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ヴェスペルの娘達  作者: さくしゃ
第二色 『師匠の秘密』 ~Liese’s lecture 「day 02」~
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花占いの答えを望む、乙女の果実。恋占いの答えは、貴方の唇が知っている

 間近で想鎖術見放題。しかも想譜面付きで。


こっそり囁かれたその言葉にエルモは一にも二にもなく頷いてしまった。


想鎖術は言葉だけでなく、独特の節回しを持つ。

それに音の高低があり、また鳴り物をリーゼは多用するため、すぐ傍にいても全体の流れを掴めない。


では、どうやって想鎖術が伝わるのかと言えば、それはオーケストラの総譜にも似た想譜という譜面があるからだ。

拍、音の高低、変調、和音、参加する楽器やコーラス。

名だたる想鎖術にはその想譜があり、それを基本に置きながら学生は徐々に自分だけの想譜を作り出していく。


リーゼ自身もメモ書き程度のものから想譜に起こしたものまで種々記録を取っているらしいが、エルモにはまだそれを見せてくれたことはない。

それを、想譜付きで毎回見せてくれる。なんておいしいんだろう、と思ったのは間違いなかった。

あれよあれよという魔に、話は進み、エルモは翌日から聖母亭の客引きとして働くことになった。



……少女の姿で。なぜか。



『紅い蕾は熾火のように。

 白い蕾は深雪のように。

 僕の心を凍えさせては蕩かし

 氷漬けの心臓に、口付けをくれるなら!

 剥いだ皮にくるまり、貴方が春の夢を見るのなら!』


 リーゼにかかると、姉妹と熊の心温まる物語もどこか悲しみを孕んだ三角関係の物語になってしまう。

それとは逆に、悲しみに溢れた物語の何の救いもない物語も、優しい夕方の光に包まれた窓辺の物語に変わる。


それを間近で見られるのは、助手たるエルモの特典だった。

こっそりと袖の中に隠した小さなノートを見る。

それは、この物語を詳細に綴った想譜面だった。

色々言いたいことのあるロングスリーブドレスもこのときばかりは僥倖だった。


しゃらしゃらと鈴が鳴り、足が地を踏みしめる。

白と紅を重ねた衣装が髪の毛よりもっと淡い輝きを放つ。

言葉に集中しつつ、同時にこれだけの体捌き。

リーゼが毎日必死に練習している理由がよく良くわかる。


「それで、少しは上達したのかな?」


今日のように、娼館での仕事の合間に。

午前中の農作業をしながら。食事をしつつ。

ただでさえ忙しい中で、想鎖術の面倒も変わらず見てくれる。


「あ、見てもらえると嬉しいです」

もっぱらエルモが想鎖術に使うのは朝収穫してくる苹果だ。

荷物の中から一つを抜き出し、目の前で掲げる。

目を瞑り、想像の世界の中にもう一つ苹果を作り出す。目の前にある苹果に触れて、情報を読みつつ、呼吸を専用のそれへ整えていく。


―――うん、いける。


『主よ、聞け我が呼ばいし声』


背中に、リーゼの視線を感じる。大丈夫、と強く励ます。

一番簡単な想譜をベースにした、転調も音の上下も少ない想鎖術。


『深緋の衣を脱いで、斑な白と黄色に染まるその身を晒して』


優しく雅やかでありながら、それの持つ甘酸っぱさをより強く想像する。掌が熱い。

光が灯っているのがわかる。

ここで集中を切らす訳にはいかない。


『花占いの答えを望む、乙女の果実』


甘い、酸っぱい、甘い、酸っぱい、戯れに花びらを摘まみ、散らし確かめるようなそんな楽しみ。

口にするまで、答えはわからない。


『恋占いの答えは、貴方の唇が知っている』


光が破裂すると、同時に。


ぱしゃん、と音を立てて苹果自身も破裂した。

うわあっ!と女の子の外見をしていることも忘れて悲鳴を上げる。


「何を呼ぼうと思って、どう物語を作ったの?」

言葉を聞けばすぐ分かるはずなのに、敢えてだろう。

リーゼは問いかけてくる。

エルモは咄嗟に手を握りしめようとして……その手にまだ、苹果の欠片が残っていたことを思い出し、辛うじて押しとどめる。


「光を呼ぼうとして……それで」


それで、と言ったきり言葉が続かなくなるのは、自分でも甘さに気が付いているからだ。

物語として整えることに夢中で、物語の帰結を考えていなかった。

だから、最後にどう変化していいか分からなくて、苹果が砕けた。


「物語自身は悪くないと思うよ。朝摘みの苹果の初々しさも良く出ていたしね。ただ、最後の詰めが甘かった。それはわかってるね」

はい、としおれたままエルモは答える。


「花弁散らす、で分散させたなら散りながら光るものを連想してごらん?」


例えば、天気雨の雫。

満開を過ぎた花。

雪。

蛍の命の終わり。

言われればなるほど、と思うもの。


 それでも、思いつかなかったのだからエルモのミスだ。

リーゼがエルモの掌から砕けた苹果を一つ摘まみ、口に運んだ。

途端に、顔をしかめる。それでももごもごと口を動かしているので、エルモも砕けた苹果を一つ口に放り込んで―――叫んだ。


「うわ、これ酸っぱい!」


可愛い恋物語どころか、これじゃあ物語の欠片を想像することも出来ない。

「リズムが駄目なのは、改善されてないね」

使う単語によって自然とリズムは決まる。

ある一定のリズムができたら、そこから外れるような単語は極力外すのが定石。

エルモは物語を読むのに精一杯で、ついついその部分を失念してしまう。


「あとは色だけじゃなくてよく全体を観察すること。この苹果が酸っぱいのは芯のところを見たらすぐにわかるよ」

はい―、と極力元気に答えたつもりだが、やはり肩は下がってしまう。

まだ二つのことを並行して気にするステージまで到達していないのはわかっているが、指摘されるたびに落ち込んでしまう。


でもね、と師匠たる少女は微笑んだ。

「術が発動する精度は良くなってきているね。光の量も安定しているし。十分に集中している証拠だ」

それはつまり、選ぶ単語や賞讃の量が安定していて、苹果に対して丁度良い感じと言うことで、それはつまり………少しは、上達したということ?

えへへ、と嬉しくて思わず顔がにやける。

「ありがとうございます!」

ぴょこんと頭を下げて、後片付けに戻る為に急いで走りだした。



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