4、きっかけは赤毛手品師(ジンジャーレッド)
運命のその夜、パイホゥはいつものように黒髪オールバックにだて眼鏡のおどけルック、本気なんだか嘘なんだかわからん話でお客たちを笑わせながら、自分は一滴も飲めやしないカクテルを作ってた。
そこによれよれのタキシードを着た赤毛の男が大きなカバンを持って現れた。なにやらママと話して許可を得ると、自前のレコードを流してお客の前にやって来て、手品を披露し始めた。そいつは昼は公園で大道芸なんぞをやってる、流しの手品師だったんだな。
手品のはじまりはじまり。
「皆様のうち、どなたかコインを一枚拝借できますでしょうか?」
熊庭亭は貧乏人どもの席と貴族やら金持ち側の席に分かれてたんだが、そいつは明らかに金持ちの方に話しかけていた。ドレスを着た小さな娘がキャッキャ喚いて銅貨を掲げた。
「ああ、そちらのお嬢さん、ありがとうございます! まさに慈悲の女神!」
手品師は大袈裟に膝をついて祈るように両手を組んだ。それから低い声で囁くように、しかし全員に聞こえるように続けた。
「……でもできれば、もう少し色の良いコインが後ろの方のポケットにあるはずですよ?」
ドッと沸く観客たち。
女の子の後ろに控える、父親であろう立派な髭をたくわえた紳士はやれやれといった様子で銀貨を出した。
「銀貨! ありがたいのですがお気持ちだけ。私、こう見えても狼男の末裔でして、銀はどうも苦手でして……」
更に観客が、特に貧乏人どもが沸く。
紳士は顔を赤くして手品師へ金貨を放り投げる。
「ありがとうございます! 神もこのお慈悲をご覧になっておいででしょう。それでは参ります。私の魂をこのコインに込めてご覧に入れましょう!」
と言うなり、奴さん、いきなり床にブッ倒れた。青白い顔で白目。
……死んでる。
ざわつく酔客ども。
近くの客が恐る恐る近づき、脈がないのを確認する。
と、すぐに手品師の胸ポケットから金貨が宙に浮き上がる。金貨はお客の注目を集めながらしばらく蝶のように宙をひらひら舞うと、また手品師の胸に戻った。するとそいつは復活して立ち上がった。
激流のような拍手。
おれたちは手品を見るのが初めてだった。それは脳天にずどんとくる衝撃だった。ありゃたまげたね。人間のはずなのに難しい魂の魔法を使うんだから。
「おもしれえなパイホゥ! 人間が魔法を使ってるぜ」
おれは人前だってことも忘れてパイホゥの肩でつい呟いた。まあ、皆、手品に夢中になってて誰もおれのことには気づかなかったがな。
パイホゥは手に持っていたシェイカーを乱暴に置いて腕を組んだ。見るからに苛立っていた。なんせお客を独り占めされてチップがもらえないからさ。
「いいぞッ! くそったれ赤毛野郎! まるで魂がねえみてえだ!」
客のヤジにも動じず手品師はニヤつきながら口から卵をいくつも吐き出し、カードを客のポケットから出していた。
おれが夢中で見ていると、ケツに鋭い痛みが走った。パイホゥがムッとしておれの尾羽を一本抜いたんだ。
ケツがヒリヒリした。全く、あのアホめ。
「人間の中にも魔法が使える奴がいるのか。でも、ふん……! あんなの、ぼくにだってできるさ」
赤毛の手品師は拍手喝采を浴びて帰っていった。
その夜、パイホゥはおれの尾羽で作ったペンにインクをつけ、何やら演目について考えていた。