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控え室に戻ると動画視聴をする事にした。
小さな画面で決勝戦の相手の対戦の様子をリアルタイムで見れるみたいです。
その対戦カードは?
エレメンタル・メイジ『光』のリディア。
対するはダンジョンパイロットのガヴィ。
普段から同じパーティを組んでいる仲間同士だ。
これまでにメッセージで送られている動画のコメントを読み返す。
リディアはあの半ソロバードのデッカーと対戦していた。
ガヴィは東雲と対戦しているのだが。
リディアの場合はまだいい。
ガヴィは東雲を相手に勝っている事になる。
ドワーフでありタフな東雲を相手に軽量級でスピードファイターのガヴィがどう戦ったのか?
視聴したくなったけど、今はこっちを見よう。
リディアは例の如く、刺突剣を腰に佩いて弓を持って背中には矢筒。
ガヴィは小剣だ。
だが肩ベルトに投げナイフもある。
弓矢による遠距離攻撃を潜り抜けて、どこまで迫れるか?
そんな勝負になりそうだ。
そしてリディアには刺突剣による武技の連続使用がある。
エレメンタル・メイジ『光』の専用呪文、エイリアスもある。
そこをどう捌くのか?
興味深い。
きっとスピードの勝負になるだろう。
リディア対ガヴィの対戦は?
予想以上のスピード勝負!
早期決着になるかと思ったが意外にも時間切れ判定で決着だ。
対戦が判定になったのは間違いなくお互いの手の内を知っているが故だろう。
面白い。
遠目で、しかも俯瞰で観戦しないと何が行われているのか分からない有様だ。
オレとしては接近してからの攻防を見てみたかったが、殆ど無かった。
ガヴィが敗退した原因はそこに見出せると思う。
接近戦では明らかに有利であるのに距離を詰め切れなかったからだ。
それでもエイリアスの分身の攻撃を凌ぐ様子は凄い!
投げナイフで牽制、しかも得物の短剣も投擲仕様なのは驚いた。
しかも時空魔法の呪文、アポーツで回収しつつ戦闘を続けている。
【詠唱破棄】があれば結果は逆転していたかもな。
それにしてもリディアの勝利か。
どっちが勝ち上がってもオレはヒール役が決定なので大差は無い。
決勝戦はリディアが相手かよ!
事故に気を付けよう。
いや、注意していても起きるのが事故だ。
お願いです、神様。
事故が起きませんように!
日頃の行いがいいのであれば、きっと願いが叶う。
その筈だ。
では、改めて。
オレの準決勝の対戦も見よう。
反省点は無いかな?
ある。
自覚してます。
最初から最後まで、酷い有様だろう。
そして最高に楽しめていた。
あの感覚を味わっておきたい。
ああ。
決勝戦でも殴り合いがしたかった。
相手がリディアである時点でもう諦めるしかない。
残念です。
「あら、キース。決勝戦進出おめでとう」
「ども。そっちは勝ち残ったのか?」
「まあ、どうにか。やっぱり漁師兄弟の所が相手だとやり難くて大苦戦だったわ」
オレの前にシェルヴィがいる。
やっぱり、勝ち残っていたか。
それにしても相変わらずだがシェルヴィの威容は凄まじい。
与作に上回ろうかという体躯。
それでいて全身、金属鎧で完全武装。
方形の盾は分厚く、右手にしているメイスは片手で持っていていいサイズじゃない。
どんなステータス値になっているんだか。
それに本当に女性であるのか、謎だ。
恐ろしくて【識別】するのも憚られる。
「決勝戦の相手は?」
「今、決まったみたいね。戦隊チームだわ」
「ほう」
あの連中か。
外見だけならふざけているようにしか見えないコスプレ戦隊だが。
中身はそんな事は無い。
特に格闘戦スタイルのピンクは本格的な立ち技を使う。
イエローも組んで戦えば中々だ。
基準が格闘戦になるのは勘弁して頂きたい。
「油断するなよ?ああ見えて、強い」
「知ってるわ。タイプがまるで違うだけに、ね。それよりキースの相手は誰になったの?」
「リディアになったみたいだな」
「あちゃー」
うん?
その反応は何だろう?
「時間は?」
「午後1時45分に新練兵場C面だな」
「同じ時間にB面だわ、ゆっくりと観戦は出来そうにないわね」
「それよりさっきの反応、どうしたんだ?」
首を傾げるシェルヴィ。
ちょっと視線が泳いでいるけど、どうした?
「気にしないで。何かが起きそうな予感がしただけ」
「予感?」
「そう。あの子、不幸体質っぽいのよね」
「へ?」
「悪いわね、今から作戦会議なの。頑張ってね」
シェルヴィは笑って誤魔化す様子を見せる。
豪快に片手でメイスを肩に担いで仲間と共に輪になって座り込んでミーティングを始めたようだ。
ふむ。
不幸体質?
あのリディアが?
不幸だったら決勝戦まで勝ち抜けないと思うんだけど。
どういう意味なんだろうね?
かつてあった事故と何か関係があるんだろうか。
何にしても決勝戦はどう戦う?
グレイプニル。
ダメだ。
絶対にダメ!
重量級の得物にしてもあの機動力を相手にするには不利。
使うなら長柄がいい。
ガヴィとの対戦が示唆している。
確かにエイリアスの呪文は厄介だ。
有効な対策も【封印術】の呪文を除けば、分身を潰してしまうしか方向は無い。
亜氷雪竜の投槍、それに断鋼鳥のククリ刀を中心に組もう。
投擲可能な武器がいい。
ダイダロスのラブランデス、という手もある。
いや、どうせアポーツの呪文が使えるのだし、投擲し慣れているククリ刀があれば十分だ。
相手は接近戦を自ら挑んで来るとは思えない。
かと言って足を止めなければこっちが不利になるばかりだ。
だが、悩むな。
平常心で、挑め。
武技を使ってくるなら、武技を使おう。
呪文を使ってくるなら、呪文を使おう。
それでいいのだ。
「では皆様、決勝戦です!全員、試合会場へ!」
もう時間か。
他の決勝戦も同時にやるみたいだ。
ここの控え室にいるのはオレとシェルヴィ達だけ。
他の決勝戦進出した面々は別の控え室にいるのだろう。
「決勝戦ね」
「ああ」
「お互いに優勝出来ればいいわね」
「そうだな」
「正直、貴方が団体戦に出てなくて良かったわ」
「そうかな?」
正直、シェルヴィ達のパーティを見ていると簡単な相手じゃないと知れる。
まあアレだ。
今は己の対戦に集中すべきだろう。
準備は?
出来ている、と言いたいが心構えで少々、不安が残る。
だって何か事故が起きそうなんだよ!
個人戦無差別級の試合会場はC面。
団体戦無差別級の試合会場はB面。
拡張された新練兵場は全部で8面、そしてこの2つの対戦は雛壇が特等席になる。
A面では個人戦初級の決勝戦、F面では団体戦初級の決勝戦だろう。
G面では個人戦中級の決勝戦、D面では団体戦中級の決勝戦になっているようだ。
決勝戦を一気に済ませるつもりなのか。
まあいいけど。
観客席は当然のように満席だ。
雛壇の脇の席にフィーナさん達、それにアデル達が陣取っているのも見えた。
注目、されている。
ここで事故が起きたら?
いや、考えちゃいけない。
本当に事故が起きるパターンだ、これ!
試合場の対角線にはリディアがいる。
兜で半分、表情は隠れているけど視線が注がれているのは分かる。
オレが手にしている亜氷雪竜の投槍を警戒してますか?
警戒していて欲しいものです。
確かに弓矢と比べたら命中精度は劣るだろう。
だが、この試合場の広さであれば射程距離は問題ない。
威力ではこっちが上だ。
アポーツの呪文が無ければ一回しか攻撃出来ないけどな!
出来れば場外にして決着させたい所だが。
どう攻撃しても酷い事になりそうな予感がする。
そうでなければあの機動力に翻弄されて矢の攻撃を受け続けるかだろう。
既に手の内はある程度、把握している。
どう攻めて来る?
そこは想定してあるけど、今は考えまい。
平常心。
平常心で、臨め。
一歩進んで試合会場の角に立つ。
お互いに。
礼。
「始め!」
投槍を手にしたまま前へ。
開始直後からお互いの得物の射程距離になる。
オレの場合は武技を使わなければ命中精度に期待出来ない。
だから前へ、距離を詰めに行く。
リディアはどうする?
動かない。
動いて、いないだと?
呪文詠唱を優先しているのか?
ならば遠慮なく、先手を取らせて貰おうか!
「フンッ!」
槍を投じる。
そして腰のククリ刀を抜きに行く。
『ボンナバン!』
どうやらこっちが槍を投じるのを待っていたのか?
だが。
リディアが手にしているの得物が予想と違う。
右手に刺突剣。
でも逆手じゃない。
左手には杖。
あれ?
弓矢はどうしたの?
亜氷雪竜の投槍は当然のように外れてしまう。
リディアはどこだ?
オレの右側から回り込もうとしている。
どうやら機動力で押し切ろうとしたいようだが。
弓矢の利を捨てて狙っているのは、何だ?
彼女はエレメンタル・メイジ『光』だ。
ダメージを稼ぐのであれば攻撃呪文をどこかで使いたい筈。
だが、単純に攻撃呪文を使うだけだろうか?
そんな訳がない。
試合場の角に誘導する形で動く。
さあ、どうする?
『ボンナリエール!』
今度は距離を取られた。
再び対角線の位置で対峙する。
だが今のオレの手には亜氷雪竜の投槍が無い。
ククリ刀だけだ。
「真降魔闘法!」「エンチャントブレーカー!」
武技を使うのであればこっちもそうしよう。
距離を詰めに行く。
今度は動かないのか?
『エイリアス!』
来た。
来ると思った!
実際に目にするとやはり異なる。
完全なる分身と聞く。
どうする?
『マジック・フォートレス!』
(フィジカルエンチャント・ファイア!)
(フィジカルエンチャント・アース!)
(フィジカルエンチャント・ウィンド!)
(フィジカルエンチャント・アクア!)
(メンタルエンチャント・ライト!)
(メンタルエンチャント・ダーク!)
(クロスドミナンス!)
(グラビティ・メイル!)
(サイコ・ポッド!)
(アクティベイション!)
(リジェネレート!)
(ボイド・スフィア!)
(ダーク・シールド!)
(ファイア・ヒール!)
(ミラーリング!)
何?
こっちが呪文を使う事を知っていたかのような対策を先に打たれたようだ。
まあオレが使ったのは攻撃呪文ではなく、自らへの強化なんだが。
これ、最初から誘導したのか?
2人のリディアは共に杖を弓矢に持ち換えていた。
そして刺突剣は逆手に。
そうか。
あの手を使う気だ!
『『ボンナバン!』』
2人のリディアが左右に散る。
成程、これを実現させる為に刺突剣と杖から使っていた訳だ。
最初から使えば良かったのに。
邪魔するつもりは無かったのだ。
だがこれで終わりか?
そんな訳が無い。
無いよね?
『レインボー・チェイン!』
『イリュージョン!』
クソッ!
まだ捕捉出来ていない。
リディアはどうも【光魔法】がレベル86に達していたようだ。
厄介な呪文、レインボー・チェインで拘束しに来ている。
オレ自身、呪文で強化していなかったら大変な事になっていただろう。
それでも敏捷値の低下が起きているけど。
ああ、足が重い!
分身と本体は見分けが付かないだけじゃなく、連携も見事だ。
そして、速い!
ガヴィは良くこんなのを相手にしてたな!
やはり観戦しているのと、実際に戦うのでは大きな差がある。
ガヴィは投げナイフで牽制しつつ分身も本体も関係なく攻撃呪文で潰していた。
オレもそれに倣うか?
いや、こうしよう。
(アイス・フィールド!)
試合場が一気に凍り付く。
但し、その表面だけだ。
当然だが、ダメージを与える為のものじゃない。
(スケーティング!)
オレも滑らないよう、対策をして状況を見る。
矢は飛んで来ていない。
呪文もだ。
凍り付いた地面の影響で転んだ本体に分身。
どうにか立ち上がった所に手近にいた方にククリ刀を投げる。
左肩に直撃!
それが本体なのか分身なのかは不明だ。
それでも攻撃しようとしていたが、先にオレの放った左ハイキックが直撃していた。
感触はいい。
加減は出来なかった。
レインボー・チェインの影響で調整なんて出来ない。
全力で撃ち込まないと、まともに動かないのだ!
そのリディアは分身の方であったのか、そのまま消えてしまう。
残るのは本体だけだ。
さあ、どうする?
『フライ!』
彼女が選択したのは空を飛ぶ事であったようだ。
アイス・フィールドへの対応としてはある意味正解だが。
何と、こっちに突っ込んで来る!
その手には刺突剣。
特攻ですか?
「ッ!」
『ッ!?』
剣先はオレの脇を抜けていた。
掠っていたかもしれない。
受け止めたのは失敗だ。
ショート・ジャンプで跳んでいたら勝手に場外になって終わっていたのに!
リディアと共に転がりながらそんな事を考えてました。
意図してなかった体当たりで転がりつつ、ガードポジションを狙う。
狙った筈だが、両足で挟み込んだのは頭だった。
反射的に刺突剣を持つ右手を掴んで引き込む。
三角絞め。
手首を掴み直して、肘関節を決めに行く。
そして両足をより深く組んで絞め上げた。
『クッ?』
完璧だ。
これはもう外れない。
そう時間を掛けずにギブアップが取れるだろう。
ちょっと酷いかも知れないが。
だがオレは何かを失念している気がするんだが。
何をだろう?
《試合終了!戦闘を停止して下さい!》
勝ったか?
多分、勝っている。
三角絞めを解き、立ち上がるとオレの目の前にリディアがもう立ってる。
右手、大丈夫か?
彼女は兜を左手で外す。
明らかに怒った顔。
でも半分は泣いているように見えます。
えっと、負けたのが悔しいとか?
『あ、あ、貴方ねえ!お、お、女の子の顔をこ、こ、股間に!』
「あ」
しまった。
そう言えばそうです。
でもね、仕方ないんだ!
胴体を足で組んでガードポジションになる筈だったんだ!
三角絞めになったのは偶然だ。
偶然だぞ?
『この変態!変態!変態!』
「あ、あの、落ち着いて」
『もーっ!また変な事になったじゃない!』
今度は泣いてしまった。
ああ、どうすりゃいいんだよ?
いっそ怒ってくれていた方がいい。
観客席からブーイングが聞こえているし。
待て。
待ってくれ!
オレは無実だ。
弁護士を呼んでくれ!
リディアの両脇にギルド職員さんが駆け付けてくれた。
両方とも女性だ。
どうにか宥めてくれる事を期待したいが。
若い方の職員さんが凄い目でオレを見てくれてやがります。
ああ、もう犯罪者扱いですか?
《本選第八回戦、決勝戦に勝利しました!おめでとうございます!》
《優勝によりボーナスポイントに5ポイント加算されます。合計で59ポイントになりました》
色々とおめでたくない。
ブーイングが収まってない。
そしてボーナスポイントも目標に到達していません。
【全耐性】の取得に必要なのは60ポイントであるのだ。
実に悲しい。
「全く、酷い決勝戦があったもんじゃな」
「あれは、事故です!間違いなく事故です!」
「今更、言い訳するでない!結果が全てじゃ!」
試合場を降りたらゲルタ婆様がいた。
その視線はいつにも増して厳しい。
手にした杖で頭を小突かれてしまった。
「阿呆め。装備の修復とお主の回復はするからおとなしくしとれ」
「は、はあ」
ギルド職員さんが亜氷雪竜の投槍と断鋼鳥のククリ刀を回収して渡してくれたけどね。
その態度もどこか余所余所しい。
いや、男性職員の皆さんは半笑いだ。
ゲルタ婆様が見えない角度で爆笑している。
いかん。
どうやらオレは取り返しの出来ない事をしてしまったらしい。
しくじった。
いや、これはリディアの不幸体質にオレが巻き込まれただけだ!
「陛下のお言葉もあるのでな。ここでおとなしゅうしておれ」
「はあ」
ゲルタ婆様に言われるまま、直立不動で待つ事にした。
まだ隣の試合場では団体戦無差別級の対戦が続いている。
この位置は特等席も同然だ。
晒し者になっている自覚はあるけど、甘んじて受けよう。
このまま観戦だ。
戦隊パーティは?
明らかに機動力で勝る。
シェルヴィのパーティは強固な防御力に加え、破壊力も高い。
役割分担が明確でその連携も見事な筈なのだが。
それが、崩れている!
楔を撃ち込んでいるからだ。
その立役者はピンクとブラック。
まさか、槍を棒高跳びのように使って前衛を飛び越えるとか、意表を衝いた形だ!
ブラックと共に後衛に迫ったピンクは後衛2名を次々と場外へ。
ダンジョンパイロットを背後から裸絞めに捉えて盾代わりにしていた。
シェルヴィ達も後衛を無力化されて尚、奮戦著しかった。
実質、3名で5名を相手にして互角とも思える戦いを継続して見せたのだ!
だが、数の不利を埋められなかった。
最後まで戦い続けていたのはシェルヴィ。
戦隊パーティは3名まで減っていた。
互いに凄まじい消耗を経て、ついにシェルヴィの動きが止まる。
ピットフォールに嵌められてしまっていた。
支援が無いと、こうなるのも道理だ。
しかし勝利した戦隊パーティ、勝ち残った3名も酷い有様です。
全員揃って決めポーズをする余裕も無い。
赤はHPバーが戦闘除外スレスレ、ピンクはステータス異常になっている。
黒は得物の槍を失い、シェルヴィ共々落とし穴の底に落ちている。
これではどっちが勝利しているんだか、分からない光景になってます。
観客の声援が響く。
オレとリディアの対戦とは全く異なって聞こえるのは気のせい?
違う。
絶対に違ってるよね?
「何かあったの?会場の様子が変だけど」
「いや、気にしないでくれ」
「もしかして、リディア?」
シェルヴィさんや。
地雷、地雷!
全ての決勝戦が終わった所で表彰式。
ある意味で晒し者の続きだが、ここは耐えるしか方法は無い。
オレの後ろに準優勝で表彰式に出ているリディアがいる筈だ。
その存在感が怖い。
延髄に刺突剣を喰らいそうで怖い。
きっと凄い目でオレを睨んでいるだろう。
「何か、あった?」
「言うなって」
「リディア?何て顔をしてるのよ!」
「・・・」
リディアが無言なのが怖い。
ああ、もうここから逃げ出したい!
「ようやったの」
「はあ」
「中々、面白い試合ではあったがな」
「・・・」
目の前にギルド長。
余計な事、言わないで!
こ、殺される!
「ワシの部屋は分かるな?閉会式が終わったらすぐに来てくれ」
「はい」
ギルド長から渡されたのは恐らく、優勝賞品であるのだろう。
小袋に入っているんだろうけど、重さ的に宝石じゃないだろうな。
何だろう?
後のお楽しみにしたい。
肩ベルトの小物入れに押し込んでおこう。
普段であればそこはマナポーションの指定席だ。
ギルド長が優勝者、準優勝者に声を掛け、賞品を渡している。
落ち着かない。
早く終わらないかな?
雛壇の上を見る。
「勝利せし者達に拍手を!」
観衆の声に応えた女王陛下の声が大きく響く。
どうも演説が始まるらしい。
長くなきゃいいんだが。
時に長い演説はオレを眠りに誘う。
今は首筋が寒くてそれ所じゃないが。
「で、キース。別の話なんだけど」
「何だ?」
「戦闘の準備。しておいた方がよくない?」
シェルヴィの声に含まれる警戒の色は濃い。
何を言いたいのかは、分かる。
雛壇の上に軽快すべき連中がいるからだ。
以前の魔人襲来と同じパターンであるかもしれない。
「やっぱり、そう思う?」
「そのつもりじゃなきゃいけないよな」
「私はいつでもいいけどねー」
戦隊パーティもシェルヴィの意見に賛成のようだ。
各々、警戒を強めている様子だ。
「どこで仕掛けるかな?」
「やっぱり王子様が本命?」
「宮廷魔術師も、後ろにいるのも全部か」
「何も無いって事もありそうだけど」
「いずれにしても、イベントの予感!」
うん。
その意見には賛成だ。
ゲルタ婆様も警戒している。
師匠もギルド長も、ジュナさんまでいる。
しかもこのレムトの上空には水晶竜とブロンズドラゴンが旋回しつつ警戒している。
生半可な戦力じゃない。
戦闘に突入するパターンは当然、想定している。
でも半々って所かな?
困るのだ。
師匠達がいると、オレが稼げそうな経験値は激減する。
それが本当に、困るのだ。
いてくれないとレムトが陥落されかねないんだけど。
サビーネ女王の演説は?
短めで終わったみたいです。
良かった。
女王陛下は催眠術師では無かったようだ。
眠くなってない!
「では、闘技大会を終了とする!」
ギルド長の宣言で大会は終了した。
王子様達の祝辞はないらしい。
そんな細かい所にも違和感がある。
この後、呼ばれているんだよな。
何があるんだか。
『何も無かったみたいね』
「ええ」
『雛壇にいた来賓が魔人になるかと思ったんだけど。ハズレかしら?』
「まだ、油断出来そうに無いですけど」
『いずれにしてももう少し、様子見でレムトに残ってみるわ』
「了解。また連絡するかもしれません」
フィーナさんとのテレパスを切る。
どうも観客席に詰めているプレイヤーもイベントの発生を期待している面々が多かったみたいだ。
閉会式は終わっているけど観客席でまだ佇んでいるのが分かる。
雛壇から王子様一行の姿が無くなるのを見届けて、その姿が減って行く。
では、オレも移動しよう。
新たな冒険者ギルド建屋はここ新練兵場からも近い。
レムトの町中は混雑しているだろう。
少し急いだ方がいいかもしれないな。
「じゃあ、また」
「今度逢った時は必ず対戦で勝って見せるから!覚えてなさい!」
「はいはい、こっちこっち!ガヴィも待ってるわよー」
シェルヴィ達とは控え室前で別れた。
リディアを掴まえて一緒に連れて行ってくれたのは有難い。
そうでなければすぐにでも対戦になっていただろう。
最悪、リディアの闇落ちだ。
本気で殺されかねない。
オレは別方向の出口に向かう。
ギルド建屋への近道であり、主に職員さん達が行き来している。
さて。
何の用件があるんだか。
気になる。
気になってます。
「おお、来たか」
「あ、師匠」
ギルド長の執務室の前には武装したギルド職員さん。
そして師匠もいた。
人払いをしているようだ。
「何です、これ」
「来客中でな。招かざる客じゃが真意を探るにはこうするのが手っ取り早い」
「中には例の王子様ですか?」
「うむ。だがそっちはまだいい」
「弟弟子の方ですか?」
「うむ。聞いたか」
師匠の表情は冴えない。
苦虫を一体、何匹噛み潰しているんだろう?
「ワシの家じゃがな。元々はあ奴と共に作った代物だったんじゃよ」
「では、師匠が探し回っていたのって?」
「奴じゃ。目的の為なら手段を選ばない、困った男でな」
「面倒になりそうですかね」
「他国の宮廷魔術師では迂闊に手出しするのも憚られる。困った事じゃ」
それでか。
目の前にいるのに簡単に手出しは出来ない。
苦虫も纏めて噛み潰したくもなるだろう。
「お主も中へ、一緒に来るがいい」
「いいので?」
「まあ一種の威嚇じゃな」
そうですか。
師匠がいる時点で十分だと思うんですけど。
だが師匠の言いつけでは従うべきだろう。
中に入る事に否はありませんでした。
軽く一礼して顔を上げ、執務室の中を確認する。
ギルド長が普段から執務で使っている席にはサビーネ女王がいる。
その後方にギルド長にゲルタ婆様が立つ。
簡素ながら立派な机の前には対面する形でソファ、その間にはテーブル。
座っているのは例の王子様に宮廷魔術師。
その後方に2名の法騎士が立っている。
こいつ等がオレに視線を投げ掛けるが、その目には警戒の色が浮かんでいる。
闘技大会の様子を見ていたからだろう。
そして油断は全く出来ない。
腰の位置が僅かに落ちたからだ。
襲われるようであれば反撃する、そういう動きに見えた。
師匠に目で促され、法騎士達の正面側に師匠と並んで立つ。
当然だがソファの後ろだ。
目の前のソファに座っているのは竜騎士ラーフェン、それにジュナさんだ。
王子、それに宮廷魔術師と正対している形になる。
お互い、視線だけを用いた牽制が行われているようだ。
空気が、重い!
「ご理解頂きたいものですな。魔人の流入など許せる筈も無い。討伐し民を安堵させるのは王家の使命なのだと」
「かと言って我等が王家の領土に侵攻して良い理由にはなりませんぞ!」
「侵攻とは酷い!我等は魔人討伐を手助けしようというのですよ?」
ふむ。
これが外交か。
物は言い様、腹に一物ある奴である程、その言い回しは美辞麗句になる傾向にある。
詐欺師の手口と類似する。
でも外交だとやや異なる点があるみたいだ。
お互いの腹の中が読める。
その上で相手の言質を取るのにあの手この手を使う。
そんな印象があるぞ?
「ターニャの砦近くに来ている戦力は溶岩の地の向こう側へ撤収して頂く。それも早急にです」
「どうしても?」
「どうしても」
「しかし困ったな。戦果も無く帰る訳にいかないのですよ」
今度は自分の都合も持ち出してゴネるのか。
厭味も十分に含まれているのが分かる。
「そちらの領内にも魔人がおりましょう。お戻りになられては?」
「その魔人の出所がそちら側にあるのは明白。根源を断つべく来ているのですがね」
「もう少し早く来て頂くべきでしたな。我等が領内では魔人の拠点は既に排除しております」
「本当に?」
「ええ」
雰囲気だけでお互いの隠そうとしている意図を探っているのが分かる。
いや、隠し切れていない。
言質を取られない様、慎重に言葉を選ぼうとしている。
そんな感じだ。
確かに王城は陥落、そこにいた民も兵もその殆どを失っているような有様だ。
国力の低下を悟られまいとしているが、恐らく看破されている筈。
交易があり商人の行き来があるなら情報を得ていておかしくない。
とは言っても攻めて来るにしても問題があるだろう。
護国谷にいるドラゴン達だ。
王家と交わされた誓約に則り、迎撃に回れば派遣戦力は唯では済まない。
狙っているのは?
実効支配だ。
侵略行為ではない、と主張しつつ現実には戦力を常駐させる手口だ。
黙認も妥協もすべきじゃない場面ですね。
「では我等にどうしろと?」
「派兵戦力は我等が領内から出て頂きましょう。留まるとなれば侵攻と見做しますぞ!」
竜騎士ラーフェンの口調に法騎士達の雰囲気が変わる。
オレも僅かに、腰を落とした。
得物は?
無くても十分に戦える。
ショート・ジャンプで背後に跳べばいい。
「魔人が出現して苦慮しているのであれば協力する、という意見には賛成しますけどね」
「ジュナ様?」
ジュナさんが意外な事を言い出した。
それ、言質を取られませんかね?
「おお!同意して頂けるので?」
「ええ。まずはそちらの領内で暴れている魔人と率いる魔物を駆逐しましょう」
「ジュナ様?」
「お困りなのでしょう?是非、協力させて頂きたいわ。私も行きましょう」
「え?」
宮廷魔術師シルビオがようやく発言した。
余裕のあった表情が一気に引き締まる。
「我等が王家を守護するドラゴン達も協力出来ると思いますよ?大きな力になるかと」
「お、お待ちを!」
急に王子様が狼狽する。
気付いたか。
これはジュナさんの脅迫だ。
ハッタリ、とも言える。
こっちにも国境を越えて派兵する意思はある、と匂わせた訳だ。
王家と護国谷の誓約の範疇で可能かどうかはこの際関係ない。
可能性の話なのだ。
まあオレに言わせて貰えばジュナさんだけで酷い災厄になりそうだけど。
「一旦、戻ってご判断を。宜しいでしょうか?」
竜騎士ラーフェンの言葉に返事は無かった。
王子様は隣に座る宮廷魔術師の顔色を窺うだけだ。
肝心な所で、これか。
どうも想定外の返され方をされて困惑しているようだ。
これはもう外交上の敗北と言える。
「本国とも相談せねば。それには時間が必要でして」
「即刻、退去して頂きましょう」
ラーフェンさんも素敵だ。
そう、そこは強気でいいと思う。
その言葉に力が篭っていた。
自信たっぷり、根を張った大樹の幹のように揺るがない。
そんな印象がある。
王子様はまだ何か言いたそうだったが、未練たっぷりな様子を残して席を立った。
ジュナさんも席を立つ。
「お送りしますわ、殿下」
「それには及びませんよ」
「あらあら、お見送り位は致しますわよ?魔人はまだしも、魔神もいるとなれば安心出来ませんもの」
ジュナさんは一体、どんな表情であったのか。
王子様、それに法騎士達の顔が蒼白になってる。
見たいか?
オレは見たくない。
きっと悪夢となってしまうに違いないのだ。




