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ログインすると東の空がやや白んでいた。
西の空には月がまだ残っている。
今日も朝から木工作業だ。
時間はかなり適当で、朝飯食ってから来て、としか言われてない。
いや本当に。
いいんだろうかね?
残月、ヘリックス、黒曜を召喚してレムトの町へと向かう。
森を抜け、草原に出ると、プレイヤーの姿が昨日より多く見かけるようになった。
明らかに多い。
やけに忙しなくなったものだ。
レムトの町に到着。
ここも明らかに人が多くなってきている。
冒険者達だ。
そして冒険者ギルドの建屋周辺も人で溢れている。
恐らくは回復アイテムなどの購入待ちだ。
それだけ先に進んで攻略を進めたいプレイヤーが多いって事だろう。
闘技大会の事もある。
通りにあるプレイヤーがやっている屋台で朝食を買い込み、広場の水飲み場で食べた。
今日は座れそうな場所が何処にも無かったのだ。
水も補給して昨日の作業をした弓専用の射撃場へと向かう。
ニルスさんがもういたらいいんだが。
馬留めに残月を繋ぎ、ヘリックスと黒曜を鞍の上で留守番させ、作業場に向かった。
まだ朝日が影を作っているというのにもう作業は始まっていた。
椅子ではなく机作成の部署のようだ。
そして頭上にはフラッシュ・ライトが照明代わりに浮かんでいる。
まさか。
徹夜でもしたのか?
「おはようございます」
「「「おはよう」」」
ガテン系NPCの皆さんの返事がやけに響く。
まだまだ意気軒昂って所だ。
その様相は明らかに徹夜明けなんだけどね。
職人すげえな。
「やあキース、おはようさん」
「おはようございます、ニルスさん」
「助かるよ。こういっちゃなんだが毎朝人が集まるか心配になるんでね」
「ニルスさん、まさか徹夜ですか?」
「いや、これでも途中で十分に寝てるからね」
その台詞ですが。
似たような事を言っていた人を知っています。
その人は病んでから初めて会社を休んだっけ。
ワーカホリックなのも良し悪しだと思います。
「今日は昨日の続きですか?」
「そうなるね。多分だけど今日の昼前までに済ませてくれると助かるかな?」
面取りを待つ部材の山を横目で見る。
結構、あるよね?
「微力を尽くします」
「済まないね。私は机と棚の組み立てと仕上げをやってるから。何かあったら連絡してくれ」
「はい」
指示を終えると自分の持ち場に向かう。
今日は周囲でオレの作業を見ている人はいない。
昨日、作業工程の流れは既に見ている。
こっちに作業員が来るときは、作業棚に面取りし終えた部材を取りに来る時だけだ。
いい機会だし、錬金術で作業時間を短縮しておこう。
作業開始は朝7時半あたり。
そして積んであった部材の面取りを終えたのは10時前だった。
無論、作業した結果は品質C以上である。
周囲の掃除も余裕で済ませておく。
整理・整頓・清掃は製造業では基本だ。俗に3S活動と呼ばれるものになる。
これに清潔・躾を加えて5S活動と呼んで、企業風土として定着させるものも有名だが。
まあ言われてやってるうちは実になっていないという矛盾を孕んでいる。
陳腐化したらどんなお題目も有効な物になり得ない。
組織が先なのか。
人が先なのか。
オレは両方の化学反応こそ重要、と思っている。
実にファジーな逃げ道なんだけどな。
朝から居てこの時間まで、ここの作業場にはウッドワークマスターのラウノさんの姿を見ていない。
これはちょっと組織としてどうかと思ってしまう。
現場指揮を他部署の人間にさせておいて放置とかどうなのよ?
「面取りは終わりました」
「ええ?早いじゃないか」
荷台に置かれた部材を見てニルスさんも驚いたようだ。
「では次の工程を手伝って貰おうか。私も一緒に作業するよ」
「はい」
次の工程は部材を組み立てる前段階だ。
ほぞ穴を空ける。
そのほぞ穴に嵌め込む形に部材の先端を細くする。
平ほぞ接ぎだ。
2箇所だけ長ほぞ込の栓打ちを入れた構造になっていた。
使う工具はノミにノコギリ。
現代で使っているような代物ではない。
それにサイズを測りながらだから当然作業は慎重なものになる。
いきなり難易度が跳ね上がっている気がするんだが。
ここはメイキング技能も見ておくか。
面取り作業では何も手を加えずとも品質Cを確保できていたからまるで気にしていなかったのだ。
ここは当てにした方がいい。
測定 サイズを測る
木挽 原木から材木として切り出す
切削 材木から部材を切り出す
乾燥 木材を乾燥させる
研磨 木材表面の凹凸を滑らかにする
着色 表面に色を付ける
塗装 表面を塗料で保護する
接着 木材同士を接着する
彫刻 木材表面に文様を刻んで芸術性を与える
組立 部材を組み立てる
接ぎ手 部材同士を組む構造を作成する
合板作成 異なる部材を組み合わせて合板を作成する
錬金術や薬師のメイキング技能に比べたらあっさりしている。
だが使えそうな技能は一通り揃っているようだ。
それでも少し、いや、かなり不安だったので器用度の底上げをしておこう。
小声でフィジカルエンチャント・アクアの呪文を唱えておく。
それでは挑戦といこうか。
平ほぞにせよ何にせよ、凸側を作るのはいい。
だが凹側が問題だ。
幾つか作り上げたものはなんとか品質C-で済み、ニルスさんからもちゃんと使えると認めて貰えてはいる。
だが納得はしていない。
フィジカルエンチャント・アクアの効力が切れた後も続けて呪文を追加投入だ。
その次に出来上がった物も品質C-である。
その次も品質C-になった。
かなり悔しい出来だ。
一旦手を止めて気分を落ち着けるために水を飲む。
ニルスさんが仕上げた部材を【鑑定】してみると品質C+だった。
因みに彼が仕上げていく速さはオレの倍近くにもなる。
その手際は見事だ。
なによりも作業に迷いが無い。
時々交わす会話では軽く「自分に自信を持つことだね」とコツでもなんでもない事をアドバイスされる始末だ。
ガラス工房でも作業を近くでそう多く見てはいないのだが、まるで別の製造工程でも職人ならば通じるものがあるんだろう。
少し羨ましくもある。
昼飯の時間が迫っていたその時、念願のインフォが脳内に響いていた。
《これまでの行動経験で【木工】がレベルアップしました!》
うん。
これで少しはいい結果が出るかと思ってました。
そこまで甘くなかったようです。
3つ連続で品質C-である。無論、器用値の底上げもしてあった上でこの品質である。
そしてその次にようやく品質Cが出来上がった。
目出度い。
だが作業スピードの遅さはどうにもならなかった。
実に出来のいいお手本を傍で見ているだけに焦りを感じていた。
どうせやるならよりいい物をより早く提供する。
そうでなくては真面目にやる意義も薄れようってものだ。
だが。
奮起した所で昼飯中断となった。
間が悪いったらありゃしない。
昼飯は支給のものだったが十分に旨かった。
簡単なモツ煮込みにパンである。
但し、量が多かった。
ガテン系半端ないです。
オレだってたまに大盛りラーメンを食いたくなる事だってあるが、毎日は食えない。
1杯で2日分のカロリーを一食で摂取とか無理。
さすがにそこまでモツ煮込みは多くはなかったが、それに通じる量はあった。
なんとか残さず完食する。
満腹度はマックスを確実に飛び越えていた。
さて午後の作業だ。
食事を終えたらすぐってあたり、現代と休憩時間の事情が違っている。
休憩をとりたい者は勝手に休憩をとってしまうのだ。
作業も自分のペースで進める。
それでいて自分の仕事には非常に高いプライドがあるものらしい。
これではなかなか予定を組んで仕事を進めるのが難しいだろう。
まあ分からなくはないが。
オートメーション化した流れ作業を知っていると、なんとも歯痒い感覚になる。
品質管理の考え方も無用の長物である。
おっと、いかんな。
自分の受け持った仕事をやろう。
午後の作業はなかなか上手く進行した。
途中でニルスさんが「じゃあ後は任せた!」と別の工程に回ったほどだ。
うん。
でもまだ手作業で品質Cの維持が精一杯だから錬金術の短縮再現は使いたくない。
あれを使うと品質が若干、どうしても低下するからだ。
せめて品質C+が作れるようになってからじゃないとな。
納品に関してはオレにもプライドがある。
そして手作業を黙々と続けていたらインフォが来ていた。
《これまでの行動経験で【錬金術】がレベルアップしました!》
《これまでの行動経験で種族レベルがアップしました!任意のステータス値に1ポイントを加算して下さい》
ステータス
器用値 15
敏捷値 15
知力値 20(↑1)
筋力値 15
生命力 15
精神力 20
うむ。
なかなか美しい数字の並びである。
予定通り、知力値を上げるとステータス値は全て5の倍数になった。
美しいぞ。
《ボーナスポイントに2ポイント加算されます。合計で13ポイントになりました》
《取得が可能な補助スキルに【設計】が追加されます》
《スキル取得選択画面に移行しますか?》
とりあえずスキル取得はパスしておく。
つか【設計】って何だよ。
今の所、取得するだけの理由がない。
おっと。
作業だ作業。
器用値を底上げして作業を続ける。
こういっては何だが、道具も借り物だし何とかカイゼンは加えたい所だ。
昨日からやってた面取りだってカンナがあったら楽なんだし。
いかんな。
自前の道具を揃えたくなって来た。
木工道具ってどこで売ってるのかな?
今日の作業も終盤となって、ようやく品質C+が1つだけ作成できた。
だが次に出来上がったのは品質Cである。
これは手強い。
ポーション作成もかなり腕を上げるのに苦心したと思うが、木工も大変なものだ。
でもそれなりに楽しい。
少し離れた所では、砥の粉らしきもので表面を塗り、布で磨いていたり。
その次の工程では何やら樹液みたいなもので表面を処理していたり。
少ないながらも組み立て工程も見た。
モノ作りは見ているだけでも十分に楽しいものだ。
「どうだい?興味あるかな?」
「ああ、ニルスさん。一応棚に置いてあった分は終わりました」
「うん。確認しておくよ。明日も多分、同じ作業になると思うよ」
「はい」
「ちょっと早いけど今日はここまでで。明日以降だけど別の作業もやってみる?」
「興味はありますね」
「そう言うと思ったよ」
そう言うとオレの肩を叩いてニルスさんは笑った。
「いいね。見所があるよ」
いい笑顔だ。
褒めて伸ばすタイプだとは以前から思っていたが、こうやって人心を掌握するのも手である。
結構上手いやり方なんだよな。
腹黒な管理職でもよくやる手段ではある。
ニルスさんは素なんだろうかね?
まあ気にしても仕方がないが。
作業場となっている射撃場を辞去すると、軽く夕飯にした。
いや、食わなくてもいけそうな気もしたが、夜遅くまで森で狩りをしたい気分なのだ。
補給は大事です。
レムトの町を後ろに見ながら西の森へと向かう。
なんと、この時間では非常に珍しい事だがMPバーが満タンに近い状態なのだ。
朝に召喚した以外、フィジカルエンチャント・アクアしか使ってないし。
夜の狩りは少し豪勢に呪文を使ってみるか。
森に到着したのは午後6時半といった所だ。
十分に時間はある。
少々勿体無いが、残月とヘリックスはヴォルフとジーンと交代する。
残月はともかく、ヘリックスが今日はまるで活躍していない。
どこかで機会を作りたいが、今の依頼がある以上、我慢して貰う他ない。
すまぬ。
帰還はさておき、召喚の方ではMPへの負担はかなり減っていた。
2匹を召喚し直してもMPバーは9割近く残っている。
よし。
やるか。
ヴォルフ、黒曜、ジーン、そしてオレの全員に強化呪文をかけていく。
フィジカルエンチャント系のうち、ファイアとアースを全員分だ。
大盤振る舞いだが、それでもMPバーは6割ほど残った。
十分だ。
視界の確保が必要なのはオレだけだから、ノクトビジョンをオレだけにかけておく。
で、狩りはと言えば。
序盤は黒曜とジーンを使い、暴れギンケイを捕捉次第奇襲を仕掛けまくった。
オレはと言えばバチを左右それぞれに持って殴りまくる。
暴れ太鼓だ。
太鼓の代わりに魔物を殴ってるようなものだ。
戦う相手は多いほどいい。
イビルアントは放っておけばいくらでも沸いて出てくれる。
新しい戦闘スタイルをより熟達させたいのだから、こっちにしても都合が良い相手だった。
だが何かが違う。
確かにそう感じていた。
なかなか上手くいっているように見えるが、物足りなかった。
そう、足りないのだ。
それが何であるのか、自分でもハッキリと説明し難いのが歯痒い。
何が足りないのだろう。
イビルアントばかりを相手にすると飽きるので、樹上の暴れギンケイの巣も襲っておく。
それにも飽きそうになったら今度はイビルアントを相手に殴りまくりである。
狩場が森の深い場所だったせいか、パラレルラクーンやブラッディウッドとも戦っている。
狸の魔物であるパラレルラクーンは問題にならない。
簡単に狩れる。
だがブラッディウッドはバチで攻撃してもあまり効果的ではなかった。
ロッドでもあまり効果的じゃなかったからそれはいいんだが。
隠し爪も効き難いのだ。
そうなると森の迷宮にいるブランチゴーレムあたりだと更に効き難いのだろうと予測がつく。
《只今の戦闘勝利で職業レベルがアップしました!》
《取得が可能な補助スキルに【精神強化】が追加されます》
《これまでの行動経験で【登攀】がレベルアップしました!》
暴れギンケイ(オス)を倒したら職業レベルと登攀レベルがアップした。
同時に役に立ちそうな補助スキルも取得可能になったようである。
簡単な説明によれば、精神力判定に有利に働く補助スキル、ということらしい。
必要なボーナスポイントは2と比較的軽く見える。
早速取得して有効化した。
それからも暴れギンケイの巣を襲うのとイビルアントを相手に戦うのを交互に続けていった。
いい調子だったんだが。
時間の経過を忘れて熱中していたのだが、もう夜半に迫る時刻になっていた。
午後11時半か。
ちょうど相手にしていたイビルアントを全滅させて今日の狩りを切り上げることにした。
《只今の戦闘勝利で【二刀流】がレベルアップしました!》
《只今の戦闘勝利で召喚モンスター『黒曜』がレベルアップしました!》
《任意のステータス値に1ポイントを加算して下さい》
二刀流もレベルアップしていたが、それ以上に黒曜がレベルアップしたほうが有難い。
黒曜のステータス値で既に上昇しているのは敏捷値だ。
任意ステータスアップは生命力を指定した。
少しだけだが美しい数字の並びになってきていると思うがどうだろう。
召喚モンスター 黒曜 フクロウLv3→Lv4(↑1)
器用値 12
敏捷値 18(↑1)
知力値 20
筋力値 12
生命力 12(↑1)
精神力 15
スキル
嘴撃 無音飛翔 遠視 夜目 奇襲 危険察知
召喚モンスターはレベルアップする毎に2ポイント分のステータスが上がっていく。
2ポイント分、任意で上げられないのがなんとも残念だ。
美しく数字を並べるのが難しいよね。
夜半を少し過ぎたあたりで師匠の家に辿り着く。
少し狩りに熱中し過ぎたかも知れない。
さくっと荷物を整理し、ヴォルフ達を帰還させる。
今日の狩りで得たアイテムは夜だけにしては多かった。
フィーナさん達は今、レギアスの村にいると思われる。
明日はレムトの町に行く前にレギアスの村に寄っていこう。
それに4日後はもう闘技大会になる。
師匠とギルド長に嵌められた気がしないでもないが、出るなら出るで高揚感もある。
どんな相手と戦うことになるのか。
まるで子供みたいにドキドキしながらログアウトした。
主人公 キース
種族 人間 男 種族Lv7(↑1)
職業 サモナー(召喚術師)Lv6(↑1)
ボーナスポイント残11
セットスキル
杖Lv5 打撃Lv3 蹴りLv3 関節技Lv3 投げ技Lv3
回避Lv3 受けLv3 召喚魔法Lv6
光魔法Lv3 風魔法Lv4 土魔法Lv3 水魔法Lv3
火魔法Lv3 闇魔法Lv3
錬金術Lv4(↑1)薬師Lv3 ガラス工Lv3 木工Lv2(↑1)
連携Lv5 鑑定Lv5 識別Lv5 看破Lv1 耐寒Lv3
掴みLv5 馬術Lv4 精密操作Lv5 跳躍Lv1
耐暑Lv3 登攀Lv3(↑1)二刀流Lv2(↑1)精神強化Lv1(New!)
装備 カヤのバチ×2 雪豹の隠し爪×3 野兎の胸当て+シリーズ
雪猿の腕カバー 野生馬のブーツ+ 雪猿の革兜 背負袋
アイテムボックス×2
所持アイテム 剥ぎ取りナイフ
称号 老召喚術師の弟子、森守の証、中庸を望む者
ステータス
器用値 15
敏捷値 15
知力値 20(↑1)
筋力値 15
生命力 15
精神力 20
召喚モンスター
ヴォルフ ウルフLv5
残月 ホースLv3
ヘリックス ホークLv3
黒曜 フクロウLv4(↑1)
器用値 12
敏捷値 18(↑1)
知力値 20
筋力値 12
生命力 12(↑1)
精神力 15
スキル
嘴撃 無音飛翔 遠視 夜目 奇襲 危険察知
ジーン バットLv4
ジェリコ ウッドゴーレムLv3




