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「そこ!腕の角度が少しズレてる!」
「こうですか?」
「そう!その角度!一旦緩めてからもう一度!」
「はい!」
炎精の岩から西へ、隣のマップとの境にある森の領域に来ています。
現在、スリーパー・ホールドの稽古中。
相手はオークです。
オレはラムダくんの目の前で絞め方の手本を見せていた。
ラムダくんもオレの対面でオーク相手に首を絞めている。
オークがかなり足をジタバタしているのを抑えるのに四苦八苦しているようだ。
「腕で絞めるんじゃなく体重を掛けて絞めるイメージで!」
「こうですね?」
オークは座り込んでいる体勢になっている。
暴れるオークをいかに抑えながら絞め続けられるか。
これは口で説明する以上に実地で覚える方が早い。
絞めている相手の反応を感じ取れないと実感できないからな。
「あ!」
「終了したか」
ラムダくんが絞め続けていたオークのHPバーが消滅していた。
暴れるオークを相手に絞めたり緩めたりをするうちに、どうしてもHPバーは減っていく。
まだ彼はダーク・ヒールが使えない。
まあこれはしょうがないよな。
オレも裸絞めで捕らえていたオークの首を捻ってさっさと止めを刺す。
「今の戦闘で【関節技】が取得可能になったみたいです」
「それは上々だな」
文句なしに上々の戦果だ。
これでオークの群れを4つ、全滅させた事になる。
最初の群れでは1匹だけ残してオレが裸絞めの手本を見せた。
恐らく、彼がやりたい事を実地でやって見せた事になる。
首を絞め続け、苦痛が長引くような止めの刺し方だ。
オークのMPは大した量ではなかったようで、ダーク・ヒール2回で殆どなくなっていたが。
「これです!」
どうやら彼にとっては理想の倒し方だったようだ。
次の群れでは最後の1匹を彼に絞めさせ、色々と指導した。
そして現在に至る。
オークにしてみたらかなり迷惑な話だよな。
「それじゃあ森を西に進もうか」
「了解です」
どうやら【関節技】を取得して有効化を終えたようだ。
嬉しそうに見える。
だがこれで終わりではない。
スリーパー・ホールドはまだ奥が深いのだ。
【投げ技】だって覚えた方がいいだろう。
召喚モンスターの陣容は少し変えてある。
灰色狼となったヴォルフ、黒曜、戦鬼、そして文楽といった陣容だ。
オークの群れ相手に全滅させないよう指示してある。
ここまでは問題なし。
何しろヴォルフがより頼もしくなっているのが大きい。
コール・モンスターを使わずとも、オークの群れを探知してくれていた。
より便利になってます。
恐らくはスキルの危険察知が効いているのだろう。
そのスキルは明らかに強化されているように感じる。
目に見えて向上しているのはスピードだ。
敏捷値が3ポイント上昇しただけとは思えないほど、疾駆する速さが違っている。
クラスチェンジの恩恵はかなり大きいようだ。
オレ自身はと言えば、装備を更新している効果がようやく確認できた。
白銀の首飾りを身に着けた場合、今までと明らかに違う点がある。
素手でもいい感じなのだ。
フォース・バレットですら結構なダメージを叩き出している。
相手はオークではあるのだが、トンファーの直撃で与えるダメージと遜色がなかった。
ストーン・バレット一撃でオークを屠るし、ウィンド・カッターでも瀕死である。
攻撃呪文の効果は間違いなく向上しているようだ。
おっと。
ヴォルフが再び匂いを察知したようだ。
そして匂いを辿って魔物の居場所へと案内してくれる。
実に便利です。
だが次に案内された群れにはちょっとだけ躊躇する要素がある。
オークリーダー、なんでいるのよ?
オークリーダー Lv.1
魔物 討伐対象 パッシブ
【識別】して見るとちゃんとレベルが見えていた。
以前に遭遇した時からオレもレベルアップしているせいかもしれない。
それはいいとして、アレを教材にするのは適当じゃないだろう。
他のオークは9匹。
レベルは1から5まで、武装も様々だ。
ふむ。
さっさと殲滅させた方がいいか。
呪文を選択して実行しておきながら先行する。
ヴォルフが、戦鬼が、黒曜がオークの群れに襲い掛かっていった。
文楽は後方から矢を放って援護である。
ラムダは?
まあ大丈夫だろう。
「グラビティ・バレット!」
オークリーダーに直撃。
だがこのオークリーダー、まともに喰らっていながら倒れなかった。
肉か?
皮下脂肪のせいなのか?
「ゲヒュ!」
変な悲鳴も聞こえたし、HPバーも結構減っている。
無駄ではあるまい。
そのオークリーダーの喉元をヴォルフが飛び掛っていた。
飛び散る血。
ヴォルフはすぐにオークリーダーから離れると横から回り込もうと駆けていく。
オークリーダーの目がヴォルフを追う。
戦鬼が目の前に迫っているのに気がつかなかったようだ。
戦鬼の体格はオレよりも遥かにゴツい。
だがオークリーダーはその戦鬼よりもゴツい。
太っている分、よりそう見えるのだが。
戦鬼は魔物の膝を蹴ると左手で魔物の右腕を掴んだ。
もう片方の右手を股間に差し込んで持ち上げようとする。
無茶な。
そう思ったが持ち上げてしまった。
わお。
「グラァァァッ!」
大きく吼えると魔物を地面に叩き付けた。
魔物は背中から地面に叩き付けられて悶絶する。
いやいやいやいや。
勿体無いから!
オレは戦鬼の目の前にいたオークに迫る。
繰り出された槍を避けながら懐に入った。
腕を引き込んで、同時に魔物の脇に首を入れる。
魔物がこっちに突っ込んできた勢いを利用して肩に担いだ。
そのまま地面に向けて投げた。
但し、背中から落しはしない。
頭から地面に落ちるようにして、投げた。
受身?
そんなものはさせません。
柔道技の肩車によって頭から地面に落ちたオークは即死だった。
投げ技に力はさほどいらない。
体勢を崩すことができたらどうにかなるものだ。
戦鬼が再びオークリーダーに迫る。
殴り付けて来るのをギリギリで避けるとまたしても魔物を持ち上げる。
おお、凄い。
オレには体格の差がありすぎて、その真似は出来そうにない。
戦鬼は魔物を顔から、地面に叩き付けるように投げた。
ナイス。
先刻よりも断然いい。
実際にオークリーダーのHPバーは半分を割り込んでいた。
おっと。
オレの横合いから棍棒を振り回しながらオークが迫っている。
横へと振ってくる棍棒をしゃがみ込んで避けると足元に蹴りを入れた。
それだけで簡単に転がるオーク。
目の前に無防備な首元が見えている。
反射的に裸絞めを極めてしまった。
だが今は乱戦中なのだ。
絞めている間に攻撃を受けてはならない。
左手で頭の後ろを、右手で顎を掴むと一気に捻ってやる。
虚を突かれたせいか、オークはそれだけで息の根を止めてしまっていた。
脆い。
脆すぎる。
戦鬼はどうしてる?
オークリーダーの首におんぶしているような格好になってました。
どうやら首を絞めているつもり、らしい。
そこまで真似をせんでいいから!
だがどうやら効果はあったらしい。
先に顔から地面に叩き付けられていたのが効いていたのかもしれない。
オークリーダーの首が奇妙な角度に回っていた。
無論、HPバーは消滅している。
周囲を見回すと、オークの死体だらけだ。
いや、1つだけ赤いマーカーが健在である。
但しHPバーはもう残り少なくなっていたが。
ラムダが相手をしているオークだ。
だがもうラムダの優勢は覆らないだろう。
教えた通りに首を絞めている。
「こんな感じでいいですか?」
「うん、じゃあ首を捻ってみる?」
「え?」
オークのHPバーはもう瀕死寸前だった。
一気に行け一気に。
やり方をまず口頭で教えた。
ロックを外した手を顎に、頭の後ろに回した手を側頭部に。
そのまま一気に、力を入れて顔を傾けさせるだけだ。
但し、その角度は可動域の限界を超えて、だが。
「いきます」
オークの顔が上下逆さまになっちゃいました。
当然、HPバーは無くなっている。
お見事。
《只今の戦闘勝利で【投げ技】がレベルアップしました!》
《只今の戦闘勝利で【回避】がレベルアップしました!》
ようやく投げ技もレベルアップだ。
使わなきゃ上がらないよね。
そしてお楽しみのアイテム剥ぎだったんですが。
収穫無し。
【解体】、仕事しろ!
叫びたくなるのをなんとか抑えた。
実は今日、この森のオーク狩りで収穫がまるでないのだ。
火喰いインコからはちゃんと剥げているんだが。
無残。
時刻は午後3時前といった所だ。
既にS1W2マップに足を踏み入れている。
平原だ。
所々に樹木の群生があり、背の高い草叢も多いようだ。
感覚的にはブッシュサバンナに近いな。
「ここの魔物は何が出るか確認してないけど、先に進んで見るがいいかい?」
「初めてのマップなんですか?」
「ああ」
そう、見た事があるだけだ。
嘘は言ってないよな?
本来ならば残月に乗って移動したい所ではある。
エリアポータルを探すのであれば、その方が便利だ。
だが今はラムダもいるからな。
彼も足の速さはオレなど問題にならない程、速いのは間違いないが、残月ほどの持久力はないだろう。
無茶はいけません。
それに魔物を狩ることを前提にするならば、別に移動速度を優先する事もないだろう。
さて。
何が出るかな?
問題はあちこちにある草叢だ。
背か高いから大き目の魔物でも隠れるには十分だろう。
黒曜の目でも魔物の有無は把握できない。
ヴォルフも警戒してくれているし、魔物が接近しているのならば気がつかない事はないと思うのだが。
やはり戦力は充実させておいた方がいい。
文楽を帰還させてリグを召喚したその直後。
そいつがいた。
シュトルムティーガー Lv.5
魔物 討伐対象 アクティブ
トラだ。
ドイツ語だ。
戦車ですか?
いや、そんな場合じゃない。
ヴォルフも黒曜も気配を感じ取ることが出来ずに接近を許してしまっている。
一体、どうやって?
疑問は後だ。
どんな攻撃をしてくるのか?
身構えた次の瞬間。
突風がオレ達を襲っていた。
風が止んだ次の瞬間。
トラの姿はない。
オレのHPバーは2割ほど削られていた。
魔物は何処へ?
いない?
いや、オレの後ろで争う音がしている。
ヴォルフだ。
トラと互いを噛み合っていた。
あまりに激しく争う2匹に介入する余地がないように見えた。
お互いの喉元を噛んだまま転がったり。
噛むのを離したかと思えば威嚇し合って。
前脚の爪で顔面を攻撃し合う。
互角か?
いや、スピードでヴォルフはトラと拮抗しているが、体格に勝るトラにパワーで押されている。
呪文を選択して実行。
支援が必要だ。
だがオレよりも速く黒曜が介入する。
トラの顔に向けて突っ込む。
だがそれは牽制だ。
やや遅れて戦鬼がトラを襲う。
「グラァァァッ!」
トラが戦鬼に顔を向けて低く咆える。
いや、吼えただけでは済まない。
戦鬼にダメージを与えている。
皮膚に何箇所もミミズ腫れのような傷が生じていた。
ウィンド・カッターのような特殊攻撃?
戦鬼はそれでも怯まない。
強引にトラに組み付いた。
胴体に腕を回して押さえつけようとしている。
トラの動きが目に見えて鈍っていた。
「フィジカルエンチャント・ファイア!」
ヴォルフに掛ける予定の呪文は戦鬼にかけて筋力値を底上げする。
次の呪文を準備するうちにも戦況は変わっていく。
リグがトラに取り付いていた。
リグは徐々にトラの頭を包んでいく。
トラはなんとか剥がそうと前脚を使うが、その効果は少ない。
いや、また吼えようとしてるのか?
リグはまだ間に合いそうもない。
喉元にヴォルフが噛み付いた。
戦鬼は体重を掛けてトラを抱えて胴体を締めていく。
「ディレイ!」
呪文をトラに向けて放つ。
少しでも動きを鈍らせないと。
「グラァッ!」
短くトラが咆える。
リグがまともに喰らってしまい、HPバーが一気に半分以下にまで減ってしまっていた。
こいつめ。
戦鬼が押さえつけているトラの腹を蹴り上げる。
トラは喉元をヴォルフに噛まれながらもオレに憎悪の瞳を向けてきた。
黄色の瞳には野生の激しさに満ち溢れている。
正直、おっかないです。
その瞳に向けてロッドを突き入れた。
トラは怒りの咆哮をあげようとして失敗したようだ。
その口の中にリグが浸入していく。
まるでトラが水を飲んでいくかのようにも見えた。
それが決定打になったようだ。
《只今の戦闘勝利で召喚モンスター『戦鬼』がレベルアップしました!》
《召喚モンスター『戦鬼』のスキルに【投げ技】が追加されます》
《任意のステータス値に1ポイントを加算して下さい》
戦鬼がレベルアップした。
だがラムダも含めて全員が大きくHPバーを減らしていた。
何あれ、おっかない。
「すみません、何もできませんでした」
「いや、それはいいから」
「大丈夫でしたか?」
「ああ。自分の回復をしておいて」
「はい」
ラムダは最初の攻撃を喰らっただけで済んでいた。
結構トラからは離れた位置にいたのに1割以上のダメージがあったようだ。
トラ恐るべし。
ポーションをヴォルフ達に与えながら戦鬼のステータス画面を見る。
ステータス値で既に上昇しているのは敏捷値だ。
任意ステータスアップは精神力を指定する。
戦鬼 ビーストエイプLv4→Lv5(↑1)
器用値 10
敏捷値 19(↑1)
知力値 5
筋力値 25
生命力 25
精神力 5(↑1)
スキル
打撃 蹴り 投擲 受け 回避 登攀 投げ技(New!)
それにしても何を覚えたんだ戦鬼。
投げ技?
確かにロックワームやらオークやらを投げまくってましたけど。
まあいいか。
戦鬼にもポーションをあげよう。
リグもかなりダメージを喰らっている。
ポーションを与えるのだが、ある事に気がついた。
体が微妙に赤くなっているよね?
もしかして、トラの血を吸い上げているのか?
溶解するだけじゃないの?
ポーション液を吸収できるのであれば可能なんだろうけど、ちょっと気味が悪かった。
黒曜にもポーションを与え終え、オレもポーションを飲む。
だが喰らったダメージをそれだけで賄える訳ではなかった。
回復呪文を全員に次々と掛けていく。
正直、あの先制攻撃は凶悪だった。
そしてお楽しみのアイテムの剥ぎ取りなのだが。
皮か、牙か、爪なのか。
剥ぎ取ったのは爪でした。
【素材アイテム】疾風虎の爪 原料 品質C レア度4 重量0+
シュトルムティーガーの爪。鋭く非常に丈夫である。
雪豹の爪に比べたらやや大きいようだ。
これも暗器にできそうである。
レア度も高いし、なかなかの代物のようだ。
「かなりの強敵でした」
「そうだな」
さて、どうするか。
まだMPバーに余裕はあるのだが、頭の隅に死に戻りした記憶がどうしても離れてくれない。
結局、森の方に戻ることにした。
もう少し、レベルを上げてからここには来た方がいいだろう。
少し、いや、かなり慎重になってしまっているかも知れない。
うん。
間違いなく慎重に、いや、臆病になっているかも知れない。
だが今は依頼だってある。
無理はするまい。
主人公 キース
種族 人間 男 種族Lv10
職業 サモナー(召喚術師)Lv10
ボーナスポイント残8
セットスキル
杖Lv8 打撃Lv5 蹴りLv5 関節技Lv5 投げ技Lv5(↑1)
回避Lv6(↑1)受けLv5 召喚魔法Lv10 時空魔法Lv3
光魔法Lv5 風魔法Lv5 土魔法Lv5 水魔法Lv5
火魔法Lv5 闇魔法Lv5 氷魔法Lv3 雷魔法Lv3
木魔法Lv3 塵魔法Lv3 溶魔法Lv3 灼魔法Lv3
錬金術Lv5 薬師Lv4 ガラス工Lv3 木工Lv4
連携Lv8 鑑定Lv6 識別Lv7 看破Lv3 耐寒Lv3
掴みLv6 馬術Lv6 精密操作Lv7 跳躍Lv3
耐暑Lv4 登攀Lv3 二刀流Lv5 解体Lv2
身体強化Lv3 精神強化Lv4 高速詠唱Lv5
装備 カヤのロッド×1 カヤのトンファー×2 雪豹の隠し爪×2
白銀の首飾り+
野生馬の革鎧+ 雪猿の腕カバー 野生馬のブーツ+
雪猿の革兜 暴れ馬のベルト+ 背負袋 アイテムボックス×2
所持アイテム 剥ぎ取りナイフ 木工道具一式
称号 老召喚術師の弟子、森守の証、中庸を望む者
呪文目録
召喚モンスター
ヴォルフ グレイウルフLv1
残月 ホースLv5
ヘリックス ホークLv5
黒曜 フクロウLv5
ジーン バットLv5
ジェリコ ウッドゴーレムLv4
護鬼 鬼Lv4
戦鬼 ビーストエイプLv4→Lv5(↑1)
器用値 10
敏捷値 19(↑1)
知力値 5
筋力値 25
生命力 25
精神力 5(↑1)
スキル
打撃 蹴り 投擲 受け 回避 登攀 投げ技(New!)
リグ スライムLv4
文楽 ウッドパペットLv2
同行者 ラムダ(本名オメガ)




