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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
第一色 『少年は、荒野を目指す』 ~Liese’s lecture 「day 01」~
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snow white

「すんっごい綺麗だったよ!あれ、『白雪姫』だよね!」


 先程までの翳を帯びた表情は一瞬で消え、きょるんとした笑顔を浮かべてジュジェがリーゼに抱きつく。暑いでしょ、とジュジェを引っぺがしながらリーゼも満更でもない表情だ。


 「そう。苹果は自分やお母様にとっては悲しみと憎しみの象徴だけど、優しくしてくれたあなた達(しちにんのこびと)との暮らしを思い出します。あなた達のおかげで幸せになれた(あいするひととであえた)。って、ちょっと不揃いな所に準えて歌ってみました」


がらでもないよね、とリーゼがエルモの顔を覗き込む。

そんなことありません!と慌てて否定する。

それは、自分が思ったよりも、少し大きな声だったようでリーゼのもジュジェも目を丸くしている。


「だって、リーゼさんの髪も言葉も、本当にお伽話のお姫様みたいですごく綺麗だったもの!」

嘘偽らざる本音だった。

エルモという人格が出来てまだ半年足らずだけど、あんなに綺麗なものは見たことが無かった。

エルモの為だけに、苹果に想鎖術をかけてくれた時よりも、ずっとずっと。


誰かに見られ歌うリーゼは、とても綺麗だった。


「格好よかったし、僕もあんな風に……あんな風に想鎖術を使えるようになったら、そうなったらすごくいいって!」

ぎゅっと胸の前で握りしめた手が、何かを握っていた。

硬いけれど、やわらかい手だった。

自分を養ってくれた師父や修道女たちも同じような手をしていた。働く者の、手だった。

その手は白い腕へ、そして紅茶の髪を持つ女性へとつながっていた。


とん、とジュジェがリーゼの脇腹を肘で小突いた。

「ずいぶん熱烈な愛の告白をされてませんか、リーゼさん?」

「え?あ?……ああっと、有難う?」

はにかむようにして、リーゼが微笑んだ。

「そんなこと言われるの。初めて。嬉しいよ。有難う」

もう一度微笑まれて、心臓がどくりと鳴った。


「や―い!売女めが!」


そんな言葉と共に飛んできたのは、あれは―――瓶?


「危ない!」


勢いよく腕を引かれ、背に庇われる。


―――パシャン!



「きゃっ!」

小さな悲鳴が上がる。

酸味と甘みのある香りが辺りに充満する。これは………シードル?

「リーゼさん!」

飛び出しかけたエルモに、黙って、とリーゼが言い放つ。

べたつく液体に濡れる頬だけを拭い、無言で歩き出す。

歩みは、一度とて緩むことなく瓶を投げた少年へと続いて行く。


「な、何だよ……!」


恐らくは十二、三だろう少年は明らかに怖じ気づいている。

虚勢を保とうとしているがリーゼの手が少年の耳朶にかかったその瞬間に表情を失った。


ふうわりと、

冷たくどこか妖しげに微笑んだリーゼは、少年の耳朶に向けてそっと言葉を吐き出す。

何を言ったかは聞き取れなかったが、少年の耳元から唇を離したリーゼは、やや大きな声になり

「いいこと?ばらされたくないのなら、好きだと思うのなら、余計なちょっかいはやめておくことね。……ねえ、そう思わない?」

言葉の後半は、既に少年を離れ細い路地のあちこちへと放たれたもの。

恐らくは、路地の何処かへ潜んでいるだろう少年の仲間たちへと。


 「な、何だよ!気持ち悪いな!覚えとけよ!」

陳腐な捨て台詞を残し、少年が更に細い路地の奥へと引っ込む。

それを見届けてから、リーゼはうんっと伸びをして二人を振りかえる。

未だぬれそぼる紅茶の髪を翻し

「あー、疲れた。おまけで冷たい飲み物でもご馳走してよ」


濡れた髪を絞るリーゼの手から、たらと何かが垂れ下がっている。

それは、リーゼの紅茶色の髪よりも鮮やかな緋色をした。


リーゼさん!

そう叫んだはずなのに、その自分の声が耳に入らない。


世界が暗転する。


知らない、こんな世界は知らない。


こんな、一つの色もない世界を、自分は知らない。


嫌だ、怖い。感情が理性を凌駕し、甲高い悲鳴を上げようとしたその刹那。


ぱっと、目の前に飛び込んできたのは、鮮やかな紅を帯びた茶色。

エルモ!と同時に名前を呼ばれる。


エルモ。そう、それが自分の名前。

―――セントエルモ・ホルス・ヘスペソデス


闇を打ち払うようなその色に引っ張り起こされて、意識が復活した。

 

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