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1328 反撃編5

「姉さん!」


「親父殿の右へ!」


「了解!」


 私の目の前で爺さんの体が真っ二つに!

 でもそれはすぐにアダムカドモンの姿となって崩れ去る。

 魔神ハヤト、いえ、親父殿から盛大な舌打ちが聞こえていた。



「手強いぞ! 無茶はするな!」


「うん、それ無理!」


 出来ない。

 それだけは親父殿の指示でも出来はしない。

 確かに私は現実で爺さんを殺した。

 でもそれで収まってくれるような狂気など宿していない。

 親父殿だって平行世界の爺さんをどれだけ殺してきたの?

 全然、足りていない筈。

 ・・・自分に出来ない事をこっちに押しつけるなっ!


 私が手にしたのは薙刀。

 最も手に馴染んだ武器で爺さんと戦った時に手にしていたのも薙刀だった。

 但しゲーム内ではオリハルコン製の特注品だ。

 ・・・爺さんの姿を目にするだけで私の中で狂気が膨れ上がる。

 何かが叫んでいた。

 ・・・殺せ。

 殺せ!

 この手で、殺せッ!



「シャァァァァァァァァァァァァァーーーーッ!」


 初撃は躱された。

 だがそこから切っ先を地表から斜め上に跳ね上げた。

 殺意も狂気も感じさせない一撃だった筈。

 爺さんの姿を捉えたように見えたが手応えは皆無だった。

 ええいッ!

 身のこなしが異様に速いッ!


 周囲にはどうやら爺さんが十数名いる。

 ・・・親父殿はこの数を相手に単独で凌いでいた?

 驚嘆すべき状況だけど今はそれ所じゃない!



「フィーナ・アルファへ! こちらキーシャにキース・インディア! 現地に到着!」


『了解!』


「呪文も武技もダメって本当に?」


『ええ! ゲルタお婆様がフォローに向かってます!』


「それより爺さんの本体は?」


『護法魔王尊を追い掛けている、らしいわ!』


 そういう事か。

 概ね事情は把握した。

 最も強い相手を求めるのは爺さんの宿業としか言い様がない。

 私だって同じだ。

 だからこそ、なのだろうか?

 親父殿が不機嫌なのも頷ける。



『キース・ヤンキーだ! キース・ブラボー、ゲルタ婆様と合流した!』


『こちらキース・ケベック! 爺さんの本体らしき個体を発見! 座標を送る!』


『了解! 戦況の可視化までもう少しよ!』


『キース・エクスレイより本部! 方位だけでいい、誘導乞う!』


『こっちも頼む!』


 ・・・爺さんの本体?

 それは上々。

 そう言いたいけどマズいわね。

 キース達全員がこの手で仕留めたい、と思っている筈。

 無論、ここにいる親父殿も弟もそうだ。

 周囲の空気が一気に渦巻く。

 否、それが親父殿の発した怒気。

 まるでドス黒い何かを纏うかのように思える。

 多分、私も似たようなものだろう。


 今、爺さんに一番近い位置にいるのは多分、キース・ケベック。

 待て。

 私がそこに行くまで、待って!

 無駄と知りつつそう願わずにはいられなかった。




「・・・フッ!」


 深呼吸、そして脱力。

 手にした高周波ブレードで目の前にいたマスティマを薙ぐ。

 硬い外皮でもあるその翼は簡単に両断。

 いや、胴体も両断されて地に落ちる。

 その向こう側に見える風景は?

 オレは脳内で盛大な舌打ちをしていた。


 爺さんがいた。

 護法魔王尊と対峙している。

 他の剣豪の英霊達はマスティマの群れを相手に戦い続けている。

 でも爺さんに手を出そうとしない。

 まだマスティマも多数いるのだが、護法魔王尊を襲う個体は皆無。

 一対一の構図。

 お互いに片手で刀をぶら下げたままだ。


 護法魔王尊の表情は普段なら窺い知る事が出来ない。

 でも今は天狗面が僅かにズラしてあり、口元が見える。

 ・・・シニカルな笑みが浮かんでいた。

 それ以外の表情をオレはまだ見た事がない。


 爺さんもまた笑っていた。

 だがそれは獣の笑みだ。

 狂気に彩られた笑みだった。

 そんな有様なのに見事な脱力。

 ・・・視線を外したくとも外せない。

 今すぐにでも斬りかかってしまいたい!

 でも動けなかった。

 何故だ?

 言葉に出来ない。

 自分で自分が理解出来なかった。

 オレが邪魔してはいけない。

 オレの体がそう主張しているかのようだった。



「・・・シッ!」


 背後から襲って来たマスティマを抜き打ちで両断。

 何故だろう?

 爺さん相手に動けないのにマスティマが相手なら体が動いていた。

 分からない。

 動けない。

 オレの中で狂気が出口を求めて叫び続けていた。

 それでも体が思うように動かなかった。


 オレは彫像のように動かない両者を眺め続ける事になった。

 それはある意味、地獄のような時間になっていた。



「・・・来たか」


「何事なの?」

 

「見ての通りだ」


 キーシャにキース・インディアか。

 その後ろに親父殿の姿も見えた。

 これでキース達全員が揃った。

 揃ってしまった。

 親父殿も自らの分身、ハヤト・ブラボーの横に並ぶ。

 ・・・やはりダメか。

 親父殿もまた、動けないのか。


 護法魔王尊と爺さんの戦いはまだ続いている。

 でも終わりが近い。

 英霊を召喚していられる時間には限りがあるからだ。

 互角の戦いに見えていたが・・・

 僅かな差があるようだ。

 爺さんは幾つかの斬撃を受けてしまっている。

 ただそれは皮一枚って所だろうか?

 出血はしているが動けなくなる程じゃない。



「キィャァァァァァァァァァァァッーーーーーーーーー!」


 爺さんが仕掛けた!

 まさに剛の剣だが護法魔王尊は易々と受け流す。

 そして強烈な火花が散った。

 互いが繰り出した一撃が互いの刀を弾いた?



「・・・今のは」


「ああ。殺気も狂気も感じなかった」


 やはりか。

 爺さんもまたその境地に達していたのか。

 その一撃をまた簡単に凌いでしまう護法魔王尊に呆れるしかない。

 ・・・オレ達がまだ誰も護法魔王尊との対戦で勝てていない。

 キース・ヤンキーが天狗面を弾き飛ばしたのがこれまでの最大の戦果だ。



「・・・ククッ!」


 爺さんが笑っていた。

 実に楽しそうだ。

 いつの間にか新たな刀傷が右肩に出来ていた。

 それでも笑っている!



「こうでなくては、な!」


 爺さんが猛攻に出た。

 だが護法魔王尊は動じない。

 躱し、受け流し、時には弾き返す。

 真正面から受ける事はしない。

 まるで舞っているかのようだ。


 嵐のような時間は長かったのか、短かったのか?

 息をするのも忘れる、とはこの事だろうか?

 両者の動きが止まる。

 一瞬で静寂が周囲を覆う。

 静かだ。

 余りにも静かだった。



「・・・まさか」


 その静寂を破ったのはキース・ヤンキー。

 何が言いたい?

 視線だけで先を促した。



「・・・究極の脱力。そこから繰り出す神速の一撃だ」


「何?」


「キース・アルファ。以前話したアレだ。まさかとは思うが・・・」


 アレか!

 キース・ヤンキーが現実で爺さんと対峙した際に見た剣技。

 それは単純でありながら神仏の領域としか思えない技。

 オレ達全員が会得を目指す技だった。

 だが遠い。

 実際にそれを目にしているキース・ヤンキーが最も近いかもしれない。

 護法魔王尊の天狗面をその切っ先で捉えたのもその技だった。

 本人に言わせるなら、まだ技にすらなっていないのだが・・・


 改めて爺さんを見る。

 確かに究極の脱力。

 そこに存在していると思えない程だ。

 対する護法魔王尊も同様だった。

 相変わらずその口元には笑みが浮かんでいる。


 静かなその風景が切り替わっていた。

 両者がその位置を入れ替えていた。

 それはゆっくりと、そうでありながら一瞬でもあった。

 爺さんはどこから斬りかかったのか?

 否、斬る動作すらあったのかどうか?

 それでもオレは見た。

 そこには殺気など皆無。

 狂気の欠片も感じない。

 確かに、究極の剣技だ!


 護法魔王尊の天狗面が両断されて地面に落ちた。

 誰かが呻き声を上げていた。

 だがそれはオレ自身だった。


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― 新着の感想 ―
神仏に届く一撃を放った爺さんはキースが現実世界で殺したけど他の並行世界で同様に神技に至りキースを返り討ちにした爺がいたって事かな… でもそれですらようやく互角かもしれない護法魔王尊て…
[一言] 究極の一閃と言うやつかぁ。無拍子でも 無念無想でもなく。言うなれば非想非非想の剣か
[一言] 本編完結後ようやく素顔が明らかになる……筈の護法魔王尊、たのしみ
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