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 その猿のマーカーは赤であり魔物なのは間違いない。

 マーカーの上に小さなマーカーが重なっていて魔法がかかっている事を示していた。

 状態が誘導、か。


 猿はオレに目を向けると敵と見定めたらしい。

 腰を落としてこちらを睨んでくる。

 オレは初心者のロッドを両手に持って構えた。

 杖術はやった事はない。

 だが祖父がやっているのを見た事はあった。

 オレ自身は小さい頃に祖父から剣道を習っている。

 最近まではアマチュアで総合格闘技をやっていた。

 擬似的にだが対人対戦は慣れている。

 その自信はあったんだが。


 いきなり猿は飛び上がって襲い掛かってくる。

 速い。

 人間では有り得ない速度を前に攻撃する間はなかった。

 避けられたのは偶然だろう。


「ゲヘッ」


 奇声をあげて猿が嗤う。

 こっちを格下と確信した、馬鹿にしている余裕を感じさせる。

 こいつめ。


 ロッドを下段に構えて迎撃の姿勢をとる。

 続いて呪文リストを呼び出した。

 呪文を選択してすぐに実行、呪文は自動で唱えられていって完成する。


「フィジカルエンチャント・ウィンド!」


 この猿は速い。

 その動きに少しでも追従できなければ話にならない。


 再び猿が飛び掛ってくる。

 一度見ている攻撃だが避けることに専念した。

 今度は呪文の効果のせいか、一度見ているせいか、避けるのに問題はなかった。

 だが猿の次の動きには不意を衝かれた。

 石を投げてきたのだ。

 同時に突進してくる。

 石は避けたが猿の突進は避けきれなかった。

 左肩に痛みが走る。

 猿が噛み付いてきたのはかろうじて分かった。

 掠っただけでこの威力か。

 武技の足払いを選択して実行する。

 が、イメージしたのとは異なる動きで猿の足元を空振りしてしまった。

 いけない、隙を生んでしまった。

 猿が目の前に迫る。

 正面に向けロッドを突くが軽々と避けられてしまい、交錯した。

 そのついでに右脚に痛みが走る。


 猿は自分の優位を確信したようだった。

 嬉しそうに奇声をあげながら襲ってくる。

 こっちも体がやや開いて反撃の構えをとった。

 再び交錯する。

 今度はわざと攻撃せず、猿の攻撃直後を狙った。

 猿の攻撃は空振りさせることが出来た。多分偶然だろう。

 交錯するタイミングでロッドを猿の後頭部に打ち込み、続いて膝蹴りを腹に入れてやった。

 地面に転んだ猿は素早くオレの脚に噛み付きに来る。

 低空タックルだな。

 さすがに速い。

 ロッドで下方向へと突く。

 背中に命中するが猿はかまわず突進してくる。

 だが僅かに攻撃できる隙が生まれていた。

 オレが放った蹴りは猿の側頭部を直撃する。

 猿が地面を転がっていき、一旦距離を置いた。


 ああ、肩が痛いな。

 HPバーは2割以上削られていた。

 そして猿はといえば1割も減ってるように見えない。

 かなり効果的に攻撃は当たっていると思うのだが、武器も初心者のロッドだしオレはサモナーだ。

 前衛戦闘職が本業でない悲しさだ。


 再び呪文を選択してすぐに実行する。

 猿もこっちに突進してきた。


「フィジカルエンチャント・アース!」


 今度は低空タックルではなく飛び上がってきた。

 下段に構えていたロッドを上に跳ね上げる。

 空中にいたのでは避けようがあるまい。


 杖先は確実に猿の腹を直撃したが、猿はかまわずオレの頭上に襲い掛かってくる。

 まずい。

 体を半身に捻って攻撃を捌く。

 猿はその手にオレのロッドを握ったままだった。

 振り回そうとする猿とオレとで力比べになったが、オレの方が明らかに不利だった。

 体重も体格もオレが上だろう。

 だが獣パワーはさすがに侮れない。


 次の呪文を選択して撃てるまで力比べに付き合う。

 呪文が完成したと同時に手を離し、至近距離から猿の顔に呪文を放った。


「フォース・バレット!」


 ロッドを奪って得意気になっているのと引き換えに呪文を食らってもらおうか。

 ダメージは期待していない。

 隙が生まれてくれるかどうか、だ。

 猿は呪文の衝撃で頭を背けてしまい、こっちを見ていない。


 チャンス到来。


 猿の右脇に右手を差し込む。

 左手で猿の右手首を掴んで一気に捻り上げる。

 そのまま猿の背面をとるように回り込んだ。

 猿も反応する。速い。

 オレは前転するように地面で回転した。

 オレの右脚が猿の脚に絡みつきながら、猿ともども地面に倒れ伏す。

 まだオレは猿の背後をキープしていた。

 猿の右手を捻り上げつつ左手で首元を締めにいく。

 オレの左手がオレの右手を掴む。ロック完了。

 あとは締め上げる事ができれば勝機はある。


 ここまでは良かった。


 猿の膂力はオレの想像以上に強い。

 完全にロックしてあるのに外れかけていた。

 唯一、猿は自由な左手でオレを攻撃しようとする。

 全身を使って暴れまくっていた。

 オレは両足で猿の胴体を抱え込む。

 背筋を使って締め上げる。

 猿もそれに抵抗した。

 抵抗すればするほどオレの腕が喉に食い込んで苦しい筈だが止めようとしない。

 おかげで腕のロックが外れそうになる。

 力を込める。他に手段はない。

 戦況はオレに圧倒的に優位だが、一瞬にして逆転を許しかねない。


 戦況は膠着した。

 いや、オレに不利かも知れない。

 猿のHPバーは2割も減っていないのだ。

 その膂力は落ちていない。

 オレにはもう手持ちの攻撃手段はないのだった。


 いや、何か他にあるかも知れない。


 武技は無理だろうが、呪文は使えるかも知れない。

 オレの右掌は猿の後頭部を掴んだ形になっている。いけるかもしれない。

 呪文を選択するとオレの唇が自動で呪文を唱えていく。


「フォース・バレット!」


 後頭部に直接叩き込んだ途端、猿の体が跳ねるように反応した。

 猿の体が硬直している。

 両腕のロックをより強力に深い位置へと組み直した。

 いけるか?

 もう一回呪文を叩き込もうとするが、呪文の途中で大いに暴れまくって呪文は完成しなかった。

 二度はやらせないつもりか。

 猿のHPバーは3割も減ってない。

 これを続けるのはかなりしんどい。

 いや、オレのMPが先に枯渇するだろう。

 オレのMPは半分を切っている。


 他に、他に何か手段はないのか。

 スキルだ。

 スキルを取得して強化はできないだろうか?


 猿が暴れるのに抵抗しながら取得可能なスキルリストを確認していく。

 武器。ダメだ。

 防御。魔法。生産。当然ダメ。

 補助。ここが望みの綱だ。

 目に付いた補助スキルは【掴み】だった。必要なボーナスポイントは1だ。


 補助スキルの【掴み】を取得してすぐさま有効化した。

 どうだ?

 僅かに感触が良くなった、気がする。

 左手で掴む感触はよりしっかりしたものになった。

 右手で猿の頭を少し押し込む。

 猿は嫌がるように頭を振り始めたが、そんな事をすればダメージを増やすだけだ。

 願ったり叶ったりです。

 だが油断はならない。

 そのまま猿を締め上げ続けた。


 事態は膠着したままだが先は見えていた。

 背筋を使って締め上げると苦しげな奇声を上げる様になってきていた。

 HPバーは半分を切っている。

 戦い始めてどれほど時間が経過したことだろう。

 猿の抵抗が弱まった所で腕のロックをより深くすると、さらに背筋を使って締め上げていった。

 掠れた叫び声が耳について離れない時間が暫く続いていった。

 猿は最後の抵抗として自由な左手でオレの脚を叩いたり左手を掻き毟ったりする。

 途中、猿の攻撃が妙に痛くなった。

 フィジカルエンチャントの効果が切れていたようだ。

 恐らくは防御力アップの呪文であるフィジカルエンチャント・アースを掛け直す。

 そしてまた締め上げる。

 フィジカルエンチャント・アースは更にもう一回使う事になった。

 確かフィジカルエンチャント・ウィンドの有効時間は15分とかだったような。

 猿の息の根が止まるのにかなりの時間が費やされたようだ。



《只今の戦闘勝利で風魔法レベルがアップしました!》

《取得が可能な武器スキルに【関節技】が追加されます》



 まさにギリギリの勝利だった。

 オレのHPバーは3割を割り込んでいる。

 MPバーは枯渇こそしていないものの、かなり危ない所まできていた。

 オレの服はボロボロに汚れてしまっている。


「まさか勝ってしまうとはのう」


 ずっと無言で見ていた師匠の声には驚きが込められているように感じる。

 気のせいでなければ、だが。


「それはともかく回復はしておこうかの。アドバイスは帰ってからじゃな」


 そういうと呪文を紡ぎ出す。


「アース・ヒール!」


 オレのHPバーは一瞬で全快にまで戻っていった。

 痛みも徐々に消えていく。

 回復魔法一発で全快しちゃうとかどうなのよ。

 師匠が凄いのかオレが弱すぎなのか。

 それはさておいて、だ。

 倒した猿に剥ぎ取りナイフを突き立ててアイテム回収もしておこう。



【素材アイテム】雪猿の皮 原料 品質C レア度3 重量2 

 スノーエイプの皮。毛深く分厚い。



【素材アイテム】雪猿の骨 原料 品質C レア度3 重量0+ 

 スノーエイプの骨。軽くて丈夫。



 ドロップも中々のレア度だった。

 気分がいいな、これは。

 まあそうでなければ割りに合わない戦いだった訳だが。


「いいかな?では戻ろうかの」


 採集作業をしていた2体のオートマトンが送還されていく。

 すぐさま上空からロック鳥が舞い降りてきた。

 何故か脚に大きなトカゲみたいなものを掴んでいるようだ。

 目を凝らすと思わず【識別】していた。



 スノーワイバーン Lv.???

 魔物 討伐対象 死体



 なんか怖っ!

 しかも両足に一匹ずつ死体を捕まえてるし。

 ロック鳥強いな!


「おお、中々の獲物じゃの」


 師匠はそういうと剥ぎ取りナイフを突き立ててアイテムを回収していく。

 何やら鱗付きの皮と牙と針を回収したように見えた。


 スノーエイプを倒した位でいい気になってました、ゴメンナサイ。



 帰路も寒かった。

 耐寒があるから随分と楽になっているのもあるのだろう。

 その移動の時間はスキル、武技、呪文のヘルプを見て過ごした。

 今日のスノーエイプとの戦いを通じては色々と示唆された気分である。

 一人で冒険をする、というのは戦闘だけでも大変な事になるのだと思い知らされていた。

 選択肢が僅かに残っていたから倒しきったが、もし恐慌状態に陥っていたとしたら。

 間違いなく死に戻りしていたことだろう。

 やはり最低限は知っておくべき事もあるのだった。

 ヴォルフの頭を撫でながらヘルプ画面に目を通していく事にした。



「着いたぞい」


「はい」


 ロック鳥も到着したら送還され消えていった。

 家の地下に入るとまた別の部屋に師匠は入っていく。

 恐らくは作業場なのだろう。実に広い部屋だった。

 天井が高い。

 鍋やガラス製の器具らしきものなど、雑多なもので溢れていた。

 釜や炉までもある。

 ここは地下なのにどうやって排気してるんだろう?


「この机の上に麻袋は置いてくれ。終わったら食事にしようかの」


「はい」


 作業台の上に薬草の入った麻袋を並べていく。

 採集した薬草はかなりの量になったが《アイテム・ボックス》のおかげで運搬は楽に済んだ。


「ポーション作成は?」


「昼飯が先じゃよ」


 確かに腹が減っている気がする。

 正午は過ぎている頃か。


 このアナザーリンク・サーガ・オンラインはリアルタイムで時間経過を管理しているらしい。

 ただし昼夜逆転になる。

 リアル世界では深夜過ぎだが、オレには問題がない。

 廃人プレイも歓迎だ。


「普段は上の家で食事はするんじゃがここの作業場でもええかな?」


「大丈夫です」


 そう返答すると師匠が両手を叩いた。

 暫くすると扉を開けて一体の人形が入ってきた。



 メタルスキン Lv.???

 召喚モンスター ???



 外形はオートマトンに似てるが、一回り小さい。

 表面は何も装飾はなく金属光沢で輝いている。

 どうやら食事を用意してきてくれたらしい。

 オレの分もあった。

 師匠は同じメニューだが量はオレの半分といった所だった。

 ヴォルフが興味深げに見上げて頻繁に匂いを嗅いでいる。

 パンに野菜スープと焼いた魚に果物だ。

 果物を手に持ち【鑑定】してみると普通の梨か。


「では食事しながら話でもしようかな」


「はい」


 料理の味は中々のものでパンは意外にも焼きたてだ。

 聞き役に徹してながらもできるだけ師匠から視線を外さない。

 脱線もしたが師匠の一番言いたい事は分かった。


 無茶。


 どうやら師匠はオレに一人で冒険する愚を実地で教え込む事を企図していたようだ。

 分かる気がする。

 でもだからこそやり遂げたい気持ちが沸いてくるのが不思議だ。


「いや、もちろん孤高のまま過ごしたいと思ってるんじゃないんです」


「ではどうするね?」


「困っている人を手助けしながらゆっくりと冒険を進めてみたい。今はそう思います」


 オレの答えは師匠の意表を突いたようだった。


「今でこそ一人じゃがワシも若い頃は仲間と共に冒険をしたがのう。一人というのはなかったぞ」


 そうでしょうね。

 師匠ほど強ければ問題ないでしょうけど。


「良いかな?召喚モンスターの多くが物理攻撃を主とするものじゃよ。お主は後衛に回るほうが良い」


「もう決めた事ですし」


「頑固じゃの」


 師匠もなんか呆れた顔をわざとらしく作っている。

 本音は違うんだろうか。


「ならばじゃ、せめて戦い方は回避するなり受けきるなり、身を守る事にも力を入れる事じゃな」


「はい」


 その点はいずれ解消したい点です。


「あとは装備を考えることじゃ。それに戦いだけならば召喚モンスターは良い助けになるじゃろ」


 師匠はヴォルフに視点を移した。


「そういえばじゃ。駆け出しといえど複数のモンスターを使い分ける工夫は必要じゃぞ?」


 そこなのである。

 召喚魔法はレベルアップに従い召喚できるモンスターの数や種類が増えていく。

 召喚できる数は召喚魔法のレベルの数字までとなる。

 オレの場合、現在Lv.2であるから、2匹までだ。

 但し、同時に召喚できるのはまだ1匹だけ。

 新たに召喚するにはヴォルフをリターン・モンスターで帰還させないといけない。

 そしてオレのMPに余裕が無い。

 新たな召喚モンスターを何にするかは次にログインした時点で決めるつもりである。


「まだ次に何を召喚するか、悩む段階にないんですけどね」


「いずれ悩むようになるじゃろ、しかも確実にじゃ」


 そうなりたいものです。



「片付けはこのメタルスキンに任せておくといい。お主には今からワシの手伝いをして貰おうかの」


「はい」


 ポーション作成か。正直、興味がある。

 だが師匠が用意したのは大きめの鍋、恐らくは銅製。

 もう一つ小さめの鍋も用意する。

 麻袋に入れてあった薬草の傷塞草を五本取り出し机の上に置いた。

 そして呪文を唱え始める。


「リキッド・ウォーター!」


 鍋の中に師匠の左掌から水が流れ落ちていく。

 それは鍋の半ばほどを満たしたようだ。

 師匠は続いて薬草五本を左手に持つと、何かに集中するかのように目を閉じる。


「短縮再現!」


 掌に載せた薬草がボロボロと崩れていく。

 それを小さめの鍋に移していった。


「よし、中身はもうできた」


 え?

 そんな簡単にできちゃうの?

 師匠は自分のアイテムボックスから空のガラス瓶をいくつも取り出して並べていく。


「これ、何をしておる。中身を入れるのを手伝ってくれんかな」


 師匠は両手に漏斗と玉杓子を2つずつ持っていた。

 なんか狐か狸にでも化かされている気がする。

主人公 キース

種族 人間 男 種族Lv3

職業 サモナー(召喚術師)Lv2

ボーナスポイント残11


セットスキル

杖Lv2 打撃Lv1 蹴りLv1 召喚魔法Lv2 

光魔法Lv1 風魔法Lv2(↑1) 土魔法Lv1 錬金術Lv1

連携Lv2 鑑定Lv3 識別Lv2 耐寒Lv1 掴みLv1(New!)


装備 初心者のロッド 簡素な服 布の靴 背負袋 アイテムボックス


所持アイテム 剥ぎ取りナイフ


召喚モンスター

ヴォルフ ウルフLv2

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― 新着の感想 ―
モンスター相手にそんな殺し方が通用するもんなのかw 召喚職がひとりでの戦闘を、考慮する必要はあれど前提にしなくてよいと思うが…
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