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「遅くなっちゃった!」


「んもう!全員待ってたよ?」


 アデルが戻った所で全員が揃った訳だが。

 確認しておこう。

 リターン・ホームで跳ぶ先は何処になっているのか?

 オレはここ、S5の南端にある名も無き中継ポータル。

 イリーナが風霊の村。

 春菜が砂塵の神殿だ。

 アデル、此花、ヒョードルくんであれば、誰でも灰色の森に跳べる。

 何だ。

 遅れるようであれば先に跳んでも不都合はなかったか?


 まあいいさ。

 集団行動はキッチリやっておきたいものです。



 パーティ編成を終え、インスタント・ポータルを出ると灰色の森へ跳ぶ。

 呪文担当はヒョードルくんだ。

 MPバー的には彼が一番厳しい。

 でもインスタント・ポータルをまだ使えないのは彼だけなのだ。

 頑張って頂きたい。



「ではまた夕方に」


「そうだな」


「いってらー!」


 灰色の森ではヒョードルくんだけがログアウトする事に。

 別に木工をしたくない訳ではない。

 夕刻まで、最大限MPバーを回復させるには、これが最も効率的であるからだそうな。

 オレはあまり意識してきてなかったが、効率で言えば倍近く違うらしい。

 ゲーム内で漫然と、呪文などMPを消費する行動をせずに過ごすと、1時間で10パーセント程度。

 ログアウトだとその倍であるらしい。

 ステータス異常の回復も1時間単位で、という調査結果もあるそうです。

 知らなかったよ、オレ。


 慌てて紅蓮くんの報告書を開いて検索してたら、同様の仮説がありました。

 迂闊。

 でも全部読んでしまうと酷いネタバレになりそうで怖い。

 なんというジレンマ。



「じゃあ私達はここで!」


「料理人となって小銭稼ぎしてますね」


 アデルとイリーナは屋台を開くそうです。

 屋台、と言っても机を並べただけだが。

 《アイテム・ボックス》があると屋台を引っ張って歩かなくていいよね?

 それに狩りで得た肉があれば売り物にも困らない。

 幻影馬の肉とか、味は微妙だがどこまでも腐らない便利な存在もある。



「では私達もここで」


「夕方にこの屋台で落ち合いましょう」


 春菜と此花は知り合いの服飾職人の工房の手伝いだ。

 これも材料さえあればどこででも作業が出来るそうです。

 彼女達は岩山羊の毛を常に持ち歩いているらしい。

 そういえば暇な時間、糸を紡ぐ作業をしていたのを見掛ける事があった。


 やはり衣食住はいいな。

 不況にも比較的強い。



 さて。

 夕方まで暇だが。

 まずは露店で売り物を物色してみよう。

 新しく欲しくなるような装備があるかもしれない。

 色々とアイデアが得られるかもしれない。

 何にせよ、見て回っておく価値はあるだろう。

 その前に。

 召喚モンスターは呼んでおこうか。

 ヴォルフ、ヘリックス、黒曜、ストランド、ロムルスとした。

 一応、圧迫感のない布陣にしてみました。

 怖くない。

 怖くないよ?

 きっと、怖くない。

 では見て回ろう。





 面白そうな物は?

 あると言えばある。

 ないと言えばない。


 以前にもここで知り合ったマーチャント、武藤くんの露店なんですが。

 ゴム製の装備が増えているようだ。

 またしても盾です。

 今度も品質Eと低い。



「やあどうも」


「ああ!サモナーさ、いや、キースさん」


「これ、また作ったの?」


「ええ。またしても失敗作みたいで」


「ふむ」


 何故ならば。

 表面がかなり脆くなっている。

 新品だと思うのだが、クラックが既に発生していた。

 それに触ってみると、表面部位によって硬さもかなり異なる。

 いい傾向じゃないな。



「それ、ボロボロでしょう?またしても大失敗みたいで」


「加硫するのに与えた熱量が大き過ぎたんだろうな」


「え?」


「それに練りが上手く行ってないようにも見える」


「どうしたらいいのか、分かりますか?」


「大した知識はないからなあ。生産現場を見てみない事には何とも言えないが」


 そうそう。

 このゲーム世界では色んな事が魔法技能や生産技能で出来てしまう。

 現代の知識や経験則が通じるとも思えない。



「少し、時間を頂けませんか?ゴムを作っている仲間がいますので」


「ほう」


 いるのか。

 ゴム製品には興味がないと言ったら嘘になるかな?

 多少だが関わった事もあるし。

 まあ現場を見たら何かしらアドバイスは出来るかもしれない。

 オレの経験則にしたって狭い範囲のものだし、期待されても困るけどね。






「どうも。ファームリーダーのリュカーンです」


「アルケミストリーダーで桜です」


「ブラックスミスの河野です」


 彼等の他にも固定メンバーはいるらしいが、あの盾を製造したのは主にこのメンバーらしい。

 工房の中は異臭。

 ゴムが加硫されている、あの臭いだ。

 現在、ちょうど加硫作業中であるらしかった。



「ゴムについて少しでも知恵をお借りしたい所なんです!」


「何がいけないのか、分かりますか?」


「いや、大した意見が言えるとも思えないけど」


 熱を帯びて2つのプレートに挟まれたモールドらしきものを見る。

 その厚みは?

 あの盾に嵌め込まれたゴムの厚みそのものに見える。

 2インチ近くあるんじゃないかな?



「加硫中だと思うけど。温度は?」


「200度くらいですが」


 答えたのは桜さんだ。

 女性のアルケミストリーダーですか。

 外見はアデルに通じる可愛らしさがある。

 だがまるで正反対の雰囲気があるな。


「間違いなく温度が高過ぎるよ?」


「でも中まで熱が通らなくて」


「加硫ゴム表面の老化テストをやっているのと一緒だって。これはもう中止した方がいい」


「止めるか?」


「止めよう」



 2枚のプレート、そしてモールド枠の中から現れたのは分厚い加硫ゴムだ。

 何度も嗅いだ臭いだが。

 明らかに過加硫です。


「今回は温度のテストで200度にしたんですが、また失敗ですか」


「何がいけなかったんです?」


「少し長くなるけどいいかな」


 問題は何か?

 加硫条件もそうだが、それだけじゃない。

 いきなりこんな分厚い代物を加硫するの?

 単純なようで難しいと思うのですが。



「大きな代物を加硫するには温度は下げないと、ねえ」


「下げるんですか?」


「鶏唐揚げを作る事を例にしてみようか?」


 そう。

 加硫ゴムの作成はある意味で料理にも通じる所があったりするのです。

 熱を加える所とか。

 材料を混ぜる所とかもそうです。




 出来るだけ分かり易いように説明したつもりだが。

 上手く通じただろうか?

 オレの説明はこんな感じでした。


 唐揚げを作る際、火の通りが足りなくて中が生だった事はありませんか?

 オレはあります。

 それこそ何度もあります。

 そんなオレが唐揚げを例にして説明するのは滑稽極まるんですが。

 まあそれは置くとして。


 その場合、どう対処しますか?


 より長く揚げる。

 確かにそれで中まで火は通るだろう。

 でも表面は焦げてしまうのでは意味がない。

 そこで油の温度を上げたらどうなるか?

 より酷い事になるだけですね。


 加硫ゴムでカーボンを補強剤で混ぜてあったら、表面の老化など分かりようが無い。

 黒いし。

 あの盾に使った加硫ゴムは既にクラックがあった。

 表面のあちこちが脆化してもいたし、触れば分かる酷さだった。


 おっと。

 対策の方だ。

 鶏唐揚げの中まで火を通すにはどうしたらいいか?

 手段は2つ。

 1つは温度を下げて長めの時間を掛けて揚げる。

 もう1つは火の通りが良くなるよう、肉をより小さく切る事だ。

 両方を合わせたならばより効果的だろう。



「天然ゴムで硫黄加硫であれば、2ミリ厚のシートでなら150度で15分、それで加硫は十分だよ」


「2ミリ厚で、ですか?」


「そうだね。そして加硫する対象の厚みが大きくなる程、時間を長くする必要がある」


「どれ位なんですか?」


「大きさによる。ビル用の免震ゴムに至っては一日以上掛ける場合がある」


 まあこれは極端な例ですが。

 配合もかなり違いますし。


 また、安定したゴム性能を出すなら、より薄いシート厚で加硫して貼り合わせる手もある。

 でもそれには接着技術が別途必要になるだろう。

 一発で加硫した方が絶対にいい。



「おおざっぱに言って、温度を10度下げるに伴って加硫時間を倍って所だね」


「倍?」


「大きさによる。形状もだけどね」


 それだけじゃない。

 プレス圧も。

 事前にモールドを余熱しておく事も。

 温度に影響を与えるあらゆる変化に配慮すべきだが。

 まあ硫黄加硫系ならそう神経質になる事はないかな?



 問題はこの厚みだ。

 形状がフラットなら簡単だろう。

 どうせ加硫促進剤は入っていないのだろうから、125度で90分って所だろうか?

 適当だけど。



 それにしても。

 この加硫ゴム、硬いな!

 どんだけカーボン配合したんだこれ?

 いや、硫黄の配合量も多いのかな?

 硬いって事は変形させるにも大きな力が必要になるって事だ。

 加硫したとしても防具に加工するの、大変じゃないかな?

 盾ならまだいいかもしれないが。



「で、そもそもの要求特性は?」


「えっと。ゴムらしく反発性があってそれでいてタイヤ程度に長持ちです」


「タイヤ、ねえ」


 実に抽象的だ。

 それに理想がタイヤ、となると一気にハードルが上がるんですけど。

 これは困った。

 基本から理解して貰わないと説明がし難くて仕方ないな。



「少し時間、いいかな?前段階で説明しておいた方がいいかも」


「大丈夫です!」


「じゃあ身近なゴム製品で説明した方がいいかな?何でもいいけど」


「コンドームで!」


 武藤くんに問いたい。

 問い質したい。

 何でそこでコンドームなのかと。

 そんなに身近なの?

 まあいいけどさ

 桜さん、そんなに微妙な顔をしないで欲しいんですが。

 ある意味、説明し易いお題だ。




 コンドームに求められる機能は?

 無論、性交渉時に精液を漏れなく捕捉、妊娠を避ける事だ。

 当然だが商品として並んでいる各種コンドームに求められる最重要な機能です。

 では、買う立場の視点ではどうだろう?

 無論、全ての商品が避妊目的で使える事を前提にして、だが。

 様々な商品が並んでいる中で、何を基準に買うだろうか?

 また、売る立場から見てたらどうだろう?

 何をアピールして売り込むだろうか?



 そう。

 他にも要求特性はあるのだ。

 例えば?


 安い事。

 非常に重要な要素だ。


 出来るだけ薄い事。

 男性にしてみたら分厚いコンドームを買うだろうか?


 装着した時、キツくない事。

 異様に圧迫されたら2度と買わないね!


 さりとて緩んだりしない事。

 漏れちゃうと最重要な機能に支障が出るし、始末するのも手間だ。


 操作性が良い事。

 ジェルやオイルを塗布してないと、ね?


 使っていて楽しい事。

 カラフルな奴だと目にしてつい買っちゃう事もあるよね?


 匂いがしない事。

 女性に多いと思うが、ゴム特有の匂いが嫌いって人は多いだろう。


 手に取り易い包装、それにデザインである事。

 意外に重要ではなかろうか。



 コンドームは極論すると、たかがゴムの袋だ。

 それでもざっと考え付くだけでもこれだけある。

 もっとあるかも知れない。

 需要があればこそ、多様な商品が世の中で鎬を削って競争するのです。

 そうでもなければ、あんなに多種多様なコンドームが世の中にありますか?

 つか需要が多様すぎだろ、コンドーム。

 本気でそう思います。



 何が言いたいのか?

 作ってから用途を考えるのでは危ういのです。

 用途に合わせて作るのです。

 経営方針のない経営。

 商品企画がない商品開発。

 リサーチのないディペロップメント。

 要求特性のない研究開発。

 それではマズいのです。


 目的意識がなければ。

 ゴムらしく反発性があってそれでいてタイヤ程度に長持ち、ですか?

 恐らくは漫然と作っていても作れちゃうとは思う。

 既に世の中にあるものですし。

 でもそれでは競争に勝てませんよ?

 このゲーム内で天然ゴムの利用を考えている他のプレイヤーが先に最適化したら大損ですよ?



 コンドームの話に戻ろう。

 ざっと挙げた要求特性ですが、全てを完璧に満たす事は可能か?

 いや。

 どこかで何かを犠牲にしないと得られないものもある。


 例えば厚さだ。

 より薄くする事は?

 どこまで出来るだろうか?

 薄くしすぎて使用時に破れるようでは本末転倒だ。

 どこかで妥協せざるを得ない。


 薄くて強度を出すとなると、補強剤でカーボンブラックを配合するのは?

 今度は伸びが犠牲になる。

 ある程度、伸ばす事は可能だろうし、装着は出来るだろう。

 でも締め付けが強烈で性交渉どころではなくなる可能性は高い。

 そもそもタイヤ臭のあるコンドームって使いたいか?

 オレには無理です。



 例えば匂いではどうか。

 天然ゴムを使用しながら匂いを抑える方法は?

 ある。

 樹液段階で混入する不純物は可能な限り除去するのは当然として。

 硫黄系での加硫は諦めるべきだろう。

 過酸化物を使う加硫系、パーオキサイド加硫にすべきだ。

 配合は製造各社の極秘事項と思うが、天然ゴムを使う場合はこれが多い筈だ。

 だがこれも万能にならない。

 引張強度は硫黄加硫に劣る。

 同程度の強度を保持するにはコンドームそのものを厚くする事になるだろう。

 それでも天然ゴムの匂いはなくならない。

 敬遠する客層はいる。



 2つの例を同時に解決する方法は?

 ある。

 天然ゴムを諦めてポリウレタンを使えばいい。

 色々と技術的課題が一気に解決するのだが。

 これにだって問題はある。

 価格が高いのだ。



 延々と続く堂々巡り。



 そして様々なタイプの商品が棚に並ぶ訳です。

 価格を売りにする商品。

 デザインを売りにする商品。

 機能を売りにする商品。

 狙いは様々であるが、考え方で共通する事がある。

 差別化だ。

 裏を返せば棲み分けとも言えるが。

 需要があればその商品は競争に勝ち抜いて生き残る。

 需要がなくなってしまえば消え去るのみ。





「ただ加硫ゴムの塊を作るのであるば、出来る。でも果たして性能的に満足できるかどうかは別だよね」


「盾に利用するにはゴムにどんな特性を持たせるのか、調整、というか設計が必要って事ですか?」


「うん」


 桜さんは理解が早くて助かるなあ。

 話がし易い。


「まずはサンプルとしてシートを作ってみる事からかな」


「サンプル、ですね」


「そう。幾つか配合条件を変えて加硫ゴムのシートを作る。感覚でいいから特性を掴むといい」


「配合条件、ですか?」


「レスピーだね」


「レシピ?」


 あちゃ。

 オレの知識は偏ってるんだよな。

 ゴム配合を教わった際、レシピ、と言うと怒られたんですよ。

 クセってのは抜けないものだ。



「料理のレシピと一緒でいいよ。ポリマーを100とした時の配合剤の比率だからね」


「ポリマー?」


「この場合は天然ゴムの樹脂分のことだね」


 ここは説明を省略した。

 本当はいけないのだろうけど。


 ポリマー、とはモノマーの重合体の事だ。

 モノマーは分子鎖の最小単位と思えばいい。


 配合剤は何がある?

 カーボンブラックと硫黄だけか。

 加硫促進剤はない。

 加硫助剤はない。

 老化防止剤はない。


 もし手を加えるなら、加工性を助けるオイル分を加えるか?

 天然のワックス分を老化防止剤の代わりに入れるか?

 そんな所しか思い付かないです。

 合成ゴム?

 さすがにそれは、ないな。



 正直、物足りない。

 だがここは仕方ないか。

 無いものを求めてみた所で意味はない。

 手持ちの材料でどうにかしておくべきだろう。



「今日の夕方まで時間は空いている。少しは手伝うよ。興味だってあるし」


「「お願いします!」」


 全員が一斉に唱和したのにビックリだよ!






 天然ゴムラテックスの濾過作業を手伝っていると、武藤くんから質問が。

 まあ予想はしてましたけど。

 彼は商人なのだから。


「タイヤって作れそうですかね?」


「ああ、やっぱり狙っているんだ」


 まあ興味はあるだろうね。

 だが説明には時間が要る。

 問題点はタイヤがああ見えて、様々な部材で出来たハイブリッド構造なのだ。

 あれをそのまま再現するのは難しい。

 代替品、というかタイヤ黎明期の代物を果たして再現できるかどうか。


「ちょっと長くなるかも?後でいいかな?」


「分かりました」



 タイヤか。

 タイヤは様々な部材で構成されている。

 そう、ゴムの塊に見えるが立派に複合材だ。

 素材には様々な特性があり、複合化でその長所をより大きく活かす事が出来る。

 それは素材の持つ弱点を補う事でもあるのだが。

 炭素繊維だって道具なしででも人間の手で切断できる。

 引張強さではやたらと強い炭素繊維も、結び目を作って引っ張れば人の手で簡単に切れるのです。

 剪断応力には極めて弱い。

 そういった弱さを炭素繊維を複層化した上で樹脂で固めるから強靭な部材に変貌するのだ。

 何かで補えばいい。



 何かが、オレに降りてきた。

 今、手持ちの素材でも色々と作れる代物ってあるんじゃないの?




「樹液の固形化は酸を投入すれば反応が進む。反対にアルカリ性にしたら、ある程度保存が効くようになる」


「はい」


「それに出来るだけ生ゴムシートは乾燥させた方がいい。目安は1週間ほどで」


「分かりました」


 固まった天然ゴムの樹脂だが。

 最初は白い。

 乾燥していくうちに輪ゴムの色になっていく。

 もっと時間が経過したら濃い茶色に変貌するだろう。


 この天然ゴムには幾つもの強みがあり、弱みもある。

 強みは?

 ゴムらしい弾性、機械的強度は高く、伸縮性が良い。

 その物性に比較して価格は非常に安い。

 弱みは?

 耐熱性、耐油性、耐候性、耐オゾン性で弱い。

 表面で老化が起き易いのだ。

 古い輪ゴムがボロボロになってしまうように。



 当面は形にするのが優先だろうが、ワックスは欲しいな。

 ワックス?

 蜜蝋は使えないかな?

 まあそれもテストで加えてみたらいい。



 次に計量。

 レシピは?

 適当になっちゃいます。

 それでもないよりマシだ。


 生ゴムは1キロ。

 桜さんは薬師の目分量はあるのかな?

 と思ったが心配なかった。

 アルケミストの上位職では新たなメイキング技能があるそうです。

 重量測定。

 オレも欲しいよ、それ。


 カーボンブラックは蝋燭を燃やして得た代物だ。

 その量は150グラム。

 適当です。

 このカーボンブラック、恐らくだがその粒径は小さい。

 練りで均一に分散してくれるか、やや心配だが。

 まあここは試すしかない。


 そして硫黄。

 火山地帯で得たもので精製はしていない。

 まあね。

 現実世界では石油精製時の副産物、硫化水素から作るからなあ。

 無理もない。

 今回、条件を振るのはこの硫黄の量だ。

 得られる硫黄の品質も一定と限らないが、それを言ったら際限がない。

 まずは加硫剤である硫黄の配合比を決めておかないと、ね?


 硫黄量は20グラム、40グラム、60グラム、80グラム、100グラムの5条件。

 これも最初だから適当です。



 次は混合、つまり練りなんですが。

 ロール混合?

 どう見ても大型のパスタマシーンです。


「これ、わざわざ作ったの?」


「実は自信作でして」


 鍛冶師の河野くん、君は強引だな!

 さすがにバンバリーミキサーは無理だろうけど。

 自慢なのは軸受けベアリングの加工精度らしいです。


 だが。

 人力で回すのってどういう事なの?

 河野くん、汗だくですけど。


 ヘリックスを帰還させてジェリコを召喚する。

 疲れを知らないから適役だろう。



 では。

 素練りです。

 素練りって何か?

 生ゴムだけ、配合剤も何もなしで、そのままロールを使って練る作業だ。

 練られる事で、天然ゴムは熱を発するようになり、粘度も下がる。

 先にこの作業をしておくと、配合剤が混合し易い。


 片方のロールに巻き付いたゴムシートの左右から剥ぎ取りナイフで切り取り、巻いていく。

 そしてロール間に投入。

 これを左右で交互に5回毎、繰り返して見せた。

 俗に切り返し作業と言います。


「こうやって作業するんだ」


「見事ですね」


「では皆もやってみて」


「え?」


 何のために5条件もやるのかと言えば。

 実体験も込みなのでした。




 それでは次です。

 配合剤の混合をしましょう。

 そしてシート状にするのだ。

 一番薄いモールドは3ミリメートル。

 それよりもやや厚いシート厚を目指そう。


 だが注意点がある。

 加硫剤である硫黄は最初から入れてはいけない。

 カーボンブラックの混合には多少だが時間が掛かる。

 それにカーボンブラックとの混合では熱がそこそこ発生もする。

 熱履歴が長く掛かる事で、勝手に加硫が進む事があるのだ。

 俗に焼ける、とも言うけどね。

 まずはカーボンブラックからだ。


 何回かに分けてロール間にカーボンブラックを投入しながら練っていく。

 たまにだがカーボンブラックの粉塵が飛ぶ。

 バンバリーミキサーだと密閉型だから、これによる影響は少なく済むんだが。

 精練工場が汚くなるのもこれがあるからだ。


 カーボンブラックが練り込まれるとタイヤに使われる黒いゴムのようになる。

 さて。

 ここで硫黄投入。

 急げ、急げ!

 切り返し作業を終えると混合は終了。

 全員で手伝いながらシートを出して、モールドの形に沿うように切り離した。

 これで加硫準備はいいだろう。


 だが。

 これでまだ1条件目です。


 他の4条件は河野くん、桜さん、武藤くん、リュカーンくんでそれぞれやって貰った。

 途中で少し手伝ったけどね。

 まあこれも何度か練習したら上手になりますから!

 心配はしていない。



 そして加硫です。

 余熱で150度に熱した2枚のプレート。

 その間のモールドも余熱で暖めてある。

 モールド内に切り取った未加硫シートを埋めて、プレートの間に重ねて加硫になる。

 時間は20分。

 まあこれも適当だが。

 ちょっと厚めのシートなんで、ちょっとだけ時間は長めにしてある。


 さあ。

 後は焼きあがるのを待つだけだ。

 パンみたいにも聞こえるかもしれないが、まあ似たようなもんだ。



「で、質問はタイヤ製造の可能性だっけ?」


「ええ、どうですかね?」


「正直、空気入りタイヤは難しいかな」


「やっぱり」


 現代のタイヤであれば間違いなくそうなる。

 ゴムだけでもトレッド、サイドウォール、チューブとでポリマーも配合も違う。

 タイヤの骨格を構成するカーカス部分。

 ここはポリエステル、ナイロン、レーヨンといった繊維で作られたタイヤコードが積層される。

 トレッド部分とカーカスの間で補強層となるベルト。

 スチールコードが用いられている。

 ホイールに嵌める部分に埋め込まれたビードワイヤー。

 カーカスの両端を抑える役目もある。


 繊維部分は大昔は綿を使っていた時代がある。

 発熱と接着が問題になる。

 それにスチールコードもワイヤーもその表面にはメッキ処理がなされ、加硫により接着されている。

 そう、接着技術も重要だ。

 いっそフォークリフト用のタイヤみたいに加硫ゴムの塊の方が可能性がありそうだ。





 2時間程で最初のサンプルシートが出来上がった。

 どうでしょう?

 硫黄量20グラムのシート、40グラムのシート、60グラムのシートでは順に硬いゴムになっている。

 JIS硬度計持って来い!

 数値化できないと分からない!

 でも指で押す感触を信じたら間違いない。

 60グラムの方が硬い。


 60グラム、80グラム、100グラムではどうか?

 硬さはそう変わってこない。

 硫黄が多すぎても架橋反応が大量に出来上がる訳でもない。

 硫黄の量は60グラムでいいのだろう。

 この量を10倍ほどにしたらエボナイトになるんだが、まあそれはいいか。



「表面が綺麗に出来てる」


「このシート使えば鎧の補強とかで使えるかも?」


 はしゃぐ一同の中で桜さんだけが思案顔だ。

 なんでしょ?


「もうちょっと、硬くするには?」


「当然だけどカーボンブラックの配合量を増やすといい。幾つか条件を振って同様にシート作成だな」


「はい!」


「各工程は作業記憶しておくといい。短縮再現が使えるだろうし」


「ですね」


 まあ後は任せた。

 今、とても気になっている事があるのです。

 あるアイデアが浮かんでいた。

 新しい武器、作れそう?


 桜さんからのフレンド登録申請は受けておいた。

 いいゴム製品が出来たら教えてね?

同行者

アデル&イリーナ&春菜&此花&ヒョードル

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― 新着の感想 ―
なんでこんなにごむに詳しいwww
サモナーさん絶対これ大学で理系の物理化学系専攻してるでしょ… それ以外にも色々知識が深いしまさか仕事としてやってた可能性も…?
[良い点] ゴム製造の知識が全くない読者から見て、サモナーさんの視点からの説明が分かりやすく、説明が多いのにも関わらず頭にすんなり入ってきたのにはビックリですw [気になる点] 女性がいるのにゴム用品…
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