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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
第五色 『暁の少女と、黎明の少年と』~rotten apple, sun flower, follest forest~
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それは大いなる祝福で

 『零れた涙は夜へと飛んで、数多の星となって煌めきを放ち、夜明けの空は温かに瞬く

  怖れ、悲しむ、心の声にそっと耳を澄まして。

  星々の呼ぶ声がする。大丈夫だよ、怖くないよ。―――わたしが傍に、いてあげるから。

  空を彩る無数の星は、想いの形。寝台へ降り注ぐ幾千の星の雫。』


 エルモにはこの半年より以前の記憶はない。

リーゼだって、まさか自分が生まれた時の記憶はないだろう。

だから、代わりにここにきてからのことを想い、歌う。

辛かった時、悲しかった時、いつだってリーゼは傍に居て言ってくれた。


 ―――大丈夫、恐くないよ。哀しくないよって。


『今日からこの声が、この掌が、

 あなたとわたしを繋ぐ、新しい絆となるから』


そして、いつだって。

一歩先に立ち、少しだけ前を行って、こちらを振り返り、呼ぶ声。


 ―――弟子!


 そう呼ぶ声があったから、前に進むことが出来たのだ。


 『星の雫は煌めく宝石となって、寝台の上に散らばってゆきます。

  天の祝福、人の祝福、地の祝福。

  あらゆる形の想い、あらゆる色の想い、眩く煌めいて

  ありとあらゆる宝石が、あなたを出迎えてくれますように。』


 歌の中で、エルモは、あなた、であり、わたし、であった。

さあ、もう少し。

歌いながら、エルモは自分の頬を一筋、涙が流れることに気づく。


 『そしてやってくる、大きな紅の色。

  空を染める、目覚めと始まりの色。―――生まれたての太陽が紅の空を昇っていく。

  それは大いなる祝福で。

  あらゆる祝福と、夜明けの光が出迎えるこの世界に、産まれ落ちて

  それでもあなたは涙を流す。

  置いてきた幸福と、この世に生まれた孤独を想って、泣いているのでしょうか』


 生命の苹果の樹、モチーフは苹果。

忘れてはいけない条件を、確かめて。

シュルリシュルリと皮をむくように、言葉が次々と生み出される。


 『ああ、わたし。いいえ、もうあなたはわたしではないのね。

  美しく、いたわしい、愛しいあなた。

  おめでとう、おめでとう、あらんかぎりの祝福と愛を、あなたに贈りましょう。

  そして、わたしがあなたに与えてしまう、最後の宝石をどうか、許して』


 そして、剥き出しの白い果肉だけになった時、エルモはふっと戦慄した。

ずっと、ずっと甘えてきた。リーゼの内に庇護されてきた。

リーゼの言葉がエルモの言葉で、リーゼの譜の中でエルモはおもってきた。


 そんな幼少時代は、終わりを迎える。

この想鎖術は、エルモだけのもの。エルモが作る、想いの形。

完成したのならば、今までのようにリーゼの庇護の内にはいられない。


 『いいえ、ただ一つの宝石は、わたしが預かっておきましょう。

  貴方が得るべき最後の宝石は、涙の真珠。

  死と悲しみで作られた、最後の美しさ。

  決して侵してはならない、人が触れてはならないその宝石を』


 いつしか、エルモはむせび泣いていた。

唐突に気がついてしまったその別離はただ悲しく

嬉しいことのはずなのに、無性に悲しくて。

その想反する感情をもてあまし

せめてエルモは、泣くしかなかった。


 この世に生まれおちてきたその日も、きっとそうしてただろうに。


 『血も凍る悲しみも、骨を断つ痛みも、死の恐怖でさえも、いつか終りがくるでしょう。喜びにも、美しさにも、嬉しい時にも同じように終わりがくるでしょう。

  どちらの時にも、涙は流れるものだから。

  その真珠を、私達に返して。』


 だからこそ、エルモは歌い続ける。

リーゼが悲劇にしか終わらせられなかった物語を、幸福で終わらせられるように。

 リーゼがこの物語をきっと、幸福な終わりに出来なかったのは、自分の生い立ちのせい。


 極光のアロー、そして暁髪のリーゼ。


 『宝石を飲みこんだわたしは、美しい声。

  泣きながら歩み続けるあなたに、できる限りの愛と抱擁を。

  それが叶わぬ時は、せめてこの声を贈りましょう。

  わたしは歌い続ける。―――あなたが眠る、その日まで

  だから、どうかこの産まれ落ちたわたしの愛しい子よ、

  共に歌い続けましょう、―――いつか互いが眠りにつくその日まで』


 エルモが選んだのは、母と子と、子を見守る妖精―――小夜啼鳥の物語だった。

本当なら、この物語の最後には、母親は命を失い、最後の宝石―――真珠は子どもに贈られるはずだった。


 その物語を、エルモは覆す。


 姿のないはずの妖精に、小夜啼鳥の姿を与え、悲しみを子どもの成長に添うように、伸ばしていった。

どんな暗い道にも、一筋の光が、癒しがあるように。

完璧な孤独に立つその時にも、温かな夜の一滴が届くように、そう願いを込めて。


 そして、変化は緩やかに訪れた。

エルモが触れた部分から、光がゆっくりと樹の表面、表皮の溝を伝うようにして上へ上へと這い上がっていく。


 その色は、赤というには水分が多く、朱と呼ぶにはからりとした、紅の色。

ゆったりと、木全てを覆うように登って行ったその色は、やがて患部へとたどり着く。


 表皮を剥がされ剥き出しになったその部分へ紅色の光は覆いかぶさり、そして繭のようにその部分をすっぽりと覆ってしまった。


 光は緩やかに収束し、今はもうぼんやりと何かがあるようにしか見えない。


 まさか、失敗……?


 不安が胸をよぎる。祈るように患部を見上げていたエルモだったが、次の瞬間それは杞憂に過ぎないと知る。

ぽわり、と何処かで使われた想鎖術。

奪われた価値が生命の苹果の樹へと届く。

生命の苹果の樹は、その大きな枝葉を揺らし、届いた対価を受け止める。


 そして。

ぽわり、と。

ただの偶然といえばそれまでかもしれない。

けれど、エルモが使ったのとよく似た、紅の光が生命の苹果の樹から吐き出された。


 吐き出された光は、想鎖術の主の元へと、還っていく。

その光は、強く強く輝いて、そして消えることなく、……やがて視界から姿を消した。


 「良かった………!」

祝福と治癒の想いは、確かに届いていた。

そのことに安堵し、息を吐く。

一瞬間をおいて、くいっと、腕を引かれた。


 エルモが忘れていた、その人の暖かさ。


 血まみれで仰臥したまま、それでもその人は悪戯っぽく笑っていた。

何かが声になる前に、ゆるりと伸ばされた手が、頬を拭った。

「何泣いてるのよ、…………上出来じゃない」

リーゼさん、と今度こそ呼んだ声は震えていた。

暁の乙女は、師匠は、満足げに、笑っていた。

大きく、口を開けて、楽しそうに。


 しかし、その笑顔は唐突に失われた。

いや、失われたのではない。見えなくなったのだ。

突然に、襲ってきた闇によって。


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