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光のもとでⅠ 第八章 自己との対峙  作者: 葉野りるは
本編
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01話

 あれから二週間――。

 私の状態はさほど変わらず、授業も一時間休んでは一時間出る、の繰り返し。

 その間、陸上競技大会もあった。けれど、炎天下で行われるそれに参加できたのは数十分のこと。

 競技に参加できなくても「応援」という形で参加したかったんだけどな……。

 ひとり寂しく保健室へ向かって歩いていると、美都先輩に声をかけられた。

「体調、そんなに悪くないなら視聴覚室に行かない?」

「……視聴覚室、ですか?」

「うん。あそこならプロジェクターにフィールドの様子が映し出されるから」

 きっと私が何を思って保健室に向かっていたのかわかっていて声をかけてくれたのだろう。

 身体はだるいもののまだ座ってはいられるし、どんな形でもいいからクラスの応援をしていたかった。

 そんな私は、誘われるままに視聴覚室へと足を向けた。


 まだ異性と話すのは苦手。それは美都先輩も例外ではない。

 でも、美都先輩は無理に話しかけてくるようなことはなく、どこのクラスが勝っているとか、リレーに司先輩が出るとか、当たり障りのない話や私が知っている人の話をしながら歩いてくれる。

 だから、ひどく苦手意識を持つことも、困ることもなかった。


 視聴覚室に着いてから、私は延々と後悔をする羽目になる。

 視聴覚室では競技大会の集計や進行の遅れなどを調節するために、クラス委員と生徒会メンバーが入れ替わり立ち代りで出たり入ったりしている状況だった。

 現場となる外で走りまわっているのは体育委員の人たちらしく、人が足りなくなるとクラス委員が補充されるらしい。

 私は視聴覚室の隅にちょこんと座ってプロジェクターを見ているはずだった。でも、ひとりのんきに観戦なんてできる状況ではなく、場違いな空気に居たたまれなくなる。おまけに頭はガンガンしていて、視界も怪しい。

 熱っぽいのは太陽に当たったからだろうか。

 呼吸が上がらないようにはコントロールできるけど、これはやっぱり保健室に向かうべきだったのかもしれない。

 そう思っているところに桃華さんがやってきた。

 きれいに揃えられた指が伸びてきて、額に触れるとひんやりと感じて気持ちが良かった。

「やだ、熱い……。熱射病かしら」

 不安そうに顔を覗き込まれる。

 桃華さんが動くたびにサラサラと音を立てる髪の毛が好き。実際には音は鳴っていないのだけど、私の頭が勝手に脳内補完をしてくれる。

 こんな湿気の多い季節なのに、湿度なんて関係ないみたいにサラサラしている。

「藤宮司っ」

 対角線とも言える場所にいた司先輩をフルネームで呼びつけると、

「そっちの集計代わるから翠葉をお願い」

「やっ、桃華さん、大丈夫。私ひとりで保健室に戻るから」

 こんなに忙しそうなのに、私に付き添いなんてだめっ。

「翠葉、安心して。あの男、次のリレーに出るからどっちにしろ外へは行かなくちゃいけないの」

 桃華さんに腕を引かれて立ち上がり、誘導されるままに司先輩のもとへ行った。

「熱射病っぽいわ」

 桃華さんが言うと、私の手はそのまま司先輩に差し出される。

「……らしいな」

 司先輩は私の手に触れながら携帯の数値を確認し、「あと頼む」と言って視聴覚室を出た。


 手はまだつながれたまま。

 まっすぐな廊下がふわっと浮いて見えた。

 浮いて見えているのか歪んで見えているのか、ちょっと感覚的にどちらなのかがわからない。長時間見ていたら酔ってしまいそうだけれど、少し見る分には面白い光景。

 そんなことを考えていると、

「一メートル先から階段」

 と声が降ってきた。

 階段なんてどこにも……。

 不思議に思って司先輩を見ると、

「目が四つ……」

「……俺の目はふたつ一組。勝手に化け物にしてくれるな」

 あ……複視の状態なのかな?

 冷静に自己分析をしていたら、頭に拳骨が落ちてきた。

 ぐるぐるガンガンの頭がもっとぐわわわん、となる。

 おかしいな、軽く小突かれただけのはずなんだけど……。

「具合が悪いならそれっぽく見せろ」

 言うなり司先輩はそっぽを向いた。

「いつもより顔色がいいから調子がいいのかと思ってた……」

 ボソリ、と悔しそうに零す。

 あんなにも忙しい場で、教室の隅にいた私のことを気にかけてくれていたんだ……。

「ごめんなさい……と、ありがとう」

 どうしてかな。

 申し訳ない気持ちよりも、嬉しい気持ちのほうが勝っているみたい。……変な感じ。


 保健室にはいつもと変わらず湊先生がいて、

「熱射病患者一名」

 それだけを伝え、司先輩は保健室に入らずグラウンドへと向かった。

「そんな長時間外にいたの?」

「いえ……ほんの三十分くらいなんですけど……」

「直射日光で体温が上がってるか、バングルが壊れたのかと思ってたわ」

 湊先生はノートパソコンを見てから私の額に手を当てた。

「とにかく冷やすから、いつものベッドに横になりなさい」

 いつものベッド――それは保健室の窓際にあるベッド。

 それは私のベッドと言えなくもなく、毎日そのベッドで休憩を取っていた。

 愛着なんて持ちたくないけれど、なんとなくそんな気持ちが少しずつ芽生えてきている。

「……やだな」

「何がよ」

 カーテンを開けて入ってきた先生に訊かれたけれど、詳しくは話さなかった。

 熱を測ると三十八度近くあってびっくりする。

 アイスノン枕を頭に当て、冷却シートを額に貼られ、コップ一杯のポカリを差し出される。

 原液が飲めないと言うと、水で薄められて五百ミリリットルを飲む羽目になった。

 さらには点滴。

「先生は外にいなくていいんですか? ほかの生徒も熱射病になりそう……」

「外には藤宮病院の看護師が三人待機しているから問題ないわ。第一、やぁよ……あんな暑いところで仕事するの」

 こういうことをサラリ言えてしまうのが湊先生なのかな。でも、校医が口にしたら色々と問題がありそうだ。

 ……いいや、聞かなかったことにして寝よう。

 その前にポケットから携帯を取り出し、枕の横に置こうとしたらいくつかの着信が入っていることに気づく。

 着信履歴は両親と蒼兄からだった。

「先生、蒼兄たちから連絡ありましたか?」

「あったわ。でも、バングルの不備って伝えてある。実際には壊れてなかったけど」

 カーテンの向こうからケラケラと笑い声が聞こえる。

 嘘も方便、じゃないけど、余計な心配をかけるよりは良かったかもしれない。


 最近、学校の帰りは高崎さんが迎えにきてくれている。その車には、時々唯兄が同乗していることもある。

 唯兄はあの日から私の部屋の対面、即ちゲストルームで寝泊りをしている。

 何件かに一度はデータ送信する際に秋斗さんの部屋のパソコンを使う必要があるみたいだけれど、日中は蒼兄の部屋のパソコンと自分のノートパソコンを使って仕事をしている。

 家族のお墓は今の仕事が一段落したらじっくり考えると言っていた。

 私の周りはとくに何も変わらず、私も変わらず……。あ――ひとつだけ、ものすごく大きく変わったことがある。

 あの日から栞さんを見ていない。

 湊先生に訊いたら夏風邪をこじらせたとのことだった。今はゆっくり休めるように幸倉の実家に帰っているという。

 メールを何度か送ったけれど、「心配かけてごめんね。でも、大丈夫よ」と、当たり障りのないメールが返ってくるだけだった。

 今、ゲストルームでどんな生活をしているかというと、朝ご飯は私と蒼兄が作って、昼は湊先生と一緒に病院に出入りしている業者さんのお弁当を食べている。

 どうしても食べられないときは野菜ジュースを飲んだり、時々司先輩がフルーツサンドを作ってくれたり。

 夕飯は唯兄がサクサクと作ってくれることが多く、時々、そのキッチンに司先輩が並んで立つこともあった。

 洗濯物はお休みの日に一括してやったり、夜に蒼兄が干して、翌日の夕方に私が取り込んでたたんだり。

 自分たちでできることは極力やっているつもりなのだけど、なんだか非常に手のかかる居候になってしまっている。

 今まではそれらすべてを栞さんがやってくれていたのかと思うだけで、頭が下がる思いだ。

 いつからか、自分たちの生活に栞さんがいることが「普通」になっていた。

 でも、やっぱり「普通」なんてどこにもなくて、「当たり前」のことなんて何ひとつない。

 期末考査が終わればすぐに夏休みに入る。そしたら幸倉に帰ろう……。

 ここは共同生活のようで、いつも誰かがいる安心感があったけれど、それでも人に助けられての生活だ。幸倉に戻ればそういう人がいない分、人にかける迷惑も減るはず……。

 そしたら、また蒼兄ひとりに負担がかかるのかな……。

 私はどこに向かって歩いているのだろう。

 学校に通うためにマンションへ来たはず。それが一番に掲げられていた。

 それはきちんと達成できていたような気がする。でも、痛みが徐々に出始めている今、登校できなくなる日はそう遠くはないだろう。

 せめて、期末考査だけは乗り切りたい。

 四日後から始まる期末考査。勉強はしているけれど、中間や全国模試ほどの手応えは得られないかもしれない。

 それも嫌だな……。

 蒼兄にまだ追いついてない。

 でも、まだ諦めない。あと四日、最後までがんばろう――。

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