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6、魔法使いの弟子

 ズブ濡れでそこに立ってたのはパイホゥより少し下、十歳くらいの女の子。かわいいっちゃかわいいが、そばかすが残念なところだ。

「初めましてミスターバーマントゥ! 私を弟子入りさせて! でなければ死にます!」

 脳ミソの方はもっと残念なのかもしれなかった。ポタポタ水を髪から滴らせて――またわけのわからないのが来たもんだ、と、初めはそう思ったね。

「あ、普段は眼鏡かけてないのね! それでも死ぬほど素敵!」

 パイホゥを見るなり目ざとく指摘した。パイホゥは慌ててだて眼鏡をかけ直し、バーマントゥとして振る舞う。

「君は何だい。オレのファンかな」

 おれはただの鳩として笑いを堪えていた。天下のバーマントゥときたら、服はクマの絵が描かれたガキ臭いパジャマのままなんだからな。

「はい! 今晩の手品、感動しました! もう心臓が止まるかと思いました。特にあの」

「それで、弟子入り? 何だってまたオレなんかに……」

「いえ、バーマントゥ師匠じゃないと。なんたって世界一の手品師なんだから!」

 サラッと師匠と呼ぶし、目の前の本人を褒めているというのにてらいがない。全く、厄介な類の人間だよ。つまづいてばかりのパイホゥと真逆に、ブレーキのぶっ壊れた自転車みたいなストレート娘だった。

「世界一。オレが? そりゃ……そうさ。なんたってこのバーマントゥは手品をやるために生まれてきた手品貴族だからな。ところでその、どの辺りが世界一かね」

「謎なところです。私、手品が死ぬほど好きで好きで。これまで沢山の高名な手品師のショーを見てきたんです。でも誰一人として私の目を騙せた人はいなかった……私、何故だか手品のタネがすぐにわかっちゃうんです。どんなものでも。でも、バーマントゥ師匠の手品だけは何度見てもタネが謎なんです。さすが(ちまた)で『大魔術師(グレート・マジシャン)』って呼ばれてるワケだって、死ぬほど納得しました」

 パイホゥの目つきが変わった。

「何だって」

「あなたは古い伝説に残っている、魔術師(マジシャン)なんじゃないかって、みんな思ってますよ」

 パイホゥは黙って女の子をジッと見つめた。深緑色の眼差しは、どうも彼女が皮肉で言っていないか推し量っているらしかった。

「君、名前は」

「カキノハです」

 黒髪や小さな目、名前からするとどうもここらでは珍しいアジア系らしかった。

 おれがそんなことを考えている数秒間で、パイホゥはおもむろに引き出しからペンを取り出すと、シトラス色のハンカチにサインしていた。

 彼女は目を見開き、嬉しそうに自分のハンドバッグを探る。そうして、そのハンカチがやはり自分のものだということに気づいてにっこり微笑んだ。

「いつの間に私の……さすがです!」

 パイホゥはハンカチをフワリと漂わせて彼女の頭に被せる。少し雑に。乱暴に。優し過ぎないように。

「わあ……!」

 その夏の日差しみたいな視線から目を逸らしたまま、パイホゥは口を開く。

「カキノハ、悪いけど弟子なんてとってないんだ。そういう気分でもないし」

 パイホゥは「もういいだろ」と少女をドアの外に押し出し、すぐにドアを閉める。わざと大きな音を立てて。おれも少しびっくりするほどに。

「じゃあ、メイドとしておいてください!」

 扉越しにこもった声が聞こえる。

「だとしても――手品のタネは教えないぞ」

「私の故郷では、『芸は盗むもの』って言います」

「全く、ああ言えばこう言う!」

 何故だか二人のやりとりを見ていると、おれは軽く笑っちまったね。

「諦めたくないんです! 死ぬほど好きなものなんて手品以外にないんです! あとは全部死ぬほど嫌い! 嫌いな私の頭を撃ち抜く銀の弾丸のような! それは黒い城を崩す大砲のよう! 出口の無い暗い森の――」

 パァン!

 はたく音が聞こえた。そろそろ来る頃だとは思っていたから、大体察しがつく。

「いま何時だと思ってんだい! 詩の朗読なら夜の森で狼でも相手にしてな!」

 パブママがスリッパで彼女を叩いたらしい。全く、愉快だね。

 それから静かになり、一言ふたことぼそぼそと漏れる。それも雨音に溶けるほどの声で。

 なにしろ疲れてるんだ、おれたちはもう寝る姿勢になった。あくびをしてのびをして……それから少しだけ彼女のことを考えながらウトウト。

 瞬間、ママのドスの効いた声が命令した。いつもとは様子が違う。酒焼けしてるからハスキーで凄みがあった。

「パイホゥ、ドアを開けな」

 あれに逆らえる奴ってのはいるんだろうか。

 開けると、ママの大きな体。の後ろに隠れるようにカキノハがいた。泣き腫らした赤い目をしている。ママもウサギのように赤い目をしていて、どうも泣いていたらしい?

「……あたしゃ野暮なことは言わないつもりだけどさ、きっちり話をつけとくんだね。カキノハ、ベッドがいるなら明日また言っとくれ。今日はひとまずその男に譲ってもらいな。とりあえず体を冷やしちゃまずいから、あたしはミルクでも温めてくるよ」

 そう言ってママは去っていった。カキノハはそれを見送る。おれたちも。

「……さて、いったいどんな『魔法』を使ってママを丸め込んだのか、聞かせてもらおうか」

 彼女は照れながら指先でポリポリと頬を掻いた。

「いえ、私はただ『バーマントゥの妹で、両親が死んだので、昔家出した兄に話をしにきました。身寄りもないんです。病気で余命もあと僅か。持っているお金なら全部渡しますから』って話を……」

「はぁ!?」

「あのママさん、良い方ですね。お金なんていらないって」

 うららかな午後のように朗らかな笑顔。

 ウソつきめ。

 でもさ、普通そこまでするか?

「正気じゃない……」

「狂気だとでも? いいえこれは勇気です。そしてただ――私は本気だってことです」

 本気なら人を騙してもいいのか、なんてウソつきパイホゥは口が裂けても言えない。

 彼女が妹だという証拠はないわけだから、否定することは簡単だ。かといって十歳の女の子を見捨てるには、パブママの納得を得なければならない。

 その時、じゃあ、お次に来るだろう「マントゥの本当の故郷はどこなんだ」という当然の疑問。そういう話になれば困るのは確か。

 パイホゥが考えを巡らせる。

 沈黙の時が流れ。

 ノックの音がした。

 タイムオーバー。

「わかった。わかったわかった。OKだ。君を受け入れよう。弟子にする」

 ママがミルクをトレイに乗せて入ってきた。おれたちの様子を見てだいたい話を呑み込んだらしかった。

「懐かしいです、温かいミルク。死んだお母さんがよく……ううっ」

 カキノハがそう言うと、

「よしよし。まだ小さいんだ、無理もないね。あたしゃ母親の代わりにはなれないが、できることはやってあげるからね。ホラ、兄ちゃんも」

 差し出されたミルクの湯気は霧のようにパイホゥの目の前を漂う。

 それをフッと吹き払うと、パイホゥは熱さを我慢して飲み込む。

 まあそんなわけで、同居人が一人増えたってわけだ。

読んで頂きありがとうございます。

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