61
時刻は午後4時過ぎ。
今いる場所はレギアスの村へと通じる街道である。
予選が終わった後、オレは残月に乗ってレムトの町を全速力で駆け出していた。
記憶は定かではない。
理由はどうでもいい。
できるだけ強い相手が良い。
体を動かしたかったのだ。
思いついた最もタフで厄介な相手、それがはぐれ馬だ。
できれば暴れ馬がいいのだが。
コール・モンスターではぐれ馬を目の前に誘導して相手をして貰っていた。
うん。
とりあえず3頭狩った所でかなり気分が鎮まったようだ。
そして。
コール・モンスターで呼べるはぐれ馬がいなかった。
そこで訳もなく怒り心頭です。
八つ当たりもいい所だ。
とりあえず暴れギンケイ(オス)に相手をして貰った。
更にそこからはぐれ馬を2頭追加で屠る。
ようやく落ち着きを取り戻すことができた。
何してんだか。
反省。
時刻は午後6時をいつの間にか過ぎていた。
よし。
今、オレは、冷静になれている。
試合観戦は実に楽しかったんだけどな。
いざ自分の試合ともなるとストレスが発散できない展開が多かった。
不戦勝の空虚感ったらない。
レギアスの村に到着した。
少し早いが夕飯にするか。
優香が店番をしている屋台で煮込みとパンを買い込む。
屋台裏のテーブルでゆっくりと食事を摂りながら今日の試合を思い返した。
確かに試合時間は短かった。
あっさりと勝利したように見える。
いや、魔法使い系が相手だと、近接戦闘に持ち込めば比較的簡単に勝てるってことだろう。
よくよく思い返せ。
戦闘ログも見返してみた。短いけどな。
戦況が一方的に進んだのは偶然のようにも見える。
特に第四回戦だ。
別の行動をしていたら、オレの方が一方的に矢の攻撃を受け続けていてもおかしくない。
よし、頭がいい感じで冷えてきた。
明日はもう本選だ。
参加するのであれば当然、真面目に取り組むつもりだ。
「あらキースじゃないの。丁度良かった」
「こんばんは、サキさん」
サキさんは何やら嬉しそうな表情をしている。
何かいい事、ありました?
「暴れ馬のコードバンなんだけど。本気でもっと欲しいわ」
「いや、さすがにちょっと難しいと思いますが」
「まあそうなんでしょうけど。暴れ馬は遭遇情報も少ないし困ったことだわ」
「そうでしょうね」
「あれで作成するといい経験値稼ぎになるみたいなのよね」
「そうなんですか?」
「ええ。プレイを始めたばかりの子に手伝わせたらあっという間に技能レベルがアップしてたわ」
「へえ」
「あら、いけない。依頼の件だけどちゃんと終わらせてるから」
「え?」
「仕上げが残ってるわ。貴方の胸当ての肩の部分だけどここで着けちゃうから。胸当ては渡して頂戴」
「はい」
机の上に革鎧と幅広のベルトが並べられた。
パッと見るだけでも今までの装備よりも上だと分かる。
「出来たんですね?」
「勿論。なかなかの出来だわ。自信作よ」
革鎧は腰から上を覆うタイプだ。
両脇腹の所でベルト留めになっていて、装着も一人で楽に出来そうである。
そしてベルト。
腰の周囲に巻くものと肩から腰に斜めに装着するものになっている。
その表面は素材の鏡面ではない。
恐らくは邪蟻の甲を使って補強してあるのだろう。
見覚えのある鈍い輝きであった。
革鎧はサイズ違いでもう1つある。
護鬼のものだ。
足の防具はブーツというより脛当てに近い。
サキさんはオレが脱いだ胸当てから左肩に雪猿の皮を外して革鎧に取り付け始めている。
仕事、早過ぎです。
そうしてあっという間に出来上がった革鎧を【鑑定】してみるとこんな感じである。
【防具アイテム:革鎧】野生馬の革鎧+ 品質C+ レア度3
Def+10 重量8 耐久値170
野生馬の皮製の鎧。皮は柔らかいまま加工して動きやすさを優先させている。
[カスタム]
左肩に雪猿の皮を用いている。
全面に邪蟻の甲を用いており、防御点と耐久性の向上を得た。
お見事。
胸当てに比べたら歴然の差だ。
腰周りに両腕の防具も同じセットになっていた。
左腕の分は更に雪猿の腕カバーを重ねて装備する。
少し動いてみたが、感覚的にもよく馴染むようである。
続いてベルトも【鑑定】してみる。
【防具アイテム:ベルト】暴れ馬のベルト+ 品質B- レア度4
Def+2 重量2 耐久値100
暴れ馬のコードバンで作られたベルト。肉厚でありながら柔らかく美しい。
[カスタム]
全面に邪蟻の甲を使用し、僅かながら防御点と耐久性の向上を得た。
※《アイテム・ボックス》拡充+1判定、懸架装備重量判定上昇[微]
「サキさん、拡充ってありますけど何でしょう?」
「ああ、それね」
詳しい説明を聞いたんだが、長くなったので簡単に纏めてみよう。
そそもそも《アイテム・ボックス》とはどういった仕様なのか。
収納数は種族レベルに依存して増えていく計算になる
《アイテムボックス》に入れて持ち歩ける単位を数式で表すと以下のようになる。
種族レベル×種族レベル=収納単位
これは覚えていた。
現在のオレの種族レベルは7だ。即ち、7×7=49単位分となる。
そして《アイテム・ボックス》に収納できる重量制限は1単位あたりで重量2となる。
例えば森の迷宮でブランチゴーレムを倒して得られる原木は重量2だ。
今のオレならば49個の原木を持ち運べる計算になる。
因みにこれは把握してなかった。
そしてこの1単位には他にも定義がある。
・収納可能サイズはタテ長(cm)+ヨコ長(cm)+高さ長(cm)=200(cm)で1単位上限の容積として計算。
・水のような液体、その他不定形なモノは容器必須。
色々抜けてました。
サキさんにあきれられました。
今更ですけど。
そして《アイテム・ボックス》拡充+1判定だと種族レベル+1として計算されるらしい。
即ち、8×8=64単位分となる。
凄いじゃないの。
種族レベルが上昇するに従って効果も大きくなる計算だ。
ベルトそのものも品質B-と高い。
文句などある筈もない。
「さすがに加工費が安くないですか?」
「いいわよ。買い取ったアイテムでそこそこ儲けてるし大丈夫」
「はあ」
「暴れ馬のコードバンとまでは言わないけど野生馬の皮はもっと欲しいわ」
「ああ、さっき狩ったものがあります」
はぐれ馬ならさっきまで狩ってました。
獲物の野生馬の皮を机の上に並べていく。
昨夜の獲物もついでに取り出しておいた。
「リック!こっちにこれる?」
「大丈夫です」
不動に店番を任せてリックも来た。
早速、オレの持ち込んだアイテムの買取り計算を始める。
オレのほうはといえばヘリックスを帰還させて護鬼に防具を装着させてみる。
革鎧も脛当てもオレが装備しているものに匹敵する性能がある。
前衛でも十分やれる。
いや、もうやってるけどね。
サイズはやや大きめだったが、留め具で若干の調整が効くようである。
護鬼には慣熟戦闘をさせておこうか。
周囲の目もあるのでコートを着せておく。
「ああ、そうだ。野兎の胸当てはどうするの?買い取ってもいいけど」
「売ります」
「予備にして持っておく選択も悪くないわよ?」
「いえ。この防具を見ちゃうともう戻れそうにないです」
「そう。じゃあこれは仕立て直して売り物にするわ」
リックが追加で計算をしてくれた。
合計でそこそこの金額になっている。
何か大きな買い物ができそうなんだが、追加で欲しい武器防具は特にない。
なんか勿体無いな。
かと言って投資するようなものもない。
宝の持ち腐れになりはしないか?
それにプレイヤー・キラーの的にされたら?
怖い考えになってきた。
机に座ったついでにサキさんとリックは夕食を摂りはじめた。
そして雑談タイムである。
その中でリックが思い出したかのように話題を振って来た
「そうだ。大会の予選は今日までだったんだっけ?」
「キースは予選はどうだったの?」
「突破はしました」
「おお」
「凄いじゃないの」
褒めてくれるのは有難いが内容的にはどうなんだろう。
いかん。
また負の感情がオレの中で生まれてしまいそうだ。
「私達は直接観戦できないけどフィーナ達は行ってるわ」
「戦闘ログは全プレイヤーに公開だから様子はそれとなく分かるし」
「そうですか」
「月並みだけどがんばってね」
「はい」
その後も少しだけ雑談を続けた。
話題は主に闘技大会の様子だった。
まあゆったりとした時間を過ごすのもいいだろう。
屋台の方が忙しくなってきたタイミングで辞去することにした。
不動と優香には目礼のみ残しておく。
フィーナさん達がいないのでは人手が不足気味なのだろうし、いつまでも邪魔しちゃいけない。
既に時刻は午後7時になっていた。
夜の布陣にしておこう。
レギアスの村を出ると残月を帰還させ、ジーンを召喚した。
護鬼の装備は強化してある。
オレともども、最初から前衛で狩りをやってみよう。
時刻は午後10時過ぎ。
狩りは順調に進んでいた。
大会期間中は他のパーティも夜の森では少なかったのだが、今日は戻ってきているようである。
蟻球ができかけていた所にも遭遇する。
そのパーティの魔法使いが全体攻撃魔法を使ってイビルアントの群れを薙ぎ払っていた。
恐らくはファイア・ストームだろう。
蟻玉からは戦士が救出されていた。
無事のようだな。
精神的にも無事であることを祈っておこうか。
それにしても全体攻撃呪文は派手だな。
そして羨ましい。
オレがその呪文を使えるようになるのは何時になるのだろうか。
森の中でオレはほぼ素手だけで戦い続けていた。
特に考えがあってのことではない。
拳で殴る感触が心地よいのだ。
アリ相手だと拳だけでなく掌底も使ってみる。
肩叩きの要領でもぶん殴る。
うん。
鬱憤晴らしじゃないよ?
護鬼の様子はといえば実に楽しそうだ。
アリの関節部を鉈で断つ。
新たな戦い方を覚えたらしい。
コラコラ、脚を全部もいで嬲るんじゃいけません!
ちゃんと頭を落としなさい!
ジーンと黒曜の奇襲攻撃も手馴れたものだ。
暴れギンケイのメスは無論のこと、オス相手でも2匹だけで倒しきっている。
まあ相手は鳥ではあるけれど基本的に飛べないからな。
空を飛べるというのは圧倒的に優位な立場になる。
実に頼もしくなったものだ。
師匠の家の近くでギンケイの巣を襲おうとしていた所、奇妙な人影を見た。
例のグレーのマーカーである。
こっちは樹上にいる。
護鬼も樹上に登らせて静かにするよう念じておく。
オレの傍に黒曜とジーンも佇んでいる。
うん。
様子を見よう。
そのマーカーの人物はコートから頭だけを出して周囲を窺うようである。
いや、視線の先に何かを見ているようだ。
【識別】してみても反応はない。
オレのいる樹上からは見え難いが、どうやらプレイヤーがいるようだ。
黒曜とジーンにはハッキリと見えているらしい。
オレもやや目を凝らしてみたら緑のマーカーが見えていた。
その数は5つだ。
グレーのマーカーは少しずつ移動していた。
いや、そのマーカーの人物以外にも4つのグレーのマーカーが見えていた。
互いに無言のうちに、音を立てないようにもう一方のパーティの後ろ側へ回り込もうとしている。
その行動はどこまでもPK行為にしか見えないんだが。
グレーのマーカーの一団は遂にオレのいる木の下を過ぎ、獲物であろうパーティの後ろ側を確保した。
そしてそのパーティは魔物からアイテムを剥いでいる様子である。
どうする。
見過ごしていいのか?
グレーのマーカーの連中に目を凝らす。
なんとなくだが、そのうちの一人の横顔をジッと見つめる。
どこかで会ったような。
改めて近寄ってきていた連中を【識別】してみると2人が引っ掛かった。
笹目 Lv.6
バンデッド 警戒中 反撃許可あり
太郎 Lv.6
ブラックソーサラー 警戒中 反撃許可あり
《PKプレイヤーと確認されました。討伐が許可されます》
どうやら【識別】したついでに【看破】したようだ。
ん?
こいつらって以前、オレにPKを仕掛けた連中じゃなかったか?
その2人のマーカーにはグレーと緑の2色が重なる表示になっていた。
さて、どうしようかね。
一つのアイデアを思いついていた。
何故そんなことを思いついたのか、理由は分からない。
いかん。
唇の端が笑みで歪みそうで困る。
呪文を選択して実行。
できるだけ小さな声で詠唱が進む。
呪文が完成した。
「コール・モンスター!」
呼び寄せる魔物を選択して誘導しよう。
何を?
イビルアントだ。
周囲には数えるのがイヤになるほど蟻がいる。
その殆どはパッシブだ。
今までは1匹ずつ呼んでいたんだが、複数はいけるか?
やってみたらいけるじゃないの。
呼べ、呼んでしまえ。
獲物を狙う狩人達の背後にイビルアントの群れが急速に出来上がりつつあった。
オレ、そんなに呼んでないんだけど。
いや、誘導されたアリが周囲のアリを続々と呼び寄せているのだろう。
アリの集団はオレが意図していた規模を遥かに超えてしまっている。
遂にオレの眼下にまで到達した。
獲物を狙っていた者達は立場を変えて獲物と化したようである。
魔物を示す赤のマーカーの集団がグレーのマーカーに襲い掛かっていった。
オレは樹上から降りずに事態の推移を見ていた。
トラウマものだ。
プレイヤーキラーの5人組は未だに死に戻りしていない。
ブラックソーサラーは呪文を唱えようとしていたようだが、呪文詠唱が成功するはずもない。
悉く数の暴力で潰されていく。
そしてジリジリとHPバーが削れているのが見えている。
オレが【看破】した2人以外も何者なのかも【看破】し終えていた。
その時点でインフォで【看破】がレベルアップしていた事を伝えてきている。
でもそれ所ではない。
どこかで見た風景。
ホラー映画で大型のアリが人々を襲う作品って昔あったよね?
パニック映画の方だったかもしれないが。
プレイヤーキラーに狙われていたパーティはこちら側に全く気がつかず去っていたようだ。
それはいい。
オレが樹上から降りられない。
どうしろと?
まあ自業自得な訳ですが。
足元には3つ、少し離れて2つの蟻玉が出来上がっていた。
包囲されてるようなものだ。
仕方がない。
樹上から樹上へと飛び移るしかないだろう。
黒曜とジーンは問題ない。
護鬼はどうするか?
装備を外して帰還させておこう。
そして跳躍。
隣の木の枝へと跳び移る。
念のためもう2回ほど樹上で跳び移ってその場を離れた。
危なかった。
コール・モンスターも使いようだな。
自らも危険に陥りかねない諸刃の剣だ。
そしてイビルアント。
改めて怖いよイビルアント。
今まで散々稼がせて貰っててゴメンナサイ。
出来れば今後とも稼がせて頂ければありがたい。
うん。
見直しはするけれども反省はしない。
仲間を呼び寄せる魔物は中々おいしい相手だ。
逃す手はない。
但し、用法用量を守って正しく利用すべきだよな。
師匠の家に入るとさっさと召喚モンスターを帰還させて装備を外し、ベッドに潜り込んだ。
最後のイビルアントの群れには肝が冷えた。
昼間とはまた別の気分に浸りつつログアウトすることにした。
主人公 キース
種族 人間 男 種族Lv7
職業 サモナー(召喚術師)Lv6
ボーナスポイント残5
セットスキル
杖Lv6 打撃Lv4 蹴りLv4 関節技Lv4 投げ技Lv4
回避Lv4 受けLv4 召喚魔法Lv7
光魔法Lv3 風魔法Lv4 土魔法Lv4 水魔法Lv4
火魔法Lv3 闇魔法Lv3 氷魔法Lv1 雷魔法Lv1
木魔法Lv1
錬金術Lv4 薬師Lv3 ガラス工Lv3 木工Lv3
連携Lv6 鑑定Lv6 識別Lv6 看破Lv2(↑1)耐寒Lv3
掴みLv5 馬術Lv5 精密操作Lv6 跳躍Lv2
耐暑Lv3 登攀Lv3 二刀流Lv3 精神強化Lv3
高速詠唱Lv2
装備 カヤのロッド×2 カヤのトンファー×2 雪豹の隠し爪×3
野生馬の革鎧+ 雪猿の腕カバー 野生馬のブーツ+
雪猿の革兜 暴れ馬のベルト+ 背負袋 アイテムボックス×2
所持アイテム 剥ぎ取りナイフ 木工道具一式
称号 老召喚術師の弟子、森守の証、中庸を望む者
呪文目録
召喚モンスター
ヴォルフ ウルフLv6
残月 ホースLv4
ヘリックス ホークLv4
黒曜 フクロウLv4
ジーン バットLv4
ジェリコ ウッドゴーレムLv3
護鬼 鬼Lv2




