捌
死霊とのエンカウントを回避し、死霊になるのを恐れて見付けたゾンビは片っ端から昇天させる方針にしながら難とか都市の中央付近へと辿り着く事が出来た。別に王城が聳えてる訳じゃなくて、デッカイ円形の広場がそこにあるだけで召喚陣なんて見当たらない。イクロック曰く、この広場の地下深くに存在しているらしい。
広場からでは召喚陣を起動する事が出来ず、地下への入り口は近くに建ってる教会みたいな場所から行けるらしいので、そちらへと向かう……手筈なんだけどさ。
「……ちょっと待ってくれよ」
「むぅ……」
何故か、イクロックサーチに死霊がばっちりと反応してるんだよね。何処が? 勿論教会の中だよ。数にして一階部分で五十は超えるらしい。正直言って、ヤバい。
奴等は俺に触れて呪いを流し、イクロックに憑りついてゾンビ化を促してくる。ゾンビよりも質の悪い連中らしい。今の所触れられていないからどのような感覚に陥るか不明だけど、出来ればこのまま一生触れられずに元の世界に戻りたい所だ。
「なぁ、イクロック?」
「何だ?」
「あの数相手に、立ち回れる?」
「厳しいな。霊力の物質化に慣れていない今のままでは、一匹二匹は成仏させてやれるが、その間に憑りつかれてこの身体はゾンビになるぞ?」
「ですよねー」
何で教会っぽいところにこんなに充満してだよ死霊軍団。俺を元の世界に帰らせないつもりか? お前等はストーカーまがいの俺のファンかよ。
因みに、今の俺は幽霊側なので建物は透過出来るそうだ。移動は実は走っていると見せかけて飛んでいると言う罠。ただ、歩く、走ると言う動作で前に行くから空を飛ぶように移動する事は出来ない。ちょっと悔しい。
それは置いといて、だ。建物を透過出来るので、当然地面も透過出来る。故に、俺一人なら奴等に見付からないように召喚陣へと行く事が出来る。
ただ、それで召喚陣を用いて元の世界に戻る事はしない。と言うか、したくない。何故なら、身体がその場にないから。イクロックが入ってる俺の身体は生身なので、透過なんて真似は出来ない。俺が仮面を外しても肉体の方に引き寄せられるだけだから、肉体を引き寄せる方法も無い。
流石に今の状態のまま戻るのは実生活に不便過ぎるので、俺(魂)とイクロック(肉体)が揃って召喚陣へと辿り着かなければ意味がない。
と、愚痴を零していても仕方がない。このままでは埒が明かないし。
「他に地下へと繋がる場所ってない?」
「ない……とは言い切れないが、あくまで我が眠っていた時期に新たに作られていた場合だな。流石にそのような事はないと思う」
「じゃあ、どうする?」
「奴等の仲間になるのを覚悟して、突入くらいしかない、か?」
気合と根性で避け続ければ、無事に着くかもな、とイクロックは冗談混じりに応える。
「流石にそれはないだろ」
「分かっている。が、実際それくらいだぞ?」
有効打のイクロックの霊力を物質化してぶつけるのは少々時間がかかるから、大勢に囲まれるとヤバい。
「霊力だけ飛ばすとかは出来ない?」
「無理だな。我の傍から離れると直ぐ霧散する。だから身体に纏う方法を取っているんだ」
遠距離から攻撃するのは無理、と。
そうなると、本格的に八方塞になるんだけど。折角ここまで来たのに足止め喰らうのは勘弁して欲しい。
因みに、イクロック曰く死霊を少しずつ誘き寄せる事は出来ないそうだ。中の一体がこちらに反応したら連鎖的にその一体に他の連中が付いて来る破目になるから、だそうだ。
「はてさて、どうするか……………………む?」
腕を組み、思案する俺達。その時、イクロックは背後を振り向く。
「どうした?」
「……どうやら、運がいい方向に傾いたようだ」
イクロックの呟きと同時に、熱風が吹き溢れる。
「熱っ⁉」
幽霊な状態でも熱の影響は受けるようで、思わず身体を縮こませて熱の当たる面積を減らす作戦に出る。
と言うか、どうしていきなり熱風なんて吹いてきたんだよ?
「ちょっ⁉ 何これ⁉」
「言っただろう。運がいい方向に傾いたと」
「それとこれと何の関係が⁉」
熱さに身もだえしていると、俺とは対照的に涼しげな表情のイクロックは上の方を見る。正確には建物の屋上の方へと。
つられて俺もそちらに目を向ければ、誰かがそこに立っていた。
そいつは屋上から飛び降りると、熱風を噴射して勢いを殺し危なげもなく地面に着地する。その際にまた熱がこちらに追加されたので、思わず腕で顔を庇う。
熱風が弱まったのを確認して顔から腕を退け、薄らと目を開ける。どうやら嫌な思いをしたのは俺だけで、イクロックは意にも介していなかったようだ。……それ、俺の身体だよね? これだけの熱を浴びて平然としていられるのはどういう事なの?
「相も変わらずの熱気だな」
『久しぶりだな』
そんな俺の心の声なぞ聞こえる筈もなく、イクロックは跳び降りて来た輩に話し掛ける。
いや、正確には跳び降りた奴の近くに浮遊している仮面に、か。
その仮面は深紅で、まるで獅子のような顔が彫り込まれており、鬣は炎のように揺らめいている。しかし、仮面は完璧とは言えず、半分に割れた状態だ。
残りの半分は、跳び降りて来た奴が被っている。イクロックとは違って左右対称のそれを被っているのは女性。燃ゆる橙色の髪をたなびかせ、鋭い目で俺とイクロックをねめつけている。
半分になった仮面をつけている。そして、もう半分は明らかに自らの意思を持って浮いている。
仮面と契約した者だと直ぐに分かったが、俺は別の意味で驚いている。
それは、女性の服装を目にしたからだ。
俺のとは違うが、これは学生服だ。ブレザーは淡い青色で左胸のポケットの所には校章が縫い付けられている。校章は緩く結んでいるネクタイと指定と思われる靴下にも刺繍されている。スカートは膝より少しだけ上の方まで隠し、ローファを履いている。
「…………」
俺は自分以外に、恐らく日本からこの異世界に来た人がいたとは思わなかった驚きを隠せずに女性を見る。そして、こうも思ってしまう。
……よく、スカート穿いたまま屋上から飛び降りたな、と。で、スカートの中が見えなかった事が物凄く悔しく思う。着地の衝撃を和らげる為に噴射された熱風により、思わず腕で顔を覆い、視界を塞いでしまったからな。もし、熱風に負けずに目を見開いていたならば、あのスカートの中身が漏れなく脳裏に焼き付いていた事だろう。
そう思えば思う程……悔しく思うし、自分が情けなくなってくる。
『おい、この小僧は何で下唇噛み締めてんだ?』
「知るか」
そんなイクロックと獅子の仮面の会話が聞こえて来たので、軽く咳払いをして居住まいを正す。
そうしていると、女性が獅子の仮面をいきなり鷲掴んだではないか。
「知り合い?」
『あぁ。昔馴染みって奴だ』
「と言うと?」
『俺様と同じ、仮面に宿ってんだ。っと、そこの幽霊小僧じゃなく、女の方な。小僧の方はおめぇと同じ立ち位置だよ』
「そう」
鷲掴んだ獅子の仮面に質問し、四肢の仮面も慣れているのか抗議もせずにすらすらと質問に答えていく。
俺も獅子の仮面が気になるので、イクロックに訊くとしよう。
「イクロック、こいつは?」
「この者は焔燼。我と同じ仮面に宿りし者だ」
うん、簡単な説明ありがとうございます。
『よぅ、おめぇがこいつの新たな契約者か?』
「え? あ、うん」
何の前触れもなく鷲掴みから逃れた獅子の仮面が俺に尋ねて来たので、俺は頷く。
『俺様は焔燼のガルヴァってんだ』
「ガルヴァ……」
『で、おめぇの名は?』
「俺は津奈木勇希」
『ほぅほぅ、ツナギユウキってぇ名か。こいつと同じ妙な名だ事』
そう言いながら獅子の仮面――ガルヴァは女性の方を向く。
『もしかすっと、おめぇの御仲間かもなぁ?』
「……」
ガルヴァの言葉を無視して、女性は一歩だけ俺達に近付く。
「姫宮知利」
「へ?」
「私の名前」
淡々と自己紹介……と言うよりも名乗った女性――姫宮は軽く会釈をする。
「あ、どうも」
俺もつられて会釈する。
『で、おめぇらはどうしてこんな廃都にいんだよ?』
「訊かずともいいだろう。お前達と同じ理由だ」
ガルヴァが左右に浮遊しながら尋ね、イクロックが淡々と答える。
『へぇ、やっぱりな』
質問はしたが、大方予想していたらしく、自身の予想と同じ答えを得たガルヴァは納得したとばかりに頷く。
「そこで、だ。焔燼。それと、焔燼の契約者よ」
『んだよ?』
「我らと共に召喚陣へ向かわないか?」
イクロックはガルヴァと姫宮を誘う。
『構わないぜ』
「私も」
断る理由がないらしく、一つ返事で即座に誘いに乗る二人。
『大方、ゴースト共が蔓延っておめぇらだけじゃ突破出来なくなってんだろ?』
「察しがいいな」
『ゴースト共の一層はこっちに任せておけ。その代わり、こいつはまだ力を制御出来てねぇからゾンビ共の相 手は荷が重い。ゾンビ共はおめぇらに任せるがいいか?』
「構わん。そう言う訳だ、ツナギユウキ」
イクロックが俺の方へと向く。
「死霊に対しての有効打があるこの者達と一緒に召喚陣へ向かうぞ」
「あ、うん」
どうやら、ガルヴァの力は死霊……ゴーストっても言ってたけど、どっちも同じか。に有効らしい。なら、 死霊軍団の待ち構えるあの建物の中に突入しても大丈夫か。
そう思っていると、姫宮が俺の前に来て右手を差し出してくる。
「よろしく」
「あっと、こちらこそ」
俺と姫宮は握手する。人の体温よりも高い温もり、姫宮の手から感じ取れる。
「早く、元の世界に帰ろう」
「……そうだな」
言葉を交わし、握手を終える。
「よろしく」
「うむ」
姫宮はイクロックとも握手を交わす。
『んじゃ、さっさと行くか』
「そうだな」
ガルヴァとイクロックは、教会らしき建物へと視線を向け、俺達もつられてそちらに顔を向ける。
『願わくば、召喚陣が壊されてねぇ事を祈ろうぜ』
冗談でもそんな事は言わないで欲しい、と心の中で突っ込みを入れ、俺達は一気に駆け出す。