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足場はオレにとってのみ不利であった。
そしてヘビにとっては最高の環境であるに違いない。
空中からの攻撃も絡み合う蔦の隙間に入られてしまうともう届かない。
厄介だ。
極めて厄介な相手になった。
まだレビテーションの効果があるから足元に心配はないが、それが慰めになってない。
逃げるなヘビ。
いや、蔦の隙間からこっちを狙ってくる。
呪文を選択して実行。
迎撃、そして動きを止めねばお話にならない。
呪文は完成している。
放たずに溜め込んだ。
既に次の呪文も選択して実行してある。
どこまで待てるか。
試してないから分からないが、出来るだけ待とう。
襲って来い。
来い!
そしてヘビの鎌首がオレに向かってくる。
「フリーズ・タッチ!」
迫る鎌首を横に叩きながら呪文を放つ。
接触しながら叩き込んだから間違いなく命中した筈だ。
だが効果を確かめている暇はない。
「パラライズ!」
これも直撃したと思うのだが、動きに乱れがない。
異常状態を示す小さなマーカーはないようだ。
その代わりにHPバーは半分近くにまで減っている。
フリーズ・タッチが随分と効いたようだ。
再び蔦の隙間へと潜り込もうとするヘビだったが、それは叶わなかった。
既に護鬼が鉈でベビの頭を両断していたのだ。
目元と口の周囲しか見えないが分かる。
いい笑顔だ。
邪悪的な意味で。
「ガヘッ」
いや、嬉しいのは分かったから!
奇声を上げると色々と怖いって!
どうもこの蔦の生えている森に出てくる魔物は基本的に弱いのだろう。
西に抜ける洞窟のスケルトン、南に抜ける洞窟のゴブリンも基本的に弱い。
たまにスライムやスケルトンドッグみたいな変り種もあるが。
アイテムを剥ぐ。
マジックマッシュルーム以来のヤバそうな代物だった。
【素材アイテム】樹蛇の毒牙 原料 品質C レア度2 重量0+
ツリーバイパーの牙。根元に毒が詰まった袋が付いている。
毒は中毒により徐々に体力を奪うタイプ。
毒かよ!
やっぱりあったか。
危険ですって!
まあそこまで気にしても仕方がないか。
それにこの時点では唯のアイテムだ。
牙そのものはユキヒョウと違ってかなり小さい。
暗器にするにしても指輪に仕込むようなタイプになるだろうし、魔物相手だと使い難いだろう。
あとは矢尻にするとか。
いずれにしてもオレが使うには工夫が必要だろう。
更に蔦を辿って下へと向かう。
途中でレビテーションが切れたが、森の迷宮に戻るまで2回追加した。
30分だ。
蔦の経路を戻りきるのに30分。
登るには1時間以上かかったと思うのだが。
呪文って便利です。
森の迷宮にはそのまま突入する。
ヘリックスはここで交替だ。
ヴォルフを召喚する。
結構、久しぶりな気がするが、連携は上手くいくようだ。
確かに戦鬼も素早い動きを見せるのだが、ヴォルフは更に早い。
影も踏ませない勢いで着実にキノコにダメージを与えていた。
安心して任せられるのは有難い。
さっさとここを抜けたいのだが、いくつかのパーティが戦闘を繰り広げていたりする。
邪魔をしないように横を抜けるには戦闘が終わるのを待つしかない。
意外な時間をかけて森の迷宮を白の広場から西方向へと抜けて行った。
スケルトンの巣窟となる地下洞窟も速攻で突っ切った。
スケルトン?
無論、蹂躙した。
そして魔石は出ない。
スケルトンドッグも出ない。
どうもスケルトン相手だとあまりいい感触がないのだが。
やはり日頃の行いが悪いのか。
平原に出る。
時刻は午後1時半。
天候は晴れ。
快晴と言って良いだろう。
そこに広がっているのはレムトの町周辺とはまた違った草原だった。
所々でいい感じで木々があったりする。
所によっては結構大きな規模の森もあるようだ。
前に来た時はちょっと見ただけで引き返したからな。
今日はもっと遠くの風景を見に行こう。
黒曜、護鬼を帰還させて残月とヘリックスを召喚する。
今日はかなり頻繁に召喚と帰還を繰り返してきていた。
レベルが上がってきているせいか、MPの減り方はかなり少なくなってきている。
それでもオレのMPバーは結構減ってしまっていた。
半分を割り込んだか。
でもお役立ち呪文の利便性を知ってしまえば使わずにいられない。
マグネティック・コンパスの呪文を使う。
進む方向はまっすぐ西だ。
では、行くか。
いない。
魔物が、いない。
草原には豊かな生命の息吹が十分に感じられていた。
野生動物が多い。
但し、どれも討伐対象ではない。
小鳥、小動物、時に野生馬のような大型の獣もいるが、どれも討伐対象ではない。
当然、襲われる事などない。
平原、とは言っても緩やかな起伏があって、その風景も行程も飽きる事がない。
ヘリックスには高度をとって広域を探索して貰っている。
今の所、目に見えて怪しい場所がないようだ。
探索範囲の幅を広げて飛んで貰っているので、残月での移動もやや緩やかだ。
ヴォルフも良く付いて来ている。
長距離を気ままに移動するのもたまにはいいものだ。
ヘリックスには悪いが、ヴォルフも残月も機嫌がいいのが分かる。
遂に怪しい場所が見つかった。
洞窟の出入り口から西方向、やや南側って所だろう。
残月の移動速度で1時間半。
本気で走っていれば1時間だな。
そこは奇妙なほど平坦な場所だった。
やや深い草叢が広がっている。
そしてその草叢の合間に獣道のように残月で通れる所がある。
いきなり草叢だらけだ。
その中心となっている場所もヘリックスには見えているようだ。
どうも村落らしき場所みたいなのだが。
村落を示す石塁と防柵は、半ば蔦に埋まってしまっていた。
緑のカーテンならぬ緑の防柵だ。
出入りできる場所は目の前にあった。
ガタガタである。
なんとか隙間を見つけてすり抜けた。
残月もなんとか通れた。
いや、通した。
先行して中をヘリックスが見て回っているので気楽なものだ。
中には誰もいない。
この荒れ様なのだから容易に想像がつく。
中は荒れ放題である。
石を積んで作られた建物らしきものは溝にまで雑草が生えていた。
恐らくは木材で組まれた建物は半ば朽ちてしまっている。
村落としての規模はレギアスより大きいだろう。
怪しい場所ではあるのは間違いない。
建物の中を1つずつ見回してみる。
壊れた食器やら家具やらが散乱しているばかりである。
おっと。
あの呪文は使っておいた方がいいだろう。
センス・マジックだ。
「センス・マジック!」
呪文の効果で魔力の宿る存在があれば気がつく筈だ。
探索を続けよう。
それでも建物のいずれにも怪しそうな場所はなかった。
だが怪しい場所が建物ではなかっただけだ。
広場である。
村落の中心部だ。
そこには殆ど崩れかけていた石像がある。
例の人魂が石像の上に浮かんでいるのが見えていた。
残月から降りて暫し考える。
これは戦闘になる予感。
予感ではなくて確定と思わないと、な。
さっきのノッカーのような相手になるのか?
こっちの布陣をどうするか。
残月で騎乗して戦うか。
他の召喚モンスターと交替させるか。
悩ましい。
だが騎乗したまま人魂に近寄っていく。
悩むようなら飛び込めってことだな。
《旅人よ》
《我らは道標》
《この村の時間を取り戻したくば試練を受けよ》
《試練を勝ち抜くが良い》
《さすれば我らは汝らの助けとなろう》
さあ始まった。
無論、《Yes》《No》の画面では《Yes》を選択する。
何が現れるのか?
出現した魔物は意外に小さい。
ノッカーを見ているだけに尚更だ。
オレよりも頭一つ小さい獣が3匹。
カワウソ?イタチ?
だとしたら随分と大きい訳だが。
なんとなくアデルが喜びそうな毛並みで可愛らしい顔つきをしている。
当然【識別】してみる。
残されし風霊カマイタチ Lv.2
イベントモンスター ???
カマイタチ?
ノッカーと同じパターンであるのならば、こいつも精霊の一種なのか?
「クルゥ?」
しかもなんか可愛らしい鳴き声だったりするし。
仕草も可愛い。
アデルなら駆け寄って抱きしめに向かってる事だろう。
そんな外見とは裏腹に、魔物たちは横一線になってこちらを警戒しているように見える。
オレの肩に止まっていたヘリックスが空中に飛んだ。
それが戦闘開始の合図になった。
「メディテート!」「ブレス!」
杖武技を自分に掛けながら残月を駆り魔物に迫る。
カマイタチの動きは?
速い。
速いが速過ぎはしないって所だ。
残月に乗っていて良かった。
オレの足では捕らえきれない速さなのは間違えようがなかった。
ヴォルフと魔物のうちの1匹は互いに攻防を入れ替えながらまるで嵐のような戦いを始めていた。
ヘリックスは?
だがそこまで気にしていられなかった。
オレの目の前にもカマイタチがいるのだ。
騎上からロッドで突いたが簡単に回避される。
既に選択してあった呪文を発動させた。
「フィジカルエンチャント・ウィンド!」
強化する相手はヴォルフだ。
本当は残月に掛けるつもりだったが、考えが変わった。
ヴォルフの戦況が互角だったからだ。
魔物は速い。
敏捷性でヴォルフと互角に見えた。
優位性を確保しておくのは悪いことではないだろう。
次の呪文を、と思っていたら背中に激痛が走る。
HPバーが2割近く削れれていた。
呪文?
いや、詠唱は聞こえなかったが。
オレの後ろにいたカマイタチのMPバーが3割ほど減っている。
そこでようやく別のカマイタチの様子を確認できた。
ヘリックスの空中からの攻撃を避けつつ何かを撃った。
呪文?
センス・マジックでは魔力の発露が見て取れた。
その輝きは白くなっている。
何やら魔力を伴う特殊攻撃っぽい。
ヘリックスはその攻撃をかなり無茶な空中機動でなんとか避けたようだ。
こいつら。
どうやら風属性?
ヘリックスは直撃を避けたようだが、体勢を立て直すのに暫く時間をかけていた。
まるで風にあおられたかのように。
残月を反転させて魔物に正対する。
今度は魔物がオレの周囲を回り込もうとしてきた。
残月がその動きに合わせて追撃を始める。
速度は魔物のほうが速い。
なんて奴らだ。
呪文を選択して実行。
カマイタチは?
残月の横に回りこんできていた。
間に合わないか?
だが魔物の横合いからヴォルフが噛み付いてきていた。
別の魔物を片付けてこっちに援護しに来てくれたようだ。
ヴォルフが喉元に噛み付いたその攻撃だけでHPバーが半分以下になっていた。
魔物が反撃を試みるがヴォルフの攻撃の方が速い。
噛み付いたまま持ち上げて地面に叩き付けた。
体を回転させて更にダメージを与えているようだ。
魔物はそれで息絶えたようである。
残るは1匹か。
「フィジカルエンチャント・ウィンド!」
残月の敏捷値を底上げする。
そして肝心の残り1匹は動かずにヘリックスの相手をしていた。
ヘリックスは魔物に迫るが、その手前で体勢を崩してしまう。
センス・マジックを通した目で魔力の壁らしきものが存在するのが見えていた。
恐らくは風の防壁。
風魔法のウィンド・シールドと同様のものだろう。
よく考えていやがる。
オレと残月に向けて烈風が襲い掛かってくる。
範囲が、広い。
避けきれずオレと残月に直撃していた。
だがそれが逆に良かったのかもしれない。
足を止めてしまっていたカマイタチの背後に迫っていたヴォルフが後ろ脚に噛み付いて振り回し始めた。
時々、地面に叩き付けながらも噛み付いた脚を離そうとしない。
そのまま魔物は息絶えてしまった。
ヴォルフ無双でした。
いてくれて助かった。
ジェリコだったら別の意味で詰んでいただろう。
《旅人よ》
《我らは道標》
《汝は我らの試練を勝ち抜いた》
《我らは旅人達の助けとなろう》
《励むべし》
《挑むべし》
《努力する者に祝福を》
《祝福を》
広場で揺らいでいた人魂が分かれて何処かへと飛んで行く。
何が始まるのか、判別がつかない。
《只今の戦闘勝利で【杖】がレベルアップしました!》
《W2のエリアポータルを開放しました!》
《ボーナスポイント3点が加算されます。合計で13ポイントになりました》
分かるのはやはりここもまたエリアポータルであった、という事だけだ。
何気に全員がダメージを喰らっていた。
ポーションを全員に与えて回復、オレだけはポーション1つだけでは全快に程遠いので回復呪文をかけた。
「ファイア・ヒール!」
《これまでの行動経験で【火魔法】がレベルアップしました!》
随分と長かったが火魔法もレベルアップした。
つまりあとは火魔法と風魔法、土魔法、水魔法の呪文を連続使用する事で新たな魔法系統を得る事になる。
多分、そうなる。
悩みがなくはない。
これ以上、魔法技能を取得するかどうか。
生憎と今日だけでエリアポータルを開放した事でボーナスポイントが加算されてきている。
うん。
取得、しちゃうんだろうな。
《フレンド登録者からメッセージがあります》
色々と戦後処理をしているうちにメッセージが来ていた。
フィーナさんからだ。
『カヤの所のギルドメンバーが火魔法+土魔法で新しい魔法系統の溶魔法を確認。呪文データ送っておきます』
へえ。
カヤ、といえば鍛冶屋繋がりだな。
添付されているデータを開けて呪文を確認してみる。
ヒート・メタル 金属を熱する、接触でダメージ判定あり
シェイプ・チェンジ 固体を柔らかくして変形させる
ディフェンス・フォール 一時的に対象の防御力を低下させる
一番最後の呪文には惹かれるものがあるな。
堅い相手と言えばブランチゴーレムなんだが、あのサイズなら投げたり出来る。
だがサイズ的に殴る蹴るは無論、投げるにしても大変なサイズの魔物だって出てくるだろう。
実際に数が少ないが目にしている。
そうなるとこういった支援呪文がないと先々厳しくなるのは目に見えている。
うん。
火魔法がレベルアップした事だし、取得に向けて動くとしようか。
メッセージに返信しようかと思ったが。
試してみようか。
テレパスの呪文を選択して実行する。
呪文詠唱は短めで、すぐに終了したようだ。
ウィスパー対象を指定する画面が出てきたのでフィーナさんを指定する。
『フィーナさん、聞こえますか?』
『え?キースなの?』
『はい。テレパスの呪文です。今、いいですか?』
『大丈夫。今はボス戦トライ組がなんとか成功して休憩中。時間ならあるわ』
『メッセージ受け取りました。まあそれだけなんですけど』
『テレパスのテストって所ね。普通のウィスパーと変わってないみたいね』
『じゃあ他にパーティメンバーにも聞こえてますか?』
『ちょっと待って』
暫し待つと返信が来た。
『個人限定みたいね』
『そうですか。では完全にウィスパー機能を踏襲してないみたいですね』
『それでもこれ、便利よ?完全に内緒話ができそうだし』
『みたいですね。かなり離れてる筈なんですが』
そう。
ここは残月の脚力で1時間半以上駆けたほどの距離がある。
距離の問題を一気に解決する便利呪文っていいよね。
転移呪文のリターン・ホームも便利だし。
『それで今はどの辺りにいるの?』
『そこから西です。マップで言えばW2のエリアポータルにいます』
『色々と進んでいるみたいね。あ、そうだちょっと待って』
なんだ?
何か用件があるのかね。
『明日の朝、レギアスに来れるなら紹介しておきたいギルドメンバーがいるけど』
『ギルドメンバー、ですか?』
『ええ。以前、宝石を持ってたでしょ?その専門家』
『え?』
『ラピダリー。宝飾職人よ』
おお、そうだ。
これまでの所、死蔵になってる。
どういった利用方法があるのか、聞いておくのもいいだろう。
『分かりました。顔を見せるようにします』
『待ってるわ』
『ではこれで。また明日にでも』
『了解』
ウィスパーを切る前に効果時間の残りを確認しておく。
呪文1回分で3分間といった所か。
MPバーの減りはさほど大きくない。
これ、いいな。
今後も活用して行きたい。
主人公 キース
種族 人間 男 種族Lv8
職業 サモナー(召喚術師)Lv7
ボーナスポイント残13
セットスキル
杖Lv7(↑1)打撃Lv4 蹴りLv4 関節技Lv4 投げ技Lv4
回避Lv4 受けLv4 召喚魔法Lv8 時空魔法Lv1
光魔法Lv4 風魔法Lv4 土魔法Lv4 水魔法Lv4
火魔法Lv4(↑1)闇魔法Lv4 氷魔法Lv2 雷魔法Lv2
木魔法Lv2
錬金術Lv4 薬師Lv3 ガラス工Lv3 木工Lv3
連携Lv6 鑑定Lv6 識別Lv6 看破Lv2 耐寒Lv3
掴みLv6 馬術Lv6 精密操作Lv6 跳躍Lv3
耐暑Lv3 登攀Lv3 二刀流Lv3 精神強化Lv3
高速詠唱Lv2
装備 カヤのロッド×2 カヤのトンファー×2 雪豹の隠し爪×3
野生馬の革鎧+ 雪猿の腕カバー 野生馬のブーツ+
雪猿の革兜 暴れ馬のベルト+ 背負袋 アイテムボックス×2
所持アイテム 剥ぎ取りナイフ 木工道具一式
称号 老召喚術師の弟子、森守の証、中庸を望む者
呪文目録
召喚モンスター
ヴォルフ ウルフLv6
残月 ホースLv4
ヘリックス ホークLv4
黒曜 フクロウLv4
ジーン バットLv4
ジェリコ ウッドゴーレムLv3
護鬼 鬼Lv3
戦鬼 ビーストエイプLv2




