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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
第一色 『少年は、荒野を目指す』 ~Liese’s lecture 「day 01」~
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アンソニー・ジュジェ・ミエィトン

 大変なのぉ、と可愛らしい声でしゃべるのはエルモと同じ年くらいの、鮮やかな桃色の髪が目を引く少女だった。

空色の瞳やくるくるとした髪形が、ふんわりした衣服にあっていて、とても可愛らしい印象になる。


 「今日入荷した苹果なんだけど、ちょっと見てくれが悪くってぇ」

そこで両手を合わせて、じっとリーゼの顔を見上げ

「いつもの、お願いできないかなぁ?」

 

えへへ、と笑う顔は幼い印象だが、全身から放たれるのは、油断なく敷き詰められた気配。


 またぁ?とリーゼの声が鋭く尖った。


「いいじゃん。お礼はするし、それにリーゼが価値を高めた苹果は評判がいいんだよぅ?暁乙女の苹果って言ってね……」

「わかったわよ、ジュジェ。で、何処?」

「あ、あっちだよ!今日はね、木箱で六つ分。お礼はいつもより少し弾むって。ママ……じゃなかった、会長が」

いつの間にか少女の手がするり、とリーゼの肘の内側に入り込み、しなだれかかるようにしてその実巧みにリーゼを誘導していく。

慌てたリーゼが振り返り、ごめんね、とエルモに言い置く。と、少女の方が振り返った。


 「ところでリーゼ。あれはだあれ?まさか彼氏くん?」

違うわよ!とリーゼが一瞬も置かずに叫び返す。えへへ、そうかあ。と少女は笑って


(あかつき)(がみ)のリーゼもついに年貢のんもがあっ」


その口をリーゼが神速で塞ぎにかかっていた。


「いろいろ一杯ジュジェは余計なこと言い過ぎなの!そんな渾名あたしは認めてません!」

「何で、いいじゃん。綺麗だし、リーゼにぴったりだよ」

いいの!と叱咤されてもその少女は全く動じない。むしろ、うふ、と笑みを深くして

「はじめまして!私はジュジェ。アンソニー・ジュジェ・ミエィトン!果物商ミエィトン商会の次の当主です!何かあれば、どうぞ御贔屓に!」

「あ、はあ……エルモ。エルモ・ヘスペソデスです」

「エルモくんだね。どうぞよろしく!」

ぴょこん、と頭を下げるジュジェにエルモも頭を下げ返す。


「新学期からジュジェの後輩になるみたい。よろしくね」

こちらは苹果の木箱を目の前に立つリーゼの台詞だ。

大きな商家の軒先に、山と積まれた木箱と向き合っている。

紅い髪の中から、小さな耳たぶが覗く。

木箱を持ち上げ、一つ一つを丁寧に見ていく。すこぅし細められた眼差しが夢観るように苹果を見つめた。


 口許に当てられた指先が、やけに幼げで目を離せなくなる。


 「あの、リーゼさん……?」

「静かにしてあげて、もうリーゼは想像の世界だから」

背中越しにジュジェの両手がエルモの肩に当てられる。

「ああなったリーゼは誰が呼んでも反応しないよ」

「そうなんですか?」

「あの子の集中力は並みじゃないからね」

振り返るエルモに、ジュジェは肩を竦めてくすりと笑い

「それより、見てなくていいのかな。そろそろ始まるよ」


ぱち、と電気が弾けるようにリーゼの周囲に光が集まってくる。ふっ、と強く一瞬呼気を強く吐きだして。


リーゼの体が、宙を舞った。


……ぁ。


あの時の。


「綺麗でしょう?」

隣に立つジュジェが、そう囁きかける。


「はい……すごく、すごく綺麗です……!」

いつの間にかぎゅっと握りしめた両手。


 紅みの強い茶色の髪が空気の中に溶けるように揺れる。差し伸ばされた若木のような両手両足。簡素な白いシャツと黒いスカートが、風に戯れるように躍って。

 

 風に乗り、けれど決して消え入ることなく響き渡る、至言。


 言葉による祝福を邪魔しない程度に、足踏みの音、両手を叩き合わせる余韻。

 

 それら全てに、きらきらと光の粉が舞い落ちて。


 「リーゼみたいなのを、本当の天才って言うんだと思うよ」

舞い歌う彼女を、ジュジェはなんだか泣きそうな目で見つめて笑う。

「だって、リーゼの想鎖術はとっても楽しそうだし、のびのびしているんだもん」


 エルモにも、それはわかる。

リーゼはとても楽しそうで、生き生きしていて、本当に心から、想鎖術を楽しんでいるのがわかる。


 「私なんか、好きでやってるだけで、才能ないのも良くわかってるからいいけど、多分あの子の才能にやきもきした人、沢山いると思う」

もう、リーゼの目には何も映っていないのだろう。

ただ、自分の内から溢れる言葉と想像力の世界に浸り、思うがままに言葉を紡ぎ、相手を讃えていく。


 「リーゼね、学校の成績だって悪くなかったんだよ。むしろ良かったくらい。なのに、上の学校には上がらない。これ以上想鎖術を知りたくないって」

一体どうしてなんだろうね、とジュジェが呟くのと、リーゼが歌い終えるのは同時だった。


 緊張と軽い疲労に額に汗にじませるリーゼが、人垣にあちこち頭を下げながら、こちらへ歩み寄ってくる。その顔は、充実感にあふれた笑顔だった。


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