタイミングだ、と。

 しかも、学生の期間は毎回毎回試験前か試験中というとんでもなく最悪な時期ではないだろうか……。

「翠葉、正直だな……。そこまで同情してくれんでもよろし」

 海斗くんは肩を竦めて「くくっ」と笑った。

「そうそう、海斗はただ単に誕生日を祝ってほしいだけだ」

 佐野くんは呆れたように口にする。

 なるほど……。だから試験が終わったら、という話だったのだ。

「プレゼントはクラスから一括して何か贈るよ」

 その言葉にドキリとした。

 クラスから一括してプレゼント――。

 私、クラスメイトが選んでくれた曲が編集されているCDをもらった気がする……。しかも、一度も聴いていない……。

 どうしよう――誰にも言えない。帰ったらすぐに聴かなくちゃ……。

「たぶん、俺の勝ち」

 佐野くんの言葉を疑問に思っていると、隣の海斗くんが頭を抱える。

「くっそ~……俺、負けるとは思ってなかった。でも、ラッキー!」

 今度こそふたりの話が見えなくて首を捻る。

「御園生、クラスに戻ったら覚悟しとけよ!」

「え……?」

「それまでの秘密! あーーーっ、それにしても悔しいっ! けど嬉しいっ!」

 海斗くんは地団駄踏んだかと思うと、高くジャンプする。それを見ていた佐野くんは渋い顔で、

「俺だって勝ったところで嬉しくないよ。ったくさ、俺の苦労の結晶が……」


 階段を上がり教室に一歩踏み入れると、教室には音楽がかかっていた。

 テスト前はみんな黙々と勉強しているのに、どうしたのだろう……。

「この曲なーんだ!」

 飛鳥ちゃんに訊かれて首を傾げる。

「誰かの……歌?」

 クラス中の視線を一身に浴び、身が縮こまる思いだ。

「じゃ、次の曲は?」

 と、桃華さんが別のCDをセットする。

「これ、誰……? 自分の声と似てて気持ち悪い……」

「はーい、負け組の人、テスト終わったら買出し組決定なー。あとで幹事決めるから」

 佐野くんがその場を仕切り始める。

「ねぇ……今の、何?」

 隣の海斗くんに訊くと、

「俺らが翠葉にプレゼントしたCD。おまえ一度も聴いてないだろ?」

 ニカッ、と笑われて私はカチコチに固まった。

「翠葉、私は一応聴いているほうに賭けたんだけど?」

 桃華さんに美しく微笑まれても見入る余裕すらない。

「因みに私は聴いてないほうに賭けましたー!」

 飛鳥ちゃんの言葉を皮切りに、クラスメイトが「俺は聴いたほうに賭けた」「私は聴いてないほうっ!」と声をあげる。

 やだ……知られたくないと思っていた矢先に当てられちゃうなんて――。

「あの、ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい――」

 三方向に向かってひたすら頭を下げていると、

「仕方ないよ。具合悪くてそれどころじゃなかったんでしょ?」

 空太くんが擁護してくれた。

「兄貴から少しだけ聞いてた。マンションに仮住まいすることになったいきさつとか。ただ、佐野はかなり必死で編集してたから、佐野だけには謝っておきな」

 空太くんの笑顔は高崎さんとそっくりだった。兄弟なんだな、と思った瞬間。

「でもさ、佐野、自分で編集しておきながら、『絶対に聴いてないと思う』って断言してたぜっ?」

 海斗くんがお腹を抱えて笑う。

「だって、翠葉の部屋に行ったとき、CDらしきものなかったもん」

 そう答えたのは飛鳥ちゃんで、頭を上げていられなくなる。

 そのとおりです……。CDは幸倉のおうちに置いてあります。

 四限の授業を受けるために戻ってきたけれど、今となっては授業どころではない。

 この申し訳なさを全部吐露してしまいたい。

 頭を抱えていると、後ろの席から桃華さんに声をかけられた。

「そんなに気に病まなくてもいいわよ。ただ、人が恋しくなったら聴いて? うちのクラスの想いがこもっているから。それから、恋愛の醍醐味もわかるかもしれないわよ?」

「……うん、試験が終わったら必ず聴くから」

 授業には全く身が入らず、先生に指名されたときはヒヤリとした。

 咄嗟に暗算で回答を出したものの、当たっているかは怪しい限りで、手に汗を握った。

 けれども答えはあっていたらしく、

「おまえの暗算能力は大したものだな? 上の空だから指したのに返り討ちに遭った気分だ」

 先生に笑われ、「すみません」と縮こまって謝罪する。

 授業が終わると、みんなが教室から出る前に私は大きな声を出した。

「あのっ、誕生日プレゼントのCD、まだ聴いてなくてごめんなさいっ」

 ちゃんとクラス全員に謝らないといけない気がして、がんばって声を張った。

 許してもらえるまで頭なんて上げられない……。

 そう思っていると、クスクス、とところどころから笑い声が聞こえてくる。

「翠ちん、律儀すぎー」

 理美ちゃんの声がして頭を上げようとしたら、「えいっ!」と頭を軽くチョップされた。そのあと、「聴けるときに聴いてよ」と和光くんに言われた。

「あのね……少し前からウィステリアヴィレッジに間借りしているの。言い訳をするわけじゃないのだけど、引越し作業みたいなことをして、そのとき、ちょっと体調悪くて、頭回ってなくて、幸倉のおうちにCD置いてきちゃったの。期末考査が終わったら幸倉に帰るから、そしたら聴かせてもらうね」

 詰まりながら話をした。

 やっぱり、人前で話すのは苦手。どんどん声が小さくなるのどうすることもできなかった。

 気づけば視線は足元に落ちている。

「集団リンチみてぇ……」

 え……?

「……確かに」

 顔を上げると、ものすごく不服そうな顔がたくさんあった。

 今の声が誰のものかはわからないけど、男子……。

 自然と身体が萎縮する。すると、手の上に大きな手が乗った。

「……海斗、くん?」

 海斗くんの顔を見るときは必然的に見上げる姿勢になる。

「翠葉、違うよ。責めてるわけじゃなくて、翠葉がそんなに申し訳なさそうにしてると俺たちがいじめてる気分になるって、そういう意味」

「あっ、ごめんなさいっっっ」

 反射的に口にすると、

「だからぁっ! 御園生さん、謝りすぎっ」

「高木くん……?」

「そう、俺の名前は?」

「理科の理と漢数字の一で理一りいちくん」

「ピンポン。ほら、端からクラス全員の名前フルネームで言ってみ? それでチャラだよ。なっ?」

 高木くんがみんなに同意を求めると、「OK」「ラジャ」「了解」とあちこちに声があがる。

「俺ら、別に責めたかったわけじゃないんだよ?」

 空太くんに言われて、また顔を上げる。

「え……?」

「どっちかっていうと、賭け。遊びの対象に近いものがあったわね」

 桃華さんの補足に頭が混乱し始める。

 賭け……? 遊び……?

「翠葉、違うよっ!? からかうとかそういうんじゃないよ?」

 すぐに飛鳥ちゃんが否定してくれた。

「翠葉ちゃんってどっか抜けてるでしょ? だから、聴いていたら全曲覚えてそうだけど、聴いてなかったら一曲もわからないだろうね、って話をしてたの」

 希和ちゃんがクスクスと笑いながら教えてくれた。

「そこに、海斗が俺の誕生日も祝えとか言いだして、じゃ、賭けをしようぜ、って話になったんだ」

 佐野くんの言葉になるほど、と思った。けど――。

 負けが多いということは、私が聴いていないほうに賭けた人が多かったわけで……。

 それはそれでやっぱり申し訳ない気がする。

「ごめんなさい……」

 再度口にすると、

「御園生ちゃんが『ごめん』って言ったら何か罰則作んね?」

 そんなことを言い出したのは河野くんだった。

「いいわね」

 と、便乗したのは桃華さん。

「じゃ、翠葉が重複謝罪をしたらカラオケで歌を歌わせましょ?」

「うっし! むしろそれ聞きたいから、御園生さんガツガツ謝って!」

 ところどころにあがる声にうろたえる。

「桃華さん、私、歌なんて歌えないっ」

「あら、CDを聴いて覚えれば歌えるわよ?」

 桃華さんはにこりと可憐に微笑んだ。

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