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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
補色 『encore』 ~How far are you~
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光の拒絶

 すいっと、目の前を光が流れていく。


 それは、少女の長い薔薇色の髪が放つ、淡い輝き。


 こんな暗闇だというのに、少女の姿は不思議と明瞭に見えた。

半歩先を歩く彼女がやっと認められるくらいの、そんな真っ暗な世界だというのに。


 町の中は、夜とは違う、不思議な静けさに包まれていた。

普通の夜ならある、家々の光がまず、どこにも見られない。

次に、人の気配が何処にもない。


 皆、どこへ行っちゃったんだろう……?


 つい、数時間前にはあんなに沢山の人が、リーゼを取り囲んでいたというのに。

そう言えば疑問がもう一つ。


あんなところで倒れている町長を、どうして誰も救助に行ってあげないんだろう。

この町では想鎖術師が治療するから、医者はいないんだと言っていたけれど、それでも、自分の家に運んであげるくらい……


 突然、リーゼがエルモの手を振り切るようにして駆け出した。

一瞬であたりが暗闇に包まれる。


 その姿を見失わないように、慌てて追いかける。

鼻先でさえ闇だというのに、どうしてこうもリーゼは早く走れるのだろう。


 「ジュジェ!おばさん!」

リーゼの隣に追いついて、そこでやっとエルモは表の看板を見上げる余裕が出来た。

看板の文字は見えないけれど、ブラインドの青と白のストライプは見覚えがある。

ミエィトン商会の軒先だ。


 リーゼの肩越しに、ぼんやりと桃色の髪が見えた。ジュジェは苹果の木箱にもたれかかるようにして、目を閉じていた。

隣に、ジュジェを二倍くらい丸くしたような中年の女性、ミエィトン商会のお内儀さんもいる。


 リーゼが親友の口元に手をあてる。次いで、首筋にも。


 「眠っているだけ、にしかやっぱり見えないよ……!」


 苦しげに、リーゼが顔を覆う。

彼女自身も混乱しているのがわかる。

そうっとジュジェの顔を覗き込む。

香箱に頬を乗せ、目を閉じているジュジェは普段纏っているきょるん、とした少女らしさが薄れていて、本当に幼い少女のようにしか見えなかった。

口許にはうっすらと微笑みが浮かび、閉じた瞼には力の入った気配はない。


 まるで、仕事の間にほんの一時、うたた寝をしているような。


 本当に、よい夢の中でまどろんでいるみたい。


 それだけは唯一の救いのようで、もう一度リーゼの隣に立って掌を握る。


 「何か、掛けるものを持ってきてあげよ?少し、冷えてきたから」

乾いたリーゼの声に、エルモは頷いた。

光の届かない時間は、あらゆるものから急速に熱を奪っていく。

夏の最中だから、町の人はみんな軽装だ。

ジュジェもフリルのようなスリーブの、丈の短いワンピース姿だし、お内儀さんもゆったりしたワンピース姿。これでは、体が冷えてしまう。


 ミエィトン商会の奥は家族の暮らす家になっている。

リーゼは奥に何度か招かれたこともあるらしく、何度か手探りで確かめながら寝室や私室をめぐって上掛けを取ってくる。


 それを手伝いながら、エルモの手はふとぼこっとしたものに触れた。

手探りで確かめると硬い。

金属質でできていて、更に指を滑らせるとアンテナがあり


 「リーゼさん!これ、ラジオです!聞いてみませんか?」

二人に順番に上掛けをかけていたリーゼが振り返る。

「これだけ、異常が起きているんだから、何か外でも気付いてくれているかもしれません。ラジオ、聞いてみませんか?」


 自分達の見えている部分以外にも、変化が起きているかもしれない。

うん、と力なくリーゼは頷き、そっとヴォリュームを捻る。


 「では続いての音楽は………」

「今日の夜の番組についてのご案内です」

「『きゃあ、何をするの』シュレインの嘆きはいかほどであったか。しかしそれを」

「本日の三分レシピは夏野菜と白身魚のフリッターです」


 何の変哲もない、昼下がりの公共放送だった。ぷつ、と音を立てて電源が切られる。


 「外からは、この状況って、見えないの?誰も、気がついていないの?」

リーゼは窓の外を睨みつけた。

外は暗闇で、どこまで行っても暗闇で、先程まであった青空なんて、どこにもないというのに。


 「……これがもし、カルヴァドスの村だけだったら」

町の外からやってきたエルモだからわかる。

「だったら、誰も気がついていない可能性は、あります」


 カルヴァドスの村は辺境にあり、そもそも全体を、生命の苹果の樹に覆われるようにして生きている。

近くの村まで乗り合いのバスで十分ほど。

用がなければ訪れる距離でない。


 そして、その最大の要件である朝市は既に終わっていた。


 「そっか、そうなんだ」


 微かに、絶望した声だった。

けれど、次の瞬間にはもう前を向いていた。


 さっと踵を返すと、もう次の目的地を見つけたようにまっすぐに歩きはじめる。

 「何処へ行くつもりなんですか?」

半歩後ろを歩くエルモは、彼女の行動が読み切れず、いつも慌てて尋ねるだけだ。


 「学校、っていうか研究所」

「学校?研究所ですか?」

やっぱり今回も訳がわからず尋ねてしまう。

先程研究所から来た男性がリーゼに対して相当失礼な態度をとっていただけに、余計理解ができない。

「ただの推測なんだけど、あそこなら連絡手段とかなんかありそうだし、少なくともここに居るよりは情報が集まってくると思う」

「ああ!そっか!」

エルモもやっと合点が行った。

この村で唯一外部、それも首都との連絡を定期的に行っているのが研究所だ。

あそこならば、連絡はとれなくとも、この以上が外部に伝わっているのかどうかくらいならば、わかるはずだ。


 二人はまた町の大通りをそぞろ歩く。

そのほとんどが、誰もかれもが突然来た闇に、眠らされてしまったようだった。


パラソルの下で、ビールを片手に眠っているもの。

子犬と戯れたまま眠っている小さな子ども。

談笑の途中に眠ってしまったのか、互いに肩にもたれ合っている姿も多い。


 「ここ、ちょっと借りていこう」

リーゼが指さししたものは、荒物屋の前だった。

「多分、ランタンなりライトなり、こういう所では扱っているはずだから」

軒先を掃いたまま倒れているおばあさんに、ごめんなさいと謝って店内を物色する。


 ぷっと、思わずエルモは笑ってしまった。

何よ、と手を繋いで向こう側のリーゼが反応する。

「あ、想鎖術師さんなのに、こういうものに頼るんだな、と思ったらなんだか面白くて」

光の想鎖ができるリーゼだから、光源は当然想鎖術を使うものだと思っていたのに。


 「うーん、そうだったらよかったんだけど、ちょっとこの状況じゃ厳しいからね」

徐にリーゼは軒先につるされていたたわしを一つ取り、エルモに示す。

「これ、何色に見える?」

「何色って」エルモは考え込み「暗くてよくわかりません」

なにせ、リーゼが作った想鎖術の灯りが一つっきりの空間だ。

いかにエルモの見る「目」が優れていても全体の色がないのでは、見極めようがない。


 「そう、そこが問題。そんなに詳しくは教えていないけれど、色の見えるメカニズムって説明したでしょ?」

それならなんとなく覚えている、可視光線の波、スペクトラムと、光と色の三原色と、確かそんな感じの話だった。

つまりは、想鎖術の大切な一要素である色がこの状況では欠けてしまっている。


 「あたしたちが正しくそれを想鎖出来ているのか、誰もわからないんだ」

さっきリーゼが自分の血液から光を想鎖出来たのは、完全に世界が闇に落ちる、その僅か前だったからだろう。

暫く探していると、紙箱に押し込められた懐中電灯が出てきた。


 スイッチを押す。

が。

灯りは一瞬ついて、すぐに消えてしまった。

「接触不良でしょうか?」

もう一つ、エルモも手にとって、スイッチを押す。

カチッ、ふっ。

「まさか、これも?」

リーゼが無言のまま紙箱の中の懐中電灯全てのスイッチを押す。

結果は、一箱全てが一瞬の内に光を途切れさせてしまった。

そして、もう一度スイッチを押したところで、再度点灯するものはない。


 「うーん、少しわかってきたかも」

顎に指をかけ、リーゼが呟いた。

「光、が拒絶されている………でも、どうして?」

問い掛けはなされたが、答えるものは何もなかった。


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