アンソニー・ジュジェ・ミエィトン
大変なのぉ、と可愛らしい声でしゃべるのはエルモと同じ年くらいの、鮮やかな桃色の髪が目を引く少女だった。
空色の瞳やくるくるとした髪形が、ふんわりした衣服にあっていて、とても可愛らしい印象になる。
「今日入荷した苹果なんだけど、ちょっと見てくれが悪くってぇ」
そこで両手を合わせて、じっとリーゼの顔を見上げ
「いつもの、お願いできないかなぁ?」
えへへ、と笑う顔は幼い印象だが、全身から放たれるのは、油断なく敷き詰められた気配。
またぁ?とリーゼの声が鋭く尖った。
「いいじゃん。お礼はするし、それにリーゼが価値を高めた苹果は評判がいいんだよぅ?暁乙女の苹果って言ってね……」
「わかったわよ、ジュジェ。で、何処?」
「あ、あっちだよ!今日はね、木箱で六つ分。お礼はいつもより少し弾むって。ママ……じゃなかった、会長が」
いつの間にか少女の手がするり、とリーゼの肘の内側に入り込み、しなだれかかるようにしてその実巧みにリーゼを誘導していく。
慌てたリーゼが振り返り、ごめんね、とエルモに言い置く。と、少女の方が振り返った。
「ところでリーゼ。あれはだあれ?まさか彼氏くん?」
違うわよ!とリーゼが一瞬も置かずに叫び返す。えへへ、そうかあ。と少女は笑って
「暁髪のリーゼもついに年貢のんもがあっ」
その口をリーゼが神速で塞ぎにかかっていた。
「いろいろ一杯ジュジェは余計なこと言い過ぎなの!そんな渾名あたしは認めてません!」
「何で、いいじゃん。綺麗だし、リーゼにぴったりだよ」
いいの!と叱咤されてもその少女は全く動じない。むしろ、うふ、と笑みを深くして
「はじめまして!私はジュジェ。アンソニー・ジュジェ・ミエィトン!果物商ミエィトン商会の次の当主です!何かあれば、どうぞ御贔屓に!」
「あ、はあ……エルモ。エルモ・ヘスペソデスです」
「エルモくんだね。どうぞよろしく!」
ぴょこん、と頭を下げるジュジェにエルモも頭を下げ返す。
「新学期からジュジェの後輩になるみたい。よろしくね」
こちらは苹果の木箱を目の前に立つリーゼの台詞だ。
大きな商家の軒先に、山と積まれた木箱と向き合っている。
紅い髪の中から、小さな耳たぶが覗く。
木箱を持ち上げ、一つ一つを丁寧に見ていく。すこぅし細められた眼差しが夢観るように苹果を見つめた。
口許に当てられた指先が、やけに幼げで目を離せなくなる。
「あの、リーゼさん……?」
「静かにしてあげて、もうリーゼは想像の世界だから」
背中越しにジュジェの両手がエルモの肩に当てられる。
「ああなったリーゼは誰が呼んでも反応しないよ」
「そうなんですか?」
「あの子の集中力は並みじゃないからね」
振り返るエルモに、ジュジェは肩を竦めてくすりと笑い
「それより、見てなくていいのかな。そろそろ始まるよ」
ぱち、と電気が弾けるようにリーゼの周囲に光が集まってくる。ふっ、と強く一瞬呼気を強く吐きだして。
リーゼの体が、宙を舞った。
……ぁ。
あの時の。
「綺麗でしょう?」
隣に立つジュジェが、そう囁きかける。
「はい……すごく、すごく綺麗です……!」
いつの間にかぎゅっと握りしめた両手。
紅みの強い茶色の髪が空気の中に溶けるように揺れる。差し伸ばされた若木のような両手両足。簡素な白いシャツと黒いスカートが、風に戯れるように躍って。
風に乗り、けれど決して消え入ることなく響き渡る、至言。
言葉による祝福を邪魔しない程度に、足踏みの音、両手を叩き合わせる余韻。
それら全てに、きらきらと光の粉が舞い落ちて。
「リーゼみたいなのを、本当の天才って言うんだと思うよ」
舞い歌う彼女を、ジュジェはなんだか泣きそうな目で見つめて笑う。
「だって、リーゼの想鎖術はとっても楽しそうだし、のびのびしているんだもん」
エルモにも、それはわかる。
リーゼはとても楽しそうで、生き生きしていて、本当に心から、想鎖術を楽しんでいるのがわかる。
「私なんか、好きでやってるだけで、才能ないのも良くわかってるからいいけど、多分あの子の才能にやきもきした人、沢山いると思う」
もう、リーゼの目には何も映っていないのだろう。
ただ、自分の内から溢れる言葉と想像力の世界に浸り、思うがままに言葉を紡ぎ、相手を讃えていく。
「リーゼね、学校の成績だって悪くなかったんだよ。むしろ良かったくらい。なのに、上の学校には上がらない。これ以上想鎖術を知りたくないって」
一体どうしてなんだろうね、とジュジェが呟くのと、リーゼが歌い終えるのは同時だった。
緊張と軽い疲労に額に汗にじませるリーゼが、人垣にあちこち頭を下げながら、こちらへ歩み寄ってくる。その顔は、充実感にあふれた笑顔だった。




