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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
第三色 『心をこめて花束を』 ~Liese’s lecture 「The last day」~
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「お姉ちゃん、読んで?」

 ええ、とリーゼは静かに頷く。

 「よく知っているわ。山岳救助の現場に携わる優秀な想鎖術師だったわ。特に十三年前の雪山遭難事故での、雪から無数のペガサスを生み出した想鎖術が有名ね。今でも山岳救助の世界ではお手本として語り継がれているわ」


 想鎖術の大半が、救命救急の場で利用されているのだから、ありえない話ではない。それよりも、疑問になったのは。


 「リーゼさん、良くそんな人の名前まで覚えてましたね」

十年以上前の、想鎖術師の名前を。

「あっ、それは」

リーゼが急に頬を染めた。取り繕うように両手を振り回し

「事例集で名前を見たから覚えていただけだよ!家にある事例集にだって載ってるんだから!」


 そうなの、とエルモは今度はタナと顔を見合わせる。

とにかく、と一つ咳払いをしてリーゼが続ける。

「その時に貰った名前が『白馬のカナテ』ね。でも、あれからすっかり姿を見せなくなってしまって、引退したと思ったらまさかこんな所で出逢うなんて」

 「あのね」

タナが瞳を輝かせた。

「その時に救助した人と結婚して、私が生まれたの。だからあんまり雪山とかで働かなくなったんだって」

何となく、継父との間で母親や実父のことを話題にするのは避けていたのだろう。

 ぱっとタナの表情が明るくなる。


 「一番大切なものを残してはお母さんはいけないって。でも、二番目に大切だから、必要になったらいつでも使えるように、いつも傍に置いておくのようって。いつか、私が大きくなったら、一緒に行きましょう、ってお母さん言ってたの。……でも、雪山よりもっと遠くに行っちゃったけれど」


 やはり、最後はとても寂しげな表情になってしまうタナに、エルモは何も言葉を返せない。

リーゼが、エルモの気持ちも代弁するように、ポンとタナの額に手を置いた。

 「そうだったの……あんたのお母さんとは、もっと色々な話をしたかったわ」


 これ、借りても?リーゼがコートに再び触れて、タナに尋ねる。

どうぞ、とタナが答え、リーゼはトルソーからコートを外すと、その身に羽織る。

「似合う?」

淡い色身のコートが、リーゼの髪の色を吸い取って鮮やかな薄紅色に染まる。

コート自身が生気を取り戻したような、そんな不思議な錯覚。

不自然なほど当たり前にリーゼは想鎖術師のコートを着てみせる。


 「お姉ちゃん可愛い!」

タナが嬉しそうに両手を叩く。

ありがとう、とリーゼは答えてそれからすっと顔をエルモに寄せる。

「どうよ、似合う?」

下から覗きこまれた拍子に髪から香る薫衣草。ふわっと耳が熱くなる。

「えっと、ええっとぉ……そのぅ」

もじもじしていると、ぷっとリーゼが噴き出した。

「なんてね、冗談よ」

くるりと鮮やかに身を翻し、リーゼはそれからしばし、考える。

 

 「けれどもし、想鎖術師なら………どうする。どうやって、何を伝える」

右の人差し指を軽く唇で挟み、三歩歩いては一つ休み、二歩歩いてはまた一つ休み、ゆったりとしたリズムで部屋の隅から隅まで歩む。

そのたびに、長いコートの裾がひらりと揺れる。

絵本に戻ったタナの隣にエルモも腰をおろして、ゆっくりと考え始める。


 きっと、何かをこの家に残したと言うのなら、それは動いても、動かなくても変わらないもののはず。


さあ、最初は何に託す。

何を、娘に託す?

タナは、何と言っていた?


―――お母さんが、これから困ったことがあったら、イニアに相談しなさいって。

「「あ………」」

それは、二人同時に思い当った。

振り返り、顔を見合わせ互いに接近して指を差し合い


(イニア)?」

 


 三人はバタバタと走ってタナの私室まで戻る。

閉じ込められていたイニアが不満げにタナにすりつき、それを抱き上げたタナが二人の前に向ける。

「あった……!」

首輪を検分していたリーゼがはしゃいだ声をあげた。

「ほら、ここ!」

リーゼが示す先、首についた銀色の鈴に何かが彫ってあった。

タナが覗きこんで、呟く。


 「金色の鐘?」

 

 エルモにとって金色の鐘というのは預かって貰った神殿にあった巨大な鐘。

子どもが生まれたり、結婚式をしたり、そういう慶事の時に使うものだ。

確かにそれは、祝福の象徴であるのだが。

それが、母親から娘へと託されたメッセージ?

「これがお母さんから私への『とっておきのもの』?」

腑に落ちないのはタナも同じらしく、首を傾げている。


 「タナちゃん、この言葉に何か、思い当たるものはありますか?」

エルモは視線を少女のそれに合わせて、穏やかに問いかける。

「どんなことでもいいよ。タナちゃんが覚えていることを、僕らに教えて下さい」

なるべく怖がらせないように、優しくそうっと。努力しているつもりだが、なかなか上手にできない。

委縮した表情のタナがぎゅっと唇をかみしめて。


 ボーン、ボーン。


時だけは、無情に過ぎていくらしい。

振り子時計が悲しげに時を告げている。


「そっか、もう十二時ですもん……」

十二時。何かが、エルモの思考を掠めた。

「あの音って、何で鳴らしているんですっけ?」

落ち着いて、考えないと。

今ここにある何かは、逃してはいけないものだ。


金色の鐘。

金色のものは、どこかで見かけた。

アンティークっぽい柱時計が、確か玄関ホールに。

「あれは、多分チャイムがついていて」

そこまで言って、リーゼも気がついたみたいだった。

「そうか。あれも鐘と言えば鐘だものね」

三人は柱時計に駆け寄り、顔をくっつけながら中を覗き込む。

あった、と一番小さなタナが示す。

「時計の針に、何か書いてあるよ!」

十二を僅かに過ぎた長針。そこに小さな文字でメッセージが彫り込まれている。


 読み上げたタナが、ぱっと顔を輝かせてエルモの手を引いた。

「こっち!こっちにあるよ、お兄ちゃん!」

先程までの眠気は何処かに吹き飛んだ表情で、嬉しそうに階段を駆け上がっていく。


 実際のところ、コツを掴めば幼い少女にも簡単に解けるような謎ときばかりだった。

最初はまじめに考えていたエルモとリーゼも、次第にタナに引っ張られるだけになっていく。

銀のカラトリー、古めかしいテディベア、金魚鉢に、裁縫箱。レコードに石細工の文鎮。

どれも一般家庭にありふれたものだった。


 最後に見つけたのは母親とタナ、イニア、そしてエイガーの姿が収められたフォトフレームだった。

タナはおそらく亡くなった父親似。

母親は闇夜色の髪をした女性だった。

これはきっと、エイガーには辛いだろう、と写真を伏せたまままとめてタナの部屋へと運ぶ。

途中でそっとエルモはリーゼに耳打ちする。


 「そう言えば、リーゼさん。気がついていましたか?」

「うん。間違ってたらごめんね……これ『扉のアカシャ』でしょ?」

「やっぱり、僕もそうなんじゃないかと思っていました」

先程から、うっすらと芽生えていた予兆。

「『扉のアカシャ』は西大陸からやってきた物語なのよ。知っていた?」

「そうだったんですか?」

「私、知ってたよ!前にお母さんが話してくれたもの」

部屋を開けてくれるタナ。すっかり懐いたようで、絵本を持ってリーゼに纏わり付く。

「お姉ちゃん、読んで?」

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