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5、手品(マジック)と魔法(マジック)

 パイホゥが手品で評判になるのにそう時間はかからなかった。

 客は徐々に増えていったし、時には雑誌の記者までやってきてインタビューされて、手品師Mr.バーマントゥはノリノリだったさ。何故かパブのママの方がもっとノリノリで答えてたがな。

 でもなんていうか、俺たちは勘違いしてたんだ。手品(マジック)魔法(マジック)だと思ってたんだな。もちろんある意味ではそうなんだが、でも二つは全然違う。

 特にタネがあるかないかってところが。

 手品の原則は三つだ。


 一、披露する前に何が起こるか説明しない。

 二、繰り返さない。

 三、種明かしはしない。


 パイホゥはこの三原則のうち、二はよく破った。同じ客の前で何度だろうとやってやった。絶対にタネがバレない自信があったんだ。


「もう一回やってくれ! タネがわかりそうだった!」

 頬に傷のある、趣味が悪い紫のスーツを着た客が言う。

「いいですよ〜? 何度やってもわからないと思いますけどね〜」

 バーマントゥは眼鏡をクイッと上げて笑い、オレンジを絞った赤ワインのカクテルに手をかざした。すると赤紫色の酒はグラスを飛び出して蝶になり、客の前をひらひらと飛んだ。蝶はやがてグラスに帰ってパシャンと酒に戻った。

 客は腕を組んだままジッとそれを見つめていた。

「わからん! なあ、タネを教えてくれよ」

「そいつは野暮ってもんですよ」

 舌打ちされる。

「オレ、もう一回だけやりますからそれで勘弁してくださいよ〜」

 それでも、ま、バレようがないわな。バーマントゥの手品は魔法を使ってんだから。たとえしょぼい魔法でも、人間ごときにゃわからんから簡単に感動する。バレる心配もなく自信満々にできる。

 その態度が癪に障ったのか、パイホゥはよくチンピラやヤクザくずれの阿呆どもに絡まれたんだ。

「もう一回!」

 卓上のフィッシュアンドチップス。

「なあ、タネを教えてくれよバーマントゥ」

 新聞紙ごと酢をかけられて――。

「俺にだけコソっと教えてくれよ。金なら払うからよ」

 イモはグチャッと潰れちまって――。

「教えろ!」

 全部台無し!

「……」

 いくら怒鳴られてもタネなんて本当にないし、魔法ですなんて口が裂けても言えない。

 それがまた酒癖が最悪の奴だったりすると、まだ十五歳のパイホゥを殴りつけることさえあったのさ。それでもパイホゥは「お客さん、勘弁してくださいよ〜」とヘラヘラしてるだけだったけどな。

 もっとも、言ったところであいつらは信じなかったろうがね。どういうわけか人間ってのは目の前で魔法を使っても大抵の奴は信じないんだ。神の奇跡は簡単に信じるのにな。全くふざけた話だぜ。

 その頃になるとパイホゥはすっかり人間に幻滅しきっていた。いくら人気者になったとはいえ、その張り付いたヘラヘラ顔の奥にゃ、どうにもやりきれない気持ちが見え隠れしていた。

 もう人間が魔法使いより優れているなんて突飛なことは言わなくなった。かといってその逆もない。ただ馬車がカボチャに、御者がネズミに戻っちまっただけさ。

 時が経つとともにパブは連日満員になり、ママは嬉しい悲鳴をあげていた。

 仕事が終わって眠る前――夜明け前でおまけに雨。この世界のいっとう暗い時だ――バーマントゥはだて眼鏡とオールバックをおろしパイホゥに戻る。

 まっすぐに、張り詰めた顔でランプの揺らめく灯を見つめ、おもむろに口を開く。

「わざ、う、んん!」

 調子っぱずれな声が出て、咳払いでごまかす。パイホゥの声変わりはもう始まっていた。

「わざわざクン・ヤンから出てきて、ぼくは何をやってるんだろう? 手品なんてやってさ、偽名で」

 なんだよ急に。屋根を打つ雨音にセンチメンタルになっちまったか?

「なに、日々のメシはあるんだ、贅沢言うなって。手品なんて人を騙す下劣な人間らしくて、まあ暇潰しには悪くないだろ?」

「別にぼくは手品が好きってわけじゃないし、人間だろうと騙したくはない。でも初めてだったんだ。その……」

 褒めてもらって心が晴れ渡る。青空になる。落ちこぼれパイホゥには珍しい経験だった。つまるところ「だからやってる」ってだけなのを気にしているらしい。

「じゃあなんだ、クン・ヤンに帰るのか」

「帰りたくはないけど……でもどこへ行きたいって気持ちもなくしたよ。この家出に意味があったのか、正直よくわからない」

 おれはパイホゥが差し出してくれた雑穀を手からポリポリ(ついば)む。

「もぐもぐ。おっさんの黒鳩が悩める若きウェルテルに説教してやろう。この家出が失敗だとして、じゃあ他に何かできたか? もぐもぐ。人生にゃいつも選択肢があるわけじゃなし、時にはなるようにしかならんのさ。例えばおれがまだ卵の中で文字通り手も足も出ない頃……」

 瞬間、フッとおれたちは屋根裏部屋へのドアを見た。微かにノックの音がしたんだ。

「これからだってのに!」

 更に二度、ノックの音がした。雪の降るように控えめで、ちょっと聞き逃しかねないほど小さかった。

 ということはあの全てにおいて大雑把なパブママではないし、じゃあ誰なんだ? とおれたちは目を見合わせてドアを開ける。

読んで頂きありがとうございます。

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