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光のもとでⅠ 第八章 自己との対峙  作者: 葉野りるは
本編
17/55

17話

 唯兄と蒼兄は全然タイプが違う。それは歩き方にも現れる。

 蒼兄は私に気づかれないように歩くのがとても上手。対して唯兄は「ここにいるよ!」と主張するようにパタパタとスリッパの音を立てて歩く。

 でも、その足音がとても嬉しかった。家にひとりじゃないことが感じられて。

 もしかしたら私がドアを閉めないでと言ったからなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、玄関のドアチャイムが鳴り、人が入ってきたことを知らせる。

 どうやら静さんがお買い物から帰ってきたようだ。

 静さんは荷物を置いてくると、

「訊くのを忘れたんだが、翠葉ちゃんはお刺身とかナマモノは大丈夫だったかな?」

「はい、大丈夫です」

「お昼は手巻き寿司にするからね」

 静さんの後ろで二階から下りてきた唯兄が頭を抱えている。

 気持ちはわからなくもない。

「……静さんがスーパーでお刺身を買ってきたんですか?」

 失礼かとは思ったけれど、あまりにも想像ができなくて尋ねてみた。すると、

「私のスーパーにね」

 にこりと笑う。

 私の、スーパー……?

「ウィステリアホテルというところは非常に品揃えがよく鮮度も抜群なんだ」

 その答えに私と唯兄は胸を撫で下ろした。

 どうやら、掃除をする前に唯兄が炊飯器をセットしていたらしく、炊き立てのご飯を酢飯にすると、すぐにランチタイムになった。

 魚介類はどれも新鮮でとても美味しかった。それから、静さんお手製のエビの頭汁も。

「静さんはなんでもできちゃうんですね」

「なんでもはできないよ。それに、これはただ出せば巻いて食べられるものだろう?」

 それはそうだけれど……。これだけの準備をできない人もいると思う。そこからすると、やっぱりすごいな、と思うわけで……。

 静さんを見るといつも思う。どうしてこんなにすてきな人が独身なのかな、と。

 出逢いはたくさんありそうだけれど、忙しすぎて時間がないのかな……。

 奇妙な顔ぶれで昼食の時間が過ぎていく。


「この家の裏手には運動公園があるんだ。日ごろ運動不足の若槻にはいい散歩コースになるんじゃないか?」

「日ごろから頭脳労働が激しくてブドウ糖不足気味の俺には屋内で糖分補給のほうが遥かに重要です」

「そんなこと言ってないでたまには外に出ろ。季節によって咲く花が違うというから、翠葉ちゃんと行ってこい」

 その言葉にもしかしたら、と思った。

 私が去年そこで倒れたことも、そのあとの入院が長引いて留年していることも、静さんは知っているのかもしれない。

 唯兄にはその辺の話をしたのかは覚えていない。そもそも、こんなに親しくなるとは思ってもいなかったのだ。

 人生ってわからないものだな……。

 薬を飲み椅子から立ち上がると痛みが走った。

「……リィ?」

 動きの止まった私に唯兄が声をかける。きっと静さんの視線もこちらを向いている。

「うん……? ごめんなさい。食器を下げようと思ったのだけど……横にならせてもらってもいい?」

 テーブルを見ていた顔を上げ唯兄に確認を取ると、「気にしなくていいよ」と言われた。

「静さん、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 それだけ伝えると、くるりと向きを変えゆっくりと自室に向かった。

 もう、一歩一歩の歩幅も靴一足分程度になっている。すり足で歩くようにして数歩歩くと、身体がふわっと浮いた。

「部屋まで送ろう」

 静さんの声が耳元で聞こえる。

「やですっっっ」

 大声を出すことでまた身体に痛みが走る。

 静さんは下ろしてはくれなかったけど、理由は訊いてくれた。

「つらいのだろう?」

「……でも、まだ――まだ自分で歩けます」

 自分で歩けるうちは人を頼りたくなかった。

 できることは自分の力でやりたい。痛くてもなんでも、数少ないできることを手放すことが怖かった。

「強情なのは碧譲りかな」

 静さんは笑いながらゆっくりと下ろしてくれた。

「せめて、杖くらいにはなりたいものだな」

 と、右手は掴まれたままだったけど。

「……ありがとうございます。それと、大声出してごめんなさい」

「いや、人の価値観やモノサシはそれぞれ違うものだ。それを無視した私も悪い」

 きっと静さんは悪いことなんて何もしていない。普通に優しい人で、ただ助けようとしてくれただけだ。

 好意を無下にしたのは私。私が強情なだけ。譲れない部分が人と少し違うだけ。

 でも、静さんはそれを瞬時に理解してくれた。そういう人はきっと少ない。


 ベッドにたどり着いたとき、玄関でチャイムが鳴った。インターホンではなくてドアチャイム。

 誰だろう……。

 今、歩いてきた部屋を振り返ると、そこには息を切らせたお母さんがいた。

「翠葉っ」

 駆け寄ってくるお母さんを制止したのは静さんだった。

「そんな勢いで近寄ったら身体に響く。歩く振動もつらいみたいだ」

 静さんが言うと、悲愴そうな顔がこちらを向いた。

「こっちに戻ってくるなら電話くれたらよかったのに」

「ごめんなさい……。試験期間に決めたのだけど、少し体調悪くて連絡怠っちゃった……」

 ここ数日は連絡をしていなかった。そして、両親からの連絡も珍しく途絶えていたのだ。

 蒼兄のもとにはお父さんたちの予定表なるものが届いているらしく、それと照らし合わせるとちょうど忙しい時期であることは知っていた。だから、帰ってきてから連絡をすればいいと思っていた。

 ならば、誰が連絡を入れたのだろう。蒼兄ではないだろうし、唯兄でもないと思う。ほかの人には今日話したくらいだ。

「湊先生から連絡があってびっくりして帰ってきちゃったわ」

 その言葉に答えを得る。

「とにかく横になりなさい」

 横になると、

「ご飯は食べられているの?」

「うん、さっき静さんお手製の手巻き寿司をいただいたの」

 安心してもらいたくて、つい笑顔で答える。

「そう」と、額に乗せられた手が汗ばんでいた。

「まだ大丈夫だよ。耐えられる痛みだから」

 お母さんは何も言わず、少し悲しそうな表情をした。

「碧も昼はまだなんだろ? 向こうで昼食くらいゆっくり食べろ」

 静さんに促され、お母さんは部屋を出ていった。

 薬の効果でうつらうつらしてきた頃、

「あ、唯兄の紹介し忘れちゃった……」

 でも、静さんがいるから大丈夫かな。唯兄が不安がってたら申し訳ないな。

 今からでも紹介をしたほうがいいのだろう。そうは思っても、もう身体を起こすことはできなかった。

 眠れるのは幸せ。痛みから解放されるなら、ずっと寝ていたい――。

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