calvados
そこまでやってきて、やっとリーゼはエルモの手を解いた。
くるりと振り返り、崖のような緑の大地を見つめる。
「そう、今あたし達が見ているのが幹で、あの雲の手前にちょっと見えているの。あれが葉っぱね。色はね、紫に似ている。実は黄金色で、一年に一度降ってくるの」
そして、その事実は何よりも誇らしく。
リーゼは自然と、胸を張った。
「あれが、生命の苹果の樹。想鎖術の象徴であり、力の源なの」
言葉を連ねた物語により、物の価値を讃える。その、言葉により与えられる価値は生命の苹果の樹から与えられるもの。
言い方を変えれば生命の苹果の樹の力を言葉により細かくして与えているに過ぎない。
故に想鎖術は生命の苹果の樹が見える範囲でなければ行えない。
「一応生命の苹果の樹がなくても高位の術者なら想鎖は出来ることになってる。でも力はどうしても薄くなるし、そうするとやっぱり距離が近いところでやるのが一番なのよね」
それは外つ国(とつくに)の物語を、言い伝えで聞くことと似ている。
色の中にリーゼ達は物語を読むが、読む物語は、やはりその土地で知ることが一番なのだ。
「距離が離れると、やっぱり途中で物語や価値がずれてしまうことがある」
まるで根に抱擁されるように存在する、最も生命の苹果に近い村。だから、このカルヴァドスの村は想鎖術研究の唯一にして最大の拠点になる。
村を構成する人々の八割が想鎖術を学ぶ学生か、想鎖術を研究する大人であり、リーゼのような一般の農家や商人は少ない。最もそんな人々も多かれ少なかれ、想鎖術に携わってはいるのだが。
「あの、リーゼさんは?」
説明に当然疑問を覚えたのだろう。エルモが問うてくる。
「あたし?あたしはただの苹果農家だよ。一応中等部は想鎖術で出ているけれど」
リーゼの住む東大陸は初等部六年間中等部三年間が義務教育だ。その中等部も既に専攻が決められており、リーゼの場合は想鎖術のクラスで卒業している。
「すごく綺麗で、上手でした!だから、専門の勉強をしてる学生さんなのかなって?」
衒いの無い褒め言葉に、リーゼの頬はさあっと紅潮した。
ありがと、と答える声を平静に保つのは、想鎖術の第一声を放つよりも大変な作業だったかもしれない。
「勉強は続けてるよ。でも、学校はもういいかなって。他にやりたいこともあるし」
「やりたいことって、苹果農家さんですか?」
「それもあるけれど、まあ色々と」
何をやっているかばれたら、軽蔑されるのかな?それとも純真なこの子なら、許してくれるかな?そんなことを思いながらリーゼは髪を掻きあげて
「わぁ!リーゼだぁ!いいところに来てくれたぁー!」
大きな商店の軒先から、一人の少女が転がり出てきた。




