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1332/1335

1332 補足編1 柔の道

サモナーさんが行くⅩ巻 2024年11月25日発売予定です。

「一本!」


 審判の声はどこか遠くで響いているかのよう。

 だが違う。

 確かに一本。

 だが投げられたのは俺の方だ。

 まさか、この俺が?

 オリンピック柔道重量級、日本代表最有力だぞ?



「え?」


 見上げた先に対戦相手が見えた。

 同じ大学出身の先輩。

 そしてオリンピック二大会連続の金メダリスト。

 実績では俺よりも遙かに上なのは確かだ。

 でも今は違う。

 実際、試合開始直後の組み手争いでは俺が常に有利だった。

 腕力も、握力も、何よりもその迫力は以前の先輩ではなかった。

 その筈だ。



「道着を直して」


 審判の声はまだ遠くで響いている。

 負けた。

 確かに、俺は負けたのだ。

 でもどうやって負けたのか?

 理解出来なかった。


 どうにか礼だけは終えて試合場を去る。

 コーチの顔を直視出来ない。

 日本代表候補の強化合宿での練習試合ではある。

 だが、柔道界の役員も多数見ていた。

 俺と同じくオリンピック金メダルを目指す柔道選手も多数いた。

 皆は今の試合内容をどう見ただろうか?

 オリンピック日本代表はまだ決まっていない。

 選考会はまだ先だ、と自分に言い聞かせる。

 道場の端に座り込むと試合を思い出すのに懸命になっていた。




「怪我から完全復帰していたのかね?」


「いえ」


 確かに私はオリンピック金メダリストだ。

 実績なら確かにあるだろう。

 でも私は二つ目の金メダルを獲得してすぐ、交通事故に遭った。

 大怪我を負い、その入院生活は一年近く続いた。

 今や日常生活を問題無く送れるようになっている。

 でも一流アスリートの体には戻っていない。

 担当医師からはもう戻れないと告知されていた。


 この合宿にも練習相手が足りないから参加してくれ、と頼まれた。

 言わば噛ませ犬だ。

 恩義がある先生からの頼みでなければ断っていただろう。

 柔道界に重量級の選手はまだいるだろう、と思ったものだ。



「先生も私の体の事はご存じの筈です。もう現役選手は無理ですよ」


「しかし今の試合内容、十分にメダルを狙えそうではないかね?」


「二つあれば十分です」


「しかしねえ、勿体ない」


 苦笑で答えつつ、大学の後輩を見る。

 道場の端で呆然と座り込んでいた。

 コーチが目の前にいるのにも気付いていないようだ。


 彼は弱くない。

 十分過ぎる程に、強い。

 オリンピック柔道重量級日本代表の最有力候補なのも納得だ。

 組んだ瞬間、よく鍛えられているのが分かった。

 世界の強豪選手と互角以上に渡り合えるだろう。

 かつての自分を相手しているかのようにも思えたものだ。



「何よりも勝ちたいと思う意識が弱くなってしまいました」


「そうは見えないのだがね」


「先生の欲目ですよ」


 この先生もかつての金メダリストだ。

 柔道界ではその言葉はそれなりに影響力がある。

 日本代表候補に、と言い出されたら面倒な事になりそうだった。

 もう私には柔道でオリンピック金メダルを狙う意思は無い。

 それでも柔道からは逃れられない、とも思っている。

 今や柔道で得たその技術は別の場面で発揮されるようになっていた。




「少しいいかね?」


「勿論です、師範」


 目の前にいたのは、小さな老人。

 作務衣姿の好々爺然とした佇まいだが、誰なのかは知っていた。

 柔道界の重鎮、最高師範の肩書きを持つ柔道家。

 その両脇を固めるのがオリンピックの役員となれば尋常では無い。



「試合は見た。随分と様変わりしておったが」


「大怪我をしたものですから」


「知っておる。だからこそ知りたいんじゃが何があった?」


「何が、とは?」


「思い当たる事があるのではないかな?」


 正直に言うならば、確かにある。

 でもこの場で言うべき事ではないとも思う。



「師範が何を知りたがっているのか、分かりませんが」


「ふむ、そうかね」


 師範は笑顔のままだが、雰囲気が変わった。

 私にはもうお馴染みになった感覚。

 それは殺気だった。



「明日以降も強化合宿には参加するのかね?」


「勿論です。私でお役に立てるなら喜んで」


「うむ。悪いが後輩達を鍛えてやって欲しい」


「はい」


 師範は右手を差し出して握手を求めてきた。

 私も自然にそれに応えた。

 それにしても何故、殺気を放っていたのだろうか?

 分からないまま最高師範と握手をしていた。




「恐ろしき奴」


「師範?」


 放った殺気に反応したのは意外だった。

 柔道はスポーツであって殺し合いの手段ではない。

 あの道場の中で気付いた者は彼以外にいなかっただろう。



「彼を日本代表候補に推したい、との話は出ていたかね?」


「はい」


「止めておいた方がええじゃろうな」 


「それでいいのですか?」


「彼は確かに柔道家ではあるが、もう柔道選手ではない」


「それは一体、どういった意味ですか?」


「お前さん達では分からんじゃろうがの」


 試合の組み手争いからして異様だった。

 相手に好きなように組ませていながら、体から力が抜けていた。

 奥襟を持たれ、いいように振り回されるかと思った次の瞬間。

 相手の体勢を崩し、投げた。

 どのようにして?

 理解出来ていた者は道場に数人、といった所だろうか?

 まるで柔道家が柔術家と試合をしているかのようだった。

 相手の力を利用して、崩し、投げる。

 柔の道を理想的に具現化したらああいった形になるだろう。

 だがそれを為すのは極めて難しいのだ。



「彼はある意味、もうスポーツ選手ではないのだよ」


 彼は柔の道を踏み外したのではない。

 柔の道の、その先を進んだのでもない。

 その原点に回帰した、というのが妥当だろう。



「惜しい男じゃが仕方あるまい」


 握手の際に崩しを仕掛けてみた。

 隙あらば投げるつもりだったが、彼はそれをさせなかった。

 尋常ではない技量だ。

 どうやら彼は武の道を進んでおり、もう引き返せない場所にいる。

 それでいてまだ若い。

 ある意味、羨ましかった。




「与作、いいぞ!」


「有難い!」


 英霊召喚の剣豪降臨の面々はいずれも得物を自在に操る。

 だがそれだけではない。

 得物を手にしていなくとも、彼等は強い。

 戦場では得物を失っても尚、戦うのだからある意味当然だ。

 組討術、といった武術だってある。


 祭壇に星結晶を捧げ、出現した剣豪の中にある人物がいた。

 関口柔心。

 柔道の原点、柔術の世界では超有名人だ。

 今は刀を手にしているが、奪ってしまえばいい。

 難しいけどやってやる!

 無手で戦って貰えるなら手段は選んでいられない。


 だがキースと対戦するのと訳が違う。

 何しろ相手は本気で戦いを挑んでくる。

 ゲームではあるが本物の殺し合いだ。

 こっちはこっちで武技やら呪文やらで強化せねば対等にすらならない。

 それ以上に問題なのがその技量だ。

 明らかに格上。

 だがそれがいい!



「今日は運が良かったな!」


 そう言うキースは毎度のように護法魔王尊を相手に定めている。

 剣豪降臨の面々の中で常時出現する存在にして最強の相手だ。

 因みにキースが私に護法魔王尊を譲ってくれた事は一度も無い。



「先に行くぞ!」


 東雲とハンネスも他の剣豪の面々と戦い始めていた。

 キース配下の召喚モンスター達も続く。

 いつもの事だが乱戦模様だ。


 私は何度も自分が学んだ柔道に疑問を持った事があった。

 だが今やその悩みは払拭されていた。

 否、思い悩む暇すら無くなっていた。

 ゲームの中ではあるが、私が身に着けた柔道は活きている。

 しかもそれはより洗練されたものになっていた。

 それだけは確かだろう。

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― 新着の感想 ―
与作さんも遂に修羅道に入ってしまったか… まぁ修行の相手が殺し殺されな過去の英霊ではそうなるのも時間の問題ではあったのかも
失伝した武術も目にできるのは羨ましい。更新ありがとうございます。
やったー!! 新鮮なサモナーさんだ! また読めるなんて嬉しいです! 新刊。絶対に買います! 読みながらまさかと思いましたが、与作ってすごかったんですね笑 でもメダリストよりも、キースといる方が生き生…
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