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1314 蛇足の蛇足23 再会

「お婆ちゃん、行ってくるよ」


「楽しんでらっしゃい」


「グランばぁばぁー抱っこー」


「だっこー」


「ハイハイ!」


 曾孫達を抱き上げて頬ずりする。

 この子達も大きくなった。

 低重力下だから重さを実感し難いけど分かる。

 それにしても本当に甘えん坊さん達ねぇ!



「お婆ちゃんも一緒に行けたらいいのに」


「いいのよ。私はね、もう何度も行っているから」


「そうだけど・・・お婆ちゃんは公務から身を退いてるのにさ・・・」


「いいから。ホラ、お嫁さんを待たせちゃダメでしょ?」


「う、うん」


 孫は渋い表情のまま。

 そんな顔をしちゃダメでしょ?

 子供はね、そういう所をちゃんと見ているの!


 孫夫婦と曾孫達を見送ると私は眼下の地球を眺めた。

 最初に見た荒廃している筈の地球はそれでも尚、美しかった。

 今も変わらず美しい。

 変化ならある。

 半世紀前までは砂漠化が進んでいた地域が目立っていた。

 今は緑地化が進んで、より鮮やかに見える。

 地球そのものが巨大な自然公園、いや、世界遺産になった。

 連休に地球へ遊びに行くのは定番となり、人々の憩いの場となっている。

 こんな日々を過ごせるなんて、ね。

 荒廃した地球の様子を実体験していない、若い世代が羨ましかった。



「閣下、会合の時間が迫っていますが・・・」


「もう少し、このままで」


「しかし・・・」


「それに私を閣下と呼ばないで欲しいのだけど・・・」


「無理です、閣下」


 このやり取りも何度目かしらね?

 私は賢人会議のメンバーになっていた。

 一種の諮問機関で政権上層部に助言を与える役目を担っている。

 少々面倒な役目だけど断り切れなかった。

 その理由は?

 私がかつて避難民の代表、暫定首長だったから。

 しかも初代首長だった。

 無関係ではいられなかった。


 私は最初、単に代表と呼ばれていた。

 後にその地位をどう呼称するかで色々と揉めた。

 首相、大統領、総統、書記長、委員長・・・

 些末な事だけど私が現職の間は代表のままで押し通した。


 私の後任からは大統領で落ち着いたけど・・・

 何故か私には初代大統領という肩書きが加わってしまった!

 以来、閣下呼ばわりされている。

 身辺警護も常時付くようになってしまった。



「閣下!」


「・・・分かったわ」


 地球は人類の故郷。

 汚してはいけない。

 そして離れてもいけない。

 『彼』から何度も聞かされた言葉。

 私も全面的に同意して、皆に説いた言葉。

 ここから離れ難くなるのも当然だった。

 美しい地球。

 いつまでも眺めていたくなる。

 それでも賢人会議には参加しておかないと。

 何故なら会議には『彼』も参加するから。


 『彼』は地球の復興を果たした功労者。

 『彼』は人類を救った功労者。

 『彼』は実質、私達を導いた指導者。

 それでいて今も尚、正体不明。


 高度な人工知能という意見が大半だ。

 実は人間という意見も少なからずある。

 人類を全滅寸前に追い詰めた張本人という意見すらあった。

 中継ステーションの管制ルームで『彼』と対話した日々は今でも鮮明に覚えている。



『私の事はスクリューボールとでも呼んでくれ』


「・・・それ、スラングで変人って意味よね?」


『その通りだ』


「それでいいの?」


『構わない。変人である点を否定したいが無理みたいなのでね』


 当時の『彼』は自嘲気味にそう言っていた。

 変人に人類の未来を託すの?

 私などは頭を抱えたものだ!

 同時に確信していた。

 これが人工知能?

 有り得ない。

 だから『彼』は人間だと思った。

 それは今も変わっていない。

 ただスクリューボールと呼ぶには名前が長かった。

 そう時間が経たないうちに皆には単に『彼』と呼ばれる事になっていた。

 私は時々、思い出したかのように『彼』をスクリューボールと呼んでいた。


 そんな『彼』には謎が多い。

 復興には数々のオーバーテクノロジーが用いられた。

 一体、どうやってこれ程の技術を?

 説明は受けたけど理解が追いつかなかった。

 私には『彼』自身、把握していない印象が強い。

 ・・・私が『彼』を人間だと思った根拠でもあるわね・・・


 問い詰めようか、とも思ったけど復興が優先だった。

 当時、時間は幾らあっても足りなかったし。

 今ならどうかしら、ね?

 私はもう百歳を超えたお婆ちゃんだ。

 孫は既に十八人、曾孫に至っては五十人以上。

 外見だけならまだ六十代で通ると思う。

 医療用ナノマシンで体調維持管理を受けているからだ。

 それでも疲れた。

 私は疲れ切っていた。

 復興を果たす為に走り回った、あの怒濤の日々。

 公務から退いてもう二十年以上経過している。

 それでもこの疲れを払拭出来ていない。

 体力は問題ない。

 気力が維持出来なくなっている・・・

 本当に老いってどうしようもないわね・・・





「閣下、少しお待ち下さい」


「何かあったの?」


「旧管制ルームにおいで下さい。『彼』の指名です」


「・・・私だけ?」


「はい」


「・・・分かったわ」


 賢人会議は滞りなく終わっていた。

 『彼』からはいつもの現状報告。

 人類の数は二百万人を超えていた。

 地球を一周する軌道基幹部には新たに二十万人分のコロニーが稼働を待っている。

 人口は急激に増加し続けているが現時点で対応は十分に可能。

 試験的に金星軌道上に展開した農業プラント、工業プラントも運用は順調。

 他には月軌道上への移住案の是非について意見交換が行われた程度だ。

 ただ『彼』が私だけに対話したい、その理由が分からなかった。

 用件があるなら賢人会議で言えばいいのに言わなかった。

 そこが少々、不穏に思える。


 これまで、私の方から『彼』に対話を求める事の方が多かった。

 『彼』の方から、というのは珍しい。

 復興初期の頃なら毎日のようにやっていたけど・・・

 しかも旧管制ルーム?

 あそこはもう使われていない。

 レガシーとして遺してあるだけ。


 一体、何の用件?

 月軌道上への移住に『彼』は否定的見解だから、かしら?

 いいえ、それなら会議で話せば済むわよね? 

 ・・・話してみたら分かる。

 行ってみるしかない、か。

 それに先触れの案内ドローンが私を出迎えに来ていた。

 警護員達に見送られて私は旧管制ルームに向かう事にした。




『懐かしいかね?』


「ええ、スクリューボール。ところで見慣れない物があるんだけど?」


『ああ、これか』


 私は少しだけ、嘘をついた。

 目の前にあるのは一体のロボット。

 忘れたくても忘れられない、その姿。

 かつて東京という都市が地球上にあった。

 当時、東京の中枢部に突如として出現したロボット達。

 その姿に酷似している。

 私は直接見ていないけど、監視カメラ越しなら何度も見ている。

 間違いなく、当時のロボットだ!



『これは昔、私が使っていたのだ』


「・・・今も動くの?」


『動く。だが動かす意味は最早ない』


「・・・そうであって欲しいわ」


『これを持ち出した理由は聞かないのか?』


「・・・理由?」


『ロボットが持っている物を装着してくれ』


 それには最初から気付いていた。

 古めかしいヘッドセットだ。

 いいえ、簡易型のバーチャルリアリティ・ギアだ。

 これを?

 どうして?



『確認したいのでね』


「何を?」


『装着したら分かる』


「・・・」


 私はそのバーチャルリアリティ・ギアを装着した。

 次の瞬間、私は外していた!

 最初に目にした画面に驚いたからだ。

 アナザーリンク・サーガ・オンライン。

 間違いなくそのトップページ!

 八十年近く前のゲームが、何で?

 サーバーがまだ生きているとでも?



「どうして、これが!」


『ログイン出来るかどうか、試してくれ』


「・・・ええ」


 疑問ならある。

 あるけど整理出来ない。

 私は再びバーチャルリアリティ・ギアを装着。

 視線を動かして操作し、ログインを試みた。



『既に同じ生体認証でログインされています』


 エラー?

 ・・・これはおかしい。

 私の生体認証を使って誰かがログインしている?

 一体、誰が?

 どうやって?



『・・・この生体認証コード・・・それにエラーが出た、か』


「スクリューボール! 説明、してくれるんでしょうね?」


『それもあるが最初に謝罪しないと』


「・・・何を?」


『貴女ではないか、と気付くのが遅過ぎた。心の底からお詫びしたい』


「・・・え?」


『フィーナさん。私が誰なのか、今なら心当たりがあるのでは?』


 言葉が出ない。

 フィーナ、ですって?

 ・・・

 そうね。

 ええ、確かに。

 今なら、今だったら思い当たる人ならいるわ!



「・・・キース、貴方なのね?」


『はい』


「・・・遅いわよっ!」


 私はロボットの腕を叩いた。

 叩き続けていた。

 言葉を紡ぐ事が出来ない。

 だから私は、叩き続けた。

 多分、私は泣いているのだろう。

 そして笑ってもいるのだろう。 

 疑問なら山のようにあったけど今は些末な事だった。



『話したい事が山のようにあるんですが・・・』


「・・・私もよ」


『殴るのは止めた方がいいのでは?』


「・・・こうしたいから、するの!」


『恨み言なら聞きます。全面的に私が悪いですから!』


「・・・じゃあこのまま、殴られていなさいッ!」


『はい・・・』


 手が痛くなっていたけど私は尚も叩き続けた。

 心が軽くなっていく。

 何故か心地よかった。

 いつしか私はロボットの腕を抱きしめていた。

 抱きしめつつ、殴り続けていた。


 ねえ、キース?

 人間、長生きしていると思わぬ再会をするみたいね。

 だからお願い。

 今はこのままでいさせて頂戴!

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― 新着の感想 ―
やっと…やっと気づいてくれた… 本当に遅すぎるよキース…
[一言] 双子がナインティル病(伝染する首かしげ等)にかからないか心配です(笑)
[一言] 多分、代表やり始めた10年20年で何となく正体察したけど 間違ってたらやだな、とか ロボットの姿で現れたら警戒されるんじゃ、とか 自分に気づいてもらえなかったらどうしよう、とか 考えちゃって…
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