分岐B SCP-096(別名:シャイガイ) 四話
この話は三話から繋がっております。
もう一つの四話とは何も関係ありません。
ご注意ください。
カイトの手が自動ドアの開閉ボタンにゆっくりと近づいて行く。
ここからでも、分かった。カイトの手は激しくはないが震えているのは確かだ。
自分の心拍音と足音しか聞こえない静かな部屋で目の前の黒いドアはゆっくりと開いていく。
ドアが半分近く、開くまでSCP-173の姿はいなかった。
このまま、173が居ないまま、と願った。だが、その願いは綺麗なまでに潰される。
ドアが開きそこには同じ部屋があった。
「い、いないか?」 カイトが口を開く。
その瞬間、視界が歪む。視界の歪みで最初は分からなかったが目の前に現れたのが173と分かるまでは少しの遅延があった。
「う、うわああああああああああああああああああ」 俺はあまりの恐怖と動揺で叫び声をあげた。
「イ、イワン、落ち着け。大丈夫だ。落ち着けば」
カイトの冷静な一言。声は震えてはいたものの俺を落ち着かせるには十分な材料だった。
「イワン、いいか? 説明した通り、見続けるんだ。俺は避難できるドアを探す」
目が乾いて瞬きをしてはもう終わってしまう。全てが。全部が。これまでの事が。
目を乾かないように半目にしたり片方の目を交互に開くというアイデアをカイトにぶつけてみたがそれだと駄目だと非難された。
ちゃんと173を目視しないと死角の隙をついて173は襲ってくるんだという。
173は何も言葉を発しない。ただ立っている。逆にそれだけの事でも恐怖を感じてしまう精神状況だった。
「イワン、ドアを開けたぞ。もう見なくていい。今は俺が見てる」 カイトの声だった。心の中で感嘆の声が上がったように感じた。
「カイト、今行く」 俺はそう叫びカイトの待つドアの元へ。
「よし、ついた」 「良くやった、イワン。おかげでドアも閉めれる」
カイトは手を開閉ボタンに添えていてそう言った瞬間、ドアは次第に閉まって行った。
「ふう……。一応、これで大丈夫なはずだ。でも、安心もできないもう一つ違う部屋に移動したい」
カイトと共に辺りを見回すと四方形の部屋に向かい合ったドアがある事に気付いた。
俺とカイトから見ると右と左の壁に同じような扉があった。
-分岐B
「イワン、どっちの扉に行く?」 「俺は左かな」 「左か。分かった」
何となく直感だった。
左の扉の開閉ボタンを押すカイト。
その目は獲物を捕まえる鷲のように鋭かった。
「大丈夫、何もない」 カイトが俺の顔を見ながら言った。
カイトの鋭い目に少し怯えていた俺はその笑顔で緊張がほぐれていくのが分かった。
扉の先はただの一本道になっていて人二人くらいが並んでやっと通れるくらいの道だ。
「でも、少し危険だ」 カイトがおもむろに言う。
「何で?」 「いや、こんな所で173に遭遇したりでもしたらほとんど助からない。173を避けて通る道がほとんどないからな。とりあえず、ここにはあんまり長居したくない。走るぞ」
「お、おう。分かった」 カイトが小走りで走り出す。俺はそれに必死で付いていく。
一本道の奥の扉につきカイトは素早く開閉ボタンに手をやる。
一本道の扉の先には相変わらず殺風景だが広い部屋があった。
マンションのロビーとほぼ同じ面積で左側には薄暗い鋼鉄製で密封された、独房のような物があった。
「良かった、カイト。ここは広いな」
「いや、そう落ち着いても居られないぞ。どうやらシャイガイの独房に来てしまったみたいだ……」
「シャイガイ? それは危険なのか?」
「対処方法を間違えなければ問題はないが一つ間違えると相当危ないな。SCP-096 シャイガイってのはあだ名みたいなもんだ。ちなみにオブジェクトクラスはEuclid。名前の由来は顔を見られたら襲ってくる性質だからだ。ちなみに写真とかでも、自分の顔を見られたと感じて襲ってくる」
「そんな、理不尽な」 「理不尽じゃない。彼は人に自分の顔が見られるのが苦痛でしかたがないそうだ。ここの職員が前にシャイガイは自分の顔を見られたらその瞬間、叫び苦しんだって言ってたからな。厄介な奴ではあるが、少し同情もしたくはなる」
「逃げられないのか?」 「どうやら、逃げる事も出来ないらしい。一度、見てしまっては……」
「でも、道はこの独房しかないんだよな」
「ここにはドアがないからな。多分、独房の中に違う場所と繋がってるドアがあるんだろう。ん? これはなんだ?」 カイトが話をしてる途中で見つけた白い紙。
そこにはSCP-096 実験記録と書かれていた。
(SCP-096 実験記録:本書はSCP-096別名シャイガイについての実験結果である。今回の実験はシャイガイから一千キロ近く離れていた人がシャイガイの写真を見た時、どのような現象が起こるのか試した時の記録だ。ちなみに写真を見る場所は深海五千mの海。シャイガイの果てしない機動力の限界を見る実験である。
まず、初めてシャイガイの写真と呼ばれる写真をアタッシュケースで厳重に保存し潜水艦に移動させる。
その後は職員二人を密室に移動させてその職員だけにシャイガイの写真を見せる。
いざ、実行して一分。何も起こらない。だが、二分後、おかしな現象が起きた。密室に居た二人の職員が暴れ出したのだ。
私達はすぐ密室になった部屋を確認した。そこには職員二人のバラバラにされた遺体があった。
これはシャイガイのやった事なのだろうか。私達も簡単には密室には入れないのにシャイガイはこんなに離れた所から来れるのだろうか。これがシャイガイの能力なのだろうか。
私達はまだ実験を続けていく事だろう)
白い紙にはこう書かれていた。
「なぁカイト、これって本当かな?」 「分からない。俺もこんな事は初めて聞いた。それに何でこんな所にこんな紙があるのかも分からないし……」
「そうか、カイトにも分からないか……」
「イワン、この紙俺持ってていいか?」 「いいけど、何で?」 「もし、ここを脱出出来たらSCPについて世間に知ってもらうチャンスかもしれない。実際、国民のほとんどがSCPの事について知らないだろうし。そして、こんな実験所がある事も伝えられたら死刑囚でもない奴がここに連れてこられることも減る気がするんだ」 「へぇ流石、カイト。俺なんてそんな事、考えもしなかった。やっぱり、志しと言うかそういうのも俺とは比べ物にならないくらい持ってるよね。カイトは……」 カイトの言葉。それは俺の胸に突き刺さる言葉だった。自分の事だけではなくまったくの他人の事も頭にはあった。
自分の浅はかさをも再確認させてくれるそんな言葉だった。
「いや、俺はただ単にそうなってくれればいいなぁって思ってるだけだ。ただの幻想だよ。とりあえず、イワン。今はそれよりシャイガイをどう回避するかを考えよう」
「どうやったら見ずにいけるんだ?」
「少し、俺に案がある。それは案外簡単な事だ。壁を見ながら移動すればいいんだよ」
「壁を見ながら?」 「職員もシャイガイの恐ろしさは知ってるはずさ。だから、ドアはすぐ近くに設置してあるはずなんだ。多分、壁を見つめながらでも発見できる距離に」
「なるほど。カイト、それ信じるよ。ここにずっといても173が来ないとも言えない。早く移動しよう」
「よし、それじゃ、移動するぞ。覚悟はいいな? イワン」 「おうよ!!」
俺達は独房のドアの前に立ちカイトの指示で独房の中に入る。
独房の中に入りすぐ目を伏せ、壁に身体が張り付くように移動する。
なるべく早く、とにかく早く移動する。
移動の最中、ときよりパキパキと床が軋む音がし鼻息も聞こえていた。
その音がはたしてシャイガイだったのか今も未来も確認することはできない。
カイトが言ったようにドアは左隅に設置されていた。
すぐに移動できるように少し離れてはいるが、平行にドアを設置していたのだろう。
「よし、出た」 独房から出た瞬間、カイトが口を開いた。 「いやぁ怖かった。知らない鼻息が聞こえてたから見てなくても襲われそうで……」
「俺も聞こえてた。でも、お互い生きてる。良かったじゃないか。内心、ドキドキだったけど」
「とりあえず、ちょっと座っていいか。ここまで歩き続けてたからクタクタで……」
「そうしよう。俺も疲れたし」
SCP-096 その脅威から逃れた二人は少しの間、喜びを共有するのだった